« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »

2018年1月

2018/01/31

■節子への挽歌3763:皆既月食

節子
今夜は、スーパーブルーブラッドムーンという長い名前のついた、みごとなお月様なのですが、それがいま皆既月食に入りつつあります。
娘が声をかけてくれたので、屋上に上がって見ていたのですが、もう半分以上が隠れつつあります。
ずっと見とれていたいのですが、寒くてそれどころではありません。
すべてが影覆われる時間の少し前にまた屋上に上がり、震えながら見ていました。
星もいつもよりよく見えました。
久しぶりに見る夜空です。
節子もきっと見ていることでしょう。

写真を撮りましたが、私のカメラと腕では、まったくだめです。
天体写真家の橋本さんが、フェイスブックに準備ができたと書いてあったので、プロの写真はそれに任せましょう。
写真マニアの渕野さんも昨夜のお月様を見事に撮影していましたので、今日も撮ってほしいとフェイスブックで頼みました。
どんな写真がアップされるか楽しみです。

それにしても寒い。
今日はあんまり体調がよくなかったので休養していたのに、まったく無駄になりそうです。
私の部屋はエアコンもないので、まだ震えがとまらない。
それに急に寒いところで長い時間上を見ていたので、首もおかしくなってしまいました。
いや頭までまた痛くなってきました。
注意しないと脳梗塞になってしまいかねません。

急いでお風呂に入って、今日は寝ましょう。
お風呂の中で倒れなければいいのですが。
いやはや困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■憲法9条を考えるもうひとつの視点

今日はちょっと体調がすぐれないので自宅で休養していたのですが、ついつい机の上に積んであった本を読んでしまいました。
国際関係論を専門にしている篠田英朗さんの「本当の憲法」(ちくま新書)です。
副題が、「戦後日本憲法学批判」となっていますが、とても刺激的で示唆的です。
憲法学者の憲法論とは視点が全く違いますが、私がこれまで違和感を持っていたことが、ほぼすべて解消した気がします。
もっと早く読めば、と悔やまれます。

前回のリンカーンクラブの集まりでも、「国民主権」という概念がどうもすっきりしないことを話したのですが、それもすっきりしました。
みなさんにも、ぜひ第1章「日本国憲法をめぐる誤解を解く」だけでも読んでほしいと思います。
たとえば、こんなことが書かれています。

日本国憲法の3大原理といわれる「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」は、目的あって、原理ではない。原理は「国政は国民の厳粛な信託による」と「国際協調主義」。
憲法9条は、日本独自のものではなく、その価値は、例外性にあるのではない。その国際標準的な性格にある。
あるいは、
日本憲法の根底にある英米法思想の起点は、諸個人の権利である。つまり「国民主権」ではない。

ちょっと私の考えに合わせて解釈しているかもしれませんが、こう考えれば、日本憲法9条をノーベル賞平和賞候補にといった考えが、いかに視野の狭い「日本ファースト」的発想かがわかります。
私がなんとなく感じていた疑問が氷解します。
不戦条約ですでに戦争は否定され、軍隊のない国は日本以外にいくらでもあり、むしろ日本は軍隊に守られている。
自衛隊の存在は違憲だと思いながらも、なぜか存続を認めたい。

今日はあんまり調子がよくないので、まだ整理できていませんが、頭痛がなくなったら、少し整理しようと思います。

でも多くの人に読んでほしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■コムケアサロン「成年後見制度ってご存知ですか」のご案内

最近、成年後見制度に関わる相談を受けることがありました。
いざ、相談を受けてみると私自身の理解の浅さを思い知らされました。
と同時に、制度的な疑問点やそれが起こしている問題も改めて見えてきました。

私は、認知症予防ゲームの普及にささやかに関わっていますが、その実践者たちとの話し合いの中で、これまで成年後見制度が話題になったことがありません。
しかし、高齢者介護や認知症予防に関わっていくのであれば、成年後見制度のことは知っておく必要があると改めて感じました。
そのことを、フェイスブックに少し書いてみたら、その反応の多さに驚きました。
そこで、急遽、「成年後見制度」をテーマにサロンを開催することにしました。

ただし今回は、いわば入門編です。
しかし、単に制度の勉強をすることを目指してはいません。
成年後見制度によって人生を狂わされたというような話もありますが、そうした「成年後見制度の闇」を話題の中心にするものでもありません。
まずは、 そもそも成年後見制度にも関わりながら実践活動をしている立場からのお話をお聴きすることにしました。
お願いしたのは、“高齢者を支えるご家族”のための相談所「一般社団法人コレカラ・サポート」の千葉晃一さんです。
これまでのお付き合いの中で、千葉さんであれば、信頼できる公正な生きた話をお聴きできると思ったからです。

千葉さんのお人柄や活動は、一般社団法人コレカラ・サポートをご覧ください。
http://www.koresapo.com/message/index.html
千葉さんは、高齢者やそのご家族からいろんな相談を受けていますが、基本は、困っている人のところに出かけて行って、話をするという姿勢を大切にしています。
ですから実にさまざまな「現場」を、全身で「体験」されています。
そんなお立場を踏まえて、成年後見制度はどんな状況において検討されるのか、また相談を受けたらどんな説明をしているのか、そういう具体的な話を紹介していただきながら、参加者の質疑に応えていただきながら、成年後見制度への理解を深めてもらえればと思います。
実際に、成年後見制度を考えている人や問題を抱えている人にも、千葉さんは応えてくれるはずです。

これは私の偏見かもしれませんが、成人後見制度のなかに、行政や司法の現在の福祉観と共に、私たち生活者の福祉観が、垣間見えるような気もします。
自分とはあまり縁がない制度だと思っている人も少なくないと思いますが、決してそんなことはない、と私は思います。
今回は入門編ではありますが、ご自身の体験や問題なども話してもらう時間もつくりたいと思います。
もしかしたら、このテーマはさらに深掘りをすることになるかもしれません。

ご都合に合わせてご参加ください。

○日時:2018年2月27日(火曜日)午後2時~4時
○場所:湯島コムケアセンター
http://cws.c.ooco.jp/cccentermap.pdf
○テーマ:「成年後見制度ってご存知ですか」
○話題提供者:千葉晃一(一般社団法人コレカラ・サポート代表理事)
○会費:500円

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3762:孫の目線の先

節子
節子にはとても悪い気がするのですが、孫が時々、わが家に来ます。
週に半分くらいは来ているかもしれません。
名前は「にこ」と言います。
私がしたのと同じように、娘がひらがなの名前にしたのです。

にこが、わが家にやってきて最初にやるのは、節子への「ちん」です。
娘がそうしたのですが、やってくると、まずは節子の位牌に向かって、鐘を鳴らし合掌します。
まだお線香はあげられませんが、いつかあげるようになるでしょう。

次にやるのが、私との握手です。
ところがです。
握手をする時に、にこはあらぬ方を見るのです。
握手の時だけではありません。
時々、目線が宙を浮いているのです。
もしかしたら、私には見えないものを見ているのかもしれないという感じです。
いや感じというよりも、私にはそうとしか考えられません。
もしかしたら、私と握手しながら、節子を見ているのかもしれません。
しかし、私がその目線の先をいくら見ても、そこには何もありません。
乳幼児には、私たち成人には見えない世界が見えていることは、良く報告されていることです。
どんな世界を見ているのか、とても興味がありますが、残念ながらまだ会話はできません。
会話ができるようになるまで、忘れないでいてくれるといいのですが。

今日も、にこはやってくるはずです。
私も会いたくなので、会えるはずです。
今日もまた、にこの目線の先に目を凝らしたいと思いますが、そうした「意識」が働くと、たぶん見えるものも見えなくなるのでしょう。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3761:他者を気遣うことは自らの元気を生み出します

節子
また昨日も書けませんでしたが、最近なにやらまた時間破産になりそうです。
たいしたことはやっていないのですが、なぜか時間がない。
困ったものです。

大雪の中の新潟のKさんから電話がありました。
異常な寒さで、水道が破裂したりして大変なようです。
奥さんが年末から入院されていて、お一人のお正月だったようで、その上、雪に閉じ込められてしまうと、気分が晴れなくなり、電話してくださいます。
私と電話で話すと、少し元気が出るそうです。
自宅にいても、役立てることがあるのはしあわせなことです。
人は存在するだけで役に立つこともあるのです。

奥様の入院している病院で、いろんな人に会うようです。
今日は、その一人の話を聞かせてくれました。
まだ若い女性ですが、事故に遭って脚を失ったそうです。
病院に行くたびに声をかけているようですが、自分がどんなに落ち込んでも、他者を気にかけるところは、いかにもKさんらしいです。

しかし、もしかしたら、他者を気遣う気持ちと行動が、実はKさん自身を一番元気づけているのかもしれません。
ケアは、まさに双方向に元気をつくりだすことなのです。
今日はちょっと調子がよくないので、自宅でせいぜい誰かの役に立つことをしながら、自らを元気にしたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/30

■アーサー・ビナードさんの「知らなかった、僕らの戦争」

ご自身の戦争時の体験を語りだしている、京都の高林さんが、3月にアーサー・ビナードさんと対談することになりました。
それで、遅まきながら、アーサー・ビナードさんの「知らなかった、僕らの戦争」(小学館)を読みました。
面白くて一気に読みました。
何が面白かったといえば、「本当はみんな知っていた」ということを感じたことです。
正確には、「みんな」ではなく、一部の関係者ですが、その気になれば知ることができたということです。
戦争がはじまった頃、日本は勝つはずがないと語っていた義母に「非国民」と非難していた体験を語っている女性がいます。
「教育」を受けていた人と「違う教育」を受けていた人とは世界が違って見えていたようです。
原爆の真実も「真珠湾奇襲」の真実も、いまでは「教育」通りに考えていない人も増えてきていますが、相変わらず「教育」で教えられたことを信じている人も少なくありません。
しかし、真実は現場にあるということを、この本を読んで改めて実感しました。

ビナードさんの発言にも共感することが少なくありません。
安倍総理の真珠湾訪問とオバマ大統領の広島訪問のからくりは、私も感じていたことで、いずれも違和感を持っていましたが、彼は明確に切り捨てます。
とりわけ、オバマ大統領が長崎に行かずに、しかもオスプレイを誇示したかに関する違和感は、この本を読んで少し納得しました。
広島と長崎の扱いの違いも、この本を読んで納得できた気がします。
それにしても、なぜ広島の人は、毎年、安倍首相を受け入れるのか、理解できません。


この本には、いろんな角度から、戦争にまつわる体験談を23人の人が語っています。
私にはたくさんの新しい気付きがありました。
パンプキン爆弾のように、知らなかったこともあります。
原発は核兵器のために、いまもなお、日本では廃炉されないことへの確信も強まりました。

読みやすい本なので、多くの人に読んでほしいです。
Binado


Binado_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/29

■節子への挽歌3760:ルーチンができていませんが、元気です

今日は一部の読者へのお詫びを書きます。
というのは、最近、挽歌が書けていないので、心配して下さっている人がどうもいるようです。
ありがたいというかうれしいというか、あるいは気が引けるというか、実は2人の人からメールがあり、今日は「インフルエンザかと思っていた」という電話までありました。
すみません。
それに今日から書きますとか書いておきながら約束を守っていないのは、やはり信義則に反します。
私が一番嫌いなことは「約束を破ること」ですが、どうも自分がそれを繰り返しやっている。
節子に合わせる顔がありません。
約束破りは、嘘をつくことと並んで、私たち夫婦ではタブーでした。

九州の友人は、こう書いてきました。

最近の世相の反映か、やや悲観的な記事が多いようですが元気にされてますか。

悲観的な記事が多いのも問題です。
日間からは何も生まれませんから、悲観はしないように心がけているのですが、やはり悲観的な意見が多くなっているのでしょうね。
注意しなければいけません。

広島の友人からも長いメールが届きました。
その人は、私が弱気なことを記事に書くと、それとなく電話をしてきてくれます。
直接何かを言うことはないのですが、それとなく気遣っていることが伝わってきます。
もっとも今回は、ご自身もちょっと大変そうな内容でした。

極めつけは、同世代の友人からの電話です。
電話に出たら、最初の一言が「ああ、よかった!」でした。
入院しているのかと思ったよというのです。
やはりこの歳になると、ルーチンをこなしていかないとみんな心配するのでしょうね。
大いに反省しました。

さて今日こそ、挽歌を再開しようと思っていたのですが、寒いので自宅ではパソコンができません。
無理をして、それこそ風邪を引いたり、心筋梗塞になったりすると悪いので、今日もまたこの記事だけにします。
いろいろと書きたいことがあるのですが、無理はしないようにします。
というか、夕方からとても面白い本を読みだしてしまったので、これを読み終えることにしました。

「知らなかった、ぼくらの戦争」
節子は許してくれるでしょう。
その本からのメッセージは、節子への挽歌よりもずっと大切そうですので。
それにようやくまた、読書意欲が戻ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■リンカーンクラブ学習型サロンの報告

「究極的民主主義」をテーマにした連続学習型サロンをスタートしました。
テキストは武田さんの『無党派市民の究極的民主主義宣言』。
今回は、その第一部を話し合いました。

まずは、『「究極的民主主義宣言」の概念の共有化から始めました。
しかし、概念の共有化でさえ、みんなからさまざまな意見が出ました。
言葉で定義したとしても、その意味解釈においては、どうしても多義性が残ります。
そのため、「学習型」というよりも、「討議型」になりそうな気配でしたが、まあ、お互いの理解の「多様性」を実感できることに意義を置くことにしました。
それに、言葉だけのやり取りでは、自らの思考には至りにくいですから。

結論として、議論の起点としての「究極的民主主義」が目指す政治制度を、「すべての主権者は自分が希望したときには、すべての政治課題についての賛否を表明することができ、その決定に関与できる政治制度」と定義することにしました。
厳密に言えば、主権者とは何か、決定に関与できるとはどういうことかなど、議論はありますが、少なくとも、議会民主主義の下における主権の信託制度とは別次元の制度です。
そのため、「議会制代議政治」は「民主主義」かどうかという議論もありましたが、「議会制民主主義は民主主義にあらず」という表現は正確ではなく、むしろ、議会制政治も直接デモクラシーも、そのいいところを取り込んで、民主主義の理念を極限まで近づけるための政治制度を考えていくことが大切だということで合意ができたと思います。

