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2018年4月

2018/04/30

■節子への挽歌3836:人を信ずることができる幸せ

節子
北朝鮮の金正恩さんと韓国の文在寅さんの直接対話が3日前に実現しました。
2人の表情は、私にはとても素直にうれしそうに感じました。
しかし、世間的にはその合意を疑っている人は少なくないようです。
人を信じない人を、私は信じませんが、どうしてみんなこれほどに疑り深くなってしまったのでしょうか。
悲しいことです。

節子は、私を疑うことはありませんでした。
私も節子を疑うことはありませんした。
だから一緒に暮らしていて、疲れることはなかったのです。
私たちはまた、誰かを疑うことはありませんでした。
もしだまされてがっかりすることがあっても、信じないで不安を感ずることのほうが、生きにくいでしょう。
私たちは、いずれも生きやすい生き方を選んだだけでした。

幸いに、節子が元気だったころまでは、私たちのまわりには、私たちをだまそうとする人は現われませんでした。
不思議なくらい「善い人」ばかりに囲まれていたような気がします。
しかし、節子がいなくなってから、私の心に空白が生まれたためかもしれませんが、いろんなことが起きました。
まあ身から出たさびですが、世間には「善い人」ばかりではないのではないかという気がしてしまうほどでした。
そう思ったとたんに、おかしなことが起こります。
そして、いまもなお、その傷を背負いながら生きていますが、思い出すだけでも精神が不安になります。
にもかかわらず忘れることができない。

やはり、人は信じなければいけません。
金さんと文さんのツーショットは、私に元気をくれました。

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■節子への挽歌3835:「逃げるのに疲れた」

節子
荒れ果てている畑の道沿いが何とか整理できました。
明日にでも花の種をまこうと思います。
それにしても大変でした。
節子はここをロックガーデン風にしたいといろいろと工夫していましたが、その残骸の石やレンガが出てきます。
節子が残し物でいまも何とか残っているのは、アジサイとバラです。
それ以外はほぼ全滅です。
繁殖力の高い野草と篠笹がはびこってしまっています。
一時はワイア―プランツもすごかったのですが、これは3年前の頑張りで何とか抑え込みました。

それにしても開墾作業を4日も続けたため、手のいたる所がかぶれてしまい、かゆくて仕方がありません。
しかも身体全体が痛くて、大変です。

しかしいいこともあります。
時折、電話やメールがありますが、ほとんど俗世間とはつながっておらず、基本的にはいろんなことを考えずに済みます。
要は自分のことだけを考えていればいいわけです。
それも目先の作業だけを、です。
この生き方はとても楽でいいです。
多くの人がこういう生き方になっているのは、それが楽だからかもしれません。
でも本当はただ現実を逃げているだけかもしれません。

今日、だいぶ前に刑務所から脱走した若者が逮捕されました。
彼は、「逃げるのに疲れた」と言ったそうです。
逃げるは疲れます。
最近、私は人生から逃げているような気がしています。
大型連休の畑作業も、もしかしたら、逃げ疲れを癒したいからなのかもしれません。
身体の疲れは、精神を浄化するような気がします。

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■節子への挽歌3834:出会い直し

節子
昨夜、とても心に響く文章に出合いました。
中島岳志さんの「保守と立憲」を読みだしたのですが、そこに思わぬ言葉があったのです。
「出会い直し」です。
中島さんが、3.11の直後に体験した「小さな体験」が書かれていました。
新聞社から頼まれた寄稿文を送ろうとした、その時に、それは起こったそうです。
突然、1年前に亡くなった編集者の友人が現れたというのです。
その「厳しいまなざし」を感じた中島さんは、結局、原稿を書き直しました。
中島さんが書きなおしたのが、新聞に載った「被災地に向けて 死者と共に生きる」という文章だそうです。

