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2017/12/19

■塩野七生さんの「ギリシア人の物語Ⅲ」を読みました

昨日届いた塩野七生さんの「ギリシア人の物語Ⅲ」を読みました。
塩野さんの作品は、最初の歴史長編の「ローマ人の物語Ⅰ」から出版されるとすぐに読んできましたが、これで終わりかと思うと少し残念です。

塩野さんの作品の面白さのひとつは、現代につながっているメッセージがたくさんあるからです。
今回もたくさんのメッセージを感じましたが、面白かったのはやはり後半のアレキサンダー大王の話でした。
歴史は人がつくりだすことを、改めて実感しました。

昨日の朝日新聞に、「最後は一番若い男を書くぞ」という塩野さんのインタビュー発言が出ていましたが、20代のアレキサンダー大王がまるで生きているように伝わってきました。
若いということの「やさしさ」と「素晴らしさ」を、改めて感じましたが、それはそれとして、今回は最近の大企業の「惨状」を打開するためにいつも私が思っていることが、実にわかりやすく語られているのに驚きました。
大企業の経営者や管理者の人たちにぜひ読んでほしいと思いました。

たとえばこんなエピソード。
高熱を出したアレキサンダーに、医師フィリッボスが飲み薬の調合を始めた時の話です。
フィリッボスが飲み薬の調合を始めた時、兵士が、副将パルメニオンからの緊急の知らせだという手紙をアレキサンダーに届けます。
「若き王は、その手紙を読み始める。医師が、調合した飲み薬を杯に入れ終わったとき、王も、手紙を読み終えていた。その手紙には、アレクサンドロスの毒殺を狙うペルシア王ダリウスが、多額の報酬を約束することで主治医フィリッボスの買収に成功したという噂を耳にしたので伝える、と書いてあったのだ。医師が差し出す飲み薬の入った杯を右手で受けとりながら、アレクサンドロスは左手で、パルメニオンからの手紙を医師に手渡す。王が薬を飲むのと、医師が手紙を読むのが、同時進行で進んだ。薬を飲み干していく王と、手紙を読みながら蒼白になっていく医師。それは、2人の間でくり広げられた、無言のうちに進んだ緊迫のドラマでもあった。」

私はこういう場面が一番好きです。
その後、どうなったかは本書を読んでください。
信頼とはどういうものか。
人を信頼したことのない人にはたぶんわからないことでしょう。
塩野さんは、別のところで、「裏切り」についても書いています。

なぜペルシアはアレキサンダーに勝てなかったのか。
その理由も塩野さんは明確に指摘しています。
まずアレキサンダーは兵士(だけではありませんが)を人間として扱った。
これに関する感動的なエピソードもたくさん出てきます。
だから、アレキサンダーは連戦連勝だったのです。

私は、ほとんどの不幸は「人を人として扱わないこと」から起きていると思っていますので、アレキサンダーの生き方に心底ほれぼれとしますが、その一方で、そういう生き方ができたアレキサンダーに大きな嫉妬も感じます。
そういう生き方ができるほどの自信を持つことは、なかなかできることではありません。

塩野さんはまた、「アレクサンドロスは、自国を捨て他国の傭兵になるという当時のギリシア世界に広まっていた傾向を嫌っていた。ギリシア民族の傭兵化こそがギリシア世界に害をもたらした、と信じて疑わなかったのである」と書いています。
さまざまなメッセージを感じますが、最近の日本の大企業が元気のない理由にもつながっているように思います。
いや、私たちの生き方にもつながっているかもしれません。

信頼、人間性、そしてコモンズ感覚。
それが希薄になった組織(社会)は快適でも生産的でもありません。
アレキサンダーの物語は、それを示唆してくれます。

情報の話も示唆に富んでいます。
「情報とは、すべてでなければ情報にはならない。下にいる者がふるい分けたものを上にあげるのでは、真の意味の情報にはならない」という塩野さんの私的に共感します。

知らないこともたくさんありました。
たとえば「テオリコン」。
これは今でいうベーシック・インカムですが、それがこの時代にあったとは驚きました。
アレキサンダーの後、なぜヘレニズム時代が3世紀もつづいたのかも含めて、ヘレニズムの意味があまり理解できていなかったのですが、この本を読んでようやく理解できました。
アレキサンダーがペルセポリスを焼き払ってしまったことだけは許せませんでしたが、本書を読んでやっとそれが理解できました。

民主主義やデモクラシーに関しても、いろいろと考えさせられました。
塩野さんは、「より多くの人の頭脳を結集すればより良き政治が行えると思うほど、「デモクラシー」は単純には出来ていない」と言い放ちます。
アテネには、デモクラシーはあったとしても民主主義はなかったと私は考えていますが、塩野さんの次の指摘にはちょっとうれしい気がします。
先日のサロンで、私が伝えたかったことの一つだったからです。

「デモクラツィア」と「オリガルキア」に対し、貴族と平民の間で抗争が絶えなかったローマは、「レス・プブリカ」と名づけた新しい概念を創り出したのである。「パブリック」を考えれば、「対立」よりも「融合」で行くべきだ、と。

いずれにしろ実に面白かったです。
ところで、塩野さんの文体が、これまでのものとはちょっと違っているような気がしたのは、私の気のせいでしょうか。

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