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2018/03/31

■節子への挽歌3799:未来からもらう元気

節子
過去から元気をもらったという話を、フェイスブックに書きました。
友人が、「過去から元気をもらう、素晴らしいことですねと」コメントしてくれました。
たしかに考えてみると、これまでの生き方のおかげですからうれしいことですが、これまでこんなことを考えたことはありませんでした。
生き方が肯定されたような気がしてきました。

私の元気は、いつも「未来」からもらうという姿勢が強かったように思います。
なにかに取り組んで、それがある結果を出した時のうれしさを目指して、元気を出していたといえるかもしれません。
どんなつらいことでも、いつかそれがあるかたちになっていくと思えば、がんばれましたし、辛いことさえが楽しいものになった気がします。
しかし、節子がいなくなったから、私には「未来」が見えなくなりました。
時間が、そこで止まったのです。
未来がなくなりと、生きる元気は消えうせてしまいます。
たぶんそうした中で、私は元気を忘れてきてしまっていたようにも思えます。
元気だけではありません。
感情さえもがおかしくなっていたことは否定できません。
いまもそうかもしれません。
心から楽しいと思ったり、心から笑ったり泣いたりすることはできなくなっているような気もします。

人は未来を拠り所にして生きている。
改めてそう思います。
しかし、さらに考えてみると、未来に確実にあるのは、自らの人生の終わり、つまり「死」です。
ですから、「死」こそが「生きることの拠り所」ということになる。
元気のもとは「死」?
あるいはこうも言えます。
未来が実感できなくなったということは、死がなくなったということか。
これはもう少し考えないといけない難問です。

いささか理屈っぽくも、重い話を書いてしまいましたが、今日は小学校時代の友人が湯島のサロンで話してくれます。
その関係で、小学校時代の同級生が2人参加し、サロンの前に4人で食事をしようということになりました。
私以外の3人は女性です。
こんなことを書くと叱られますが、小学校時代の友人ですから、まあ「過去の世界」の人です。
元気をもらえるでしょうか。
さてそろそろ出かけましょう。

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