中島さんはこう書いています。
ちょっと長いですが、引用させてもらいます。


私は死者となったSさんと、この時、出会い直したのだ。同じ人間同士でも、生者-生者の関係と、生者-死者との関係は異なる。死者となった彼は、生者の時とは異なる存在として、私に規範的な問いを投げかけてくるようになったのだ。
私は、死者となった彼と共に生きて行こうと思った。彼との新たな関係性を大切にしながら、不意に彼からのまなざしを感じながら、よく生きて行くことを目指せばいいではないかと思えた。
すると、それまで喪失感に苦しんでいた心が和らぎ、大きな障壁が取り払われたような心地になった。それ以来、私は時折、思いもよらないタイミングで現れる彼と言葉にならないコトバで会話し、時に自分の言動をいさめながら生きるようになった。

節子との関係で、なんとなく私が感じていたことが、この文章でとても納得できました。
生者としての節子と死者としての節子は、たしかに違いがあります。
死者の節子には、私をたしなめたり、なぐさめたり、ゆるしたり、あらゆる意味で、包み込んでくれます。
私もまた、節子と「出会い直し」したのです。

中島さんは、つづけてこう書いています。

2人称の死はたしかに大きな「喪失」だけれども、しかし、その後に必ず「出会い直し」がやってくる。「その人」は死者となって生きている。だから、私たちは死者と共に生きて行けばいい。

節子もまた、いま、死者として、私と共に生きている。
私がいまなお生きているのは、そのおかげだと気づきました。
今日もまた、一緒に過ごそうと思います。

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2018/04/29

■節子への挽歌3833:独り住まいは精神的にはよくない

節子
かなり挽歌を書いていなかった期間が長いので、もう一つ書いておきましょう。
挽歌の番号と節子が逝ってからの日数を合わせておきたいものですから。
いまは60日くらいのずれがあるのです。

今朝、畑にいる時のことです。
携帯電話が鳴りました。
小学校時代の友人からの電話です。
それによると、今朝の6時過ぎに、同じく小学校時代の友人から電話があったそうです。
電話に出るのが遅れたら切れてしまったので、折り返したのですが、相手は電話に出ません。
その電話してきた友人は、数日前から別荘に独りで出かけると聞いていいたので、心配になって、彼の自宅にいる奥さんに電話したそうです。
しかし、その後、いずれからも電話はなく、どうしようかと私に電話が来たのです。
その相手のことも知っている私としては、間違って電話したのではないか、心配することはないよと話しましたが、彼は気になっているようでした。
実は、私に電話してきた彼は独り暮らしです。

実際に、この年齢になると何が起こるかわかりません。
特に独りの時に何かが起こったら、連絡の取りようがないかもしれません。
私も、湯島で数時間独りになった時に、体調がおかしくなって心配になったことが過去2回あります。

まあこの件は、やはり間違って電話したというのが事実だったそうですが、それから少しして、今度はメールが届きました。
これも小学校時代の友人からですが、いま息子さんの件でちょっとしたトラブルを抱えているとのこと、その報告です。
私に報告してもらっても何もできないのですが、内容がちょっと気になったので、ちょっと長いコメントをメールしました。
役に立ったかどうかは不明ですが、いずれにしろみんなちょっとしたことを気楽に相談する人が必要なのです。
ちなみにメールをくれた友人は、夫を数年前に見送り、いまは独り住まいです。

独り住まいは、精神的にはよくないのかもしれません。
私は幸いに娘と同居しています。
娘は結婚していないので、それが悩みのたねですが、しかし娘のおかげで、節子ほどではないですが、気楽に相談することができます。
私の相談事は、いつもいささか常識はずれなので、娘は辟易していますが。
もちろんこういう場合の相談は、別に答が欲しいわけではないのです。
ただなんとなく訊いてみる、あるいは話してみる。
それで自分の考えがまとまり、安心できるだけの話です。
人は「話す」ことで「考える」ことが多いのです。

