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2017/10/26

■節子への挽歌3688:自分でさえ気づいていない自分

節子
私のブログに出合った在米の日本人が湯島に来ました。
あることを調べていて、私のブログに出合ったのだそうです。
それが、この挽歌だったようで、ドキッとされたそうです。
その方はアメリカにもう30年ほどお住まいのライブラリアンです。
最近、お仕事をお辞めになり、今回は仕事ではなく日本に来ていたそうです。
そして帰国する前に、湯島に来てくれたというわけです。
湯島で私がやっているサロンに関心を持ってくれたそうです。

なぜこんな生き方をしているのか。
その話をする中で、節子のことも少しだけ話しました。
節子を見送って自宅に引きこもりがちだった時に、友人たちが引っ張り出してくれたことを、です。
考えてみれば、あの時から私の生き方は変わってしまったのかもしれません。
陰と陽のある生き方です。
決して裏表ではありませんが、たしかに陰と陽がある。
決して陰のない陽になることはありません。
陽の真っただ中にいても、突然、奈落に引きずり込まれるような気がすることも少なからずあります。
外から見える自分の内側が、どうも違うなと自覚することも時にあります。
困ったものです。

その人はアメリカでIT関係のお仕事もされていたそうです。
ですからネットに関しては、とても用心深いようです。
私のような何でもかんでもネットに開いている生き方とは対照的ですが、注意された方がいいですよとアドバイスされました。
私自身はネットの恐ろしさはかなり自覚しています。
20年ほど前、友人が事件に会った際に、私とのネットでの交流から私のところにまで警察が来たこともありますが、最近はそれどころではないのでしょう。
でもまあすべてをオープンにする生き方は、いまさら変えることもできません。
生活だけではなく、私の場合、心の奥の奥までできるだけオープンにしていきたいと思っていますが、ここまでオープンにしていれば逆に心配もないようにも思います。

しかし、そうは言っても、言葉にはならないこともたくさんあります。
それに自分でさえ気づいていない自分もいる。

最近、そう思うことが時々あります。


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