しかし、日本語の民主主義には、「イズムとしての民主主義」と「統治制度としてのデモクラシー(大衆の支配)」という次元の違う意味が含まれているので、議論が混乱しがちなのです。
その点での合意は少し時間がかかりそうなので、まずはもう少し先に、改めて話し合うことになりました。

今回の該当部分のテキスト第2章は「選挙をすれば民主主義ですか」というタイトルなのですが、選挙制度に関して話し出すとどうも各論的な話か理念的な話になってしまうので、次回のテーマにしました。
究極的民主主義が実現できる選挙制度を具体的に考えることで、改めて「究極的民主主義」とは何か、という理解が深まるだろうと思います。

話していると、同じ言葉を使っていても、その意味内容は違っていることもありますが、話し合っているうちに、その違いが可視化されるとともに、新しい気付きが得られる。
これが、今回の「学習型」の意味です。
なにかを学ぶだけではなく、学びながら新しいものを創り上げていくことに、これから挑戦していければと思っています。

こう書いてしまうと難しい知識がないと話し合いができないように思われるかもしれませんが、むしろ白紙の状況で、新しい考えや提案に触れることで、自らの考えを確認し、豊かにしていくという意味での「学習」でもありますので、ぜひ気楽にご参加ください。

次回は、2月17日(土曜日)の午後2時からを予定しています。
今回参加されなかった方にも、最初に要点を整理したうえで話し合いを始めますので、今回参加できなかった方も、ご関心があれば次回からご参加ください。
参加される方には、あらかじめテキストをお届けできるようにしたいと思っています。

今回はリンカーンクラブのサロンやフォーラムに参加したことのない母親の方も参加してくださいました。
女性の方が参加してくれると、話し合いの幅が広がります。
女性のみなさんの参加を事務局としては期待しています。

今回の参加者は10人でした。

201801


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/28

■コムケアサロン「なぜ生きるのか」のご案内

コムケアサロンの案内です。
今回は、「なぜ生きるのか」という、ちょっと「重いテーマ」を選びました。
それに合わせて時間も少し長くとりました。
今回のサロンは、前にも一度、サロンで話してもらった“モモさん”の希望で開催しますが、心理カウンセラーの“ビタミン和子さん”も協力してくださいます。

モモさんからのメッセージを紹介します。

生きているのが辛いことは皆さんあると思いますが、 それでも生きていようと思う理由というか、 (嫌でも)生きていかなきゃいけない理由みたいなことを、 話し合うようなサロンを開いていただけたらな~。

できれば、もともと生きていたいと思える方より、
生きていくのが辛い、死んだ方が楽だと思いつつ、
それでも生きている方のお話、
そのモチベーションみたいなものをお聞かせいただけたらと。

 または、昔は死にたかったけど今は死にたくなくなった方に、
どのような流れでそう変わったのかをお尋ねしてみたいと思います。

重いテーマですが、湯島のサロンですから、明るく気楽に話し合いたいと思います。
元気の塊のビタミン和子さんも参加してくださいますので、間違いなくそうなるでしょう。
そして、「なぜ生きるのか」を踏まえて、「生きる力を高める場」にできればと思います。
「重い」テーマであればこそ、「明るく」「気楽」に話し合い対等の我、湯島の精神ですので。

実際にモモさんと同じような体験をしたことのある人、している人も、「生きる意味」など考える余裕もない人、必要もないひと、さらにはこういうテーマにはまったく関心のない人、だれでも歓迎です。
世界を広げ、元気が出るサロンにしたいと思いますので、よろしくお願いします。

いつもより早い時間から始めますが、いつものように出入り自由ですので、途中からのっ参加も歓迎です。
ご都合に合わせてご参加ください。

〇日時:2018年2月7日(水曜日)午後5時~8時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「なぜ生きるのか/どうしたら生きる力を高められるか」
〇会費:500円

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/25

■縁紡ぎカフェを始めます

前に構想を書きましたが、いよいよ縁紡ぎカフェがオープンです。
思い付いたきっかけを再掲します。

鷲田誠一さんの「しんがりの思想」(角川新書)にこんなような文章がありました。

退社したあと、解雇されたあとの長い日々。鋼鉄のドアで遮断され、近所との行き来も(そしてそのための蓄えも)乏しく、緑、つまりいざとなったらいつでももたれかかることのできる支えあいの仕組みからはじき出された高齢の単身者の生活。 孤立への怖れはしかし、高齢者だけでなく、若い世代の心をも深く蝕んでいる。 縁はみずから紡いでゆくほかないとはいえ、そのチャンスがたやすく見つかるわけでもない。そういう緑を、あるいはネットワークを、みずから紡ぎだしてゆくことができずに、ただうずくまっているしかないひとびとを見聞きし、わたしはこの社会がいつのまにこんなに脆弱になってしまったのかと呆然となる。

そういう「縁」や、ゆる~い「つながり」が育ちやすい場所をつくりたくなりました。
そこで、毎月、最初の水曜日の午前11時から4時までを、縁紡ぎカフェと称して、湯島でオープンカフェを開くことにしました。
いざとなった時に、もたれかかれるような縁を紡ぎたいという人を主な対象にしますが、だれでも歓迎です。

但し、湯島でいつもやっているサロンではありません。
単なるカフェです。それもコーヒー代はかなり高いです。
湯島のサロンは、自分で自由に缶に入れていく方式ですが、このカフェは強制的に料金としていただきます。
しかも前金で、領収書は出しません。
いただいた料金は積み立てて、縁紡ぎ基金(仮称)にします。
カフェ代は500円以上(上限はありません)です。
縁紡ぎ基金への寄付も歓迎です。

滞店時間は開店中であれば制限はありません。
なにも話さなくても寝ていても、仕事してもいいです。
但し、他の人、特に私に迷惑をかけることはしてほしくありません。
もし誰かと話したい場合は、気が向いたら私が相手をしますが、確実ではありません。
ちなみにきちんと相談したいことがある人への相談には応じますが、有料です。
まあ料金は勝手に決めてくださっていいですが、その料金は縁紡ぎ基金にではなく、私の日当になります。
気が向いたら、私から基金に寄付しますが、気が向かない場合は、私の生活費になります。
これも領収書は出ません。
但し、10万円を超える場合は、検討します。

私は、たぶんずっといると思いますが、本を読んでいるかもしれません。
機嫌が悪い時もあるかもしれませんので、ご注意ください。

当面は湯島ですが、誰かが無償でお店を提供してくれたら、湯島近くであればそこに移ります。
そんなわけで、お店を提供してくれる人も公募します。
縁紡ぎ基金がたくさんたまったら、常設店を開きたいです。
そうなったら、私は利用客になりたいと思いますので、だれかやる人を公募します。

最初の開店日は、2月7日の午前11時から午後4時までです。
特にオープン記念イベントはありません。
ランチメニューもありませんが、持込みは自由です。
私の分も持ってきてくれるとうれしいです。
誰も来ない場合は、私はランチ抜きになります。

お客様が一人も来なくても、少なくとも3か月は継続します。
さてさてどうなるでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3759:長電話には気が抜かれます

節子
この前の挽歌を書いた後、気が戻ってきたので、もう2つ書く予定だったのですが、実はまさにパソコンに向かったその時に電話がかかってきました。
長い電話でした。
最近湯島に相談に来た人からなのですが、私が電話嫌いなのと夜の8時過ぎには電話には出ないことを知らなかったのです。
出なければよかったのですが、翌日のサロンの相談かと思い(たまたま同じ苗字だったため)、うっかり出てしまいました。
私が思っていた相手ならば、「はい、どうぞ」で終わるはずでした。
出も違う人で、長電話になってしまいました。
それですっかり気を抜かれてしまい、ドスンとまた気が抜けてしまいました。
そもそも電話の相談は基本的に私はダメなのです。
相談は面と向かって出ないと、私には対応できないのです。
機械に向って話すことは、私にはとても耐えがたいことなのです。
それでこの時もつい機嫌が悪くなってしまい、ぞんざいな返答をしたと思います。

相手の人に落ち度があったわけではありません。
電話の内容もおかしかったわけではありません。
電話嫌いの私の勝手さからの不幸でした。
回復までに3日かかってしまいました。
困ったものです。

わが家では、昔から朝の8時から夜の8時が電話ができる時間でした。
これは節子と一緒に決めたルールでした。
でもそんなことは社会の常識だと思っていました。
電話は相手の生活を乱しますから、私たちはとても気を遣ってかけていました。

それに、私は電話を相手に話をするのは耐えられなくて、10分を過ぎるとだんだん機嫌が悪くなるのを抑えられないのです。
自分でもわかるのですが、相手の気分を害するような話し方になってしまいます。
ですから電話を切った後、とても嫌な気分になりますが、でも長い電話の常連の人もいて、相手に申し訳なく思っています。
にもかかわらず、その日は1時間近い電話が3回、あったのです。
しかも最後は午後8時過ぎ。
私の常識ではありえないことなのです。

念のために言えば、急ぎとかその時間でなければだめとかいう理由が合えばいいのですが、そんなことは訃報とか事故以外、私には考えられないのです。

大げさですが、今日やっと立ち直りました。
この2日間、私の機嫌が悪かったので、会った方は不快な気分になったかもしれません。
八つ当たりしてしまった人には申し訳ありませんでした。

明日からまた挽歌を書きだします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/24

■第2回「茶色の朝」サロン報告

第2回目の「茶色の朝」サロンには寒い中を12人の参加者がありました。
男女半々でした。
今回は少しだけですが、生活につながるような話もいくつか出ました。
ただやはり時間の関係もあって、話し合いになるところまで行きませんでした。
話し合いは、やはり何回かつづけていかないと難しそうです。

今回は最初に、参加者のおひとりが、この寓話から感じた3つのことを整理して話してくれました。
「2つのおそれ」「作者からのメッセージ」「物語のその後」です。
彼女は、警告だけではなく希望を感じたと言います。
しかし、そのためには、「わたし」をしっかり取り戻せって言っている、と感じたそうです。

せっかく整理してくれたので、ここから議論する方法もあったのですが、今回もまだオープニングサロンですので、ともかく全員それぞれに感想を話してもらいました。
いろいろと示唆に富む気づきが語られました。

ある人は、子どもでつながっている母親仲間とは、政治がらみの話はしにくいし、なにか行動を起こして目立つのも勇気がいるというような話をしてくれました。
今回も、どうして戦争を食い止められなかったのだろうかと自分の親に問いかけた話を複数の方がしてくれました。
前回と違ったのは、今回お話された方たちは、自分が子どもたちに同じ思いをさせないように行動している、あるいは行動しようと思っているということでした。

すでにさまざまな活動を長年されている女性の方も参加してくれました。
彼女も、こういう話し合いのサロン活動を7年もしてきたが、なかなか流れは変わらない。
もっと大きな構想を踏まえて、具体的な目標に向かって行動しないといけないと思い出していると話しました。
口だけではなく、彼女は実際にさまざまな取り組みを実践しています。
しかし、私自身は、むしろ迂遠なようでも、一人ひとりの意識が変わっていくような、こういうサロンが大切だという思いを、ますます強めています。
いろんな活動や取り組みがあることが大切ですし。

教育が大切だという人もいました。自分が学んだ教科書と子ども使っている教科書の違いを紹介してくれた人もいます。
これはできれば、サロンで取り上げたいテーマです。

まだいろんな話が出ましたが、実は私が前夜、あまり寝ていなくて、いささか頭がダウンしていて、話し合いの内容をまだ思い出せません。
参加者のみなさん、どなたか気が向いたら補足してください。

みなさんの感想が一巡した後で、参加者のみなさんに、日本は現在どんな状況だと思っているかお訊きしたところ、まだ半数の方は、「茶色の社会」への懸念を感じだしているような感じでした。
もちろん朝を過ぎた、もう行くところに来ているというような思いを持っている人もいました。
私自身は、もう日本の社会は「茶色」に埋め尽くされつつあると考えています。
もっとも私が考える「茶色」は、ファシズムを象徴する茶色でもありますが、そのもっと根本にある茶色、「金銭」です。
これに関しては、また改めて話し合えればと思います。

最後に、政治問題どころではなく、今日をどう生きようかと一生けんめいに自分と闘っている人が、遅れて参加してきました。
彼女は、こういう場に出てくるだけでも大変なのです。
たまたま心理カウンセラーの参加者がいたので、いつの間にかその2人の話になってしまいました。
横道に外れすぎではないかと思われた方もいたと思いますが、進行役の特権で、少し流れに任せました。
問題提起した若い女性のような人とは接点のなかった人もいたかもしれません。
しかし、「政治などに気を向ける余裕がないほど」生きにくい状況を生きている人もいるのです。
そういう人のことを知ることも、私は大切な「政治活動」だと思っています。
湯島のサロンは、そういう横道体験が、偶発することに一つの異議があります。
さすがに途中で、その話は終わらせてもらいましたが、その2人を主役にした、「生きる意味を考える」サロンを2月7日5時から8時の予定で開催することにしました。
よかったら参加してください。

2回の「茶色の朝」オープニングサロンを行いましたが、結局当初予定していた、「気になることの話し合い」にさえ行き着きませんでした。
でも何人かの方からは継続を要請されました。

そんなわけで、次回から、いよいよ本格的な「茶色の朝」サロンがはじまります。
日程が決まり次第ご案内させてもらいます。
あるいは、こんな話をしたいという方がいたら、ご連絡ください。
その人の都合を優先してサロンを設定することも考えたいと思います。

Photo_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/23

■節子への挽歌3758:雪の朝

節子
我孫子は15センチ以上も雪が積もりました。
雪の日の日の出を見たくて、寒さの中を待っていました。
歩の出前の雰囲気もとても神秘的でした。
手賀沼の湖上に靄がかっていた、なんとなく幻想的な風景でした。
写真に撮りましたが、雰囲気はあんまり伝えられませんが。