相談するでもなく、相談しないでもなく、ただ何となく話せる存在が、人には必要です。
私の場合は、娘がいますが、そういう人がいない人もいます。
そのために、いま、湯島に集まる人たちの、緩やかなつながりを育てられないかと考えているのですが、これがなかなか難しいです。
具体的に呼びかけるのも失礼ですし、人によって状況も違えば、価値観も違う。
でも、だれもがそういう人がいれば、きっと精神的には安心できるでしょう。
私自身、誰かにとってのそういう存在になれればうれしいですが、なかなかそうはなれません。
私自身にたぶん、「覚悟」が足りないからだとは思いますが、誰かの役に立てることほどうれしいことはありません。
しかし、このころ痛感しているのですが、「役に立つ」とは双方向の関係のようです。
依存や寄生とは全く別の話です。
それを混同してしまうと、途端に関係はおかしくなります。
最近そんなこともよく体験しています。

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■節子への挽歌3832:畑作業のおかげで読書する気になりました

節子
今日もまた朝夕2度の畑作業でした。
その間、ユカと外出し、昼食を食べましたが、どこも満員でした。
やはり連休は外食する者ではありません。

外出したのは、畑仕事の資材の購入です。
ネットや支えなどを買いましたが、ついでに花と野菜の種を買いました。
いつもは苗を買うのですが、今年は種から挑戦しようと思います。
また花は、苗を買っていると高いので、節約のために種にしました。
うまくいくかどうか、いささか不安ですが、まあ挑戦です。

道沿いの斜面はようやく土が見えてきました。
一昨年は何種類かの球根を植えたり、マリーゴールドなどの花も植えていましたが、すっかり跡形もなくなりました。
節子がいた頃は、芝桜が斜面の一部を覆っていましたが、節子がなくなった直後、手入れをしないままにしている間に、誰かがすべて抜いて持って行ってしまいました。
そのことを思い出して、今日、芝桜も買ってきました。
しかしこれが広がるには時間がかかりそうです。

肝心の畑は、まだカボチャだけですので、僅かのスペースです。
ここを徐々に広げていこうと思いますが、前途多難です。
連休中、通いづめても、ほんの一部しか畑にはならないでしょう。
それほど荒れてしまっています。

慣れないことを2日間、つづけたので、それ以外のことはできないほど疲労困憊です。
ところが、血圧はだいぶ低いのです。
まあいわゆる血圧ガイドラインでは、高血圧には変わりはないでしょうが、私の基準では正常値の中におさまっています。
なんのことはない、要するに運動不足が高血圧の原因でしょうか。
そうだといいのですが。

身体が疲れると本を読む気が戻ってきました。
読書復活です。

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■節子への挽歌3831:身体が痛いです

節子
2日間の農作業のおかげで、身体全体が痛くて大変です。
腰も痛いし、手足も痛いです。
それに腕のいたるどころが擦傷で、ここはいたいというよりも、今日はかゆいです。
木片が刺さった指は、幸いに腫れないでいます。
今日もいい天気なので、畑に行く予定です。
それに資材をまだ購入しに行っていないので、畑の後は支えや網などを購入しに行こうと思います。

連休のせいか、メールもあまり届いておらず、今朝は「平安」ではあります。
逆に連絡がないと気になる人もいるのですが、私自身、最近、精神的にちょっと弱くなっているので、自分から電話するのは辞めています。
以前は、便りのないのは安心を意味しましたが、最近は反対になりました。

昨日、寝る前に、酢タマネギをつくっておきました。
酢タマネギを食べて、脚と呼吸の体操をして、マグカップいっぱいのコーヒーを飲んで、また畑の作業です。
今日は、ゴーヤとニラを植えようと思います。
世間的な連休生活とはずれていますが、身体作業の楽しさを少しずつまた身につけられればいいのです。

身体は痛いですが、心と頭は、ちょっと平常化してきています。
そろそろまた本も読めそうです。
机の上には、先日、書庫で見つけたデュルケムの「社会分業論」があります。
これを読みだすのはちょっと勇気がいりますが、もしかしたら読みだせるかもしれません。

節子
おだやかな連休です。

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2018/04/28

■節子への挽歌3830:血圧が久しぶりに正常値です

節子
今日は夕方また畑に行きました。
50坪もあるので、野草を刈っても刈っても土肌が見えてきません。
それでも続けなければ、また元の木阿弥になってしまうのです。
シジフォスの神話のように、ただ黙々と作業するだけです。
しかし、またいつかのようにおかしくなってはいけません。
今回はほどほどに、というところでやめるようにしています。

