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2018/02/19

■節子への挽歌3779:宇宙との縁を回復できそうな気配です

節子
私たちは、「知っているはずもないこと」を知っていることに驚くことがあります。
ソクラテスは「メノンのパラドクス」といい、ユングは「集合無意識」と言いました。
私自身は、人間は自分だけで完結したシステムなどとは全く考えていませんので、時空間を超えたあらゆるものとつながっていると考えています。
それを意識に取り込めば、自分の心身は、無限の知であふれるでしょう。
空海は、虚空蔵につながっていたという話もあります。
空海に限らず、宇宙と一体化した人は、たぶん少なくないでしょう。
それをある程度論理的に言語化すれば科学者になり、言語化に興味がない人は宗教者になる。
キリストもムハンマドも釈迦も、きっと宇宙と一体化していた。
だから、彼らの「生」は、現世だけのせいではなかったのだと思います。

そうした不思議な感覚は、たぶんほとんどの人が経験していると思いますが、人は「信じられないものを信じない」ように、育つようになってしまいました。
ですから、みんあ「見なかったこと」「体験しなかったこと」んして、その後の平安な人生を選ぶわけです。
それが「大人になること」なのかもしれません。
つまり、宇宙と縁を切る、ということです。

私が最初に、意識したのは、福岡の大宰府跡に行った時です。
なにやら無性に懐かしさを感じました。
その後、観世音寺の国宝館に入って、雷に打たれたような「畏れ」を感じました。
誰も来ない国宝館で10数体の仏たちとしばらくの時間を共にしました。
不思議な体験でしたが、なぜか私以外の人は、その間、誰も来ませんでした。
その後、観世音寺について少し調べて本も読みましたが、残念ながらなにも感ずることはありませんでした。
その後も何回か行きましたが、あの奇妙な感覚は起こりません。

また話がずれていますが、最近、そうした私が知っていることのないことが、少しずつ形を見せだしています。
そして、それに従って世界の見え方が少しずつ変わりだしているような気がします。
私が考えていたことが、いかに論理に縛られていたかがわかってきました。
知の体系が変わるということは、こういうことなのかもしれません。

最近つくづく自分の無知さ加減がわかってきました。
「知る」ということは「知らないこと」に気づくことだと、ようやくわかりました。

今日は、春を感ずる寒さです。
庭の桜が今年も花を咲かさないようなのが、とても残念です。

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