01


02

陽のでは見事でした。
朝焼けの中から太陽が顔を出し、それがゆっくりと大きくなり、世界を赤く染めだすのですが、しばらくすると白く輝く世界に変化するのです。
この光景はいつも感動的です。

庭も雪に覆われ、神々しい感じです。
雪の世界は美しいです。

このまま、雪が解けなければ、とつい思います。


P1020881


P1020888_2


P1020892_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/22

■節子への挽歌3757:挽歌を書くことはできても、読むことはまだできません

節子
雪がどんどん積もっています。

挽歌もかなり日数とのずれができてしまっているので、今日はもう一つ書こうと思います。
昨日、挽歌を読んでくださっている人に会いましたが、実はその前日も湯島で、やはり挽歌を読んでくださっている人に会いました。
その人が、1冊の本をくれました。
眉村卓さんの「妻に捧げた1778話」です。
2004年に出版され、いまも版を重ねるくらい読まれている本のようです。
この本のことは知りませんでしたが、眉村卓さんの作品は若いころよく読みました。
しかし、いただきながら、どうも読もうという気にはなれません。
机の上に置いているので、いつか読もうという気になるかもしれませんが、いつになるかわかりません。

「読むこと」と「書くこと」とは全く違うことなのかもしれません。
私は、書くことはできますが、同じ立場の人の書いたものを読む勇気はまだ出てきません。
伴侶を亡くした人たちの、グリーフケア的な集まりもありますが、そういう場にも私は行けそうもありません。
一度、自殺遺族のグリーフケアに参加したことがありましたが、そこではあまり抵抗なく妻の死を語れました。
病死と自死との違いは、グリーフケアということでは差異はなく、むしろだからこそ話し合えるという気もしました。
以前、この挽歌に書きましたが、その時にお会いした人とは、その後、京都でお会いしました。
どこかでお互いに通ずるところがありました。
つまり、伴侶の死とか子どもの死とか、自死とか病死とかを超えて、心を通わせあうことはできるのですが、妻の死という、同じ状況の場合は、いささかリアルすぎて、逆に読む勇気が出てこないのです。

前に書いたと思いますが、夫を亡くした友人が、もうひとり同じような人がいると言って、わざわざ群馬から2人で湯島に来てくれたことがあります。
それぞれが話さなくても、感情を共有できた気がします。
私よりもほんの少しだけ年上の彼女は、少しだけみんなで哀しさや寂しさを気持的に共有したあと、これでもう話題を変えましょうと言い出しました。
結局、だれも体験談を話すことはなかったのです。
その時は少し違和感がありましたが、いま考えると、彼女はきっと話せなかったのです。
いや話す必要がなくなった。
もしかしたら、3人ともそうだったのかもしれません。
今となっては、その後、3人で何を話したか思い出せません。
そういえば、その後、彼女に会っていません。
どうしているでしょうか。

ところで、私の場合は、書くことで、私自身が支えられています。
昨年末、挽歌が書けていない時期は、私自身の気が萎えていました。
気が萎えていたから挽歌が書けなかったのではなく、挽歌を書かなかったから、気が萎えていたのかもしれません。

私には、挽歌は元気の出る薬のようなものなのかもしれません。
読む人への配慮もなければ、意識もありません。
ですから読んで下さる人がいるのはとてもありがたいのですが、どこかで申し訳ない気もしています。
内容のない、鬱積した気分を、その時々の気分に合わせて書きなぐっているだけだからです。
それでも私自身が何とか生きつづけられているのは、この挽歌のおかげなのです。
眉村さんのように、誰かに読んでもらえる挽歌にはできそうもありません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3756:「羊たちの沈黙」

節子
「羊たちの沈黙」を観てしまいました。

この映画ははじめてです。
上映当時から気になっていた映画ですが、娘たちから「お父さん向きではない」と強くいわれていたのです。
噂でも猟奇性が強いように伝わっていたので、私には見続けないだろうなと思いながら、ずっと観ないでいたのです。
私は、テレビで手術の場面でさえ、見ることができないタイプなのです。
困ったものですが。

たしかに目をそむけてしまう場面もありましたが、あんまりたいしたことはありませんでした。
ストーリーもあっけないほど空疎です。
ただアンソニー・ホプキンスは見応えがありました。
猟奇的なシーンも、最近ではさほど珍しくない感じです。
この作品ができた当時に比べると、社会そのものがどんどんと「猟奇的」になっているのかもしれません。
映画を観ていると、社会の変化がよくわかります。
いまの時代は、時代そのものが私には「猟奇的」です。
テレビで、注文してから1分以内に料理が出されるお店の特集をやっていましたが、これも私には猟奇的です。

私はそんなお店には行きたくありません。
餌を食べるのではあるまいし。

節子は、まだ「いい時代」に人生を過ごしました。
最近時々そう思うことがあります。
ちなみに、節子はこういう映画は見られないでしょう。
そもそも人を殺傷する映画が嫌いでしたし、格闘技でさえ、いやがっていましたから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3755:雪が降ってきた

節子
雪です。
大雪警戒が出ていたので、今日は出かけるのをやめてしまいました。
実は久しぶりの雪の中を出掛けたくて、埼玉に行く約束をしていたのですが、思いのほか、積もりそうになってきたので、延期させてもらいました。
朝からちらついていましたが、お昼過ぎから降りだし、いまはもう1~2センチ積もっています。
夜まで降っているそうですので、明日の朝は楽しみです。

昨日、わが家で集まりをやりました。
みんな節子の面識のない人たちばかりです。
最初に来たMさんが、今日は線香をあげさせてもらうと言ってくれたので、最初にやってきた2人の人も一緒に線香をあげてくれました。
そのうちのお一人は、挽歌のことを知っていて、読んでくださったようです。
初対面の人なのですが、なんとなくそれで親しさが生まれてしまいました。
挽歌を読んでくれた人には、私の本性はもう隠しようもありませんので、親しくならないわけにはいきません。
今朝、その人からも、「なんだか不謹慎ですが、雪が楽しみです」とメールが届きました。
ますます親しみを感じました。
私も雪は大好きで、雪が降ると会社を休んでいたほどです。
通勤が大変だからではなく、雪と付き合いたかったからです。

今日は、そんなわけで、朝からずっと自宅にいます。
めずらしくというか、学生のテキストを読んでいました。
政治理論のテキストです。
いつもとは違い、ノートを取りながら読みました。
久しぶりに勉強した感じです。
語り合える学友がいればもっと楽しいのかもしれません。
定年退職した友人知人が、大学に通いだすことが増えていますが、その気持ちがよくわかります。

さて朝からずっと読んでいたので、疲れ切りました。
相撲は見る気がしないので、テレビで映画でも見ようと思います。

雪はどんどん降っています。
さてさて明日はどうなっているでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/21

■カフェサロン「病院の歴史から日本の医療を考える」報告

16人の参加者があり、最近では一番長いロングランのサロンになりました。
それでも残念ながら、話し手にとっても聞き手にとっても、時間不足だったと思います。

話題提供者の福永さんは、著書の「日本病院史」のダイジェスト版の小冊子(なんと51頁)まで用意して下さり、そのエッセンスを話してくださいました。
最初に総論的な話をしていただき、それを踏まえて参加者の関心事を出してもらいました。
テーマがテーマだけに論点も多く、福永さんは大変だったと思いますが、参加者の関心に重点をおいた通史を話してくださった後、今の医療やこれからの医療が抱える問題、たとえば病床数の削減や地域医療構想、地域包括ケアシステムなどについて、いくつかの論点を出してくださいました。
話の内容や話し合いのやりとりは、とても要約できませんが、ぜひ福永さんの著書「日本病院史」(ピラールプレス社)をお読みください。
いろんな気付きをもらえるはずです。

ちなみに、福永さんの通史の紹介で印象的だったのは、単なる文献調査だけではなく、関連した場所を福永さんは実際に歩いて、いろんなことを気づき、発見されています。
写真なども見せてもらいながら、その話を聞かせてくださいましたが、それが実に面白かったです。

いつものように、私の主観的な報告を少しだけ書きます。

最初の総論の話は、とても示唆に富んでいました。
たとえば、江戸時代までの日本の医療は基本的に往診スタイルであり、病院ができたのはたかだか156年前というお話がありました。
医療のあり方、病気との付き合い方に関する根本的な考え方が、そこにあるように思います。

福永さんは、日本に西洋医学を紹介したオランダは、日本に「病院」を教えなかったと話されましたが、これはとても興味深いことでした。
教えなかったこともありますが、当時の日本人は、そういう発想がなかったのかもしれません。

日本最初の本格的西洋式病院は幕府が創立した「養生所」だという話も、私には興味深い話です。
私は、なぜ「ホスピタル」を「病院」と訳したのかにずっと違和感を持っているのですが、養生の思想と医療の思想は、まったく違うのではないかと思います。
つまり、病気観や治療観が違うような気がします。
日本の病院は外来と入院のハイブリッド型に特徴があるという話も、これにつながっているような気がします。

明治以降の近代病院に宗教の基盤・背景が薄いという福永さんの話も、私にはとても重要な意味があると思いました。
日本では宗教というと教団宗教と受け取られますが、宗教を人が生きる意味での精神的な拠りどころと捉えると、それはまさに健康や病につながっていきます。
日本は、世界的にみても、精神医療の隔離傾向が強いように思いますが、これもこのことと無縁ではない気がします。
私には、これは、これからの医療を考える上で、とても大切なポイントだと思えます。

日本の病院数は民間病院が多いこと、にもかかわらず、国家による規制があって、病院の病床増床を病院が自由に決定できないなど、経営の自由度が少ないことも、日本における医療政策の基本にかかわることです。
この辺りも、ていねいに本書を読むといろいろと気づかされることは多いです。
今回のサロンでは、そのあたりを深掘りすることはできませんでしたが、いつかテーマに取り上げたいと思っています。

地域包括ケアシステムに関する話も、とても示唆に富むものでした。
福永さんは、医療での「地域」という言葉には注意しなければいけないと話してくれました。
そして、「地域」は地理的な「場所」(ローカルやリージョナル)ではなく、(人のつながりを軸にした)「コミュニティ」を指していると考えると、地域医療を進めて行くときの概念が明解になると話してくれました。
とても共感できます。
地域は、統治概念ではなく、生活概念で捉える必要があると私も思っています。
そして、豊川市の事例も踏まえながら、地域包括ケアシステムの話をしてくれました。
関連して、参加者から「我が事・丸ごと地域共生社会」構想の話も出ましたが、ここでもだれが主役になるかで全く違ったものになる可能性があります。

他にも紹介したい話はいくつもありますが、ぜひ「日本病院史」をお読みください。

案内でも書きましたが、病院や医療を通して、社会のさまざまな問題、が見えてきます。そしてそれは、私たち一人ひとりの生き方の問題にもつながってきます。
参加者のひとりが、結局、私たち一人ひとりが最後をどう迎えるかという看取りの問題につながっていると発言されました。
私もそう思いますが、まだまだ医療を受動的に捉えている人が多いように思います。

最後に、私も一言、中途半端な話をさせてもらいました。
コミュニティや地域社会の大切さが言われだしているが、それらは「どこかにある」のではなく、「自分の生き方で創りだしていく」ものだと考えることが大切ではないか。

話し合いで異論がぶつかりあった点もありますが、医療問題はやはり言葉の応酬ではなく、問題をしっかりと理解していくために、総論を踏まえて、自分事を踏まえて、個別テーマごとに連続で話し合う場を持たないといけないと改めて感じました。
そういうことができるように、少し考えてみたいと思います。

福永さん
そして参加してくださったみなさん
ありがとうございました。

Byouin01


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/20

■節子への挽歌3754:春の予兆を感じたい

節子
また寒くなってきました。
寒さは生命を委縮させます。
その先に、生命が躍動する春が来ることがわかっていても、歳とともに、それが感覚的に実感できなくなってくるような気がします。
そこには大きな生命と小さな生命が並行して生きているのを感じます。

庭の鉢植えのアジサイの芽がふくらみだすのも、河津桜のつぼみがふくらみだすのも、冬です。
寒さの中で、生命の躍動の予兆を感ずると、いまでも心は動きます。
しかし、以前のようにはわくわくはしてきません。
なぜでしょうか。
私のなかの、小さな生命は自らを感じているのでしょうか。

今日は寒いです。
寒いからこそ、春の予兆を感じたいですが、だんだんそれは難しくなってきている。
若いころは雪にさえ、春を感じられたものです。
友からの便りにさえ、感じられた。
最近は、どうもそれが難しくなり、まさに現実のなかに呪縛されてしまっているようです。

今日はたくさんの人に会えそうです。
春を感じられるといいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/17

■リンカーンクラブ学習型サロンのご案内

リンカーンクラブ代表の武田さんの「究極的民主主義」をテーマにした連続学習型サロンをスタートします。
これまで何回か武田さんの話を基にサロンをしてきましたが、個別の議論だと拡散しがちですので、武田さんの話を体系だってお聞きしていく、学習型のサロンを数回連続で行うことにしました。
テキストは、武田さんの『無党派市民の究極的民主主義宣言』です。
リンカーンクラブには現在、在庫がないので、書籍をお持ちでない方は、毎回、該当する部分をコピーして用意するようにします。
アマゾンの中古品では購入できるかも知れません。

最初に30分ほど、テキストに沿って、リンカーンクラブ代表の武田さんに解説してもらい、その後、論点を決めてみんなで話し合います。
第1回目は、同書の第一部の「現代政治へのアンチテーゼ」を読み込みます。
できれば連続参加が望ましいですが、毎回、前回の簡単なレビューを行い、話し合いには支障のないようにしていく予定です。

みなさんの参加をお待ちします。

●日時:2018年1月27日(土曜日)午後1時半~4時
●場所:湯島コンセプトワークショップ(リンカーンクラブ事務局)
http://homepage2.nifty.com/CWS/cws-map.pdf
●会費:500円
●テーマ:「現代政治へのアンチテーゼ」
『無党派市民の究極的民主主義宣言』第1部
●申込先:リンカーンクラブ事務局(info@lincolnclub.net)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3753:社会からの脱落感