帰宅後、少し休んで、血圧を測ってみました。
なんと156/86です。
これは私のなかでは、「正常値」。
久しくお目にかかったことのない数値です。
自然とのふれあいは高血圧対策にもなるのでしょうか。

まあいろいろと対策をやっていますので、それらが総合的に効果をあげたのか、たまたまそういう測定値が出たか、それはわかりませんが、まあかなりのハードワークでしたが倒れずに済みました。
夕方、タマネギを2個使って、また酢タマネギをつくりました。
なんだか最近、思ってもいなかった「健康志向」生活になっています。
ちょっともう少し生きないと、いろんな人に迷惑をかけることが明らかになってきてしまったからです。

しかし実はもう一つ、健康に気遣いだした理由があります。
最近、有名人の突然死がよく報道されます。
突然死は、他人事ではありません。
私の場合もいつ起こってもおかしくないでしょう。
しかしできればそれは避けたいと思い出したのです。
生への執着や死への恐れは、私の場合はほぼありません。
此岸よりも彼岸のほうが、私には魅力があります。
それは単に節子がいるかどうかだけの理由ですが、そのおかげで、淡々と生きることができています。
しかし、できれば、自分の死は、自分で意識して迎えたいと、最近思い出しているのです。

いうまでもなく、死は自分では体験できません。
しかし、死を感じながら生きることはできるでしょう。
節子は間違いなくそうでしたし、もしかしたら死の時間を自分で決めたのかもしれません。
私も、死期を知って、それを踏まえて、死の時間を自分で決められればと思い出しています。
だから当然死は避けたいと思い出しています。

非常に遅まきながら、この歳にして、ようやく死を考え出しました。
だから血圧値は、正常化しておこうと思い出しているのです。

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■節子への挽歌3829:時間を持てあます大型連休が始まりました

節子
今日も暑くて、畑作業をやっていたらすっかりダウンしてしまいました。
その上、指を怪我してしまいました。
ユカに電話して薬を持ってきてもらい、ついでに片づけを手伝ってもらいましたが、かなりやっても、あんまり変化がみられません。
大げさですが、開墾作業というのはこんなものだったのでしょう。
日本の農地には厖大な人力による歴史があるのです。

今日はルリタテハ蝶やアゲハチョウ、それにモンシロチョウまで賑やかでした。
土に座っていると、やはりいろんな風景が見えてきます。
しかしあまりの野草でまだほとんど土が見えるまでには至っていないのです。

今日はけがのため、1時間半で切り上げました。
怪我をした指があまりに痛いので、もう一度よく見たら、枝が突き刺さっていました。
ピンセットで抜きだしたら、ほぼ1センチの細い竹が刺さっていました。
気が付いてよかったです。
いまもまだジンジンしていますが。

午後から出かける予定だったのですが、いささか疲れて出るのをやめました。
何しろ今日からいわゆる大型連休。
時間はたっぷりありますし。
節子のいない大型連休は、時間を持てあまします。
困ったものです。

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■節子への挽歌3828:夫婦はワンセット

節子
先日、我孫子で「柳兼子」について調べている人と会いました。
柳兼子は、民藝運動を起こした柳宗悦の伴侶で、声楽家としても有名な人です。
柳宗悦・兼子夫妻は、我孫子市に7年ほど住んでいました。
わが家の近くです。
柳宗悦の叔父にあたる嘉納治五郎(講道館柔道の創始者)の別荘が我孫子にあったのが縁ですが、さらにその縁で、白樺派の文人たち、たとえば志賀直哉や武者小路実篤なども我孫子に移住し、活動していた時期があったのです。

昨日から再開した「畑」は、白樺派の文人たちが散歩した「ハケの道」沿いにあります。
最近は散歩する人は少ないですが、節子はそこを散歩する人のためにも道沿いに花壇をつくったのです。
その花壇は今や笹や野草で覆われています。
一時期、私も頑張って、百日草やチューリップを植えたりして、散歩している人にほめられたこともあります。
しかし、いまは叱られています。
困ったものです。
この連休に少しは花を植えられればと思います。

