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2018/01/08

■ダブル・インカムの意味

湯島での新年サロンで、ダブル・インカムの話題が出ました。
最近は、夫婦共稼ぎで、ダブル・インカムになって、経済的には豊かになってきたという話が出たのです。
以前、書いたことがありますが、私は共稼ぎは「別稼ぎ」であって、「共稼ぎ」でも「ダブル・インカム」でもないと考えていますが、それはそれとして、ダブル・インカムというのは豊かさの象徴なのか、貧しさの象徴なのかは、見方によって変わってくるように思います。
そこで、私は、ダブル・インカムはむしろ貧しさの象徴、さらに言えば、ますます貧しくなっていく象徴ではないかと発言しました。
ここで「貧しくなる」というのは、個人の家計だけではなく社会の貧困化も意味しています。

その日の夜、テレビをつけたら、ドキュランド「みんなのための資本論」で、ちょうどロバート・ライシュがその話をしていました。
ダブル・インカムにしなければならないほど、みんな貧しくなったのだという話でした。

同じ現象に関して、まったく正反対の解釈ができることの一例です。
というよりも、ある事象をどう解釈するかで、その人の生きている世界が見えてきます。
どの解釈が正しくて、どの解釈が間違っているということではありません。
いずれの解釈も、その人の生きている世界では正しいのです。
ダブル・インカムが豊かさをもたらすこともあれば、貧しさをもたらすこともある。
そこが悩ましいところです。

しかし、そもそもインカムってなんでしょうか。
さらにいえば、人が生きるために必要な「インカム」とはなんでしょうか。
お金の収入のことでしょうか。
最近、お金とは「信用」だと言われてきていますが、だとすれば、インカムとは「信用」とか「信頼」を得ることでしょうか。
こうかんがえてくると、どこかで論理が破綻しているように思えてなりません。

経済は、考えれば考えるほどわかりません。
困ったものです。

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