節子
今日は曇天で日の出が見えませんでした。
そのせいか元気が出ないです。

先日、「茶色の朝」というフランスの寓話を読んで話し合うサロンを湯島でやりました。
この寓話は、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができたことから始まります。
おかしいと思いながらも、いつの間にか世界は茶色で埋め尽くされていく、そんな話です
日本もそうなってきていないか、もしそうであればどうしたらいいかというのが、このサロンを始めた理由です。
16人の人が参加してくれましたが、話を聞いていて、まだ日本の社会がそうなってきていることへの認識を持っている人は少ないようです。
もちろんちょっとおかしいと感じている人が多いからこそ、16人も集まったのですが。

私はもう茶色の世界になってきているような気がしてなりません。
それ以上に、いまや生きている人間が少なくなってきてしまったとさえ思うのです。
逆に言えば、私が死につつあるとも言えます。
生と死はコインの裏表だと私は考えていますので、もし私のまわりが「死んでいる」なら、言葉を反転させれば、私が「死んでいる」ことになるわけです。
わかりやすくいえば、別の世界に住んでいる、つまり、此岸に住んでいるのはどちらなのかというわけです。

最近は、すべてがおかしいような気さえしだしています。
価値評価が全く違うのです。
パワハラとかセクハラとかいう問題にも違和感がありますし、フェミニストやジェンダーの捉え方にもどうも違和感がある。
犯罪もそうです。
テレビの報道バラエティでコメンテーターが話すことにどうも違和感があるのです。

29年前に会社を辞めた時に半分思ったように、社会からどんどん脱落しているような気がします。
さてどうやって残りの10年を過ごせばいいのか。
いささかの迷いはあります。

節子がいたら、こんな迷いは全くなかったでしょう。
青い空が見えない日は、私はどうも元気が出ません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/16

■節子への挽歌3752:「音のない記憶」が復刊されました

節子
黒岩比佐子さんの「音のない記憶」が復刊されました。
コミーという会社の社会活動の一環としての復刊です。

Oto_3

この本にはいろんな思い出があります。

この本の出版を引き受けてくれる出版社が見つからずに、黒岩さんは苦戦していたのですが、湯島のサロン仲間の藤原さんが見つけてきてくれました。
そしてこの本が出版されてからの黒岩さんの活躍は、一挙に広がっていったのです。
その広がり方は、驚くほどでした。

節子が元気だったころ、3人で食事をしました。
黒岩さんはいつも話し出すと止まらないタイプでした。
彼女の頭の中には、たくさんの「書きたいことの構想」が詰まっていたのです。
それをきって、節子派ただただ感心するだけでした。
節子は、黒岩さんの将来に大きな期待、というよりも「あこがれ」を感じていました。
しかし、それを見ることができないと、胃がんになってからは残念がっていました。

節子が亡くなった後、黒岩さんはわが家に線香をあげに来てくれました。
それからの黒岩さんの活躍ぶりはどんどん加速されていき、会う機会も少なってきました。
そんなある日、突然、電話がありました。
がんを宣告されたという電話でした。
しかもすい臓がん。
しかし、そんなことには負けていられない。
しばらくは内緒にして執筆活動を優先したいという内容でした。
まさに阿修羅のような気魄を感じました。
無理をしないようになどとは言えませんでした。

しかしそれはそう続きませんでした。
最後の講演会に行った時も、彼女は辛さを微塵も見せずに、見事な講演をしました。
聞き終わった後に、娘がつくったスペインタイルのお守りのプレートを渡しました。
それが、私が会った最後の黒岩さんでした。
ゆっくりと話す機会がなかったほど、早く逝ってしまいました。

黒岩さんの著作はいろいろとありますが、私はこの本が一番好きです。
出版元が決まらないで、苦労していた黒岩さんの様子と重なっているからです。
その頃は、黒岩さんは湯島のサロンの常連でした。
しかも、節子がとても気にいっていた、というか尊敬していた常連のひとりでした。
一度、食事でもしようと言い出したのも節子でした。
たぶん苦労している黒岩さんへのエールだったのです。

黒岩さんが逝ってしまってからもう7年。
これからという時に旅立ちでした。

記念に、最後の講演会の写真をアップしておきます。


Kuroiwa20101016


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3751:自分を知れば知るほど、嫌な面が膨らみます

節子
最近、よく眠れるようになりました。
そして夢もよく見るようになりました。
しかし、なぜかいつも出発に遅れてしまう夢なのです。
状況はいつも違いますが、最後は出発に遅れそうになる。
何処に向けての出発かは、いつもよくわかりません。
いつも途中で目覚めてしまうので、目的地はいつもどこかわかりません。
でも、遅れそうになる気配は目覚めた後にも残ります。
もう一つ共通しているのは、必ず誰か最近会ったことのない人の雰囲気を感ずるのです。
たしかに知り合いなのですが、具体的には顔は感じないこともあります。
いずれも20年以上、いやもっと会っていない人の雰囲気です。
それも毎回違います。

夢はいろんなことを暗示している気がします。
一時期、よく見た津波の夢はまったく見なくなりました。

夢はともかく、この1か月ほど、いろいろと考える時間が多かったのですが、自分のことが少しだけわかってきたような気がします。
結論的に言えば、視野が狭く独断的な「いやな自分」が自覚できるようになってきたということです。
これまでの生き方を考えると、よくまあ、みんなから見放されなかったものだと思います。
厚顔無恥というか、常識がないというか、言葉遣いを知らないというか、穴に入り込みたくなる思い出が、なぜか最近思い出されてくるのです。
そして、ますます自己嫌悪に陥ってしまう。
これが最近の状況でした。
いや、いまもその延長ではありますが、少し前に動き出しています。
動いていれば、心は少しは晴れるものです。

でもなかには、私から元気をもらったと言ってくれる人もいます。
すべてのものには両面があります。
私にも「よい面」もあるでしょう。
でもいくらよい面があっても、嫌な面があると、自分としては救いはない。
困ったものですが、嫌な自分から自らを解放するのは難しいです。

今日はいい天気です。
すべてから解放されて、いい1日にしたいと思いますが。
さてさて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/15

■ポリティカル・エコノミーからエコノミカル・ポリティクスへ

1月12日の「2つの政治」の続きです。
今回は、市民性について書こうと思ったのですが、その前に、「お金=投票券」という稲垣さんの言い方にはやはり違和感を書いておきたくなりました。
もしかしたら、その発想こそが、一番の問題かもしれないからです。
かつての金権選挙、つまり「投票券=お金」と同次元だからです。
稲垣さんもまた、お金を軸にした世界で育ってきていることから自由ではないのかもしれません。
稲垣さんが、ここを「行動=投票権」と言ってくれれば私には違和感はないのですが。

かつて、経済学は「ポリティカル・エコノミー」と呼ばれていました。
politicsの語源は古代ギリシアのポリス(polis)につながっているように、ポリス、つまり社会にあり方につながっています。
いささか古い定義ですが、永井陽之助は「考え方の違う個人が集まって,いかに安定した社会をつくり出せるか,多年にわたって苦心のすえ造型した作品(秩序)が「政治」である」と、私がむかし読んだ本に書いていました。
「ポリティカル・エコノミー」とは、したがって、本来、安定した社会を構築するための「稀少資源の権威的配分」をめぐる学問だったわけです。
それを日本では、「経世済民」の意味で「経済」という訳語があてたと言われます。
つまり、限られた資源と富の、適切な配分と運用を意味していたわけです。
それが、いまでは「ポリティカル」という言葉は削除され、経済学は「エコノミクス」ということで語られるようになり、それとともに、金銭の投資や増殖のための学問になってしまいました。
そして現実も、マネタリー・エコノミーというべき実態に変わってきています。
極端に言えば、経済は「民の苦しみを救う」どころか、「民を収奪する」仕組みへと変質してきているとさえ思えます。

それに応じて、というべきか、先んじて、というべきか、政治もまた変質してきています。
安定した社会を目指すべき「まつりごと」の政治が、むしろエコノミクスの下に置かれてしまった。
つまり、政治が「エコノミカル・ポリティクス」へと変質してしまったのです。
アメリカのトランプ政権は、見事なほど、それを正直に表明しています。

これはある意味では当然の結果かもしれません。
政治学はさまざまな意見や生き方を持つ多様な人が納得できる全体的な決定をするための仕組みとして、投票制度を活用していますが、これは経済における市場制度に通じています。
そこで志向されているのは、政治過程における「論理」的な合理性ですが、その行き着く先は、ジョージ・オーウェルの『1984年』やオルダス・ハクスリーの『すばらしき新世界』かもしれません。
経済も政治も、そこから人間的要素を抜き取れば、うつくしい合理的世界が描けますが、そこで邪魔になるのは人間の非「合理」的な多様性ですから、人間のためではなく、人間の排除がはじまるでしょう。
実際にも、ヒトラーの「ジェノサイド」やスターリンの「クラーク」という恐ろしい歴史を私たちは体験しています。

投票制度と市場制度の発想の根底にあるのは同じものです。
稲垣さんの発想は、まさにそのことを示唆しています。
私が違和感を持ったのは、その点です。

いささか長くなってしまったので、今回はこれでやめておきます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/14

■節子への挽歌3750:怒りの矛先

節子
今日、ある件で2人の人と会いました。
お一人は初対面です。
お2人とも、あるトラブルに直面して、怒りをためている方です。
怒りをためている人は、話さないか話が止まらないかのいずれかですが、湯島に来る人は例外なく話し出します。
今日初対面の方も、話し続けました。
怒りの強さと孤立感の強さが伝わってきます。
もうお一人は、おおらかな雰囲気を持っている方ですが、やはり最初に湯島に来た時には、話が止まりませんでした。
いずれも、怒りをわかってほしいという感じです。
相手は誰でもいいのかもしれません。
私を介して、天に向かって怒りを放出しているのです。
しかし、私はそうした怒りを上手く聞く力がありません。
ですから、私に話してもたぶん怒りは鎮まりません。
無力さを感じますが、怒りは無理をして鎮めることもないでしょう。
怒りが生きる力にもなりえるからです。
それに、怒りは他者には伝わるはずもない。

怒りだけでは、大きな力は出てきません。
それで怒りを前に向けたらどうかという話をしました。
念のために言えば、おふたりとも自らの怒りを社会に向けて活動を始めている方たちです。
でもやはり私には、自らの怒りに呪縛され過ぎている気がしたのです。
怒りを呪縛ではなく、支えに変えていかなくてはいけません。
そうしたら、そう考えるのは男性と女性の考え方の違いかもしれないと言われました。
2人とも女性なのです。
性は関係ないと思いましたが、そうかもしれないと、後で思いました。
女性は実に自分に素直ですし、時間軸も違うと思うことが時々あります。
だから女性たちと話していると疲れるのかもしれません。
節子と話していると疲れなかったのは、なぜだったのか。
ふとそう思いました。

ところで、怒りの世界にばかりいると、どこかで怒りから抜け出たくなります。
今日来た人からも、死んでもいいというような自暴自棄な言葉がふと出てしまいました。
でも、死んでもいいはずはない。
死ぬくらいなら、怒りは不要なのです。
彼女も、死んでもいいなどとは思っていないでしょうが、そんな言葉がついつい出てしまうほど、怒りとは疲れるものでもあります。
しかし、そう思いながらも、死んでもいいという言葉にはどうもひっかかります。
節子が聞いたら、怒るでしょう。
ちなみに、その時の「怒る」とは「怒り」とは違うものなのか。

怒りをどう前に向けていくか。
怒りをどう生きる力にしていくか。
今日はそんなことをいろいろと考えました。
節子ならどう考えるでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■第1回「茶色の朝」サロンの報告

20年前にフランスで出版されて「反ファシズムの寓話」と話題になった「茶色の朝」を読んで話し合う「茶色の朝」サロンの第1回目を開催しました。
予想をはるかに超えて、16人の人が集まりました。

「茶色の朝」の話は、「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができたことから物語は始まります。
おかしいと思いながらも、いつの間にか世界は茶色で埋め尽くされていく、そんな話です
日本もそうなってきていないか、もしそうであればどうしたらいいかというのが、このサロンを始めた理由です。

サロンでは、まず各自から「茶色の朝」を読んでの感想を話し合いました。
立場によって、かなり感想が違う気がしたのと、まだ日本では「茶色の朝」への不安は、現実化していないのではないかという気がしました。
具体的な「おかしな体験や不安」がもっと出てくると思っていたのですが、あまりなかったのが意外でした。

女性の方から、自分の母親(なぜか父親ではなく母親でした)に、どうして戦争なんかしたのかと質問したことがある、という話がありました。
その答えは、わからないうちに戦争になっていたというようなことだったそうです。
1946年に書かれた映画監督の伊丹万作さんの文章を思い出しました。
「多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみなロを揃えてだまされていたという。私の知っている範囲ではおれがだましたのだといった人間はまだ一人もいない。」
まさに、それへの警告が「茶色の朝」の話だと思いますが、ある方が話したように、「ゆでガエル現象」が進んでいるのかもしれません。

子どもや家族のために、おかしなことへの異議や周囲とは違う異論もなかなか言えずに押さえてきたこともあるというような女性の発言もありました。
こう言う話はよく聞きます。
これもまた、「茶色の朝」と同じ思考に陥っているのかもしれません。
ちなみに、その方は今は自分の意見を言う生き方に変わっているようです。

海外生活が長かった男性の方が、数年前に日本に戻ってきたが、あまり「茶色の朝」のような状況は感じられないと話されました。
しかし、参加者の多くは、むしろなんとなく「茶色の朝」への懸念をお持ちの様でした。
でもそれがどうも形として見えていないのもまた事実のようです。

政治とは何かの話もちょっとだけ出ました。
「茶色の朝」は2つの政治を語っていると私は思っています。
これはこれからのサロンの中で少しずつ掘り下げたいテーマです。

最後に私から「ニーメラーの教訓」と稲垣えみ子さんが2年ほど前に朝日新聞に書いた「日常の生活が政治につながっている」という記事を紹介させてもらいました。
ニーメラーのことを知っている人が少なかったのは、私には衝撃的でした。