それはともかく、柳兼子さんの調査をしているのは、我孫子の市議でもあるKさんです。
彼女からは数年前から話を聞いていますが、今度湯島でサロンをやってもらうことにしました。
それも会って、先日、お会いしたのですが、柳兼子へのほれ込みようはますます高まっていました。
そして、柳兼子あっての柳宗悦だと言いました。
伴侶としての妻の存在は、大きいことは言うまでもありません。
しかし、言い方を変えれば、柳宗悦あっての柳兼子でもあるのです。
夫婦とはそういうものでしょうが、お互いのいい面がうまくかみ合えば、シナジーを起こしていくのでしょう。
柳夫妻は、たぶんそうだったのでしょう。

私たちの場合は、残念ながらそれぞれがそれほどの「いい面」を持っていなかったので、シナジーを起こす以前でした。
ですから何も起きませんでしたが、個人生活の視点からは、間違いなく、お互いに「学び合えた」と思いますし、「支え合えた」と思います。
お互いに別の伴侶を得ていたら、人生はかなり変わっていたでしょう。

夫婦はワンセット。
Kさんと話していて、改めてそう思いました。
さて、これからハケの道沿いの畑に農作業に行ってきます。


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■節子への挽歌3827:鳥がしずかです

節子
大型連休が始まりました。
今年は(最近は毎年そうですが)、何の予定も入れていません。
畑作業が唯一考えていることです。
連休どころか、連働の1週間になりそうです。
できれば今年は少しだけ人生を整理しようかと思っていますが、最近の気力の度合いから考えるとそれもどうなるかわかりません。

今日もとてもいい朝です。
久し振りに昨日、かなりの作業をしたせいか、熟睡できましたが、すっきりはしません。
どこかに身体的にも精神的にもすっきりしないところがあり、さわやかな朝とは言い難いです。
朝食を済ませたら、畑に行こうと思っていますが、血圧がちょっと高めです。
困ったものです。

最近ちょっと気になることがあります。
朝の鳥のさえずりがしないのです。
以前はもっと賑やかだった気がしますが、今年はなぜか静かです。
気のせいかもしれませんが、レーチェル・カーソンの「沈黙の春」を思い出します。

節子は、時々、花や鳥になってやって来ると言い残しました。
庭から花が消え、鳥のさえずりがしなくなった。
いささか考えすぎでしょう。

しかし生命を感じないわけではありません。
昨日は、アゲハチョウに会いました。
例年より早い気がします。
かなり大きなトカゲにも会いました。
畑ではテントウムシにも会いました。

花も少しずつですが、いろいろと咲きだしました。
なぜか今は紫色の花がたくさん咲いています。
華やかさがあまりなく、なんとなく紫の世界が広がっている。
まあこういうのも、気になる時になるものです。

静かな朝です。
節子が元気だった頃の、連休がなつかしいです。

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2018/04/27

■節子への挽歌3826:小学校時代の同窓生サロン

節子
挽歌を書きませんでした、一昨日、小学校時代の同窓生の集まりを湯島でやりました。
隔月で定期的に集まりをやることにしたのです。
まあ集まりたい人だけでの小さなサロンですが。

私の高血圧を心配して、霜里農場の金子さんが酢タマネギをつくって来てくれたり、永作さん(節子は会ったことはありませんが)がセロリをはじめとしたいろんな野菜の苗を持ってきてくれたのです。
それで畑をやる決断ができたのですが、みんな本当にいろいろと心配してくれます。
幼なじみはありがたいものです。

一昨日の集まりでは、最後あたりにはいろんな話がぽつぽつと出始めます。
みんなそれぞれに「心配事」をかかえているのです。
それも、誰かに相談するのが結構難しい話が多いのです。
でも利害関係がまったくない、幼なじみであれば、お互いに素直に話せるし、素直に反省できることがわかってきました。

