■節子への挽歌3802:10時間サロン
節子
2日の日は正午から夜の10時まで、湯島で、サロンでした。
前半は「縁カフェ」です。
縁の少ない人に居場所を提供しようと思って始めたオープンカフェですが、まだいまのところ私の知り合いしか来ません。
それは当然のことで、この縁カフェの存在を知っているのは私の友人知人だけだからです。
しかし継続しているうちに、そんなカフェが実現できるかもしれないと思っています。
最初の来客は、飯田さん。
長年介護活動をしている方です。
独り身なのですが、昨年、病気をし、いまはあまり活動はしていませんが、ご自分のリハビリもかねて、湯島にはよく来てくれます。
今回は、私にまでサンドウィッチを持ってきてくれました。
私は最近はお布施に従って生きていますので、呼びかけには正午ころくる人は私の食事も、と書いておいたのです。
つづいてやってきたのは、先日、20数年ぶりにやってきた川島さん。
それからさらに3人の人たちが来ました。
なぜか話は、前世の話になりました。
私の前世の友人の話をしたら、そこからさらに話が広がりました。
おひとりは、ご自分の臨死体験の話もされました。
そういう話はなぜか終わらないので、閉店予定時間になっても、みんな席を立とうとしません。
それで結局、閉店はせずに、次のサロンにつながってしまいました。
夕方からのサロンのテーマは「生きる意味」。
なんとこれがまた10人の参加者があり、4時間も続きました。
というわけで、この日は10時間を「生と死」にまつわる話し合いの渦中にいました。
さすがに疲れました。
翌日は何もする気力がないほどでした。
そんなわけでまた挽歌を書かない数日になってしまいました。
挽歌を書かなくても大丈夫になったということもできるわけです。
しかし、久しぶりにまる1日のサロン。
節子が元気だったころは、こんな生活を毎日続けていたなとふと思いました。
よくまあ続けられていたものです。
帰宅途中のブルームーンが、とてもきれいでした。
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