今回は予想以上に参加者が多かったこともあり、感想の紹介で終わってしまいました。
そこから、それぞれが感じている「ちょっとおかしいこと」や「気になること」をだしあってもらう予定でしたが、そこまでたどり着きませんでした。
そこで次回は、それをメインにサロンを開きたいと思います。
今回参加された方も、参加されなかった方も、ぜひご参加ください。

「茶色の朝」現象は、気づかないうちに私たちを虜にします。
ですから、できるだけたくさんの目と頭と感覚で話し合わなければいけません。
「気づかないうちに戦争がはじまっていた」というようなことを子どもたちや孫たちに言いたくはありません。

ちなみに、「茶色の朝」ですが、著者も訳者も、同書に関しての印税権を放棄し、ネットで公開しています。
次のサイトから本文をダウンロードできます。
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

なお、休日は参加できないという方のために、同じサロンを次のとおり開催します。
もしお時間があればご参加ください。
今回は参加者が少ないので、「ちょっとおかしいこと」や「気になること」の話もできると思いますので、13日に参加した方もよかったらどうぞ。

○日時:2018年1月24日(水曜日)午後1時~3時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○内容(あくまでも目安)
  ・自己紹介を兼ねて、「茶色の朝」を読んで考えたことを各自発表
  ・「最近気になっていること」の自由な話し合い
  ・「茶色の朝」サロンをこれからどう続けていくかの話し合い
○会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/13

■節子への挽歌3749:独り寝の不安

節子
昨夜は大変でした。
夜中に急に腹痛がしてきて、目が覚めました。
成田山のうなぎが、よくなかったようです。
うなぎが悪かったわけではありません。
川豊のうなぎは、とてもおいしいのです。
悪いのは私です。
いつも質素な食生活なので、これまでも肉料理を食べすぎたりすると腹痛になることが、これまでも2回ほどありました。
場違いのものを食べてはいけません。
それに前後の食べ合わせも悪かったのかもしれません。
その時の症状と似ていたので、あまり心配はしなかったのですが、辛い夜でした。
こういう時に、つくづくと独り寝の不安を感じます。
寝室に胃薬を置いておけばいいのですが、薬は1階なので、取りに行くのもおっくうです。
節子が横にいたら、薬を取ってくるとか、まあ大丈夫かとか言ってくれるでしょう。
しかし、独り寝暮らしでは、独りで腹痛を耐えなければいけません。

腹痛に限りません。
最近は夜中に目が覚めることが少なくないのですが、独りだと話しかける人もいません。
目が覚めて、横で寝ている人を起こすのも身勝手ではありますが、私は長年そういう生き方をしていました。
もちろん私も節子に、夜中に目が覚めたら起こしていいよと話していました。
夜中に眠れないことは、結構つらいことです。
辛いことは分かち合わなければいけません。
いや、分かち合うことで、辛いことが楽しくもなりうるのです。
腹痛も、独りで耐えるのではなく、腹痛をしてくれる人がいるだけで、痛みは軽くなります。

まあそんなことを勝手に思いながら、腹痛に耐えました。
朝起きたら、ほぼ腹痛は治っていました。

独り寝暮らしももう10年。
最近はすっかり慣れました。
しかし、体調が悪い時などは、ちょっと心配になる時もあります。

今日はサロンでした。
サロンが終わった後、友人がうなぎでも食べに行こうかと誘ってくれました。
前々からご馳走してくれると言っていたのです。
でもしばらくはうなぎは自粛しようと思います。
昨夜の腹痛は、いささか尋常ではなかったものですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■縁紡ぎカフェの提案

鷲田誠一さんの「しんがりの思想」(角川新書)を読みました。
そこにこんなような文章がありました。

退社したあと、解雇されたあとの長い日々。鋼鉄のドアで遮断され、近所との行き来も(そしてそのための蓄えも)乏しく、緑、つまりいざとなったらいつでももたれかかることのできる支えあいの仕組みからはじき出された高齢の単身者の生活。
孤立への怖れはしかし、高齢者だけでなく、若い世代の心をも深く蝕んでいる。
縁はみずから紡いでゆくほかないとはいえ、そのチャンスがたやすく見つかるわけでもない。そういう緑を、あるいはネットワークを、みずから紡ぎだしてゆくことができずに、ただうずくまっているしかないひとびとを見聞きし、わたしはこの社会がいつのまにこんなに脆弱になってしまったのかと呆然となる。

そこで、毎月、最初の水曜日の午前11時から4時までを、縁紡ぎサロンと称して、湯島でオーオウンカフェを開くことにしました。
以前も一度、同じような主旨の活動に取り組みましたが、見事に挫折しました。
懲りずにもう一度取り組んでみます。
少なくとも3か月は、だれも来なくても継続します。

当面は、湯島の公開カフェの開催です。
いざとなったらもたれかかれるような縁を紡ぎたいという人を主な対象にしますが、そんな人が集まって来てくれるめどは全くありません。
それに、そんな縁はすぐには生まれません。
でもまあやっているうちに人が集まりだし、通っているうちに、そんな縁に出合えるかもしれない。
そんなカフェです。
私の知らない人は大歓迎ですが、知っている人も歓迎です。
カフェ料金は積み立てて、縁紡ぎ基金にします。

できればいつか、常設の縁紡ぎカフェを開店したいです。
そこで、縁紡ぎ基金への寄付も公募します。
お店を提供してくれる人も公募します。
シェアハウスも目指せればいいですね。

思いつきではありますが、よろしくお願いします。
一緒にやってもいいという人がいたらお知らせください。
もしお一人でもそういう人がいたら、
1月中に準備のための話し合いカフェサロンを開きます。
ご連絡ください。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/12

■節子への挽歌3748:成田山新勝寺への初詣

節子
遅くなりましたが、今日、成田山に初詣に行きました。
毎年来るたびにどこかが新しくなっています。
その一方で、これまでは気楽には入れたところが入れなくなったりもしています。
節子と一緒に来ていた時とはかなり変わってきています。
昨年末に醫王殿(いおうでん)も完成しました。
やはりいささか違和感はありますが、お参りした私の前の人はとても丁寧に祈っていました。
回廊式なので、順番を待たなければ前に進めないため、だいぶ待ちました。
私は軽く祈っただけでした。
人は身勝手なものです。

今回も本堂での護摩祈祷にも参加しました。
いろいろと思い出すことも多いです。
祈祷の中で、それなりに大きなお布施をした会社の名前などを読み上げるのはいかにもという感もしますが、あの雰囲気はいいものです。
高野山の早朝に宿坊で、真っ暗な御坊で市川さんに護摩だきをしてもらったことも思い出します。

ちょうどのタイミングで、北九州の友人からメールが届きました。
私も知っているKさんが臨済宗のお寺に得度して入山したのだそうです。
偶然に大分の大光寺で、会ったのだそうです。
Kさんお僧侶姿をイメージしてみました。
何があったのでしょうか。
いや何もなかったのかもしれません。

今年は北九州市に行きたいと思い出しています。
福岡にも、ですが。

いつものように、節子の好きだった川豊で食事をしました。
一緒に行った娘は美味しいと言っていましたが、私は少したれの味が変わったような気がしました。
変わったのは私かもしれません。

これまでまったく無視してきた薬師堂も拝んできました。
先日のブラタモリで、その意味を知ったのです。
知ることで意味が変わってくる建物というのも、なんだかおかしいですが。
ここは昔の新勝寺の本堂だったのだそうです。
新しい醫王殿よりも、ずっと私には心が通じます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■2つの政治

経済時評で、経済には2つあると書きましたが、政治にも2つあります。
今回はそのことを書きます。

政治とは何かと訊かれたらみなさんはどうこたえるでしょうか。
これが意外と難しい問いです。
手元にある政治関係の書籍を20冊ほど調べましたが、まともな定義づけがあまり見つかりません。
そこで大辞林を調べたら、3つの定義が書かれていました。

①統治者・為政者が民に施す施策。まつりごと。
②国家およびその権力作用にかかわる人間の諸活動。
③諸権力・諸集団の間に生じる利害の対立などを調整すること。

簡単にいえば、①は支配のあり方であり、②と③は社会や政治のあり方です。
つまり、政治には「支配のための政治」と「生活のための政治」があります。
私は、前者を「小さな政治」、後者を「大きな政治」と呼んでいます。
前者の政治は関心の対象として位置付けられますが、後者はすべての人にとっての日常の活動といえます。
政治への関心が話題になりますが、その場合の「政治」は前者の政治です。

以前、NPO活動への資金助成プログラムの事務局を委託された時、自由にやっていいけれども、政治関係と宗教関係の活動だけは資金助成の対象から外してほしいと言われました。
政治と宗教こそが、一番大事な「市民活動」だと思っている私には違和感がありましたが、「政治」「宗教」の定義が違っていることをその時も痛感しました。
日本では、「政治」は「お上」、宗教は「反お上」の文化がいまなお根強く残っているのです。
そこには、「市民」など活動する余地はないのです。

ところで、お上の政治と生活者の政治をつなぐルートが「選挙投票」です。
ルソーは、選挙の日だけ自由でその後は奴隷となるといってイギリスの議会民主政を嘲笑したそうですが、それでも支配者の世界の人たちに影響を与えられるのは、代表者の選挙投票です。
それ以外は、支配者の政治には関心を持つなと言われて、日本人は育ってきたわけです。

しかし、政治をもっと広義に捉えれば、まったく違った世界が見えてきます。
アフロヘアで話題になった朝日新聞記者の稲垣えみ子さんが、戦後最低の投票率で終わった2014年末の総選挙の直後、新聞にこんな記事を書いています。

近所のおしゃれな雑貨店でこんな貼り紙を見たのです。 「お買い物とは、どんな社会に一票を投じるかということ」 ハッとしました。 買い物=欲を満たす行為。ずっとそう思っていた。 でも、確かにそれだけではありません。 お金という対価を通じて、それを売る人、作る人を支持し、応援する行為でもある。ささやかな投票です。 選挙は大事です。でも選挙以外のこと、すなわち、一人一人が何を買い、日々をどう暮らし、何を食べ、どんな仕事をし、だれに感謝を伝え…ということは、もっともっと大事ではないか。 逆に言えば、そうしたベースを大切にし尽くして初めて、意味のある選挙が行われるのではないか。 投票しさえすれば、誰かがよい社会、よい暮らしを実現してくれるわけじゃない。 当たり前のことですが、どうもそこを忘れていたことに気づいたのです。 以来、「お金=投票券」というつもりでお金を使っています。

つまり、私たちの日々の行動そのものが、実は大きな政治そのものであり、小さな政治にもつながっているのです。
そのことを意識すれば、たぶん日々の生活も変わってくるはずです。

稲垣さんは、「お金=投票券」と書いていますが、投票権は「お金」だけではありません。
言動のすべてが、投票行為なのです。
しかし、稲垣さんが言うように、お金の意味は大きいかもしれません。
なぜなら政治もまた、いまや金銭によって動き出しているからです。
ここから、経済と政治がつながってくるという話にもなっていきますが、それはまた改めて。

ちなみに、川崎修さん(立教大学教授)は、政治をこう定義しています。

政治とは,さまざまな社会的現実に対して,公共性をもった権力関係として見たり関わったりする,社会に対する私たちの見方・関わり方である。

政治への関心を持つということは、権力者たちの内輪話に関心を持つということではありません。
公共的なことがらに当事者として関わっていくという市民性を持つということ。
私はそう考えています。

Politics_2


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■金銭のための経済と生活のための経済

「ダブル・インカムの意味」の続きです。
ダブル・インカムは「豊かさ」の象徴なのか「貧しさ」の象徴なのか、それは一概には言えませんが、経済成長率に象徴される経済成長もまた生活向上とは必ずしも正のリンクはしていません。
そのことをしっかりと認識しないといけません。

現在の経済成長の測定基準は、金銭換算の生産額です。
金銭基準の生産は金銭消費に支えられています。
とすれば、経済成長は金銭消費で測定されていると言ってもいいでしょう。
金銭消費額が増えれば、経済は成長したといわれるわけです。
テレビでもよく、経済が成長するには、国内(家計)消費が増えないといけないと言われます。
お金を使うことによって、豊かさを感ずる人も最近は少なくないでしょう。
お金を使うことが豊かさ?
これってどこかおかしくはないでしょうか。

たとえば、交通事故を起こしたとします。
それによって金銭の授受が発生します。
壊れた自動車や建物を直すためにも「生産活動」が発生します。
つまり、自動車事故を起こすことは経済成長に貢献します。
その行き着く先が、戦争を起こして市場を拡大する戦争経済です。
ちょっと拡大しすぎかもしれませんが。

しかし、経済成長のためには、市場をつくりださなければいけません。
生活のためではない、生産のための市場です。
そこから「過剰と浪費の経済」がはじまります。
そして「消費主義症候群」が広がっていきます。

市場創出のために、それまで金銭とは無縁であった分野が次々と「市場化」されてきています。
家事や近所付き合いもどんどん市場化され、福祉や環境問題までもが金銭化されてきています。最近、問題になっているスポーツも、いまや完全に金銭市場化しています。
さまざまな問題が顕在化してきていますが、私には市場化の当然の結果のように思えます。
そしてそうした問題がまた、次の市場へと広がっていく。

無限の市場をつくりだすのも簡単です。
壊しながら創ればいいのです。
アメリカのベストセラーは、いつの時代も2種類の本だと言われます。
グルメを勧める本とダイエットを勧める本です。
「新たな」欲望に火をつけ、煽り立てることで、「顧客を創造する」ことが経営だという、私には信じがたい専門家もいます。

こういう経済の捉え方では、とても生活の向上には向かいません。
「経世済民」の経済が、いまや「金銭蓄積」の経済になってしまっています。

その結果、何が起こるか、言うまでもなく、汗を吸い取る仕組みです。
昔は働くことで金銭も稼げましたが、いまは働けど働けど、生活は豊かになりません。
働かない人に金銭が集まるようになってしまったのです。
そして格差が広がり固定化してきています。

いささか極端に書きましたが、経済には2つあるのです。
金銭のための経済と生活のための経済。
そこをきちんと分けて考えていかないと、おかしなことになりかねません。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/11