そんなこともあって、隔月に集まることにしました。
時には昔話も出ますが、昔話よりもいまの話が多いのです。
昨日集まったメンバーのうち、半分は伴侶を失ったり、いなかったりで、ひとりです。
もちろん私もですが、独りで生きていると、それなりに気楽に相談する相手がいないので、まあそういう話が気楽に出し合える場があるのは意味がありそうです。

節子がいたら、私もそういう気分がわからないままだったかもしれません。
一昨日の集まりは、なんと気が付いたら6時間も経っていました。
遠い人は2時間もかけてやってきます。
しかし、みんな元気です。
うれしいことです。

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■節子への挽歌3825:畑作業の再開

節子
今年初めての畑でした。
昨年放置していたため、3年間の努力の成果は消えてしまい、畑一面が笹で覆われていました。
とりあえず、畳1畳程度の畑を開墾しましたが、1時間半かけて、笹を刈りました。
しかし、見た感じはさほど変わっていません。
自然の生命力のすごさには圧倒されます。

畑と言っても、両側は民家の空き地でしかありません。
笹のままだと近所にも迷惑ですから、どうにかしなければいけませんが、昨年は家が建ちそうな話があったので、放置していたのですが、しばらくは家は建たないようなので、今年からまた畑を復活です。
しかし、独りでやるのはかなりの今生が必要です。

とりあえずは、一昨日、もらったカボチャを植える予定です。
他にも花壇を復活させようと思います。
2年かけて、だいぶ花畑らしくなってきていたのですが、また昔に戻ってしまいました。
それにしても笹の勢いはすごいです。

2年間やっていなかったため、農具もほぼ全滅です。
明日は、農具や資材を買いに行こうかと思います。
この連休はほとんど用事を創っていないので、農作業に専念です。
これで高血圧は解消するでしょうか。

しかし、今日は久しぶりだったせいか、疲れ切りました。
夕方もう一度行こうかとも思ったのですが、その元気が出てきませんでした。
明日は回復しているといいのですが。

Hatake1


Hatake2


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2018/04/24

■節子への挽歌3824:過去の呪縛

節子
昨日は、書きだしたらまったく違う内容のことを書いてしまいました。
まあ、それがこの挽歌のスタイルではあるのです。
節子に、話しかけるうちに、まったく違うことを話している。
以前よくあった風景です。
話し合いの内容に、よりも、話していること自体に、意味がある。
話し合っている間は、こころがつながっている。
伴侶とは、そんな関係かもしれません。

同窓会での話し合いもそうかもしれません。
私は、どうそうかいなどの「過去の思い出」が話題になるような場はとても苦手です。
ですからあまり同窓会には参加しません。
その私が、湯島で小学校の同窓会のサロンを定期的に開くことにした。
変わってきました。
会社時代の同窓会の案内もありました。
ほとんど参加したことはありませんが、今年はいまのところ、まだその日があいているので、参加しようかと思い出しています。
大学時代の同窓会にも、最近は行ったことがありません。
行けばいろんな面白い出会いもあるのでしょうが。

また最初に思っていたことと全く違うことを書いています。
そもそも最初に何か書こうと思っていたことはあったのだろうか。
あるようでないのが、この挽歌を書きだす時の出発点なのです。
実は昨日は、書庫を探していて、節子との思い出のものなども出てきたので、それを書こうと思ったのです。
書庫は、節子のいた頃と大きくは変わっていません。
一度、書籍を廃棄したことがありますが、その直後にその廃棄した書籍が話題になったのです。
残念ながら1冊は絶版でネットでも見つからず、もう1冊は私家本だったので、再入手不能でした。
それ以来、書籍を廃棄することができなくなっています。
ですから今でも書庫は大混雑です。
そしてそこに入ると、いろんな過去の思いが浮かんでくる。
まあ一種のタイムマシーン的空間なのです。
そういう空間が、他にもあります。
どうしてもそこを壊せない。

