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2018年3月

2018/03/31

■節子への挽歌3799:未来からもらう元気

節子
過去から元気をもらったという話を、フェイスブックに書きました。
友人が、「過去から元気をもらう、素晴らしいことですねと」コメントしてくれました。
たしかに考えてみると、これまでの生き方のおかげですからうれしいことですが、これまでこんなことを考えたことはありませんでした。
生き方が肯定されたような気がしてきました。

私の元気は、いつも「未来」からもらうという姿勢が強かったように思います。
なにかに取り組んで、それがある結果を出した時のうれしさを目指して、元気を出していたといえるかもしれません。
どんなつらいことでも、いつかそれがあるかたちになっていくと思えば、がんばれましたし、辛いことさえが楽しいものになった気がします。
しかし、節子がいなくなったから、私には「未来」が見えなくなりました。
時間が、そこで止まったのです。
未来がなくなりと、生きる元気は消えうせてしまいます。
たぶんそうした中で、私は元気を忘れてきてしまっていたようにも思えます。
元気だけではありません。
感情さえもがおかしくなっていたことは否定できません。
いまもそうかもしれません。
心から楽しいと思ったり、心から笑ったり泣いたりすることはできなくなっているような気もします。

人は未来を拠り所にして生きている。
改めてそう思います。
しかし、さらに考えてみると、未来に確実にあるのは、自らの人生の終わり、つまり「死」です。
ですから、「死」こそが「生きることの拠り所」ということになる。
元気のもとは「死」?
あるいはこうも言えます。
未来が実感できなくなったということは、死がなくなったということか。
これはもう少し考えないといけない難問です。

いささか理屈っぽくも、重い話を書いてしまいましたが、今日は小学校時代の友人が湯島のサロンで話してくれます。
その関係で、小学校時代の同級生が2人参加し、サロンの前に4人で食事をしようということになりました。
私以外の3人は女性です。
こんなことを書くと叱られますが、小学校時代の友人ですから、まあ「過去の世界」の人です。
元気をもらえるでしょうか。
さてそろそろ出かけましょう。

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2018/03/30

■節子への挽歌3798:私の生き方へのご褒美

節子
昨日は日本の企業をもっと元気にしたいと長年取り組んでいるKさんとゆっくり話し合う時間を持ちました。
Kさんもある大企業に勤務していましたが、ある時、会社を辞めて独立したのです。
そこからさまざまな企業の働く現場を飛び回り、独自に経営手法を開発してきています。
私がお会いしたのは、あるパーティで隣り合わせたおかげですが、話していて、どこか通ずるところがありました。
話があったのではありません。
心がなんとなく感じあったというべきでしょうか。
言葉で通じ合っても、それはほとんど意味がありません。
言葉と思いがずれている人はたくさんいます。
もちろんご自分でも気づいてはいないでしょう。
そして、波長が合う場合は、多くの場合、片思いではありません。
たぶんお互いに通ずるところがある。
これまでの人生を振り返ると、そう思います。

Kさんは、どうしてこういう場を持続できるのか、お布施だけでは維持できないでしょうと言われました。
Kさんは、私の活動に触れてから、まだ数年ですし、そんなに頻繁に湯島に来てくれているわけではありません。
でもなぜか、湯島の場所の維持と私の活動のことを、とても気にしてくれています。
こういう人がいてくれるだけ、元気が出ます。

Kさんは、私が携帯電話を今日も持ってくるのを忘れて、予定していた電話が受けられなくて困っていると話したら、佐藤さんでもそんなミスがあるのですか、ほっとしますね、と言われました。
ミスをしたり欠点が見えてしまったりすることで、ほっとしてくれる人がいるというのも、実にうれしいことです。
ちなみに、私はかなりミスも多いですし、能力的にも性格的にも欠点の多い人間です。
しかし、だからとって、コンプレックスを持っているわけではありません。
人はみんな、私と同じで、ミスも多いし、欠陥も多いのだろうと、思っていますので、「それがなんだ」という思いなのです。
でもまあコンプレックスがないわけでもありません。
こうなったらいいなと思うことは、山のようにありますが、しかし、それもまた誰もがそうだろうと思っていますので「それがなんだ」という気がしています。

実は、昨日もKさんとそんな話にもなりました。
Kさんは、どこかに哲学的な物を感じさせる人です。
私はまだ数回しか話したことがないので、Kさんの人生に関してはほんの少ししか知りません。
それにしては、なんだか旧知の関係のような話をしてしまいました。
いつもながら、どうして私は口が軽いのか。
話さなくてもいいことをたくさん話してしまった気がします。

でも湯島にこうやって、わざわざ来てくださる人がいるのが、これまでの私の生き方へのご褒美かも知れないと、いつも思います。
感謝しなければいけません。

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2018/03/28

■節子への挽歌3797:呪いが解けたようです

節子
庭の池が落ち葉などで埋まってしまっていました。
私の還暦の祝いに、家族みんなで作ってくれた2段式の池なのですが、手入れ不足で草木に埋まっているのです。
しかも、ガマガエルに襲われたり、理由不明で魚が全滅したり、水循環装置が壊れたり、いろいろとあって、節子がいなくなってからは、放置気味だったのです。
あまりにひどい状況なので、今日、積もっていた木の葉や繁茂しすぎた水草を少し除去しました。
水も汚染されてしまっていたので、またもや魚は全滅してしまったのかと思ったのですが、夕方見たら、なんとメダカが2匹、泳いでいました。

この数年、わが家は呪われてしまったように、生き物が死んでしまいます。
庭の池もそうですが、室内の水槽のメダカも、何回挑戦してもなぜか死んでしまうのです。
手入れが悪いというのもあるかもしれませんが、どうも呪われている感じがしてなりません。
メダカだけではありません。
シクラメンやサイネリヤの花を買ってきて、出窓に置いておくと、なぜか元気がなくなってしまうのです。
ですからしばらくは生き物を飼うのをやめていましたが、先週、またメダカを買ってきました。
毎朝、水槽をのぞきますが、1週間ほど経過しますが、今回は元気です。
呪いが解けたのかと思っていた矢先、池の庭のメダカも発見されたので、うれしくなりました。
しばらく部屋から追いやられていた鉢植えの花もまた買ってこようと思います。

どうしてこういうことになったのか。
たぶんこの2年ほど、私の生気がなくなっていたのでしょう。
いやもう少し長いかもしれません。
湯島のメダカやエビもみんないつの間にか滅んでしまいました。

生気を取り戻さなければいけません。
メダカまでも、付き合わせてしまったことを反省します。
湯島にもまたメダカを連れて行こうと思います。
生命は、みんなつながっています。
そのつながりが、最近はかなり実感できるようになってきました。

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■節子への挽歌3796:過去から元気をもらうようになりました

節子
とてもうれしいはがきが届きました。
「焼肉大交流会」の案内です。
といっても、焼肉がうれしいのではありません。
その会を共催するのは、「ウトロを守る会」と「ウトロ町内会」なのです。
案内の書き出しは、「ウトロに公営住宅が建つなんて」です。

私も、もうすっかり忘れてしまっていましたが、調べてみたら、2004年にホームページに最初の記事を書いていました。
http://cws.c.ooco.jp/katsudoukiroku3.htm#713

ウトロ地区とは、京都府宇治市にある在日コリアンの街でした。
そこに住んでいた在日コリアンが、開発の流れの中で強制追い立てを迫られて、裁判になっていたのです。
私は、その動きに義憤を感じ、ささやかな支援活動をしていたのですが、もう10年以上、忘れてしまっていました。
しかしきっと名簿に残っていたのでしょう。
私にまで案内が届きました。

そこに宇治市が市営住宅(伊勢田ウトロ市営住宅)を建てたのです。

Photo

今年の1月にすでに40世帯が転居したそうです。
そこで4月22日に、名前も「ウトロ広場」とつけられた場所で、報告会を兼ねた交流会を開催することになったのです。

ウトロのことは、節子にはあまり詳しくは話していなかったかもしれません。
なにしろ当時は、全国のさまざまな活動に関心を持っていましたから、すべてを節子に話していたら、節子はパンクしたでしょう。

ウトロの場合は、単なる経済的な支援だけでした。
それにも関わらず、私にまで案内が届いたのです。
こんなうれしいことはありません。
できれば参加したいところですが、たぶん22日は行けないでしょう。
まあ行ったところで、私などの居場所はないでしょう。
きっと素晴らしくも賑やかな集まりになるはずです。

当時はいろんなことに関心を持って、ささやかに応援させてもらっていました。
最近は、応援するどころか、私が応援されてしまうようになってきました。
でも、時々、こういうはがきや手紙が届きます。
過去から元気をもらうのは、とてもうれしいものです。

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■佐川元理財局長の国会証人喚問報道に感ずること

昨日、佐川元理財局長の国会証人喚問がありました。
4時間すべてを見ましたが、あまりのひどさに驚きました。
そこで、フェイスブックに書きました。

佐川さんに同情的だったのですが、まったく期待を裏切られました。日本の官僚の誠実さはもう失われたのでしょうか。カントを読んでほしいです。
それにしても、あまりのひどさに驚きました。
官僚の言動は、私たち国民の言動を象徴しているのでしょう。

