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2017/10/24

■時代に生きるのではなく、自分を生きたい

最近、英国のテレビドラマに興味を持っています。
最近面白かったのは「Unfogotten」です。

「Unfogotten」は、日本では英国クライムサスペンス「埋もれる殺意」としてテレビで放映されましたが、偶然に発見された遺体から、39年前や26年前の事件が掘り起こされていく話です。
http://www.wowow.co.jp/detail/111321
腕時計に残っていた職人のサインから被害者が特定されたり、26年間水没していたポケベルから交流のあった人たちの通話データが復元されたり、ともかく記録が社会システムとして残っていることがわかります。
時計職人が30年前の修理の記録を残しているという文化は、いまの日本では極めて限られたものになってしまっているでしょう。
なにしろ1年前の行政上の重要な記録さえ廃棄され復元が拒まれる社会なのです。
企業も同じです。
最近の大企業の醜態をみれば、もはや記録を残す文化はなくなってしまっているように思います。
消費型になってしまった日本社会では、もう30年前の事件を掘り起こすことなどできないでしょう。
歴史を大事にしない国(組織・都市)には未来がないような不安があります。
このドラマを見る限り、イギリスは違うようです。
長い時間軸で生きている英国社会の蓄積制というか、システム性というか、そういうことにも圧倒されます。
最近はどうなっているかはわかりませんが、このドラマの時代設定は現在です。

このドラマは、サスペンスとありますが、むしろ物悲しい人間ドラマです。
さまざまな人間の生活が時間軸も含めてていねいに描かれています。
だれもが過去を背負って生きている人間であることもさりげなく語られています。
主役の警部や警部補さえも、それぞれ家族にも自分にも、日常的な問題を抱えています。
人の哀しさや素晴らしさがじわじわと伝わってくるドラマです。
イギリスという国の文化やイギリス人の思考も伝わっていきます。
英国人の生きる時間軸も、いまの私たちとは違うようです。

第2シーズンの最終回のなかで、私の心に深く響いた言葉があります。
過去(26年前)のことを調べる警部に関係者がこう言って協力を拒もうとします。
「もう大昔の話じゃないか」
そこで警部(女性です)が語気を強めます。
「昔々って、もううんざりです。
でも昔と言って片づけられないんです。
そのような人間のせいで、被害者は今でも苦しんでいます。
彼らは死ぬまで癒えない傷を抱えるんです」

事件は、10代の時に性的暴行を受けた事件に絡んだ物語です。
26年前当時は社会の価値観が違っていたと、関係者は言います。
「時代は変わった、おれたちも変わった。今はああいう人間を見過ごすことはない」

警部は怒りを抑えてこう言います。
「そうだといいんですけど。でも10年前に見過ごした人も時代のせいにするんです。今の人たちが将来、同じ言い訳をしないことを願います」

Unfogottenとfogotten。
時代に生きるのではなく、自分を生きたいと、改めて思いました。

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