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2018/02/14

■「釣りにでも出かけるとするか」

以前、「誰が第二次世界大戦を起こしたのか」(渡辺惣樹 草思社)のことを書いたことがあります。
これは渡辺さんが翻訳した、ハーバート・フーバーの「裏切られた自由」の紹介書なので、まあこれを読めばフーバーの原書は読まないでいいと思っていました。
なにしろものすごい厚い上下本なのです。
ところが先日会った友人から、面白いと勧められました。
それで図書館から借りてきて読んでみました。
思った以上に読みやすく、たしかに面白い。

本書は、第二次世界大戦前にルーズベルト大統領に反対して、戦争回避に向かっていたフーバー元大統領が、ライフワークとしてさまざまな資料を集め、整理した大事業の成果です。
結局、フーバーは出版せず、死後も遺族が出版を止めていました。
それが状況の変化の中で、2011年に出版されたのです。
編者は歴史家のジョージ・H・ナッシュ。
最近もトランプ大統領批判で活躍しています。
そのナッシュが本書の冒頭に「編者序文」を書いていますが、これだけでもなんとA5版ぎしっしりの130頁もあり、一冊の本になります。
タイトルは「ハーバート・フーバーのミステリアスな「大事業」」。
これだけでも読む価値があります。

そこに私がとても気にいった言葉が出てきました。
それが今回のタイトルの「釣りにでも出かけるとするか」。
フーバーは対抗馬の妨害にあい、共和党予備選大会に敗れて、大統領への復活はなくなったのですが、大会を終えたフーバーは、「釣りにでも出かけるとするか。政治のことは忘れたい」と、記者に語ったそうです。
時代を憂いて誠実に活動してきた結果の言葉として、とても共感できます。
しかし、フーバーは、釣りには行けませんでした。
ヒトラーが、西ヨーロッパへの侵攻を開始したからです。

フーバーは、日米開戦に関しても、スターリンの戦略に関しても、いまから考えると時代が見えていたと思います。
だからこそ、釣りには行けなかったのです。

もしフーバーが大統領に戻ってきたら、世界の歴史は全く変わってきていたように思います。
そして今、私たちは、そういう大きな転換点に立ってる。
フーバーのような全体を見ている人がいないのが残念です。
政治への無関心の代償の大きさを忘れてはいけません。

1月にキックオフした「茶色の朝」サロンのを3月からスタートさせたいと思います。
周りで起こっている気になる動きを、気楽に話し合うサロンです。
日程が決まったらまた案内します。

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