■節子への挽歌3725:プレゼントをもらいました
節子
胃がんが発見されて手術した友人がやってきました。
発見直後、かなり心が動揺していたのでしょうが、いろんな相談を受けました。
一番の関心事は、「死後のこと」でした。
突然に胃がん宣告を受けると、やはり「死」を意識してしまうのでしょうか。
子どもがいないために、残された資産をどうするかがまず頭に浮かんだのか、その相談でした。
こういう場合、正常には頭が働かないことを体験的に知っていましたのですが、誠実に受け止めて、問題の整理をするだけにしました。
親族に残すか社会に寄付するか。
私への寄付まで彼は口にしましたが、彼の心の揺らぎが伝わってきました。
しかし大切なのは、死後のことではなく、生きることだと伝えました。
手術は無事終わり、その後の経過も順調のようですが、単身生活のためいろいろと考えてしまうようです。
それで定期的に会うことにしました。
少しずつ落ち着き、死後の話はしなくなりました。
苦労して稼いだお金なので、自分で納得できる形で使い切ることを勧めましたが、幸いなことにそういう気分になって来たようです。
こういうことを体験すると、やはり「お金」のすごさを感じます。
彼は、お金にはきわめて淡泊な人です。
でも死を意識した時に、それを考えてしまう。
もちろんお金がなくて必要な医療処置を受けられないということもあるでしょう。
しかし、一方で、残ったお金をどうするかという悩みもあることを気づかされました。
改めてお金の支配されている社会を実感させられました。
お金が個人のものでなく、みんなのものになれば、こんな悩みも起こらないのですが。
彼は今週も湯島に会いに来てくれました。
彼から連絡があれば、その日は基本的には用事を全く入れないことにしています。
後ろが詰まっていたら、落ち着いて対応できないですから。
前に向かいだした彼の話を聞いて安心しました。
その一方で、どうして私はそうなれずに長い間、過ごしているのだろうかと思いました。
やはり一番わからないのは、自分なのです。
彼から心のこもったプレゼントをもらいました。
実は50年前にも彼から心のこもったプレゼントをもらったことがあります。
うっかりそれを落としてしまい、彼の目の前で無駄にしてしまったことがあります。
今度はそうならないように大事に使いたいと思いますが、実は今の私にはあまり使うチャンスがないものです。
しかし、無理をしてでも使わせてもらおうと思います。
今日は早速使う予定です。
今日も湯島です。
相談事は絶えることがありません。
まだしばらくは旅立てそうもありません。
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