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2017/10/13

■節子への挽歌3678:認識障害

節子
今日はまた雨です。
それに寒いくらいです。
私の気分と同じように、天気も毎日変わります。
自然の影響を受けやすい私はそれに振り回されそうです。

影響を受けるのは自然からだけではありません。
一番大きいのはやはり「人」でしょう。
今朝もパソコンを開いた途端に、心が沈んでしまうメールが3通。
人と付き合うのは大変です。
どうして人との付き合いはこんなにも食い違うものなのでしょうか。
善意のつもりが他者を傷つける。
相手の善意の行為が私を傷つける。
たぶんあまりに気楽に人と付き合いすぎているのでしょう。
節子が言っていたように、そしてある友人が諭してくれたように、付き合う人は選ばなければいけないのかもしれません。
でも私には選ぶことができないのです。
みんな同じに見えてしまう。
たぶん「認識障害」なのです。

しかし、こうした「身心が沈む出来事」も、ある意味では、私の世界を広げてくれます。
他者が起こすことは、私にもまた起こす可能性があることです。
自分と無縁でないと思うと、私と他者が重なってきます。

昨日、ある人から相談を受けました。
知人からとても不快な仕打ちを受けたようで、それに関しての相談でした。
電話などで話して一応解決したのですが、その後もまたメールで、いろんな情報を送ってきてくれました。
やはり忘れられないのでしょうか。
その人にメールしました。

忘れるというよりも、まあそういう人だったと思い、ある意味では赦してやるのがいいと思います。 そうしないと自分の心が乱されかねませんから。 そんなことで心を乱すのはもったいないです。

実はこれは、私自身がいまの私に行っていることのような気がします。
その人からメールが届きました。

〇〇さんのことは、気持ちのよいものではなく嫌な、苦い感じがいまだに残っていますが、 〇〇さんは、何も感じていないと思います。 人は、分かりませんね。 自分にとっては辛いことでしたが、赦す、諦めるようにします。

私もそうしないといけません。
しかし私が「認識障害」であることをもっと早く知るべきでした。
今となっては、認知症と間違われそうです。
困ったものです。

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