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2018/01/07

■節子への挽歌3743:「迷惑をかけられることは決して不幸ではない」

節子
フェイスブックをやっていると、時々、とてもうれしいことがあります。
思ってもいなかった人との出会いも、その一つですが、とてもうれしい話に出合えるのです。
先日、挽歌でも書いた「老老介護」ですが、その内容を少し変えて、フェイスブックにも書きました。
それを読んだ若い友人が、その記事をシェアしてくれて、そこに自分の体験を書いてくれました。
読めるかどうかわかりませんが、その記事は次にあります。
https://www.facebook.com/yamaura.yoshihito/posts/1625050527605049?notif_id=1515251574065745¬if_t=story_reshare
とてもいい話です。

彼は、体験談を紹介した後に、こう書いてくれています。

迷惑をかけられることは、決して不幸ではないし迷惑でも何でもない。 誰かの役に立てることで私はようやく、人と人の間に入っていけるようなこころもちになる。 やっぱり誰かの迷惑になること、迷惑を被ることは人間関係の基本かもしれないと、佐藤修さんのノートをみて、強く思うのでした。

他者の言葉で、自分の考えていたことが明確になることは少なくありません。
今回もそうでした。

そういえば、先日のサロンで久しぶりに「ヴァルネラビリティ」という言葉が出ました。
この概念に触れた時のことを今も思い出します。
この概念が社会を変えるのではないかと思ったのです。
私の生き方が、それまでにも増して、弱みをオープンにする姿勢に変わったように思いますが、まだまだ十分ではありません。
いまもなお、見栄を張り、弱さを無意識にしろ隠そうとしている自分がいます。
困ったものです。

生き方を変えることは、そう簡単ではありません。

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