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2017/12/24

■節子への挽歌3726:人はみな、それぞれにドラマをかかえている

節子
外からはなかなか見えませんが、人はみな、それぞれにドラマをかかえています。
昨日は3人の人と湯島で会いました。
それぞれに、思ってもいなかった「体験」に出会い、人生を変えてきた人たちです。
その体験をする前に持っていた、「常識」や「知識」への信頼は、その体験を通して、崩壊しました。
信じていれば、とても安心で平安なのですが、その信頼は事実とは異なり、むしろ現実を覆い隠すものであったことに気づいた途端に、人生は変わっていきます。
ある時には良い方向に、ある時には苦難に向けて。

昨日集まった3人の場合も信頼していた「常識」に裏切られ、そこから日常的な苦難がはじまってしまいました。
私が、3人の人たちと出会ったのは、いずれも今年になってからです。
しかも、その内の2人は、つい1か月前に知り合いました。

私が、その3人に共感したのは、自分が味わった辛さや苦難を他の人には体験させたくないという思いから、社会に実態を伝えるとともに、そういうことが起きないような活動をしていこうと決意したことです。
自分の問題を社会の問題に捉え直して、活動に取り組む。
これこそが、私が考える「社会性」「市民性」です。
自らの体験として、知った以上は行動を起こす責任がある。
それが3人に共通する姿勢です。
その姿勢に触れれば、看過するわけにはいきません。
私もまた、知ってしまったわけですから。
私に何ができるかを考えて、少し動いてみましたが、その問題の壁の厚さに改めて驚きました。
しかし、できることはあるはずです。

そんなわけで、顔合わせも含めて、4人で会いました。
私の知らないことが、またたくさん出てきました。
知れば知るほど、後には引けなくなっていく。

長いミーティングでした。
しかも終わった後、一人の人から話したいことがあると言われて話を聞きだしたら、それがまた長い話になりました。
みんな私よりもかなり若い女性です。
人はみな、それぞれにドラマをかかえている。
そのドラマの重さに、昨日はつぶされそうでした。
私自身のドラマなど吹き飛ばされそうな、そんな思いで帰宅しました。

冗談も言いながら、苦難を笑い飛ばしていた彼女が、帰り際に少しよろけるように歩いていた気がします。
気のせいかもしれません。
しかし、人はみんな元気そうに生きていても、弱さに包まれて生きているのかもしれません。
元気そうに見える人ほど、弱いのかもしれません。

私自身のきっとそうなのでしょう。

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