しかし、今朝の新聞やテレビを見て、佐川バッシングのすごさにまた驚きました。
みんな麻生さんみたいになっています。
こうなると、私としてはついつい「待てよ」とも思いたくなります。
佐川さんをこれほどひどく批判することができるのは、もしかしたらそこに自らを感じているからではないのか。
いつもに似合わず、そういう「自省的」な自分を感じます。
こうしたバッシングの動きも、またおそろしい。

ダーウィンのgroup selectionという理論があります。
一時期は人気がなかったようですが、最近また見直されているとも聞きます。
その考えによると、自らが所属するある集団が存続の危機に陥ると、メンバーは自らの利得、つまり自己を捨てて、その集団の構成要素である小さな細胞になる本性(能力)を生まれながらにして持っているというのです。
つまり、所属集団のために働く一匹のミツバチのようになるというわけです。
そして、集団維持意識のため以外の判断基準(たとえば社会的な常識や道徳観念)に盲目になってしまう。

集団への献身は人間が最も大切にする、生活の一断面だ、という心理学者もいます。
そうした、人間の本性が、英雄的な行為を生むとともに、戦争や集団殺戮も引き起こす、というのです。
ここには「利己主義」と「利他主義」の錯綜があります。
大切なのは、自らがどの「グループ(集団)」に所属していると思っているかです。

私は、できるだけ広い、理想的に言えば、時空を超えた世界を、自らの所属集団と考えたいと思っています。
できることならば、私にとっての利己主義は、利他主義などと言う排他的な「他の存在」をもたない利己主義でありたいと思っています。
もちろんそれは達成できておらず、時に、異質な判断への怒りを禁じえないわけですが。

しかし宿主を殺して、自らの世界を失う細菌やウィルスのような過ちは犯したくありません。
佐川さんの世界が、もう少し広くなれば、佐川さんも財務省も政府も社会も、みんな幸せになるのではないかと思います。


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2018/03/27

■節子への挽歌3795:花見に行ったのに気が晴れません

節子
久し振りにあけぼの山公園の桜を見に行きました。
しばらく行かないうちに、なんだか桜の元気が衰えていました。
自然もまた、年々、変わっていることに気づきました。
なんとなく寂しさも感じました。

あけぼの山に隣接する農業公園は、チューリップが咲きだしていました。
この辺りは、節子と2人でよく来ました。
10年ぶりに歩いてみました。
大きくは変わっていないのでしょうが、私自身が大きく変わっているので、違う空間を歩いているような気もしました。
風景は心境によって違ったものになるようです。

今日は挽歌を少し書きこもうと思っていたのですが、帰宅して録画していたテレビの佐川さんの国会証人喚問を見ているうちに、やっぱりさびしくなって、また元気がなくなってしまいました。
私の元気なさは、節子のためだけではなさそうです。

ひどい世の中になった、とつくづく思います。
私も、節子も、嫌いな、嘘がはびこりだしました。
ホームページをはじめた15年ほど前に、予想した通りになってきました。
節子は、こんな社会を見ずにすんでよかったかもしれません。
こんな社会を嘆きあう伴侶がいないのが、一番さびしいです。

佐川さんのパートナーや家族を思うと、怒りよりも寂しさがつのります。
人は、どうしてこうも哀しい存在なのでしょうか。
節子が伴侶だったおかげで、私は自分を素直に生きてこれたことを感謝しなければいけません。
なんだかとても嫌な気分が残った証人喚問でした。

Akebono201803


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■節子への挽歌3793:「もう時間がないのです」

節子
近くの桜が咲きました。
手賀沼沿いも液に行く途中の桜も、ほぼ満開です。
あまり出歩いていないのですが、近くの菜の花畑も咲いているかもしれません。
フェイスブックでも桜の写真が満載です。

お花見に行かなくなってから10年たちます。
節子がいた頃は、お花見は年中行事でしたし、いろんなところに桜を見に行きました。
とりわけ節子が病気になってからは、よく行きました。
節子は桜が好きでしたから。
最後に家族全員で見た、あけぼの山公園の駐車場の桜は、その後、家族も含めてだれも行かなくなりました。
桜を見ると思い出すことが多すぎます。

相変わらず周辺ではいろんなことが起こっています。
友人が突然、「もう時間がないのです」とメールしてきました。
彼とあることを約束していたのですが、それをやめたいという連絡です。
その理由が「もう時間がないのです」。
病気を抱えている人なので、なにかがあったのかもしれません。
いつものように、気まぐれで考えが変わっただけかもしれません。
まあいずれにしろ、思うように生きたらいい。
彼の意向には従おうと思います。

最近、私自身、時間がうまく使えずに、挽歌もあまり書けないし、仕事もあまりできていません。
しかし、人生においては、「もう時間がないのです」という状況は私にはありません。
時間があって、その時間を生きているわけではありません。
生きている時が、私にとっての時間なのです。
時間がないので、それはできませんとか、その会に参加できませんというような、発想は私にはありません。
その集まりに参加する時間を、私は生きていないだけの話なのです。
時間は誰かにもらって使っているわけではありません。
だから「時間がない」などと思うことは、私にはありません。

にもかかわらず、時間とうまく付き合えなくなっているのかもしれません。
昔からよく「時間破産」と言っていましたが、実のところは、その「時間破産」を楽しんできていました。
しかしいまはもう「破産」すべき時間、つまり「生き生きとしている時間」の生命力が弱まっているのかもしれません。

本来なら今ごろは、節子と一緒に、時間を超えて、桜を眺めていたはずです。
それができないがゆえに、桜とどう付き合っていいのかもわからなくなっているのかもしれません。
思い切ってお花見にも出かけてみようかとも思います。
幸い、今日はたぶん在宅でゆっくりできそうな1日です。

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2018/03/26

■書籍「社会保障切り捨て日本への処方せん」のお薦め

医療制度改革に精力的に取り組んでいる本田宏さんが、とてもわかりやすい本を書いてくれました。
「社会保障切り捨て日本への処方せん」(本田宏 自治体研究社 1100円)です。
ぜひ一人でも多くの人に読んでほしい本です。
本田さんは、情熱の人です。
いささか思いが強すぎて、話についていけない人もいないわけではありませんが、きちんとお話を聞けば、みんな共感するはずだと私は思っています。
本田さんの思いを、ぜひ多くの人に知ってほしくて、何かできることはないかと考えていたのですが、この本を広めていくことに、まずは尽力したいと思います。

本田さんは、外科医として医療に取り組むむかたわら、日本の医療制度や社会保障制度を国民の視点から改革していくための活動に取り組まれてきています。
一時期は、テレビなどでもかなり発言されていましたので、ご存知の方も少なくないと思います。
そうした活動を進めるうちに、本田さんの思いは、医療や社会保障にとどまらず、教育問題や政治問題、つまり社会そのもののあり方を変えていかなければという思いにまで広がり、還暦を契機に、社会活動に専念すべき、外科医を引退したのです。
以来、医療と日本再生のための講演や執筆などの情報発信に加えて、幅広い市民の連帯を目指して多くの市民活動への参加に全力を投じてきています。

湯島のサロンでもお話していただいていますが、もっと時間をかけて、多くの人に聞いてほしいといつも思っていました。
ですから本書が出版されたことは、とてもうれしいことです。
本書では、本田さんが伝えたいことの一部だとは思いますが、本田さんがなぜ人生を変えてまでこの活動に取り組んでいるのか、そして本田さんが一番伝えたいことは何か、がとても誠実にわかりやすく書かれています。
思いはこもっていますが、単に「思い」だけで語っているのではありません。
医療現場での体験と広い視野からのデータに基づいて、日本のどこが問題で何を変えれば医療や社会保障が充実するのかを、広い視野と深い洞察のもとに展開しているのです。

具体的な内容は、本書を読んでいただきたいのですが、本田さんが、なぜこうした活動を続けられてきたのかの理由を紹介させてもらいます。
それは、「諦めずに明らめる」ように努めてきたからだと、本田さんは言います。
そして、問題の本質を明らめるための4つの視点として、「全体像を把握せよ」「ショック・ドクトリンに騙されるな」「歴史に学べ」「 グローバルスタンダードと比較する」をあげています。
これは、最近、私たちがともすれば失いがちな姿勢ではないかと思います。
そしてそうした4つの視点を活かすためには、考える基盤になる情報がポイントになるので、情報に振り回されないメディア・リテラシーを高めなければいけないと呼びかけます。

それに関連して、本田さんは、「日本の学校は、考えない人間を5つの方法で生み出している」という、鈴木傾城さんという人のブログを紹介し、次のように書いています。
ちょっと長いですが引用させてもらいます。

