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2018/02/17

■節子への挽歌3777:小さな常識、大きな常識

節子
武田さんから数日前に電話がありました。
「138億年宇宙の旅」を読んだかという電話です。
とても感動したようで、仕方がないので、私も読んでみました。
ブラックホールが専門のイギリスの理論物理学者クリスト・ガルファールの著作です。
難解な物理学の世界を「平易」に書いたものですが、やはり歯が立ちません。
しかし、理解はできないのですが、そこで書かれているマクロ世界やミクロ世界の話は、なんとなく親近感があります。
たとえば、重力を超えた量子的な場や10次元世界、あるいは時間も空間もない世界というのは、なんとなく実感できるのです。
もちろん論理的にわかっているわけではなく、言葉で説明することも全くできません。
超弦理論も出てきますが、これも私にはちんぷんかんぷんです。
これまでも超弦理論の「平易」な解説書なるものにも挑戦したことはありますが、歯が立ったことはありません。

しかし、そういう世界に、なにか奇妙な親近感や現実感があるのです。
時間も空間もないということは、昔から私には違和感がないのです。
というか、几帳面に並べられて一方向に流れている時間というものにはなじめないものがあります。
小松左京の小説に出てきた両方向に流れるヘリウムの話は今でも忘れられません。

節子はよく知っていますが、カレンダー通りの時間の流れには、私はあんまり呪縛されないのです。
だから、カレンダーに従って誕生日が決まるわけではなく、今日を私の誕生日にして食事に行こうなどと言う発言をしてしまう。
まあ、いまもそうで、娘が迷惑していますが、最近は「はいはい」といって無視しています。
節子と一緒ですが、カレンダーに縛られることは苦手ですが、それでも長年、カレンダーに呪縛された生活を続けていると、ついつい今日は何曜日だろうなどと思うことからまだ抜け出られていないのです。
だから、娘につい、今日は水曜日にしてくれないかなどと、ついつい愚痴を言いたくなるわけです。

今日もあることで、娘から「お父さんは常識がないから」と言われました。
しかし、娘の常識など高がこの数十年に育ってきた「小さな常識」ですから、138億年のスケールで考えれば、たいした常識ではありません。
私の常識のほうが、もっと普遍性を持っているでしょう。
そういう「大きな常識」の世界に、節子はきっと苦労したことでしょう。

でも彼岸にいって、きっと私の常識のほうに親近感を持っていることでしょう。
次に会うのが楽しみです。

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