■節子への挽歌3747:「恵まれていること」

節子
新潟のKさんの奥さんが入院しました。
がんの転移ではなかったようですが、しばらく入院のご様子です。
残されたKさんのほうが心配ですが。
私よりも年上ですが、私から見ても心配するほど活動しています。

昨日は、こんなメールが届きました。

一昨年の女房乳がん手術に続いて昨年は私が腎臓がんの切除手術を行いました。 幸い2人とも術後経過は問題がなさそうで休戦状態を維持できています。 元気なうちにやりたいことはやっておこうと思っています。 自分達が恵まれていることに感謝しつつ、それが出来る世の中であることを守る責任を感じます。

名古屋にお住まいですので、この数年お会いしていません。
30年近く前に、仕事でわずかに接点があった方です。
どこかで心が通ずるところがったのでしょう。
お互い、お付き合いは長く続いていますが、なかなかお会いはできません。
その方も「休戦状態」
最後の1行がとても心に響きます。

自分達が恵まれていることに感謝しつつ、それが出来る世の中であることを守る責任を感じます。

不幸を嘆かずに、恵まれていることに感謝する。
私が節子を見送った時には、そんな気分にはとてもなれませんでした。
もちろん状況は少し違うかもしれません。
しかし、どんな状況にあっても、「恵まれていること」が皆無であることはないでしょう。
感謝を忘れてはいけません。

年賀状や年賀メールを読んでいると、自らの未熟さを痛感します。
せめていまほどの「恵まれた」世の中を守る責任を、私も果たさなければいけません。
そろそろくら~い気分を捨てて、動き出します。
今日から仕事を始めます。
誰のためでもなく、私自身のために。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/10

■節子への挽歌3746:こうもりの孤独さ

節子
私の疲労感は、もしかしたら正反対の世界を往来しているからかもしれないという気がする時があります。
正反対といっても、彼岸と此岸という意味ではありません。
経済的に恵まれた人たちと恵まれていない人たち。
現体制を支持している人たちと毛嫌いしている人たち。
これまでの価値観の中にいる人たちとそこからはみ出ている人たち。
こう書いてしまうと退屈ですが、それぞれで使われている言葉の意味は、まったくと言っていいほど違います。
豊かさや幸せという言葉の意味さえ違います。
そうしたダブル・シンキングのなかを往来しているとそれなりに疲れます。

さらに加えて、私は、たとえば「知性」とか「仕事」という言葉の意味さえ特殊です。
ですから、一見、みんなとコミュニケーションしているようで、コミュニケーションできていないことも多いのです。
そういう虚しさに襲われることは少なくありません。

特に私が最近違和感を持つのは、みんなが相変わらず「官民」の世界でしか生きていないことです。
私のテーマは、コモンズですが、コモンズの視点から捉える「政治」や「経済」は、世間で語られるそれとはかなり違います。
一部の人たちのための政治や経済を、みんなのものに取り戻したいと思い、一時は「みんなの〇〇」という活動をいろいろと始めたこともありますが、やっていて思うのは、だれもそんなことは望んでいないということです。
私の思いを伝えられずにいるということかもしれませんが、まあ見事なほどに挫折の連続です。

挫折して失望する相手は、どちらかの世界にいる人ではありません。
いずれの世界の人たちにも、違和感を感ずるのです。
社会からはみ出してしまっているということかもしれません。
社会からはみ出しているということは、社会に役立っていないということでもあります。
そこで自己嫌悪に襲われるわけです。

しかし、もしかしたら、もうひとつの世界があるのかもしれません。
その世界に行きつければ、きっと心が安らぐのでしょう。
なかなかたどり着けずに、いささか疲労感がたまってきています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■企業サロン「モノづくり企業の経営を支えるカイゼン」のご案内

今年最初の企業サロンは、企業のモノづくりの現場を飛び回っている、改善のプロフェッショナル・コンサルタントの柿内幸夫さんにお願いしました。
柿内さんには、日本のモノづくりにおける独特の強味とその力を呼び起こす方法を、豊富な事例や実践を踏まえて紹介していただきます。
その上で、柿内さんと一緒に、これからの企業経営の方向や「日本のモノづくりの復活」、さらには「ちょっとしたカイゼン」が大きな変化を起こすことへの思いを深めたいと思います。

柿内さんからのメッセージを紹介します。

話し合いのポイントですが、欧米の経営はトップダウンの戦略中心であるけれども、日本は必ずしもそうでなく、改善のような戦術から始まってそれが戦略として出来上がっていくというような方向に行くと面白いと思います。 それと私は日本の製造業は学位を持たない現場の人も改善を通じて経営に貢献し自分の居場所を作れるという意味で非常に人を幸せにする可能性の高い場所だと思っています。 そこも議論していただけると嬉しいです。

柿内さんの思いも、柿内さんのホームページから引用させてもらいます。
ホームページもぜひご覧ください。
http://www.kakiuchikaizen.com/

Google のすごさは、社員全員がものすごいことを考えているということだと思う。 それぞれの人がすごいテーマを持ち、 その達成に向けて全力で思考を巡らす。 もし一人で答えが出せなければ、それを助けてくれる人たちを見つけて議論を始める。 そして何が何でも自分の目標をクリアーするという仕事を全員がやっている。 それもかなり自由な社風で自由なライフスタイルで。 もし、日本のすべての中小企業でGoogle のような全員が考えて経営を行う状態ができたらどうだろう? 日本の製造業が再び世界をリードできる時代を呼び寄せることができるのではないだろうか!

企業サロンなので、企業経営の話が中心になると思いますが、柿内さんのお話は、このメッセージからもわかるように、狭い意味での企業経営にとどまらずに、もっと大きな社会のあり方や私たちの生き方にもつながっています。
人の幸せにもつながっていくかもしれません。
ですから、企業関係者に限らず、いろんな人に参加していただきたいと思っています。

ちなみに私は、柿内さんの「ちょっとしたカイゼンが大きな変化を起こす」という言葉で、すっかり柿内さんファンになってしまい、以来のお付き合いです。
そうしたことからのヒントもたくさんもらえると思います。
みなさんのご参加をお待ちしています。

〇日時:2018年2月10日(土曜日)午後1時30分~3時30分
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇話題提供者:柿内幸夫(柿内幸夫技術士事務所所長・改善コンサルタント)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3745:笑いと怒り

節子
昨日は、ほっとスマイルプロジェクトという集まりを湯島で開いていました。
世の中に「笑い」を広げていきたいという思いを持った人たちが中心で初めてプロジェクトです。
私も主旨に共感して発起人の一人になりましたが、中心はラフターヨガとか認知症予防ゲームを実践している人たちです。
ほとんどが女性ですが、どうも男性と女性とでは思考の構造が違うようです。
だからこそ私が巻き込まれているのだろうと思いますが、参加してお話を聞いていると、いろんな気付きがあります。

昨日は、高齢者は笑うことが少なくなるので、笑う場をもっと広げたいということが話題になりました。
サロンなので笑う体験を重ねていくと、笑いやすくなるという話もありました。
たしかに「笑う効用」は大きいと思いますし、一人ではなかなか笑えませんので、笑うためには人とのつながりも増えていくでしょう。
でもどこかにやはりひっかかることがあります。
笑うことまで誰かに手伝ってもらわなければできなくなってしまったのか。

たしかに、笑うことで幸せになることはあります。
しかし、不幸を笑いでごまかすこともある。
幸せのために必要なのは、笑いではなく、笑いが少なくなってきている社会のあり方への怒りではないか。
そんな気がしてしまうのです。
その話を少ししだしましたが、やはり誤解されそうだなと思って、やめました。
今年は、話すことに慎重になろうというのが、昨年末に決めたことの一つなのです。
今年はもう2回も、その決意を破ってしまいましたが、3回目は何とか踏みとどまりました。

笑うことの幸せを求めるのは、どこかで逃げているのではないか。
そんな気がしてきましたが、そんなことを考えること自体が、いまの私は少しおかしいのかもしれません。
やはり「くら~い」感じです。
笑いが必要なのは、私なのかもしれません。
まあ私は、それなりに笑っていると思っているのですが。

笑いは免疫力を高めるということで、節子も笑いを目指していました。
私もそれを応援していました。
でもそれはやはりどこかで間違っていたのではないか。
そんなことまで考えてしまいました。

笑いと怒り。
やはり私は、怒りのほうが大事ではないかと思います。
怒りを広げるプロジェクトを起こす気はありませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/08

■節子への挽歌3744:くら~い気分の1日

節子
今年は少しきちんと生きようと思っていたのですが、年初からミスばかりです。
もう2回も、意に合わない言動を重ねてしまい、自己嫌悪に苛まれています。
私は性格に欠陥があり、あることに触れられると暴発してしまうところがあります。
それがなかなか直らない。
あることというのは、自分でもあまりわからないのですが、権威主義が関係しているようです。
権威を振り回す人がいると、つい切れてしまうのです。
私もまた、「権威」から自由になれていないということかもしれません。
困ったものです。

そんなわけで、今日は「くら~い」気分で1日を過ごしていました。
今日、やったことといえば、年賀状をきちんと読み直したことと、その人たちにメールしたことくらいです。
いちいちその人のことを思い出しながら、短いメールをしました。
それで気付いたのですが、北九州市の人が多いのです。

そういえば、一時期、北九州市に転居しようと考えたこともありました。
節子と一緒に北九州市にも行きました。
2回ほど行ったように思いますが、結局は転居しませんでした。
両親と同居していたことが大きな理由でした。
最初に北九州市を私たちに案内してくださったのはYさんでした。
Yさんは要職にありながらも、自分の車でいろいろと案内してくれました。
そのYさんももうお勤めは辞めていますが、年賀状によれば奥様の看病をしているとのこと。
だれもが老いには勝てません。

長野のYさんからは娘さんたちの写真入りの年賀状が届きました。
彼らの父親に頼まれて、一度長野に出かけましたが、その時節子も同行しました。
そしてそこで、まだ1歳になっていない娘さんに会ったのです。
娘さんはもう14歳。
あれからもう14年がたったのです。

年賀状を読んでいると、時間の流れが改めて伝わってきます。
メールを書くのは1分もかかりませんが、その前後にいろいろと思うことがあります。

そのおかげで少し気分が明るくなりました。
3回目の過ちはしないように、気をつけないといけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■ダブル・インカムの意味

湯島での新年サロンで、ダブル・インカムの話題が出ました。
最近は、夫婦共稼ぎで、ダブル・インカムになって、経済的には豊かになってきたという話が出たのです。
以前、書いたことがありますが、私は共稼ぎは「別稼ぎ」であって、「共稼ぎ」でも「ダブル・インカム」でもないと考えていますが、それはそれとして、ダブル・インカムというのは豊かさの象徴なのか、貧しさの象徴なのかは、見方によって変わってくるように思います。
そこで、私は、ダブル・インカムはむしろ貧しさの象徴、さらに言えば、ますます貧しくなっていく象徴ではないかと発言しました。
ここで「貧しくなる」というのは、個人の家計だけではなく社会の貧困化も意味しています。

その日の夜、テレビをつけたら、ドキュランド「みんなのための資本論」で、ちょうどロバート・ライシュがその話をしていました。
ダブル・インカムにしなければならないほど、みんな貧しくなったのだという話でした。

同じ現象に関して、まったく正反対の解釈ができることの一例です。
というよりも、ある事象をどう解釈するかで、その人の生きている世界が見えてきます。
どの解釈が正しくて、どの解釈が間違っているということではありません。
いずれの解釈も、その人の生きている世界では正しいのです。
ダブル・インカムが豊かさをもたらすこともあれば、貧しさをもたらすこともある。
そこが悩ましいところです。

しかし、そもそもインカムってなんでしょうか。
さらにいえば、人が生きるために必要な「インカム」とはなんでしょうか。
お金の収入のことでしょうか。
最近、お金とは「信用」だと言われてきていますが、だとすれば、インカムとは「信用」とか「信頼」を得ることでしょうか。
こうかんがえてくると、どこかで論理が破綻しているように思えてなりません。

経済は、考えれば考えるほどわかりません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/07

■節子への挽歌3743:「迷惑をかけられることは決して不幸ではない」

節子
フェイスブックをやっていると、時々、とてもうれしいことがあります。
思ってもいなかった人との出会いも、その一つですが、とてもうれしい話に出合えるのです。
先日、挽歌でも書いた「老老介護」ですが、その内容を少し変えて、フェイスブックにも書きました。
それを読んだ若い友人が、その記事をシェアしてくれて、そこに自分の体験を書いてくれました。
読めるかどうかわかりませんが、その記事は次にあります。
https://www.facebook.com/yamaura.yoshihito/posts/1625050527605049?notif_id=1515251574065745¬if_t=story_reshare
とてもいい話です。

彼は、体験談を紹介した後に、こう書いてくれています。

迷惑をかけられることは、決して不幸ではないし迷惑でも何でもない。 誰かの役に立てることで私はようやく、人と人の間に入っていけるようなこころもちになる。 やっぱり誰かの迷惑になること、迷惑を被ることは人間関係の基本かもしれないと、佐藤修さんのノートをみて、強く思うのでした。

他者の言葉で、自分の考えていたことが明確になることは少なくありません。
今回もそうでした。

そういえば、先日のサロンで久しぶりに「ヴァルネラビリティ」という言葉が出ました。
この概念に触れた時のことを今も思い出します。
この概念が社会を変えるのではないかと思ったのです。
私の生き方が、それまでにも増して、弱みをオープンにする姿勢に変わったように思いますが、まだまだ十分ではありません。
いまもなお、見栄を張り、弱さを無意識にしろ隠そうとしている自分がいます。
困ったものです。

生き方を変えることは、そう簡単ではありません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/06

■節子への挽歌3742:はじめての「重ね煮」

節子
信じがたいことですが、料理をしました。
土鍋を使っての、しいたけ、玉ねぎ、ジャガイモ、にんじんの「重ね煮」です。
まあ少し娘に手伝ってはもらいましたが。

友人の高石さんが年末に「食は、しあわせの種」という本を出版しました。
「佐藤さんでも作れる」と言われて、その本をいただきました。
実践しないわけにいかなかったのですが、なにしろ料理へのモチベーションが全くないため、とうとう年を越してしまいました。
しかし、あまり延ばしているわけにもいかないので、今日、がんばって挑戦しました。
なんとか出来上がりました。