「多くの日本人は勘違いしているが、覚えると考えるは別である」と鈴木氏は強調し、「日本では国民の8割がサラリーマンのため学校の重要な使命は上司の言うことをよく聞いて、口答えせず、言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先するように規格化すること」と日本の教育を一刀両断にしています。確かに教育こそが国家にとって都合のよい人間を生産できるシステムです。振り返れば医療費抑制の国策の結果の先進国最少の医師数の中で、家庭を犠牲にしてまで黙々と働いてきた私も、「言われたことを忠実に行い、不満があっても黙々と働き、集団生活を優先する」という、考えない教育の賜物だったのです。

「終わりに」で本田さんが書いていることにも心から共感しますので、これもちょっと長いですが引用させてもらいます。

政治が良くならなければ医療はもちろん社会保障や教育も良くならない、その一念で纏めたのが本書です。今後も日本を「国民第二に考える民主国家として子や孫の世代にバトンタッチできるよう、明日からも「考えて政治に関心を持つ人」を増やすことを目標に講演や市民活動に邁進したいと思います。

このメッセージを、私はしっかりと受け止めようと思います。
私も、生活とは実は政治そのもんだと思って、サロンを毎週開催しています。

本書は本田さんが続けてきている講演のエッセンスがベースになっていますので、とても読みやすいので、ぜひ読んでほしいです。
そして共感したら、まわりに人にもぜひ紹介してください。
また本田さんはいろんなところで講演もしていますので、機会があれば是非お聞きください。
本田さんは、何人か集まれば話に行ってもいいとまでおっしゃっています。
本書には出てこない、時にはちょっと滑ってしまうような、心和む楽しいジョークや横道話もたくさんあるので、書籍で読むのとは違った面白さと示唆があります。

いろんな意味で多くの人に読んでいただきたいと思っています。

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2018/03/24

■カフェサロン「まわりにちょっと気になることはありませんか」報告

社会が茶色一色で染まっていって、気がついたら自由のない生きづらい社会になっていたという寓話「茶色の朝」を読んでの感想を言い合うことからはじまった「茶色の朝」サロンがスタートしました。
それぞれが、生活のまわりにある「気になること」を出し合って、いまの社会のあり方や自らの生き方を、みんなでちょっと考えてみようという主旨のサロンです。
「茶色の朝」の全文は、次のサイトから無料で入手できます。
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

お花見に絶好な、お出かけ日和の土曜日にもかかわらず9人の人が集まりました。
サロン初参加の方もいました。

それぞれが「ちょっと気になっていること」を話すことから始めました。
「街中でのマナーやルール-の話」「本音で話し合う場が少なくなっているようだ」「弱いものへのバッシングが多い」「なんとなく将来への不安がある」「人のつながりがよわくなっている」「マニュアル化が進んでいる」「人に声をかけることが少ない」「みんな忙しくて余裕がない」「政治につながる話は話題にしたがらない人が多い」などいろいろと出ました。
「誰かが良いことを始めるとみんなそれに従うが、その人がいなくなるとみんなまたやめてしまう」という、具体的な話も出ました。
言い換えれば、みんな「はみ出したくない」のだというわけです。
「みんなどんなことが気になっているのかが気になって参加した」という人もいました。
何か気になるが、その実体が必ずしも見えてきていないのかもしれません。
どうもみんな「モヤモヤ」している。
実はそれがこのサロンを始めた理由の一つでもあります。
一方で、高円寺駅の駅長が毎朝、乗客に挨拶しているのがうれしいというような、「ちょっといい話」も出ました。

それからみんなで自由に話しだしましたが、話題はかなり学校教育の話になりました。
子どもたちはまさに社会の鏡ですが、子どもたちの学びの場への関心がみんな高いようでした。
学校での目標は何なのか、自分をしっかりと育てることなのか、社会の中で波風立てずに自分をなくしていくことなのかというような、学校教育の本質にまでつながる話もありました。
学校の先生たちが忙しすぎて、子どもたちの学びの場を豊かにする余裕がないのではないかという話もありました。
話していて、次の社会を創っていく子どもたちの学びの場が、あまり見えていないことに改めて気づかされたような気がします。
これは改めて、サロンを企画することにしました。

沖縄や福島の話も出ましたが、現地に触れている人からは、現地の実状とマスコミ報道との違いも話題になりました。
学校現場だけではなく、私たちはまだまだ知らないことがたくさんある。
もっといろんなことを知っていくことが、社会を豊かにしていく出発点かもしれません。

ちょっと気になるどころか、大いに気になることとしては、日本の政治のリーダーが言葉を壊しているという指摘もありましたが、いろんなところで信頼が揺らぎだしている。
信頼がない世界では、やはり不安がぬぐえない。
なんとなくみんなが「不安」に陥り、モヤモヤしてしまうことの背景には、そうした「信頼関係」が失われてきている状況があるのかもしれません。

それにもつながるかたちで、「マナーとルール」について少し話し合いました。
このテーマは、改めて時間をかけて話し合いたいと思いました。

政治には「統治権力のなかでの権力闘争」と「生活をよくするための政治」とがあるように思います。
前者が政治として捉えられがちですが、本来の政治の目的は後者のためであるはずです。
そして、後者の主役は国民一人ひとりです。
政治は国会議事堂や霞が関だけにあるわけではありません。
自分の生活に影響を与えるような社会のあり方に関心を持ち、ちょっと気になることがあれば、まわりの人と話し合ってみる。
「おかしいこと」があれば、「おかしい」という。
それも大切な「政治活動」です。
引き続き、肩に力を入れて政治を語るのではなく、まわりの気になることを題材に、少しずつ政治とのつながりや社会のあり方を話し合えるようなサロンをつづけたいと思います。

ちなみに、2つの政治に関して、前にブログで書いたことがあります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2018/01/post-7079.html

このサロンと並行して、日本の政治や国家のあり方をテーマにしたサロンも引き続き企画したいと思っています。
こんなテーマで話し合いたいというテーマがあればご連絡ください。
主権者である私たちの手に、政治を取り戻したいと思います。
批判するだけではなく、できることから始める行動への広がりを意識しながら。

お花見にもいかずに参加してくださったみなさんに感謝します。
このサロンの出発点になった主原さんの「モヤモヤ感」に感謝します。
少しずつ晴らしていければうれしいです。

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2018/03/21

■節子への挽歌3792:猿田彦珈琲でシャキッとしたのですが

節子
先ほど、内容のない挽歌を書いた後、今日4杯目のコーヒーを飲みました。
先日、山城経営研究所の関係者が、私への感謝の会というのをやってくれて、コーヒーメーカーとコーヒーをプレゼントしてくれたのです。
コーヒーは評判の猿田彦珈琲。
朝も飲んだのですが、美味しいです。
コーヒーを飲んだらちょっと気分がシャキッとして、もう一つ挽歌を書く気になりました。

春の箱根に雪が降ったおかげで、今日はテレビでよく箱根が報道されています。
昨年はついに箱根には一度も行きませんでした。
この20数年、初めてのことです。
節子が元気だったころは、毎年数回、箱根に行きました。
節子が好きだったからですが、節子がいなくなってからも、年に1回は箱根に行っていました。

箱根に詰まっている想い出は、山のようにあります。
もし節子が元気だったら、今頃は湯河原に転居していたかもしれません。
もしそうなっていたら、私の生き方も大きく変わっていたでしょう。
節子の死という番狂わせのおかげで、私の生き方は一変しました。
まあ、それもまた人生です。
箱根の風景をテレビで見ていると、いろいろなことが次々と浮かんできます。
私としてはあんまり好きなことではないのですが。

想い出は、独りで思い出すのはいささか辛いものです。
やはり2人で思い出してこそ、思い出は輝いてくるのでしょう。
たくさん残っている写真も、私はほとんど見ることはありません。
コーヒーでシャキッとしたかと思ったのですが、やはりどうも元気が出ません。
お彼岸だからでしょうか。
寒い雨のせいでしょうか。

最近どうも気分が暗くてよくありません。
明日は会社時代の人たちと会うのですが、元気を回復しておきたいものです。

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■節子への挽歌3791:寒いお彼岸です

節子
お彼岸なのにまだお墓にも行っていません。
花は用意されているのですが、雨のために今日も行くのを止めました。
それに冬に戻ったような寒さです。

最近、挽歌はあまり書けていませんが、サロンの報告などをメーリングリストなどで発信しています。
何しろ先週は、4回も湯島の集まりをやってしまいましたし、これから週2回ほど予定されてしまったサロンの案内も出しています。
実にいろんな反応があって、うれしいのですが、ちょっと引っかかる一言が多いのです。
「お元気で」とか「健康でお過ごしください」「またお会いしたいです」などという言葉が最後に書かれているのです。
これって、私が間もなく人生を終わることを含意していないでしょうか。
それは考え過ぎだろうと言われるかもしれませんが、人は考えるものなのです。

ちなみに、だからと言って、不快だとかということではないのです。
それはまさに事実だからです。
私もそう思われる歳になったのだということです。
自分ではそんな意識は無いのですが、人にはそう見えているわけです。
自重しなければいけません。

しかし、自分を相対化するのは実に難しい。
特に私のように、あんまり自省的でない人間は、自分の置かれている状況に気付きにくいのです。
注意しないと、死んだことにも気づかずに、このままの生活を続けてしまいかねません。
困ったものです。

