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2018/03/11

■節子への挽歌3785:人の生き方は変わらない

節子
報告したいことが山のようにあるのですが、ありすぎて、また挽歌をさぼってしまいました。
さて、なにから書きましょうか。

前回、書いたのは、埼玉に出かける日の朝でした。
あの日は、いろんな人に会いました。
まずは、埼玉の小川町で、小学校の同級生の金子友子さんに会いました。
彼女は、アナウンサーをしていたのですが、なぜか有機農業の世界に魅せられてしまったようで、小川町の霜里農場に嫁いだのです。
節子が元気だったころ、湯島に彼女が野菜を届けてくれたことがありましたが、その時に節子も会っているかもしれません。

霜里農場は、有機農業のメッカでした。
そこから巣立って行った人はたくさんいるようです。
以前から一度伺いたかったのですが、私は今回が初めてでした。
この界隈はとてもいいところです。

農場に行く前に、熊谷市の友人を彼女に引き合わせました。
実はそれが今日、彼女に会う目的でした。
そういう目的でもないと、最近は私もなかなか足が動かないのです。

その引き合わせる友人は、時田さんと言います。
熊谷で会社を経営していますが、私が出会ったのはたぶん30年程前です。
日本を美しくするかというような、有志の集まりでした。
ちなみに、鍵山さんが中心になっている「日本を美しくする会」とは別で、それよりも古いものです。
多彩な人たちが集まっていましたが、一番印象に残っているのが時田さんでした。
一緒に何かをやったこともなければ、ゆっくりと話したこともなかったのですが、どこかに俗物にはない強い魅力を感じました。
気になっている人には必ずまた会うものです。
20年ほど前だったと思いますが、東京のど真ん中で、偶然にすれ違いました。
その時は、たぶんお互いに急いでいたのでしょうが、立ち話であいさつしただけでした。

次にあったのは、3.11の後でした。
近くのホテルで合宿していたら、ときたさんがわざわざ会いに来てくれました。
今回は、お引き合わせだったのですが、横で話を聴いていて、時田さんの生き方が変わっていないことを感じました。

人の生き方は、そう簡単に変わるものではありません。
私は節子がいなくなってから、生き方が大きく変わったと思っていますし、事実、具体的にもいろんな意味で生き方は変化しています。
しかし、大きな意味では、そして外部から見たら、たぶん何も変わっていないのでしょう。
アナウンサーだった金子さんが農家の嫁になり、知的な文化人の時田さんが自分の会社の経営に苦労するようになっても、私からは何も変わっていないように見えました。

古い友人に会うと、いろんなことを思い出します。
なぜ時田さんと出会うことになったのかも、今回、時田さんから思い出させてもらいました。
あの頃の私の生き方は、いまから思えば、地に足がついていませんでした。
会社を辞めて、あまりにもワクワクする世界が多すぎて、生きる喜びに浸っていた気がします。
その話の聞き役が節子でした。
話を聞いてくれる人がいないと、人生は退屈になるものです。
この挽歌で節子に話をしていますが、返事がないので、時にめげてしまうわけです。

また後で、この続きを書きます。
報告したいことが山のようにありますので。

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