Kasaneni1


高石さんは、私と同じころに、伴侶を見送りました。
その体験から、食への学びをはじめ、いまでは食をテーマにした仕事をされるようになっています。
同じころ、それぞれが伴侶を見送っているわけですが、彼女の対応を見ていると、どうも伴侶の見送り方は男女でだいぶ違うような気がしていました。
男性は生活が崩れますが、女性はむしろ自立していく。
まあ私だけの特例かもしれませんが。
看病の仕方も違っていました。
男性は、おろおろし希望的観測に逃げ込みますが、女性は現実を見据えてしっかりと看病します。
これも私だけのことかもしれませんが。

高石さんは、伴侶の看病を通して多くのことを学んだようです。
私も確かに多くのことを学びましたが、どうもその内容はだいぶ違う気がします。

ところで、この「重ね煮」は料理のベースのようですが、今回、私はこれをつくるのが精いっぱいで、結局、これをおかずに食事をしました。
私は「温野菜」が苦手ですが、これは美味しかったです。
それに簡単なので、次は10種類を超えた「重ね煮」をつくろうと思いました。
どうせなら、庭の野草や海藻や果物も入れて、やってみようと思います。
セロリも入れましょう。
最近生のセロリにはつくづく飽きてきましたから。
さてこれが私の料理初めになっていくでしょうか。
節子は、私が料理ができないことを心配して、病状がちょっとよくなった時に、料理を指導してくれましたが、申し訳ないことにまったく身に付きませんでした。
困ったものですが、いまも時々、娘のユカから、お母さんが嘆いているよと叱られます。

これを契機に、少し料理を始めてもいいかと、今日のところは思っています。
そうなるといいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3741:空に雲がないのは太陽の輝きのおかげ

節子
今日も雲一つない、いい天気です。
昨日は曇天でしたが、今年は穏やかな日が続いています。

今年から生き方を変えようと決意しています。
「寛容に」、そして、できれば「無為」に、です。
まあそういう生き方になるまでには、少なくとも1年はかかるでしょうから、今年は移行期でしかないでしょう。
そういう生き方になれるまでは、できるだけ人に会わないほうがいいので、今年はできるだけ人に会わないことを目指したいと思います。
というわけで昨日も今日も誰にも会っていません。
これはけっこう辛いものがあります。
やはり人は、人と一緒に生きることと定められているのでしょうか。
でも誰かと会うと、ついつい何かを始めたくなる。
できるだけ今年はそうならないようにしなければ、生き方は変わりません。

実家に帰省した友人から、「私物がまったくないという環境を気持ちよく感じています」という手紙が届きました。
「東京に戻ったら、さらにモノ減らしに励みたいと思います」と書いてありました。

彼はできるだけ物を持たないという生き方をしていますが、毎年のようにほとんど物を持たずに旅に出ます。
しかし、豊かな人とのつながりを紡いで戻ってきます。

物がないほど、人のつながりが豊かになることも、いろんなところで実証されています。
しかし多くの人は、物に囲まれていないと安心できないのも事実です。
私も、残念ながら、まだ彼のように、物を捨てていくことができずに、中途半端な生き方に堕しています。
そこから少しずつ抜け出られればと思っています。
「私物」がなくなれば、寛容と無為に近づけるかもしれません。

しかし、それにしては、私のまわりには「私物」が多すぎる。
しかも、その「私物」にはたくさんの「私情」がこもっている。
捨てようと思うと、どうしても捨てがたい「思い」がまとわりついてくるのです。
「物」には必ず「人」がついている。
「物」から自由になるということは、実に難しいことです。

今日の空には、雲がありません。
こういうさやかな心になるには、どうしたらいいのでしょうか。
空に雲がないのは、太陽の輝きのおかげです。
だから、輝く太陽があれば、私物などなくても大丈夫です。
その太陽が消えてしまって以来、どうも私の生き方は迷いだらけで定まりません。
いつになっても不惑をつづけながら、途方に暮れる生き方になってしまっています。
今年は、この生き方を後にしようと思います。
輝く太陽を見つけなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/05

■新年オープンカフェを開催しました

昨日、新年オープンカフェを開催しました。
昨年は3日に開催しましたが、4日であれば、仕事始めの人も午後は休みではないかと思って、4日にしましたが、最近は仕事始めの日もフルに働くので、参加できないと言われました。
どうも私の認識は、時代から取り残されているようです。
それでも10人の人が立ち寄ってくれました。

4時間の長丁場のサロンでしたので(出入り自由なので入れ替わりはありました)、参加者の自己紹介からいろんな話題が出ました。
思い出すままに、話題を書き上げてみます。

行動観察、保険制度と社会保障、原子力損害保険の目的、原子力事故と自動車事故の異同、自動車事故保険はきちんと支払われているか、井戸掘りの話、エネルギー問題、IOTという言葉の誕生と限界、クリエイティブコモンズ、老後の心配、話し合いしないのは若者だけか日本人の生き方か、思いを引きだす方法、格差の実相、外国人労働者、経済成長と人口減少問題、社労士の話、「茶色の朝」などなど。
一見バラバラのようですが、実はつながって一つの物語を生み出しているのです。
どんな物語か、みなさんぜひ考えてみてください。

それにしても、貴乃花問題や北朝鮮問題などの「時の話題」はまったく出ませんでした。
私が言うのもなんですが、不思議なサロンです。

来年は、できれば最初の土曜日か1月3日に開催します。
私が参加できるようであればですが。
Sinnensalon20181


Sinnensalon20182


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「茶色の朝」サロンの案内とテキストの紹介

開催日が近づきましたので、改めてのご案内です。
1月13日と24日に「茶色の朝」サロンを開催します。
「茶色の朝」は、20年前にフランスで出版されて話題になった反ファシズムの寓話です。
当時、ヨーロッパでは極右運動が広がりだしていましたが、そうした動きへの危機感を覚醒させたと言われています。
「茶色のペット以外は飼ってはいけない」という法律ができたことから物語は始まります。
おかしいと思いながらも、いつの間にか世界は茶色で埋め尽くされていく。
そんな話です。

私たちのまわりにも、「茶色の世界」は広がっていないのか。
そんな気がして、この本を読んで、話し合いをしてみようということになりました。
きっかけを作ってくださったのは、友人の、自称「ただの主婦」の主原さんです。
政治家たちに、政治を任せておくだけでいいのか。
男性たちの政治談議とは違う、もっと生活につながる政治の話ができないか。
そんなメッセージを、私は主原さんから受けました。

ちょっと気になっている世間の動きを出し合って、話しあう。
そしてそれぞれが自分でもできることを考えていく。
経済や政治の話は難しいですが、みんなで話し合えば、いろいろと見えてくるかもしれません。
わからないことがあれば、みんなで手分けして調べてもいい。
わかっている人の話を聞くことだってできるでしょう。
そんな思いで、「ちょっと気になること」を話しあいながら、なにか自分でできることはないだろうかを考えるような場を、継続的に開いていけないか。
それが、主原さんと私の思いです。

最初は「茶色の朝」(大月書店)の本を読んで感想を言い合うことから始めたいと思います。
1回だけでなく、2回、同じスタイルで開催し(したがって希望者は都合のいい日程に参加)、その後、どんな形でサロンをつづければいいかもみんなで話し合えればと思います。
サロンですから、あまり難しい議論はやめて、生活の視点から「気になっていること」を話しあいたいと思います。
どういう展開になるかは、私たちにもわからないですが、やってみないとわかりませんので、まずは次のようなスタイルで、「茶色の朝」サロンを開催します。
ご関心のある方は、いずれかを選んで、参加申し込みをしてもらえればと思います。

ちなみに、「茶色の朝」ですが、著者も訳者も、同書に関しての印税権を放棄し、ネットで公開しています。
もしまだお読みでない方は、次のサイトから本文をダウンロードできます。
短いものですから、すぐに読めますので、参加される場合は読んでおいてください。
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

それぞれが、なにか自分でもできることを探し出せればうれしいです。

〔「茶色の朝」オープニングサロンのご案内〕
○日時
いずれかご都合のいい時にご参加ください。
2018年1月13日(土曜日)午後1時~3時
   2018年1月24日(水曜日)午後1時~3時
○場所
湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○内容(あくまでも目安)
  ・自己紹介を兼ねて、「茶色の朝」を読んで考えたことを各自発表
  ・「最近気になっていること」の自由な話し合い
  ・「茶色の朝」サロンをこれからどう続けていくかの話し合い
○会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3740:「老老介護」


節子最近、老老介護という言葉を私のまわりでもよく聞くようになりました。
年賀状でも、その言葉をいくつか見かけました。
節子もよく知っている人も、伴侶が病気になって、老老介護の毎日だと書いてきました。
親の介護の「老老介護」もありますが、私自身は「老老介護」という言葉には違和感があります。
体験がないからかもしれませんし、これからも体験できないからかもしれません。

昨日の湯島のサロンで、参加者に「老後の心配はありますか?」と質問しました。
ひとりが明確に「ありません」と応えてくれましたが、他の人はすぐの反応はありませんでした。
あまり普段は考えたこともないのでしょう。
私は、すでに「老後」を生きていますが、さらなる老後の心配はまったくと言っていいほどありません。
というよりも、そもそも私には「老後」という概念さえありません。
子どもの頃も含めて、私は「今ここ」を生きているだけですから。

「介護」ということも私にはあまり実感が持てない言葉です。
私自身を振り返れば、常にだれかの世話になり、だれかの世話をして生きています。
それを介護と言えば介護ですが、それが特別のことでもありません。
両親や節子の看病はしましたが、「介護」をしたという感覚や思いはありません。
介護という言葉が、いつごろから使われ出したのかはしりませんが、どうも違和感のある言葉です。
家族を基本にした社会観が個人を基本にした社会観に変わりだしてからでしょうか。
私の場合は、いまだに「家族を基本とした社会観」の中で生きていますので、「介護」という概念は生活用語ではなく、ビジネス用語でしかないのです。

「老老介護」という言葉を使っている人は、そんなに深い思いで使ってはいないでしょうが、言葉が生き方を変えていくこともあるので、ちょっと気になっています。

昨日のサロンでは、子どもたちには迷惑をかけたくないという人もいました。
それもちょっとさびしい気がします。
私はいまも、これからも、子どもたちに迷惑をかけながら生きていくつもりなのです。
迷惑をかけるのは、子どもたちだけに限りません。
みんなに迷惑をかけながら生きていくつもりです。
そもそも、生きるということはそういうことだと思っているからです。

とまあ、そうではあるのですが、
「老老介護」の中で生きている人たちは、たぶん「幸せ」なのではないかとも思います。
「老老介護」したくてもできない人と、できる人と、どちらが「幸せ」かはわかりません。
正直に言えば、伴侶との「老老介護」の時間を持てなかったものとしては、ちょっぴりうらやましい気もするのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/04

■節子への挽歌3739:書を携えてまちに出よう

節子
気持のよい朝の日の出が4日連続です。
その上、陽射しがとても力強い気がします。

無為の3日間がすぎました。
毎日、初詣など出ていましたが、基本的にはなにもしない3日間でした。
来客も娘家族以外はなく、心乱される電話もなく、平安に過ごしましたが、平安がいいとは限りません。
やはり平安には退屈がつきまといます。

今朝のテレビで、小笠原諸島の海岸の風景が出ていました。
それを見ていて、こういう場所で生きていたら心乱されることもなく、いい人生だろうなと思いながら、私自身の生き方に少し思いをはせました。
どうしても「退屈」を満喫できるところに戻れません。
節子がいた頃は、「退屈さ」を楽しめたのですが。

昨年末、かなり難解な本に挑戦して見事に挫折しましたが、未練がましくもその本は机の上に置いていました。
諦められずに、いまもなお時々読んでいますが、小笠原諸島の海岸の風景を見て、読むのをやめることにしました。
読んでも心身に入ってこないのには、それなりの理由があるのです。
いまはまだ読むべき時ではない。
でももしかしたら、もう今生では読む機会が得られないかもしれない。
そこに未練があったのですが。

私がそれなりに影響を受けた寺山修二は「書を捨ててまちに出よ」と言いました。
しかし、それは私にはなかなかできないことでした。
書を携えてまちに出よう、が私の目指したところです。
いずれも中途半端に終わりました。
もし節子がいまもいたら、もう少しまちに出られたかもしれません。
節子の中には、まちがありました。

今日は久しぶりに湯島に出かけます。
新年のオープンサロンです。
節子がいた頃は、毎年、年のはじめに節子と一緒に湯島に行って、部屋の掃除をしました。
最近は掃除なしです。
少し早目に行って、掃除をしようと思います。
そういえば、花もない。
鉢植えの花は、いずれも花を咲かせていませんでした。
湯島から花が消えて久しいです。

さて今日は誰に会えるでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/03

■節子への挽歌3738:今年も年賀状を出しませんでした

節子
今朝もとてもいい日の出でした。
穏やかな日が続いています。

しかし、どうも血圧のせいなのか、あんまり調子がよくありません。
頭の地の流れがなんとなく詰まっているようで、思考が動き出さないのです。
チョコレート療法はあきらめて、薬を再開したほうがいいかもしれません。
クリニックの遠藤さんのところに行くのはちょっと気が重いですが。

年賀状を読みました。
私は年賀状を出すのをやめてしまっていますが、それでも年賀状を送ってくれる人がいます。
いただいた年賀状への返信も、昨年はしないまま終わってっしまいました。
さらに昨年は、年賀メールもやめてしまいました。
別に深い意味があるわけではないのですが、ただ怠惰なだけでもありません。
書けなかったのです。
たとえ年賀メールでも、心を込められなければ書くわけにはいきません。