この2日間、ちょっとダラダラしています。
先週までは無性に本が読みたくて、読みあさっていましたが、今週はどうも読む気が起きません。
今日は床暖のある1階のリビングでうずくまって過ごしていますが、テレビを見る気も本を読む気も、パソコンをやる気も、何故か起きません。
まさにうずくまって、寒空の外を見ています。
こうやって節子と2人で、無為に過ごすのが理想でしたが、独りだと無為と言うよりも無策という感じで心が落ち着きません。
それでノートパソコンをリビングに持ち込んで、挽歌を書いています。
かと言って、内容の或る挽歌を書く気も起きず、こんな無意味の文章を書くのが精いっぱいです。

最近、どこかで、心がちょっと折れてしまったのではないかと思うことがあります。
疲れすぎたのかもしれません。
それが見透かされてしまって、「お元気で」とか「健康に留意」とか言う人が増えているのかもしれません。
でもまあ、無理して「元気」になることもありませんし、「健康:に気を付けるってどういうことかもわかりません。
今日はまあ、こうやって無策に過ごしましょう。
それにしても退屈です。
人に会うのは嫌いですが、人に会わないのはもっと嫌いです。
困ったもので。
はい。

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■「隠れ病む身」を支えることの大切さ

日曜日に放映されたEテレ「こころの時代」を今日、改めて見ました。
小浜市明通寺の中嶌哲演住職の「隠れ病む人々と歩む」です。
明通寺には2度ほど行ったことがありますが、そこのご住職が長年托鉢をしながら『鈴音』という手作り通信で、社会に呼びかけていたことは知りませんでした。

「隠れ病む人々」とは、広島や長崎で被爆した後、自らを「隠れ病む身」と呼び、世間の目から逃れるように故郷に帰って戦後を生きて来た人々を指しますが、原発銀座とも言われる福井では、原発で事故に合い、同じように「隠れ病む身」の人がいることも知りました。
原発の事故(3・11の福島の事故ではありません)で亡くなった人の話はこれまでも聞いていましたが(公開はされていませんが)、「隠れ病む身」の人がいることを初めてテレビで知りました。
とても心に響くお話でした。
次に簡単な番組紹介があります。
http://www4.nhk.or.jp/kokoro/x/2018-03-11/31/4430/2008300/

中嶌さんの話を聞きながら、私は最近の財務省や文科省の事件を思い出しました。
「隠れ病む身」の人たちを生み出しているのは、原発だけではないのでしょう。
最近の官庁や企業には、「病」が蔓延しているのかもしれません。
政治の世界もそうかもしれません。
いや、社会そのものに「病」が蔓延している。
にもかかわらず、多くの人は「隠れ病んで」いる。
前川さんのように、しっかりしたご自分をお持ちの方は「隠れる必要」も無いのでしょうが、多くの人にはそんな強さはありません。
しかし、前川さんには及びもしませんが、私も自らをしっかり生きていこうと改めて思います。

「病」は、それがどんなものであれば、隠すことはありません。
病は隠すものではなく支え合うものではないかと思います。
そして、人をつないでいく力も持っています。
官僚の皆さんには、ぜひカミングアウトしてほしいです。
それが社会の「病」をただす出発点になるでしょうから。
「病」に負けてはいけません。

「隠れ病む身」の人たちに、石を投げるのは止めたいです。
支えることこそが、社会を健やかにすることではないかと思います。

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2018/03/20

■コムケアサロン「なぜ生きるのか」のご案内

2月に、「なぜ生きるのか」をテーマにしたコムケアサロンを開催しました。
予想していたよりも、いろんな人が集まりました。
そして、またやってほしいという要望もいただきました。
あまりにも、そのままのテーマなので、躊躇したのですが、複数の方からの要請なので、また開催することにしました。
前回同様、「なぜ生きるのか」を踏まえて、「生きる力を高める場」にできればと思います。
「重い」テーマであればこそ、「明るく」「気楽」に話し合うのが、湯島の精神ですので。

いつもより早い時間から始めますが、いつものように出入り自由ですので、途中からの参加も、途中での退出も歓迎です。
ご都合に合わせてご参加ください。

○日時:2018年4月2日(水曜日)午後6時~8時半
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「なぜ生きるのか/どうしたら生きる力を高められるか」
○会費:500円

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■カフェサロン「社会インフラとしてのお金と仮想通貨を考える」のご案内

3月31日のサロン「霜里農場の金子友子さんの生き方」とは真逆のようなテーマのサロンを開催します。
テーマは、「社会インフラとしてのお金」です。
「お金」をどう捉えるかは難しい問題ですが、今回のテーマは「貨幣」です。
よく言われているように、「貨幣」はその時代時代の先進技術が凝縮されているものです。
自然貨幣から貴金属貨幣、鋳造貨幣へ、最近は紙幣、それも信用のネットワークに支えられた不換紙幣へと変わってきていますが、さらにデジタル通貨が話題になってきています。
また金融工学から生み出された信用保証システムの発展も目覚ましいものがあり、通貨システムと他の領域のつながりも現実なものになってきています。

ビットコインのように、投機メディアになってしまったものもありますが、社会共通資本的な要素をもっているものもないわけではありません。
経済そのものが変質しつつあるなかで、この分野のことをきちんと知っておかないといつトラブルに合うかもしれません。
そこで、今回は、こういう分野で活動されている渡辺さんにお話をお聴きすることにしました。

ちなみに、私が渡辺さんと直接知り合ったのは今週です。
私がこの種の話にはきわめて否定的であることも、渡辺さんには伝えています。
ですからどういうサロンになるかはまったくわかりませんが、頼まれると断れないのが私の性格なのと、私が反対のテーマでもサロンをやりたい人がいたら、場を提供するのも湯島の方針の一つなのです。
そんなわけで、下記の通り、仮想通貨や金融経済のサロンを開きます。
ご関心のある方はご参加ください。

○日時:2018年4月12日(木曜日)午後7~9時(6時半開場)
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「社会インフラとしてのお金と仮想通貨を考える」
○渡辺忠和(スピリチュアル&心理カウンセラー)
○会費:500円
○申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/03/19

■カフェサロン「現代こそドラッカーに学び、人を活かす経営を考える」の報告

ジャズミュージシャンにして経営コンサルタントの村瀬弘介さんの「ドラッカー」をテーマにしたサロンは、「インテグリティ」という言葉から始まりました。
ドラッカーを理解するキーワードは「インテグリティ」だというのです。
インテグリティを、「真摯さ」と訳し、それには「対象に対する真摯さ」と「自分に対する真摯さ」があると説明したあと、人間として正しいかどうかが大切だという話をされました。

こういう話で、村瀬さんのドラッカー経営論は始まりました。
村瀬さんの経営論の基本には、「人間の尊厳」が置かれています。
企業関係者も多かったのですが、多分こういう形でドラッカーの話を聞いた人は少ないと思います。

なぜ「インテグリティ」なのか。
村瀬さんは、ドラッカーがナチスドイツによるホロコーストを体験したことにも言及しました。
ドラッカーが「経済」や「経営」をどう位置付けていたかの話もされました。
そして村瀬さんがたどりついた「経営観」は、「経営とは、人間が幸せになるすべてである。人の尊厳を実現するものである。経営で成果を上げるとは人間が幸せになることである」というものです。

私は寡聞にして、ドラッカーをこういう視点でしっかりととらえた経営学者や経営コンサルタントにこれまで会ったことがありません。
もし一人でもお会いでできていたら、私のドラッカー観は変わっていたはずです。

私がドラッカー経営論に否定的なのは、「経営は顧客の創造」だと紹介されてしまったことです。
経営は、「価値の創造」であって、「顧客の創造」であってはなりません。
人を「顧客」ととらえるところには、「人間の尊厳」の発想はありません。
私も、会社時代に経営について少しは考えてきましたが、そこで大切にしたのは、「人間の尊厳」と「価値の創造」でした。
そしてそれを私が所属していた企業の経営の理念にするプロジェクトに取り組み、その結果として私は人生を変えてしまいました。
ですから今回の村瀬さんの話には、心底嬉しさを感じました。
ドラッカーの思想の起点は「人間の尊厳」です。
ようやくほんとうのドラッカーに出会えた気がしました。

村瀬さんは、ドラッカーは「資本主義のための経済ではなく、自由民主主義のための経済」を目指していたと言います。
そういう意味での経済(経世済民)がうまく行けば、カリスマも出てこないし、ホロコーストも起きないとドラッカーは考えていたのではないか、と言います。
同感です。
ドラッカーの最初の著作は、「経済人の終わり-新全体主義の研究」です。
ぜひ読んでほしい本の一つです。
その延長で、ドラッカーの著作を読めば、違った受け止め方ができるはずですから。

村瀬さんはリーダーシップにも言及しました。
リーダーシップとは「責任」であるというのです。
これも含蓄に富む言葉です。
ちょっとした言葉の言い換えではないかと思うかもしれませんが、私には視点が全く違う、新しい経営論のように感じます。
つまり、組織の視点からではなく人間の視点から経営が考えられている。
今の日本の企業に一番欠けている視点です。

