■見えないものを見ようとすることの大切さ
小説は、見えないものへの気づきを与えてくれます。
昨日、ノーベル賞を受賞したカズオ・イシグロさんの作品には、そういうメッセージを感ずることが多いです。
そこで描かれている未来やあるいは創作された世界、あるいはもう忘れられてしまった過去が、いま現実的に存在していることに気づかせてくれるのです。
フェイスブックには先日書きましたが、ブアレム・サンサルの『2084 世界の終わり』にもそれを感じました。
30年以上前に、「非情報化社会」という小論を書いたことがあります。
http://cws.c.ooco.jp/antiinfo.htm
当時は情報化社会の到来が盛んに言われた時代でしたが、私には逆に、時代が「非情報化」に向かっているように感じたのです。
創られた情報、つまりフェイクニュースが横行しだすだろうと思ったのです。
そうした「喧噪の時代」から「対話の時代」へと向かう可能性を感じたのも、その頃でした。
http://cws.c.ooco.jp/taiwa.htm
しかし、時代は逆方向に向かい、まさにポスト真実の時代が到来しました。
多くの人は「見たいもの」をますます見るようになり、「見たくないもの」への関心を捨てだしました。
社会を統治する人たちが「見せたいもの」を見せようとするのは仕方がないとしても、マスコミ、さらにはジャーナリストの多くさえもが、そうした動きに同調し、しかも「見せたい」ように「見える」状況づくりを加速してきています。
それに抗って、「見たいもの」を見ようとする運動もありますが、それも所詮は同じ土俵での抗いであって、自らもまた「見たいもの」しか見えなくなるという落とし穴に落ち込んでいることが少なくありません。
まさに相手と同じ過ちを犯しているとしか思えません。
どうしたら「見えないもの」や「見たくはないけれど存在するもの」が見えるようになるか。
それは簡単なことです。
「裸の王様」の寓話にあるように、子どもになればいいのです。
しかし、いささか悩ましいことがあります。
現実を見るためには、知識や言語が不可欠です。
言語があるから世界は理解できます。
知識があればあるほど、世界はよく見えてきます。
言語は事象を区別し可視化してくれますし、知識は見えるものに意味を与えてくれます。
しかし、その一方で、知識や言語は世界をせばめ、ゆがめる力も持っています。
一昨日のサロンで、発達障害が話題になりました。
発達障害という知識がなければ、そういう人たちの言動が理解できずに誤解してしまうかもしれません。
しかし、逆に発達障害という知識が、相手を型にはめてしまい、その人の生き生きした実体を見えなくしてしまうかもしれません。
北朝鮮やイスラムに対しても、同じことが言えるかもしれません。
私たちは、言葉や知識で、それらを理解しようとしますから、与えられた言葉や知識でしか、見ることができません。
知識や言葉は、世界を見えるようにする一方で、見え方を方向づけてしまうことで、事実とはずれていく恐れがあります。
知っていることが知らないことになるという、おかしなジレンマが起こってくるわけです。
親鸞が88歳の時に書いた和讃のなかに、「よしあしの文字をもしらぬひとはみな まことのこころなりけるを 善悪の字しりがほは おほそらごとのかたちなり」という言葉があるそうです。
善し悪しという文字で物事を判断しない人は、すべて、真実の心をもっているというのです。
知れば知るほどに「まことのこころ」を見失ってしまうと、自らの姿を戒め、慚愧した言葉と言われています。
人が獲得できる知識など、たかが知れています。
そんなわずかな知識で、わかったような気になってしまい、現実が見えなくなってしまう。
恥ずかしながら、私がたびたびおちいってしまうことです。
しかし、親鸞がそうであったように、素直に生きていると、少しずつですが、知識の向こうにある「見えないもの」が見えてくることがあります。
しかし、それはやはり、私が「見たいもの」でしかないのかもしれません。
なぜなら、どうも昨今の風潮は、私の考えとは真反対に動いているからです。
世間の多くの人たちと見える世界の風景が違うような気がしてなりません。
それが最近の私の生きづらさです。
「見えないけれど見えるもの」をブログで少しずつ書いていこうかと思い始めています。
元気があればですが。
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