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2018/01/02

■節子への挽歌3737:お正月のショッピングモールはやはり別世界です

節子
久しぶりに、正月のショッピングモールに行ってみました。
めずらしく娘が誘ってくれたのです。
先日、セーターを買いに行って、結局ジャケットを買ってしまったので、セーターを買おうと思っていました。
一人で買いものに行くのは、まだ苦手ですので。

節子がいた頃は、三が日のいずれかに街中にも出ていましたが、いなくなってからはまず出ることはなくなりました。
私の体験でしかありませんが、この10数年の間に、ショッピングモールなどの雰囲気は大きく変わりました。
というよりも、節子と一緒だった頃は、むしろデパートが多かった気がしますが、今では柏近くのデパートは全滅で、代わりにいろんなショッピングモールが増えています。
いろんなところで、イベントもやっていますし、にぎわっていました。
開店直後に行ったのですが、お客さまの多さにも驚きました。
11時にレストラン街がオープンと放送があったので、人気のお店に行ってみたら、なんとすでに長い行列ができていました。
行列は苦手なので、別のお店にしましたが、まあなんという混雑ぶりのことか。

そういえば、まだ私が会社を辞める前のバブルの時代もこんな感じだったことを思い出しました。
もしかしたら、社会の一部ではいままたバブルになってきているのかもしれません。
いまから思えば、あの頃の私たちの暮らしも、いささかバブル感があります。
その罪悪感が、いまもどこかに残っていますが、久しぶりにそんな雰囲気を少し感じました。
食事さえ十分に食べられない人がいることを思うと、やはりどこかで心苦しいのです。
自宅の料理のほうが私には合いますが、せっかくなので、娘のお勧めに従いました。
もっともわが娘たちはとても質素なので、さほど罪の意識を持たないですみましたが。
でも、外食するとどうしても、食事にさえ窮している人たちのことを思い出してしまいます。
友人が時々ご馳走してくれますが、できればできるだけ質素なものをと希望しても、なぜか高いものが選ばれてしまう。
それで最近はご馳走される時にも、高いもののないお店を選ぶようにしています。

しかし、それではお店の人たちが困るのではないかという思いもあります。
お店も売り上げを伸ばさなければいけません。
娘の連れ合いがイタリアンをやっていますので、料理するお店の大変さもよくわかります。
義理の息子は、夜遅くまで働いていますが、たぶん大企業に勤める同世代の人の給料に比べたら桁違いとは言いませんが、格段の差があります。
そういう実態を知っていますので、私としてはいささか複雑な気持ちなのです。

高価な食事をする場合は、高率の税金を聴取して困っている人たちへの食支援に回してほしいものです。
そうなれば、私でも時には高価な食事が気持ちよくできるかもしれません。
そんなことをしなくても、ちょっと高価な外食をした場合は自分で一定比率を拠出して、それをフードセンターなどに寄付すればいいのですが、私にはちょっとハードルが高いです。
お金を使うことのむずかしさは、いろいろとあります。

ちなみに、まあいろいろあって、またセーターは買わずに来ました。
私に合うようなセーターがなかったのです。
もしかしたら、もうシーズンオフなのかもしれません。
どうも時代の流れには着いていけなくなってきました。
困ったものです。

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