「経営」とはそもそも企業の世界だけの話ではありません。
NPOにおいても行政においても、地域社会においても、さらには人生においても大切なことです。
経営とは技術の話ではありません。思想の話なのです。
村瀬さんの経営論を、ぜひいろんな分野の人に聞いてほしいと思います。
ちなみに湯島では、以前、NPOとドラッカーと言う視点で、市民性や社会性をテーマに、『ドラッカー 2020年の日本人への「預言」』の著者の田中弥生さんにサロンをやってもらいました。
「市民性」「社会性」も今回少し話題になりましたが、改めて考えたいと思います。

村瀬さんは、ジャズミュージシャンです。
ご自分でも話されましたが、論理ではなく感性で受けとめるタイプです。
ある時にドラッカーを読んで涙が出てしまった。
それがドラッカーを語りだした出発点だそうですが、村瀬さんの話には魂を感じました。

村瀬さんの話の入り口だけの紹介になりましたが、村瀬さんが話してくれた話は、先月出版された村瀬さんの『ドラッカーが教えてくれる 人を活かす経営7つの原則』(産業能率大学出版部)をぜひ読んでください。
http://jlom.xsrv.jp/cs2/44/
また次のサイトで村瀬さんの話に触れられます。
ドラッカー講義動画集『感動から分かる ドラッカー経営』
http://jlom.xsrv.jp/cs2/25/

ついでに村瀬さんの音楽もどうぞ。
https://www.youtube.com/channel/UCOtRQ7cRiznIUxNtsGcl6rg

村瀬さんはいろんな所で講演活動もしていますので、ぜひどこかで村瀬さんの魂に触れてみてください。

Murase20180317


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2018/03/17

■カフェサロン「霜里農場の金子友子さんの生き方」のご案内

今回は、ちょっと変わったサロンを企画しました。

私は、できるだけお金に縛られない生き方を目指しています。
そもそもみんながこんなにもお金に呪縛されるようになったのは、たかだかこの50年くらいのことでしょう。
いや、いまでもお金に縛られずに、豊かに生きている人はいないわけではありません。
たとえば、私の幼なじみの金子友子さんは、その一人です。
彼女は学校を卒業後、アナウンサーになって活躍していましたが、ある時、私には突然だったのですが、農家に嫁いだのです。
埼玉県小川町にある霜里農場。
有機農業のメッカと言われたところです。
もちろん今もその界隈には、霜里農場の金子夫妻のもとで育った有機農業に取り組む人たちがたくさん住んでいます。

霜里農場の農場主は金子美登さんです。
テレビや新聞などでも紹介されたこともありますので、ご存知の方も多いでしょう。
友子さんは、そのパートナーです。
2人の出会いや霜里農場のことは、次の記事をお読みください。
http://soratsuchi.com/owada/2009/12/39.html
結婚式に来たのは、有吉佐和子さんや市川房江さん。
それで2人がどんな生き方をしていたかはおわかりでしょう。

金子さんは、キューバの有機農業にも詳しいですが、今回はその話ではありません。
金子友子さんの生き方がテーマです。
たとえば、こんな話です。
金子友子さんは、農場でできた野菜を時々、東京のお客様に届けていました。
私は最初、買ってくださった方への宅配かと思っていましたが、そうではありませんでした。
野菜を届け、お茶をご馳走になる。
帰り際にお客様はお礼をくださる。
お金の時もあれば、そうでない時もあるようです。
私が理想とする「物々交換」あるいは「売買」ではなく「感謝のやり取り」です。
その話を聞いて、私は感激しました。
すべてがそういうわけではないでしょうが、友子さんの行動はお金には縛られていないのです。
まさに私が理想と考えている「百姓的生き方」です。

といっても、友子さんがお金を否定しているわけではありません。
私は先日、霜里農場に行ったついでに、熊谷市でお昼をご馳走になりました。
そのお店にも、友子さんは段ボール箱いっぱいの野菜を持参していきました。
もちろん買ってもらったわけではなく、ただただ持っていっただけでしょう。
そのお店のオーナーは、友子さんの友人なのです。
そこでランチをしましたが、その代金は友子さんが払いました。
いまはあなた(私のことです)よりも私が少しだけ「小金持ち」だろうからと言って、その日はすべて彼女がご馳走してくれました。
お金は余裕のある人が出せばいい。
ちなみに料理をテーブルに持ってきてくれたお店の人にも自家作の絶品のイチゴを差し上げていました。
そうしたらお店のオーナーが、コーヒーをサービスしてくれました。
お金のやり取りはあるのですが、心のやりとりもあるわけです。
しかもお店で、です。

まあ今回は、そんな話も含めて、金子友子さんの生き方を話してもらおうと思います。
どんなサロンになるかまったく見当もつきません。
しかし、それもまたサロンの魅力の一つです。
生き方を考えなおす機会になるかもしれません。

よかったらご参加ください。

〇日時:2018年3月31日(土曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇話題提供者:金子友子さん(霜里農場)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/03/16

■節子への挽歌3790:一番支えが必要な人

節子
寒暖の差が激しくて、なかなかついていけません。
此岸は住みにくいです。
住みにくいのは、どうも私だけではないようで、今日もまたいろんな連絡がありました。
幸か不幸か、今日は時間がほぼ完全に埋まっていたので、新しい課題を背負うことはありませんでしたが、みんな身に余る重荷を背負いこんで大変なのかもしれません。
でもまあ私も、もうそう背負い込む余裕がなくなってきているような気もします。

先日、図書館で見つけた『最期をどう迎えるか』と言う本を電車の中で読みました。
私自身は、最期の迎え方は一応決めていますが、それが実現できるかどうかは私だけでは決められません。
でもまあ、自宅で意識的に死を迎えることを目指そうと思います。
いや、目指そうと思うのではなく、いま既にその活動に入っているというべきでしょう。
もちろん「死ぬ準備」をしているという意味ではありません。
死と最期の迎え方とは別の問題です。
「最期の迎え方」は、あくまでも生き方の問題ですから。

その本にこんな文章が出てきました。

「誰かの支えになろうとする人こそ、一番支えが必要な人でもあるんですよね」

「めぐみ在宅クリニック」の小沢竹俊さんの言葉です。
ハッと気づいたのです。
そうか、私は、一番支えが必要な人なのだ、と。
でも今日は、時間がないことを理由に、3件の申し出をやんわりと跳ね返してしまいました。
もちろん引き受けるための日程調整が出来なかったからなのであって、私に理由があった訳ではありません。
一般的にはむしろ相手の都合のせいなのですが、でも相談してくる人の方が状況は大変なのですから、時間の調整は相談を受ける方がしなければいけません。
それが私のルールなのですが、そのルールを守るのはそれなりに大変です。
もし自分の都合を優先する生き方をしていたら、たぶん誰の相談にも応じられないでしょう。
いつも時間調整するのは、私なのです。
それが、誰かの支えになるということですから。

でも最近は、どうも私自身の都合を優先しがちになってきています。
小沢さんの言葉に出会って、私もようやく少し支えがなくても大丈夫なってきたのかもしれないことに気づきました。

最近またいろんな人から「へそ曲がり」だと言われています。
でも私は決して「へそ曲がり」ではないのです。
多分小沢さんならわかってくれるでしょう。
人はみな、他者の事を語っているようで、自分の事を語っている。

今日の寒さは、格別です。

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2018/03/15

■節子への挽歌3789:孤独感

節子
相変わらずサロンをつづけていますが、いろんな人に会います。
昨日のサロンには15人の人がやってきました。
話し合いを聴いていて、自分自身の世界がいかに特殊なのかにだんだん気づいてきました。
まあそれがサロンをやる意味ではあるのですが、時に孤独感を味あわせられます。
あまりにもみんなの常識と私の常識が違うのです。
かなり「寛容」にはなってきているとは自負していますが、まだまだです。

こういう私と生活を共にしていた節子は、大変だったかもしれません。
しかし、節子は私にかなり合わせてくれていたので、私自身はそれに気づかなかったのかもしれません。
生き方が変わっていても、伴侶がそれに共感してくれていると、その異質さに気づきません。
なんとなくそれがすべてだと思ってしまうからです。
でも伴侶がいなくなると、その異質さがはっきりと見えてきます。
そういう意味で、夫婦とは、自らの世界を守るものなのです。
残念ながら、親子ではそういう関係はつくりにくい気がします。
同じ家族でも、夫婦と親子は、やはり違います。
夫婦には溝がないのに、親子にはやはり溝を感じてしまう。
これは父親だからかもしれません。
母親だったら逆なのかもしれません。

ちなみに昨夜も節子の夢を見ました。
挽歌も書き、般若心経も挙げているのですが、まだなにかかけているのでしょうか。
そういえば、最近またお墓に行っていません。
さてさて彼岸にいる人との付き合いはそれなりに難しいです。

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■カフェサロン「改めて協同組合について考えてみよう」報告

