« ■節子への挽歌3756:「羊たちの沈黙」 | トップページ | ■節子への挽歌3758:雪の朝 »

2018/01/22

■節子への挽歌3757:挽歌を書くことはできても、読むことはまだできません

節子
雪がどんどん積もっています。

挽歌もかなり日数とのずれができてしまっているので、今日はもう一つ書こうと思います。
昨日、挽歌を読んでくださっている人に会いましたが、実はその前日も湯島で、やはり挽歌を読んでくださっている人に会いました。
その人が、1冊の本をくれました。
眉村卓さんの「妻に捧げた1778話」です。
2004年に出版され、いまも版を重ねるくらい読まれている本のようです。
この本のことは知りませんでしたが、眉村卓さんの作品は若いころよく読みました。
しかし、いただきながら、どうも読もうという気にはなれません。
机の上に置いているので、いつか読もうという気になるかもしれませんが、いつになるかわかりません。

「読むこと」と「書くこと」とは全く違うことなのかもしれません。
私は、書くことはできますが、同じ立場の人の書いたものを読む勇気はまだ出てきません。
伴侶を亡くした人たちの、グリーフケア的な集まりもありますが、そういう場にも私は行けそうもありません。
一度、自殺遺族のグリーフケアに参加したことがありましたが、そこではあまり抵抗なく妻の死を語れました。
病死と自死との違いは、グリーフケアということでは差異はなく、むしろだからこそ話し合えるという気もしました。
以前、この挽歌に書きましたが、その時にお会いした人とは、その後、京都でお会いしました。
どこかでお互いに通ずるところがありました。
つまり、伴侶の死とか子どもの死とか、自死とか病死とかを超えて、心を通わせあうことはできるのですが、妻の死という、同じ状況の場合は、いささかリアルすぎて、逆に読む勇気が出てこないのです。

前に書いたと思いますが、夫を亡くした友人が、もうひとり同じような人がいると言って、わざわざ群馬から2人で湯島に来てくれたことがあります。
それぞれが話さなくても、感情を共有できた気がします。
私よりもほんの少しだけ年上の彼女は、少しだけみんなで哀しさや寂しさを気持的に共有したあと、これでもう話題を変えましょうと言い出しました。
結局、だれも体験談を話すことはなかったのです。
その時は少し違和感がありましたが、いま考えると、彼女はきっと話せなかったのです。
いや話す必要がなくなった。
もしかしたら、3人ともそうだったのかもしれません。
今となっては、その後、3人で何を話したか思い出せません。
そういえば、その後、彼女に会っていません。
どうしているでしょうか。

ところで、私の場合は、書くことで、私自身が支えられています。
昨年末、挽歌が書けていない時期は、私自身の気が萎えていました。
気が萎えていたから挽歌が書けなかったのではなく、挽歌を書かなかったから、気が萎えていたのかもしれません。

私には、挽歌は元気の出る薬のようなものなのかもしれません。
読む人への配慮もなければ、意識もありません。
ですから読んで下さる人がいるのはとてもありがたいのですが、どこかで申し訳ない気もしています。
内容のない、鬱積した気分を、その時々の気分に合わせて書きなぐっているだけだからです。
それでも私自身が何とか生きつづけられているのは、この挽歌のおかげなのです。
眉村さんのように、誰かに読んでもらえる挽歌にはできそうもありません。
困ったものです。

|

« ■節子への挽歌3756:「羊たちの沈黙」 | トップページ | ■節子への挽歌3758:雪の朝 »

妻への挽歌18」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30899/66310742

この記事へのトラックバック一覧です: ■節子への挽歌3757:挽歌を書くことはできても、読むことはまだできません:

« ■節子への挽歌3756:「羊たちの沈黙」 | トップページ | ■節子への挽歌3758:雪の朝 »