過去を嫌いと言いながら、その過去に呪縛されているのかもしれません。
そこから抜け出ないと彼岸にも行けないでしょう。
困ったものです。

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2018/04/23

■節子への挽歌3823:人にあるのは、「いつか」ではなく、「いま」だけ

節子
ある本を読もうと思って、書庫を少し探していたら、デュルケムの「社会分業論」が出てきました。
最近、読みたくなったのですが、高価なので図書館で借りようと思っていたのです。
それが自宅の書庫の中に埋もれていました。
しかも読んだ気配がありません。
買った記憶さえないのです。
価格を見たら7500円でした。
30年ほど前に購入したようです。

会社時代もそうですが、会社を辞めてから10年ほどは、私が使うお金は、仕事のための費用以外は、書籍代だけでした。
会社時代は、毎年数百冊の本は読んでいましたし、これはと思う本は、読まなくても購入していました。
近くの本屋さんが毎週のように届けてくれていた頃もありました。
お酒も飲まず、お金をほとんど使わないので、節子も書籍代だけはいくら使っても(どんなに多くても月に10万円を超えることなどありませんし)何も言いませんでした。
ちなみに、私は会社時代も自分で仕事をやるようになっても、自分の財布はありませんでした。
収入はすべて節子に行き、支払いもすべて節子でした。
だから今も、お金を使うという感覚がよわく、時々、食事をして支払わずにお店を出ようとすることさえあるのです。
困ったものです。

最近は、友人と食事に行くと、多くの場合、友人が食事代を出してくれるので、いまもあんまりお金を使わないのです。
ある友人が「ただ飯は食べてはいけない」と言っていましたが、それに共感しながらも、せっかくご馳走してくれるというのに、断るのも失礼だと勝手に解釈しています。
ご馳走されて喜ぶ人もいるし、ご馳走して喜ぶ人がいる。
私は、できることなら、ご馳走する側に回りたいのですが、なかなかそうはならないのです。
これもまあ、いまはそういう時期だと思っているのです。

書こうと思っていたことではないことを書いてしまいました。
デュルケムの「社会分業論」の話でした。
この本に限らず、書庫を探したら、読み忘れている本がいろいろと出てきそうです。
いつか読もうと思って購入していた講座シリーズもいろいろとあります。
しかし、「いつか」と思っている「いつか」は、結局来ないものなのだということを、節子との別れで私は知りました。

人にあるのは、「いつか」ではなく、「いま」しかないのです。
もっと「いま」を大事にしなければいけません。

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■第1回投げ銭サロン「〈健康で長生き〉したいですか?」報告

湯島のサロンに、新しいメニューが加わりました。
話を聞いた後、共感した度合いに応じて、話し手に「投げ銭」をするという、「投げ銭サロン」です。
テーマは、「健康で長生きしたいですか?」
副題は「脱・生欲のススメ」です。
参加されたのは11人でした。
新しい企画の上に、タイトルがかなり挑発的なので、もっとたくさんの方が来るかと思っていましたが、意外と反応がよわく、ちょっと脱力しましたが、川島さんのお話はとても面白かったです。

話は、最近話題になった、西部邁さんの入水自殺ほう助への川島さんの感想から始まりました。
つづいて、日本では自宅のお風呂で溺死する人の数は交通事故での死亡者よりも多いという話になり、そこからだんだん本論に入っていきました。
長生きの問題を考える場合、平均寿命と健康寿命を考える必要があると、川島さんは言います。
その差を「不健康期間」とすると、国内的にも世界的に見てもそれは7~10年だそうです。
ちなみに、日本の都道府県で見ると、平均寿命の一番短いのは青森県で77歳(2010年)、不健康期間の一番短いのも青森県で6.99年(2013年)。
逆に平均寿命が一番長いのは長野県(80.88年)。
不健康期間が一番長いのは京都府(10年)だそうです。
さて、あなたはどちらがいいでしょうか。