「協同組合」をテーマにしたサロンは、共済懇話会のみなさんもかなり参加された結果、大人数のサロンになりました。
企業関係者の参加が少なかったのが残念でしたが、改めてこれからの企業経営へのヒントがたくさんあることを実感しました。
また、支え合う人のつながりづくりに取り組んでいる人たちも何人か参加されましたが、NPOの人たちにもとても参考になる話だったと思います。
終わった後、複数の方から、挑戦すべき課題が見つかったと言われたのが印象的でした。

田中さんは、世界各地の協同組合の視察調査なども踏まえて、なぜ協同組合が生まれてきたのかという話から始まり、現在の社会においての意義、そして協同組合の5つの類型とその実践活動、さらにはこれからの期待をていねいに解きほぐしてくれました。
その話をきちんとまとめたら、たぶん現在、市販されている多くの協同組合の本よりも、ずっと協同組合への理解が深まり、その価値が伝わってくると思います。
そんな気がしながら、お話を聞いていましたが、録画しなかったのが実に残念です。

田中さんは、最初に、カナダ・デジャルダン博物館で配布されている小学生向けの信用組合歴史解説本の1ページを見せてくれました。
そこに、子どもたちに向けて書かれた「なぜ協同組合は必要なのか」の漫画があります。
添付しましたので、ちょっと読みにくいかもしれませんが、ご覧ください。
ここに協同組合思想の本質が読み取れると思います。

つづいて、別の言葉で、協同組合の存在意義を3つに整理してくれました。
「生活防衛システム」「人の集まり」「地域経済の自立」です。
第一の生活防衛システムですが、そもそも協同組合の始まりは「貧困からの脱却」でした。
社会福祉政策に依存するのではなく、まずは自らで「支え合いの関係」を育てることは、人類の知恵でした。
最近の私たちがともすると忘れがちな視点です。
改めてそのことを思い出すことが大切です。

2つ目の「人の集まり」は、同じ組織でも、企業と違うところです。
企業(経済組織)は本来的には「金の集まり」ですから(人は雇われているだけです)、企業買収などで、あるときその組織の主役が突然に変わることがありますが、協同組合(社会組織)は人が主役ですから、そんなことは起こりません。
雇用労働と協同労働の違いは、まさに「働き方」を考える上で大きな違いを引き起こします。
ここにもこれからの企業経営や「働き方」を考える大きなヒントがあります。

「地域経済の自立」は、昨今のグローバル経済化の動きのなかで、ますます重要な意味を持ちはじめていると思います。
エネルギー関係の協同組合の話も出ましたが、さまざまな意味で、いまの経済の枠組みへの発想転換の可能性を持っているように思います。

以上は、田中さんの冒頭の話ですが、こんな感じで紹介していくときりがないので、後は省略して、話し合いの一部を紹介します。

文化活動分野での協同組合へも質問が出ました。
いまはまだこの分野は、あまりないようですが、経済自体が変質していく中で、これからの課題かもしれません。
これまでの協同組合は、その重点は「生活防衛」にありましたが、むしろこれからは異質な知恵の組み合わせによる「価値創造」という、新しい意味が生まれてくるかもしれません。
もちろんすでに、そうしたネットワーク組織はありますが、協同組合思想との組み合わせが、新しい価値を生み出すかもしれません。
私は、生活防衛を超えた、もっと積極的で創造的な意義が、協同組合思想には含まれていると思っています。

今回は、田中さんが農業関係の組織にいたこともあって、日本の農協のモデルにもなったドイツのライファイゼン系の協同組合を中心に話してもらいましたが、ライファイゼンの核になったのは信用事業(共済事業)です。
当時広がりだしていた貨幣経済に対する対抗力としての動きだったわけですが、その点を議論していくと、もしかしたら現在の日本の共同力の混迷と可能性が見えてくるかもしれませんが、今回はそこまでの議論にはなりませんでした。
昨今の実体経済から金融経済へと経済が変質しつつある中で、貨幣経済とは何かを問い直すヒントも、協同組合の歴史の中に含意されていると思います。
日本にも、結や講などの「支え合いの仕組み」があったのに、なぜ大きく発展しなかったのかという話も出ましたが、たぶんそれともつながっているはずです。

日本の農協は、歴史的な経緯から、産業支援システムと協同組合という2つの異質な要素を持っています。
このいささか矛盾する2つの予想を包含していることに、これからの協同組合の困難さと同時に可能性を私は感じます。
これは、時間切れで議論できませんでしたが、もしかしたら協同組合の本質につながっている問題かもしれません。

協同組合の理念に関連して、賀川豊彦の話も出ました。
日本ではまだ成立していない協同組合基本法の話も出ました。
共済と協同組合の関係も、大きなテーマです。
採りあげたいテーマがたくさんありましたので、引き続き、このテーマのサロンを時々開催したいと思います。

なお、協同組合に関して、総論的な入門書として2冊の本を紹介しておきます。
「協同組合の源流と未来」(岩波書店)
「協同組合は未来の創造者になれるか」(家の光協会)

私は30年前に会社を辞めました。
その頃、雇用労働と株式会社から、協同労働と協同組合へと、経済の軸が変化していくだろうと思っていました。
そうはなりませんでしたが、その時の思いは間違っていなかったと改めて思いました。
ただ、時間はまだだいぶ先のようですので、自分では確認できそうもありませんが。

Tanakasalon180314


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2018/03/14

■節子への挽歌3788:「あなたに会うと元気をもらえます」

節子
今日は春の1日になりました。
残念ながらわが家の庭の河津桜は今年も咲きませんでしたが。

昨日、湯島の集まりで、「ほめカード」というのを考案した櫻井さんがみんなに紹介してくれました。
何枚かあるカードから、みんながそれぞれ1枚をランダムに選び、それをいっせいに自分の前で開くのです。
そこには、人を幸せにしてくれるような「ほめ言葉」が書かれています。
それを一人ずつ順番に、カードをもっている人に向かってみんなで読み上げるのです。
カードには、「そのままのあなたがとてもすてきです」とか「大丈夫!きっとうまくいきます」などとその人を褒めたり、元気づけるようなメッセージが書かれています。
それをみんなが読み上げてくれるわけです。
そしてそのメッセージを受けた人は「ありがとう」と返して、みんな幸せになるというゲームです。

私が選んだカードには、「あなたに会うと元気がもらえます」とありました。
みんなが読み上げてくれたのですが、私は「ありがとう」とは言わずに、「それはあなたの誤解です」と返してしまいました。
いやはや困ったものです。

ところで今朝のことです。
新潟のKさんから電話がありました。
Kさんは昨年から大変な事ばかり続いているうえに、大雪で自宅にこもることが多く、滅入ってしまっているのです。
そして時々電話をかけてきます。
いつも長電話なのですが、話しているうちに声の質が変わってきます。
私は別に元気づけているわけではなく、むしろ聞き様によっては、Kさんを批判しているような言葉さえ少なくありません。
幸いにKさんは私よりもご高齢なので、聞きたくないことはたぶん耳に入っていないのでしょう。
そのせいか、少し話が進んだ頃に、いつも「佐藤さんの声を聞くと元気になります」というのです。
いつものように、その言葉を聞いて、昨日の「ほめカード」のことを思い出しました。
すなおにみんなに「ありがとう」と言っておけばよかったです。

そういえば、先日富山から湯島にまでやってきてくれたIさんも、同じようなことを言っていました。
もしかしたら、私は誰かの元気を引き出すことができるのかもしれません。
しかしどうも、自分自身の元気は引き出せない。
私の元気を引き出すのは、やはり節子しかいないのかもしれません。
しかし、その効用も、目覚めて8時間もたったら、もうどこかに行ってしまった気がします。

湯島のオフィスから一人で空を見ていると、無性に悲しく、寂しくなります。
春は、やはり「さびしい季節」です。
そう思えるような、実にのどかなあったかい日です。
でも、なにかが欠けている。
幸せは満たされることからきますが、寂しさは欠けていることからくるようです。
幸せと寂しは両立するようです。

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■節子への挽歌3787:全身を包み込む「幸せ感」

節子
久し振りに節子の夢を見ました。
といっても、駅で出会って一言二言言葉を交わしただけですが。
しかし、それでもなぜかとてもあたたかな幸せ感に包まれて、目が覚めました。
節子の夢を見るのは、久しぶりです。
最近あまり挽歌を書いていないので、ついに夢にまで出てきてしまったのでしょうか。
やはり挽歌はきちんと書かなくてはいけません。

一言二言のやりとりが、なぜ目が覚めた後まで残るような「幸せ感」を生み出すのか。
抱擁したわけでもなく、ただただ身近な言葉を交わしただけなのですが。
まだ言葉にはできないのですが、最近そうしたことがなんとなく納得できるようになってきました。
人が生きてい来るのは、時にそうした「幸せ」を感ずるからなのかもしれません。