節子は年賀状を書くのに、とても時間をかけていました。
その横で、いかにも安直に書いている私には批判的でした。
印刷した文面だけでは心が伝わらないという理由で、手書きで一言二言書き添えていましたが、節子は思いを込めていたら、そんなに早くは書けないでしょうというのです。
多い時には1000通を超える枚数の年賀状を書いていましたから、たしかに一人ずつ心を込めていたら、1週間では終わりません。
私のそういう生き方に対して、節子は別の生き方のモデルを、いつもそれとなく見せてくれていたのです。
それが、節子がいなくなってから、じわじわときいてきたのです。
いまさら気づいたところで遅いのですが、むしろそうした気づきが私の気を削いでしまっています。
錯塩もそうだったような気もしますが、この数年、何もできない年末年始を過ごしているような気もします。
今年は脱却できそうだと思っていましたが、やはり抜け出せません。
むしろ高血圧のせいであればいいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/02

■価格が価値を決める時代

昨日、テレビで「芸能人格付けチェック」を見ました。
テレビで活躍している人たちが、ワインや料理は楽器を品定めするのですが、たとえば、100万円のワインと5000円のワインを目隠しで飲んで、どちらが100万円のワインかを当てるのです。
なかにはフカヒレを使った料理とハルサメを使った料理を見分けるというのもあります。
それがけっこう、当たらないのです。
意外な人がとんでもない評価をしてしまうことが多いのです。
これを見ていると、別に高級な食材などにこだわることはないと思ってしまいます。

ダニエル・ブアステインが、昔、「売れっ子とは、有名であることで有名な人間である」と定義したそうですが、それを思い出させます。
ピカソのひまわりは、ピカソが描いたからこそ、感動できるのだ、というわけです。
かくして価格が価値を決める時代になってしまった。
価格がわからないと、評価できなくなってしまったというわけです。

要は、みんな価格がなければ区別できないようになってきているのです。
生活者というよりも消費者として、しつけられてきているというわけです。
そう考えると、価値ということがわからなくなってきます。

「価値」は「価格」では決まるわけではなく、本来は「価格」は「価値」で決まるはずです。
そもそも1億円の楽器と10万円の楽器とどちらがいい音色を出すかも難しい問題です。
しかし改めて考えてみると、そもそも「価値」とは何でしょうか。
今回の番組では、100グラム17,500円のステーキと100グラム 680円のスーパーの肉を使ったステーキとを比べるゲームもありましたが、外した人は多かったです。
しかし、17,500円のステーキよりも680円のステーキのほうがおいしいという人もいるでしょう。
そういう人を、味覚音痴だということはできません。
味覚にしろ感動にしろ、人によって違うでしょうし、そもそも価値とは極めて主観的なもののはずです。
多様な価値を基準にしていたら、なかなかコミュニケーションはなりたないかもしれませんが、そもそも多様な価値観がなければ、コミュニケーションっていったい何なのか。
考えていくとだんだん訳が分からなくなってきます。

ところで、ミュージシャンのGACKTは、外したことがないのです。
味覚だけではありません。
たとえば、高級の楽器を使っての演奏と入門者用の普通の楽器を使っての演奏を聴いて、確実に当てるのです。
その判断の理由を聞くと、私もなぜか納得したくなってしまうのです。
その結果、私は今はすっかりGACKTのファンです。

でもその一方で、GACKTのようにいろんな違いがわかるようにはなりたくはありません。
私の味覚は、「おいしい」と「まずい」と「また味わいたい」の3種類しかないほど鈍感ですが、それでも不満はありません。

1秒以下の記録を競うスポーツも、私にとってはばかげたことですが、どうも時代はますますそういう方向に向かっているようです。
みんな機械になりたがっている。
これはもしかしたら、「不死へのあこがれ」にもつながっているのでしょうか。
死ぬことがなくなったら、人間は人間でなくなるような気がしているのです。

GACKTほどにはとてもなれませんが、与えられた価格ではなく、自らの感覚で価値を判断する生き方をこれからも心がけていきたいと思っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3737:お正月のショッピングモールはやはり別世界です

節子
久しぶりに、正月のショッピングモールに行ってみました。
めずらしく娘が誘ってくれたのです。
先日、セーターを買いに行って、結局ジャケットを買ってしまったので、セーターを買おうと思っていました。
一人で買いものに行くのは、まだ苦手ですので。

節子がいた頃は、三が日のいずれかに街中にも出ていましたが、いなくなってからはまず出ることはなくなりました。
私の体験でしかありませんが、この10数年の間に、ショッピングモールなどの雰囲気は大きく変わりました。
というよりも、節子と一緒だった頃は、むしろデパートが多かった気がしますが、今では柏近くのデパートは全滅で、代わりにいろんなショッピングモールが増えています。
いろんなところで、イベントもやっていますし、にぎわっていました。
開店直後に行ったのですが、お客さまの多さにも驚きました。
11時にレストラン街がオープンと放送があったので、人気のお店に行ってみたら、なんとすでに長い行列ができていました。
行列は苦手なので、別のお店にしましたが、まあなんという混雑ぶりのことか。

そういえば、まだ私が会社を辞める前のバブルの時代もこんな感じだったことを思い出しました。
もしかしたら、社会の一部ではいままたバブルになってきているのかもしれません。
いまから思えば、あの頃の私たちの暮らしも、いささかバブル感があります。
その罪悪感が、いまもどこかに残っていますが、久しぶりにそんな雰囲気を少し感じました。
食事さえ十分に食べられない人がいることを思うと、やはりどこかで心苦しいのです。
自宅の料理のほうが私には合いますが、せっかくなので、娘のお勧めに従いました。
もっともわが娘たちはとても質素なので、さほど罪の意識を持たないですみましたが。
でも、外食するとどうしても、食事にさえ窮している人たちのことを思い出してしまいます。
友人が時々ご馳走してくれますが、できればできるだけ質素なものをと希望しても、なぜか高いものが選ばれてしまう。
それで最近はご馳走される時にも、高いもののないお店を選ぶようにしています。

しかし、それではお店の人たちが困るのではないかという思いもあります。
お店も売り上げを伸ばさなければいけません。
娘の連れ合いがイタリアンをやっていますので、料理するお店の大変さもよくわかります。
義理の息子は、夜遅くまで働いていますが、たぶん大企業に勤める同世代の人の給料に比べたら桁違いとは言いませんが、格段の差があります。
そういう実態を知っていますので、私としてはいささか複雑な気持ちなのです。

高価な食事をする場合は、高率の税金を聴取して困っている人たちへの食支援に回してほしいものです。
そうなれば、私でも時には高価な食事が気持ちよくできるかもしれません。
そんなことをしなくても、ちょっと高価な外食をした場合は自分で一定比率を拠出して、それをフードセンターなどに寄付すればいいのですが、私にはちょっとハードルが高いです。
お金を使うことのむずかしさは、いろいろとあります。

ちなみに、まあいろいろあって、またセーターは買わずに来ました。
私に合うようなセーターがなかったのです。
もしかしたら、もうシーズンオフなのかもしれません。
どうも時代の流れには着いていけなくなってきました。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3736:同行二人

節子
日の出前の朝焼けがとてもきれいです。
今朝もきれいな日の出がみられるでしょう。

今年から新しい生き方に入るのだと決意したつもりですが、昨日は、まったく「新しさ」のない元日でした。
今朝もまた、いつものように、目覚めとともに、いささか虚しい気持ちにつつまれました。
どうも一挙には気持ちは変えられないようです。

「幸せに満たされた人生」というものは、たぶん論理矛盾です。
なぜなら、「幸せ」とは「不幸せ」があればこそ、実感できますから、不幸せのない人生には幸せもまた無いからです。
私には適度に「幸せ」も「不幸せ」もありますから、祝福された人生だという気はしますが、
しかし隣りに伴侶がいないことが、どうも理解できずにいました。

しかし、伴侶としての節子は、ずっと隣にいたのではないか。
それに、今朝、ようやく実感的に合点がいきました。
この10年間は、四国巡礼で言われているように、節子との「同行二人」の10年だったのです。
そう思うと、いろんなことが納得できます。
伴侶とはそういうものかもしれません。

ここまで書いたら、窓の外に「あったかな陽光」が感じられました。
日の出です。
窓からのぞいたら、昨日よりもきれいな日の出が見えました。
見ていると目がやられるので、日の出を感じながらまたパソコンに向かいました。
直接は見えませんが、明らかに太陽は私を包んでいてくれます。
たぶん、節子もまた、こんな感じで私とともにあるのです。
それを実感できないとしたら、それは私の知性と感性の鈍さです。
たとえ、雨の日も太陽は存在し、雲さえも支えているのです。
雨もまた、太陽の恵みなのですから。
ときに、私はそれを忘れてしまう。

さて、「同行二人」です。
節子が同行していることは、必ずしもよいわけではありません。
そのおかげで、私はいまもなお「自立」も「自律」もできず、充実感のない毎日を生きています。
しかし、その一方で、節子の不在を理由にして、自分を「言い訳」ているところがあります。
それがある意味での、私の「自立」や「自律」を支えているとも考えられます。
すべてはやはりつながっているのです。

幸せが幸せを生むように、不在が存在を生む。

新しい年の2日目がはじまりました。
外はもう、私の好きな「白い世界」にちょうど変わりだしてきています。
雪の白さではなく、輝きの白さです。
快晴の日の朝にわずかの時間だけ感ずる、私にとっての歓びの時間です。
今日も穏やかな日になりそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/01/01

■節子への挽歌3735:節子、生き方を少し変えます

節子
節子がいない11回目のお正月です。
最近は定番なのですが、娘たちと近くの子の神様に初詣し、そのまま節子のお墓見舞いに行き、わが家でみんなでつつましやかなおせちを食べます。
既成のおせちセットは買わずに、ユカががんばって作ってくれます。
孫も、今年はお煮しめを喜んで食べていました。
節子がいた頃のわが家のお正月料理は、質素な中にも毎年、ひとつだけちょっとしたぜいたくがあったのですが、最近は次第にそうしたものもなくなりました。
それでもユカの手料理のおせちは美味しかったので、いささか食べ過ぎてしまいました。
その後、ジュン家族は、連れ合いの実家に行きますので、後は私とユカが残ります。
昨年は2人も、少しだけ頑張ったので、だらっとしています。

朝は例年のように、屋上から初日を見ました。
今年はとてもきれいでした。
運がよければ、子の神様からもわが家の屋上からも富士山も見えるのですが、今年は見えませんでした。

時評編に書きましたが、今年から少し生き方を変えようと思います。
昨年は、たくさんのことがあったこともあり、これまでの生き方の粗雑さを思い知らされました。
今ごろ気づくのは、いささか遅きに失していますが、気づいた以上は正さなければいけません。
どう変えるか。
たぶん節子が知ったら喜ぶ方向へです。
節子にはわがまま放題でしたが、少しは節子のアドバイスを身につけなければいけません。

節子がいなくなってから、私の生き方や価値観は大きく変わってしまいましたが、最近ようやく、落ち着いてきました。
伴侶を失ってバランスを欠いた生き方になれるのには、やはり10年はかかるようです。
ようやく今年は、正常化して前に進めるような気がしています。

今年は、年末に「善い年だった」といえるような生き方をしようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■新しい年のはじめに

201806_2


また新しい年がはじまりました。
といいながらも、最近は、「新しい」という実感がどうも持てません。
生きている世界の魅力が、どうもあまり感じられなくなってきているのです。
私の生き方が惰性的になっているのかもしれません。
たしかに、以前のように、年初の決意など改めて考えることもなくなりました。
自分で決めた「四半世紀ルール」も、第3期がもう30年近くになってしまいました。
「前社会人」「会社人」「社会人」につづく第4期は、予定では「自然人」を想定していましたが、思わぬ事故によって、それは実現しませんでした。

しかし、今年から人生の第4期に入ろうと思います。
といっても、そう変わるわけではありません。
意識を、少し変えようと思っているのです。
そう思いついたのは、昨年末です。
最後の数年くらいは、もう少し知的に生きたい。
ふとそう思ったのです。

私の年明けは、毎年、初日の出を屋上で待つことから始まります。


Hatuhi201811_2


まだ暗い時から寒さの中で、何も考えずに待ちます。
その10分ほどの時間は、心が「無」に満たされる時間です。
小鳥たちもまだ囀りださず、空気が冷たいせいか、世界が止まっているようにも感じられます。
生命のない世界、そんな気さえすることがあります。
そのなかで、なんともいえない平安な気持ちに包み込まれる幸せな時間です。

それが、初日が輝かしだすと、あたりの空気が変わりだします。
止まっていた世界に、急に生命が宿ったように、時間が動き出す。
無機質だった気配に、表情を戻りだし、それとともに、今まではあまり気にならなかった様々な音が耳に入ってきます。
世界が動き出した。
新しい年の始まりです。
この一瞬の時間が、とても好きです。

さらに5分ほどで、赤い太陽が白く輝きだします。
手賀沼の湖面に一筋の光の道が現れ、私のほうに陽光がやってきます。
そこで初めてあたたかさを感じます。


201808_2


年によっては、突然に世界が白くなって輝きだすような体験をすることもありますが、今年はゆるやかに推移しました。
今年はあたたかい陽光にゆっくりと包まれるような、おだやかな年明けです。
新しい生き方に、うまくは入れるといいのですが。

昨年は、歴史が善い方向に動き出す年になることを祈っていると書きましたが、
今年は祈るのはやめました。
祈ることを諦めたわけではありません。
祈りの前に、まずは自らを変えることにしたのです。
人生の第3期に入った時のことを思い出しました。
「変える」のではなく、「変わる」ことが大切だと思って、私は30年前に生き方を変えました。
今年から、歴史がどう動こうと、私は私が善いと考える方向に向けて生きようと思います。
そうすれば、少しは心も休まるでしょう。
そしていつかきっと、歴史の方向は変わっていくと信ずることにしました。

そんな思いで、今年も湯島でサロンをつづけます。
見ず知らずの方も含めて、どなたでも歓迎のサロンをやっています。
案内は「お知らせ」のコーナーにできるだけ掲載します。
もし気が向いたら遊びに来てください。
見ず知らずの方も歓迎です。
オープンサロンでなくても、時間さえ合えば、だれでも歓迎です。
コーヒーしかお出しできませんが、お気軽にご連絡ください。

今年も、「私たち」にとって「善い年」にしたいと思います。
そして、「私たち」を一人でも多くしていきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年12月 | トップページ | 2018年2月 »