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2017/12/12

■節子への挽歌3719:千葉市で86歳のお年寄りに会いました

節子
昨日は久しぶりに千葉の市民の集まりに参加しました。
最近の市民の集まりはどうも波長が合わないのであまり参加しなくなっているのですが、昨日は事務局の協力もあって、講演だけではなく、みんなで話し合うスタイルにしてもらいました。
そこで86歳の男性に会いました。
歩いていても時々ふらふらする、耳もよく聞こえないといいながらも、講演の時には一番前で真剣に聞いてくれました。
そして話し合いのセッションでは、もうこの歳だと何もできないのが残念だと話し出しました。
最後のみんなでのラウンドセッションにも参加してくれました。
終わった後、少し話しました。
今回の集まりで、私が一番共感できる人でした。

言うまでもありませんが、「社会のために何もできない人」などいるはずもありません。
みんなそれぞれに違った形で社会に役立ち、意識していないかもしれませんが、だれもが社会活動をしています。
生きるということは、そういうことですから。
最近ますます感ずるのですが、「私はボランティア活動をしている」という人ほど、私には「しないほうがいい活動」をしているような気がしてなりません。
そもそも「ボランティア」などと自分で言う人は、私とは別世界の人です。
もちろん別世界の人とも私は付き合いますが、そこを改めていかない限り、社会は変わりません。
みんなでの話し合いの途中で、ちょっと私も感情的に持続可能を出しかけてしまいましたが、いまの市民活動の方向性は、私には違和感があります。
社会活動とは結果も大切でしょうが、それ以上にプロセスに意味があると私は思っています。
そうしたことは、なかなかわかってもらえません。
いや私の考えが少し逸脱しているのかもしれません。
しかし30年の長さで考えれば、私が危惧していることは現実化していることが多いように思います。
もし30年前に、会社を辞める決断をしなかったら、いまのような考えにはたどり着いていなかったかもしれません。
会社を辞めることに反対するどころか、後押しして、その後、付き合ってくれた節子にはやはり感謝しなければません。

最近あまり出なくなっていますが、今回久しぶりに参加して、いろんな刺激をもらいました。
やはり出て行かなくては世界は広がりません。
昔の生き方をもう少し取り戻そうかと思い出しています。

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