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2017/10/05

■10月の「みんカフェ」の報告

フェイスブックの効果がでてきたのか、なんと初めての方も含めて20人を超えるサロンになりました。
テーマのない「ゆる~いカフェ」を予定していましたが、これだけ集まると、なかなかゆるくはなりません。
ゆるいどころか、「当事者」という言葉をめぐっての深い議論になりました。
途中から参加した人が、ゆる~いと思って来たのにゆるくないと笑いながら言ってくれましたが、まあ「何でもあり」という意味でのゆるさだと考えてもらえればと思います。
何が起こるかわからない。
そこにも湯島サロンの特徴があります。

最初に参加者に自己紹介をしてもらいましたが、ある人が「発達障害の当事者です」と話すのを聞いた初参加の人が、「当事者であることを自己表明するのはなぜか」という問いかけをしてくれました。
そこから「当事者」とは何か、さらには発達障害とは何か、などと話は広がり深まりました。
なにしろ20人を超す参加者なので、視点もいろいろで、刺激的でした。

実は今回は長年社会教育などに関わってきた人が複数参加されたので、その話を少ししてもらおうと思っていたのですが、発達障害や引きこもり体験者の方が多かったこともあって、そうした人たちの思いや体験が次々と出てきて、話題も自然とそちらに向かいました。
初めて参加したビジネスの世界にいる人にとっては、こんな集まりははじめてだったかもしれません。
翌朝、「私のあまり知らない世界のお話をお聞きして大いに考えさせられました」というメールをもらいましたが、同じ社会を生きていても、なかなか触れ合うことのないことはたくさんあります。
最近は、同質の人たちで集まりやすい傾向が強くなっているような気がしますが、湯島のサロンはできるだけさまざまな人たちが、しかし同じ立場で話しあい何かを分かち合えればと思っています。
さまざまな人と触れ合って自分の世界を広げていけば、差別とか障害などということの無意味さがわかってくるかもしれません。
あるいは、人は誰もが違うのだということがわかれば、そして違いには優劣などないということに気づけば、とても豊かな社会、豊かな生き方ができるようになると思います。
こういう場を広げていけば、もしかしたら60年後には誰もが住みやすい社会になっているかもしれません。
だから私は来世が楽しみなのです。

具体的な話をひとつ紹介します。
発達障害だという人が話してくれたことがとても示唆に富んでいます。
彼は子どもの頃、母親に「テレビをきって」と言われて、のこぎりで切ろうとしたという体験があるそうです。
あるいは電車のホームで「白線の内側で待ってください」というアナウンスを聞いて、20センチほどの白い白線の上で待つのだと思い、大変苦労したということもあったそうです。
いずれも冗談だろうと思われたそうですが、彼はまじめにそう考えたのです。
そうした事例がたくさんあるそうです。
同じ言葉でも受け止め方や解釈は実にさまざまです。
ここまで大きく解釈がずれているといつか間違いに気づくでしょう。
しかし、小さなずれはなかなかお互いに気づかない。
そして、そうした小さなずれはたぶんすべての人の間にあるはずです。
発達障害の人だけが、コミュニケーション不全にあるわけではありません。
改めてそのことを実感しました。

ちなみにこの話を聞いて、私はこうした話し手と受け手のずれの事例をたくさん集め、それを「辞書」にして出版したらどうだろうと考えました。
発達障害に限らずに、いろんな意味でコミュニケーション環境を改善できるかもしれません。
どなたか一緒にやりませんか。

ところで、「当事者」ですが、「当事者」表明をすることで誤解されないですむという「当事者」からの発言もありました。
逆に「当事者」を意識するとそれが逆に自分を縛って、ますます「当事者」らしくなる危険性もあるのではないかという話もありました。
私は、みんなそれぞれ自分の人生の当事者になって生きれば、つまり、社会や組織や常識に合わせるのではなく、もっと素直に自分の人生を生きることが、長い目で見れば生きやすさにつながっていくと思っています。
目先の生きやすさのために自分に嘘をついたり、自分を抑え込んでしまうと、いつかその反動がくるばかりか、社会そのものがおかしなものになっていくのではないかと考えているのです。
当事者という言葉を概念的に使った「当事者主権」とか「当事者主義」という概念もありますが、当事者はそれぞれ多様な存在であって、一括りにはできません。
ですから当事者主義とは、多様性を認め合うということでもあります。
そんな話も合ったような気がします。

いろんな話が出ましたが、いつものように極めて主観的な報告でした。
発言したりなかった人が多かったと思いますが、お許しください。
ゆる~いサロンどころか、たくさんの気づきをもらった、「濃いサロン」でした。

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