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2017/12/12

■節子への挽歌3720:会社時代の友人からのメール

節子
会社時代の2人の知り合いからメールが来ました。
ひとりは私のアシスタントをしていた女性で、最近メールを始めたといってきました。
会社時代の同じ職場の女性たちと会うことがあれば湯島にどうぞと誘っておきました。
もう30年近く経ちますので、みんな変わっているでしょう。
会社時代は、私は女性には軽く扱われていたか人気があったか、どちらかわかりませんが、たぶんちょっと変わった存在だったような気がします。
節子も見ていますが、正月初出勤日には、和服姿の女性たち10人ほど(つまり職場の全女性です)と私だけが皇居前かどこかに行って写真を撮っています。
当時は初出勤日は女性はみんな和服だったのです。
すでに節子とは結婚していましたが、まあだからこそ誘い出されたのかもしれません。
メールをくれた女性も、その中にいたと思いますが、彼女は少し変わった私のアシスタントで苦労したようです。
退社後は、専業主婦として、たぶん豊かな生き方をしてきているでしょう。
毎年年賀状をくれますが、会社時代とほとんど変わらない暮らしぶりのようでした。

もう一人は、会社時代、一緒にトップへのレポートを書いたりしたこともある友人ですが、いまは経団連の会長をやっています。
私が会社を辞めた後、彼を通して、仕事を頼まれたこともありますが、私からNPO支援のお願いをしたこともあります。
最近、私がいた会社の不祥事が新聞で話題になっているので、さぞかし苦労していると思い、メールしてしまったのですが、その返事です。
きわめて多様な状況でしょうから、まさか返事が来るとは思っていませんでした。

さて、平凡な主婦になるのと財界のトップになるのと、どちらが豊かな人生でしょうか。
それは一概には言えませんし、いずれも比べられないそれぞれの豊かさがあるということも言えるでしょう。
しかし私が最近思うのは、組織人を長くやっていると、思考の幅が狭められ、そこからなかなか抜け出せなくなってしまうような気がします。
もちろんそれが悪いわけではなく、むしろそれによって生きやすくなるとも言えるのですが、私のように、中途半端に組織で生き、組織外で生きてくると、逆にその狭間で、両方への違和感が生まれてしまい、生きにくくなってしまっているのかもしれません。
いずれの世界にも通じているという言い方もできますが、たぶんそうではなく、どちらつかずの居心地の悪さのほうが強い気がします。
まあ、それに気づいたのも、最近なのですが。

来年はもしかしたら、ふたりに会えるかもしれません。
経団連会長という要職にある間は会えることもないでしょうが、彼もいつか普通の人になるでしょう。
主婦として忙しい間はなかなか時間が取れないでしょうが、子育ても終わり、時間ができてきたら、彼女も会いに来られるかもしれません。

そういえば、先日、湯島に来た会社時代の後輩は、私のことを「超人のようだった」とほめてくれましたが、会社時代は優秀ではなかったおかげで、敵はあまりいなかったようです。
辞めてからもいろんな人たちが湯島に来てくれることに感謝しています。

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