節子と出会った「駅」も、久しぶりの駅です。
といっても、この「駅」も、夢の中で一時期、よく出てきた駅です。
現世での駅ではありません。
その駅は、乗換駅で、改札口から地上まで長い階段があります。
今回の夢では、私は改札口から出て、階段を降り切り、なぜかまたあがってきたら、そこに節子がいたのです。
改札口の人が、なぜか「この人はあなたの奥さんですか?」と、厳しい口調で私に話しました。
「はい、妻です」と言ったのですが、その時に節子が何か私に言ったのですが、その言葉は思い出せません。
しかし、その言葉で私はとてもあたたかな気持ちになったのです。
それから不連続な場面が出てきて、私は節子の言葉に従いながら、部屋の片づけをしだしていて、なにかを外に投げ捨てた時に目が覚めました。
不思議な夢ですが、まあ夢というのはこんなものでしょう。

それにしても久しぶりの節子の夢です。
現実では中な節子には会えませんが、夢で逢うのもいいものです。
そんなわけで、今日はかなり元気です。

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■理性の公的な利用と私的な利用

以前、まだブログをやっていなかった頃ですが、私のホームページに「メッセージ」というコーナーがありました。
公文書改ざん犯罪事件の報道に触れて、その2回目で書いた記事を思い出しました。

○メッセージ2:嘘の上に成り立つ社会のありように疑問を持ちましょう(2002/2/7)
http://cws.c.ooco.jp/messagefile/messagekiroku.htm#m2

私は、日本の政治が大きく変質したのは、森内閣成立時だったと思っていますが(当時はまだ私のホームページもなかったので、メールで発信しただけですが)、小泉内閣になって、完全に政治は変質してしまったと思っていました。
以来、私の懸念した方向にどんどんと進んでいます。

今回の事件は実に世相を反映した事件です。

それにしても、残念なのは、官僚の人たちがなぜ声をあげないのか、ということです。
イマヌエル・カントの「啓蒙とは何か」にこういう記述があります。
ちょっと長いですが、引用します。
一部、変更や削除などしています。

◇理性の公的な利用と私的な利用 人間の理性の公的な利用はつねに自由でなければならない。理性の公的な利用だけが、人間に啓蒙をもたらすことができるのである。 理性の公的な利用とはどのようなものだろうか。それはある人が学者として、読者であるすべての公衆の前で、みずからの理性を行使することである。そして理性の私的な利用とは、ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである。 公的な利害がかかわる多くの業務では、公務員がひたすら受動的にふるまう仕組みが必要なことが多い。それは政府のうちに人為的に意見を一致させて、公共の目的を推進するか、少なくともこうした公共の目的の実現が妨げられないようにする必要があるからだ。この場合にはもちろん議論することは許されず、服従しなければならない。 しかしこうしたマシン(機構)に所属する人でも、みずからを全公共体の一員とみなす場合、あるいはむしろ世界の市民社会の一人の市民とみなす場合、すなわち学者としての資格において文章を発表し、そしてほんらいの意味で公衆に語りかける場合には、議論することが許される。そのことによって、この人が受動的にふるまうように配置されている業務の遂行が損なわれることはないのである。

財務省の官僚たちには、これ以上、自殺したり犯罪者になってほしくはありません。
間違ったルールの呪縛から、ぜひ解放されてほしいです。

ちなみに私は学生の頃からずっと、日本社会では「公」と「私」の捉え方が、逆ではないかと思っています。
改めてまた、アレントを読みたくなりました。

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2018/03/13

■カフェサロン「まわりにちょっと気になることはありませんか」へのお誘い

1月に2回にわたり「茶色の朝」オープニングサロンを行いました。
「茶色の朝」は、フランスで話題になった本で、社会が茶色一色で染まっていって、気がついたら自由のない生きづらい社会になっていたという寓話です。
短い寓話で、日本でも翻訳されていますし、またネットでも全文が公開されていて、次のサイトから無料で入手できます。
http://www.tunnel-company.com/data/matinbrun.pdf

オープニングサロンでは、その本を読んでの感想を言い合いましたが、これからは、私たちのまわりにある、「ちょっと気になっていること」を話し合うサロンとして継続的に開催していきます。
そうした話し合いの中から、誰もが気持ちよく暮らせる社会に向けて、それぞれができることを考えていければと思います。

政治の捉え方はいろいろありますが、みんなが暮らしやすい社会を実現することが大きな目的ではないかと思います。
となれば、政治は私たちの生活に深くつながっています。
私たちの暮らしの基盤である社会を方向づける上で、政治の働きはとても大きいです。
にもかかわらず、「政治」にはあまり関わりたくないと思っている人も少なくありません。
現在の政治についての話し合いさえしたがらない傾向があります。

しかし、消費税も憲法改正も、社会保障も教育行政も、私たちの生活に深くつながっています。
生活者である私たち自身が、しっかりと関心を持ち、意見を表明していくことは、政治をよくしていく上でとても大切なことです。
個別の政治課題に関してデモに参加したり、選挙に立候補することだけが「政治活動」ではありません。
自分の生活に影響を与えるような社会のあり方に関心を持ち、ちょっと気になることがあれば、まわりの人と話し合ってみる。
それも大切な「政治活動」です。
肩に力を入れて政治を語るのではなく、まわりの気になることを題材に、少しずつ政治とのつながりや社会のあり方を話し合えるような、そんなサロンを目指したいと思います。

憲法改正とかTPPとかを話し合うのは難しいかもしれませんが、生活の視点で、ちょっとおかしいと思ったり、ちょっと気になる話をするのであれば、誰でもできるはずです。
その先に、もしかしたら、憲法の問題や原発の問題があるかもしれません。

「ちょっと気になること」は、何でもいいと思います。
たとえば、私は、電車の中でスマホをやっている人の多さが気になっています。
ATMで用を済ませてから外に待っている人に「お待たせしました」と言っても、だれからも返事が返ってこないこともさびしいです。
最近で言えば、テレビがオリンピックばかり放映されているのが気になります。
これはあくまでも私のことですが、人によって「気になることは違うでしょう。
そんなことをお互いに話し合ってみたいと思います。

ぜひ多くの人に参加していただければと思っています。

○日時:2018年3月24日(土曜日)午後2~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:生活のまわりにある「ちょっと気になること」を話し合う
○会費:500円
○申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/03/11

■節子への挽歌3786:感激の再会

節子
この数日はいろんな人に会っていましたが、一番感激したのは広島の武鑓さんに会ったことです。
たぶん武鑓さんの話は節子にもしたことがありますが、節子は覚えてはいないでしょう。

書きだすときりがないのですが、私は「ある思い」を持って会社を辞めました。
時評編で近日中に書くつもりですが、会社を辞めたのは、このままだと社会はおかしい方向に動き出し、私自身生きづらくなるだろうという危惧の念からです。
そして、会社で取り組んだことを少し広い社会でやろうと思ったわけです。
しかし会社を辞めてみると、世界の広さについつい魅了されてしまい、あまりの面白さに翻弄されてしまった感があります。
その結果、結局何もできなかったわけです。
どれか一つに、もう少し誠実に取り組めば、かなり違った結果になっていたと思いますが、次々と出合うことの魅力に負けてきてしまった気がします。

そうした活動の一つが、経営道フォーラムという活動です。
これは私が始めたものではなく、市川覚峯さんが始めたものですが、それに関わらせてもらっていました。
経営者に心と道を、というのが市川さんのビジョンでした。
これについても書きだすときりがありませんが、私は30年以上それに関わらせてもらっていましたが、昨年で終わらせてもらいました。
もっとも始めた市川さん自体は、その前にその活動から離れています。

一昨日、そこで関わった人たちが、私への感謝の会を開いてくれました。
その集まりに広島からわざわざ出て来てくれたのが武鑓さんです。
武鑓さんと会ったのは、たぶん25年以上前でしょう。
当時は私はまだ大企業は変えられると思っていました。
そして「会社の社会性」や「企業理念」などに関して講演させてもらったり、経営幹部の人たちの集まりに関わらせてもらったりしていたのです。
その時に出会ったのが、武鑓さんです。
私が担当するチームに参加してくれ、企業理念に関する報告書をまとめたのですが、その時に武鑓さんは私の話をしっかりと聞いてくださいました。
私はまだ当時は、思いだけで走っていた頃ですので、冷や汗が出ますが、武鑓さんは私の活動を応援してくれ、自動車業界の社長会などで私に話をさせてくださいました。
その「勇気」には、後で考えると感謝しかありません。
もちろん武鑓さんの「勇気」です。
その後も、経営とは全く無縁な、戦時体験の記録の本を送ってきたりしてくれました。
私のことを、きちんと受け止めていてくれたのです。

言葉ではうまく書けませんが、心が伝わる出会いというものはあるものです。
会場に行くと、その武鑓さんがいらしたのです。
もうそれだけで、集まりに来てよかったと思いました。

武鑓さんは、自動車会社の経営から卒業した後、大学に通いだし、いまは陶芸をやられています。
いつか武鑓さんの作品に触れたいと思っています。

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■節子への挽歌3785:人の生き方は変わらない

節子
報告したいことが山のようにあるのですが、ありすぎて、また挽歌をさぼってしまいました。
さて、なにから書きましょうか。

前回、書いたのは、埼玉に出かける日の朝でした。
あの日は、いろんな人に会いました。
まずは、埼玉の小川町で、小学校の同級生の金子友子さんに会いました。
彼女は、アナウンサーをしていたのですが、なぜか有機農業の世界に魅せられてしまったようで、小川町の霜里農場に嫁いだのです。
節子が元気だったころ、湯島に彼女が野菜を届けてくれたことがありましたが、その時に節子も会っているかもしれません。

霜里農場は、有機農業のメッカでした。
そこから巣立って行った人はたくさんいるようです。
以前から一度伺いたかったのですが、私は今回が初めてでした。
この界隈はとてもいいところです。

農場に行く前に、熊谷市の友人を彼女に引き合わせました。
実はそれが今日、彼女に会う目的でした。
そういう目的でもないと、最近は私もなかなか足が動かないのです。

その引き合わせる友人は、時田さんと言います。
熊谷で会社を経営していますが、私が出会ったのはたぶん30年程前です。
日本を美しくするかというような、有志の集まりでした。
ちなみに、鍵山さんが中心になっている「日本を美しくする会」とは別で、それよりも古いものです。
多彩な人たちが集まっていましたが、一番印象に残っているのが時田さんでした。
一緒に何かをやったこともなければ、ゆっくりと話したこともなかったのですが、どこかに俗物にはない強い魅力を感じました。
気になっている人には必ずまた会うものです。
20年ほど前だったと思いますが、東京のど真ん中で、偶然にすれ違いました。
その時は、たぶんお互いに急いでいたのでしょうが、立ち話であいさつしただけでした。

次にあったのは、3.11の後でした。
近くのホテルで合宿していたら、ときたさんがわざわざ会いに来てくれました。
今回は、お引き合わせだったのですが、横で話を聴いていて、時田さんの生き方が変わっていないことを感じました。

人の生き方は、そう簡単に変わるものではありません。
私は節子がいなくなってから、生き方が大きく変わったと思っていますし、事実、具体的にもいろんな意味で生き方は変化しています。
しかし、大きな意味では、そして外部から見たら、たぶん何も変わっていないのでしょう。
アナウンサーだった金子さんが農家の嫁になり、知的な文化人の時田さんが自分の会社の経営に苦労するようになっても、私からは何も変わっていないように見えました。

古い友人に会うと、いろんなことを思い出します。
なぜ時田さんと出会うことになったのかも、今回、時田さんから思い出させてもらいました。
あの頃の私の生き方は、いまから思えば、地に足がついていませんでした。
会社を辞めて、あまりにもワクワクする世界が多すぎて、生きる喜びに浸っていた気がします。
その話の聞き役が節子でした。
話を聞いてくれる人がいないと、人生は退屈になるものです。
この挽歌で節子に話をしていますが、返事がないので、時にめげてしまうわけです。

また後で、この続きを書きます。
報告したいことが山のようにありますので。

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2018/03/08

■節子への挽歌3785:読書作業に取り組んでいて挽歌を書きませんでした

節子
またしばらく挽歌から離れていました。
挽歌というよりも、ブログやネットから離れていたのです。
理由は、ある本にのめり込んでいて、時間さえあれば、その本を読んでいたからです。
「心の発見」という、複雑系理論に基づく現代脳科学とウパニシャッド哲学を踏まえた古代インド仏教教義の共通性を解き明かしてくれる本です。
類書は、これまでも何冊かは読んでいますが、なかなか理解できずに、わからないままに読み進めていました。
その間にも、人に会い続けていました。
突然湯島に飛び込んできた人や、富山からやってきた人、さらには20数年ぶりにフェイスブックで私をもつけて湯島に訪ねてきた人と、いろんな人とです。
不思議なことに、その人たちとの会話も、どこかで「心のあり方」につながった内容でした。

今朝、本を読み終えました。
わからないままに、メモまで取っての読書でした。
メモをまた繰り返し読んで消化しようと思いますが、ブログも再開します。

ちなみにこの間も、毎朝の般若心経は簡略版をあげていましたので、今日からきちんと唱えるようにしようと思います。

今日は埼玉に、旧友に会いに行ってきます。
幼なじみと旧友を引き合わせる約束をしていますので。
でも寒いうえに雨の1日になるようです。

体調は,それなりに元気です。
血圧の薬も飲みだしていますし。

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2018/03/03

■カフェサロン「日常生活の巡礼化」の報告

これまで3回、スペインのサンティアゴ巡礼を歩き、四国遍路も歩いてきた鈴木章弘さんに、「日常生活の巡礼化」をテーマにお話ししてもらうサロンを開催しました。
13人のサロンになりました。
鈴木さんは、巡礼で得たものや感じたことを、具体的な体験エピソードを交えて、話してくれましたが、話している時の鈴木さんはとても幸せそうでした。
話しながら、涙ぐむような場面もありました。
素晴らしい思い出や体験が、鈴木さんの心身にぎっしりと刻みこまれているのが伝わってきました。
聞いているだけでも、なにかとてもあたたかな気持ちに包まれるような話も少なくありませんでした。

巡礼とお遍路で経験したことは、一言で言えば、「宝の山」のようなものだ、と鈴木さんは言います。
特別な神秘体験がなくても、「小さな幸せ」の瞬間が積みあがっていくのだそうです。
言い換えれば、巡礼とは「小さな幸せ」の連続だというわけです。
人の善意ややさしさに触れ、与えること・与えられることを自然に味わい、自分と他者が溶け合っていくようななかで、自然と誰とも挨拶を交わし、自然とハグまでしてしまうようになる。
「あした死んでもいい」と思えるほどの生きている実感も得られる。
ただただ歩くだけなのに、まさに生命の輝きを実感できるのだそうです。

だから、目的地のサンティアゴ大聖堂に到達した時にも、達成感の歓びよりも、むしろもう巡礼が終わってしまったというさびしさがあったそうです。
これは鈴木さんだけではなく、大聖堂が近づくにつれて、この幸せな巡礼がもうじき終わってしまうのが悲しいと話していた人は、少なくないそうです。
この話は、私たちの生き方に、大きな問いかけをしているように思います。
私たちは、何かのために生きているのではなく、まさに生きること自体に意味がある。

サンティアゴも四国遍路も、巡礼者もいればツーリストもいます。
鈴木さんは、「巡礼者は何事にも感謝するが、ツーリストは何事にも要求する」という言葉を紹介してくれました。
それを聞きながら、「幸せ」を感ずるのはどちらだろうと考えました。
たぶん要求するツーリストではなく、感謝する巡礼者でしょう。
幸せは、自分の中にある。
巡礼は、そんなことも気づかせてくれるのでしょう。

サンティアゴへの道も四国遍路も、人をやさしくするインフラだという話も出ました。
鈴木さんは、巡礼に行くと生命力がチャージされるような気がするとも話されましたが、それもまたそこが生命力をチャージするインフラになっているのかもしれません。
そのインフラは、そこを歩く人やそこに住んでいる人が育てているわけですが、どうしてそういう場所だけが、人のやさしさを引きだし、生命力をチャージする場になっているのか。
言い換えれば、それ以外の場所、つまり私たちが日常生活を過ごしている場所はなぜそうではないのか、それは私たちの生き方につながっているはずです。

巡礼の途中では、さまざまな人とさりげなく出会うわけですが、それは同時にさまざまな人生や価値観に触れることでもあります。
ベルギーの女性と話していたら、その人が急に泣き出した。
自分は人から見たらとてもハッピーなのだろうが、何か充実感を感じられずにもやもやすることも多く、巡礼に来たのだそうです。
幸せそうに見えても、幸せを実感できない人は、たぶん少なくないでしょう。
これもまた、とても身近な話です。

夫婦で巡礼に来ているカップルの歩き方の話はとても興味深かったです。
たとえば、宿泊するところだけ一緒で、歩くのはそれぞれ自分のペースで別々に歩くとか、逆に一緒に歩くのだけれども、宿泊場所は別のところにするとか、いろんな歩き方があるようです。
これもなにも巡礼に限らず、日常生活にも活かせる知恵のような気がしました。

鈴木さんの話を聞きながら、こういうことをいろいろと考えていたのですが、書きだすときりがありません。
鈴木さんが次から次へと話したいことが出てきたように、私も次々と思いを馳せたくなって、なかなか報告がまとまらず、報告が遅れてしまったのですが、私自身が感じたことはまた別のところに書くことにして、これくらいでやめます。

もちろん実際に巡礼に行くときのアドバイスなどの話もありましたが、もし巡礼やお遍路に出かける方は、鈴木さんにお尋ねになれば、いろいろと体験談を話し、アドバイスしてくれるはずです。
私にご連絡いただければ、鈴木さんのメールにつなげます。

長い割には、昨日のサロンの、ほんの一部しか報告できませんでした。
鈴木さんはもしかしたら春になったらまたサンティアゴに出かけそうですが、夏に戻ってきたら、またサロンで話してもらおうと思います。
なにか一番大事なことを忘れているような報告になってしまいましたが、お許しください。

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