川島さんは、「健康で長生きできるようにするための3つの施策」を整理し、そこから、そうしたことへの「大いなる疑問」を表明されました。
「3つの施策」とは、「老人の介護を手厚くする」「医療を充実させる」「住環境の質を向上させる」ですが、それぞれに関連して、生きるということを考えさせてくれるような、さまざまな刺激と示唆を与えてくれました。
なかには、「常識人」であれば、ちょっと眉をひそめかねない話もありました。
しかし、よく考えてみると納得できると思います。
私自身は、そのあたりが一番面白く共感しましたが。

2045年にはAI(人工知能)が人間を超えだすといわれるシンギュラリティ予測がありますが、そうなった時に、はたして人間の生きる意味とは何だろうという問いかけもありました。
これも実に示唆に富む問いかけです。
そして、最後には幸せの話も出てきました。

話の流れだけを紹介しましたが、そのところどころで、ついつい「投げ銭」したくなる話や問いかけもありました。
いろんな話題が次々出てきて、予定時間が1時間以上伸びましたが、まだまだ話はつづきそうでした。
川島さんと参加者のみなさんのおかげで、投げ銭サロンは順調にスタートです。
どなたかよかったら第2回目に挑戦してください。

ちなみに、話が終わった後、どのくらいの投げ銭があったかですが、それは私も知りません。

Kawashima1804


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■節子への挽歌3822:大変です

節子
数日前、道で近くのNさんに出合いました。
Nさんは毎年、道を歩く人に向けて、たくさんのチューリップを植えていて下さいます。
今年もきれいでしたが、花はもう終わりました。
それで、毎年、球根を掘り出して植え替えているのですか、と当然のことを質問しました。
その話が一段落したら、Nさんから今度はこちらに問いかけがはじまりました。
奥さんがいつもきれいにしていた佐藤さんの家の庭も、もう花でいっぱいでしょう?
そして、最近お伺いしていないので、また伺わせてください、と言われました。
!!!

「所さん、大変です!」というテレビ番組がありますが、これは大変です。
なぜなら、わが家の庭はとんでもない状況になっているからです。
例年なら、今ごろは藤が見事に咲いていますが、一昨年の台風で藤棚そのものがめちゃくちゃになり、藤も途中から折れてしまいました。
今年はようやく小さな花を少しだけ咲かせただけです。
それ以外の花木も、またこの冬の乾燥期に手入れ不足で、かなりの壊滅状況です。
娘たちが植えてくれた花は咲きだしていますが、さびしい限りです。
ハイビスカスは、ほぼ全滅に近く、咲いているのは1鉢だけ。
枯草で覆われた植木鉢が、ところ狭しと並んでいます。
こんなところに来てもらったら、Nさんも言葉を失うでしょう。

なんとかしなければいけません。
それで昨日は天気がよかったので少し片付けましたが、手ごたえはありません。
やはり毎日誠実に手入れをしなければ、花木は元気になりません。
そういえば、先日買ってきたメダカがまた全滅しました。
節子がいなくなってから、わが家には「生命」がなかなか育たない。
なぜでしょうか。

最近の救いは、節子がいなくなってから花を咲かせなくなっていた室内のスパティフラムが、今年は花を咲かせだしたことです。
Nさんに来られてもいいようになるまでには、まだだいぶ時間がかかりそうですが、がんばらなくてはいけません。

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2018/04/22

■北朝鮮を信用できるかという発想

私は、発言の語尾がかなり気になるタイプです。
発言をどうまとめるかで、その人の心情がわかるからです。
たとえば、私が苦手の言葉のひとつが、「…しましょう」です。
発言者にはまったく悪意も意図もないのでしょうが、そういう発言にはどうも反発を感じます。
目線の高さを感じてしまうのです。
同じく「…でしょう」もあまり好きではありません。
念のために言えば、こうした表現を私が使わないというわけではありません。
少ないとは思いますが、たぶん使用しているはずです。
だから他者のことだけを言っているわけではなく、その時の自分も嫌いなのです。
今日、気になったのは、北朝鮮の核政策転換発言に関して、「信用できるか」という表現が新聞やテレビで使われていたことです。
そういう表現をしている人は、信用していないのでしょう。
なぜこの表現が嫌いかといえば、判断の視点を相手に置いていて、「自分」がないからです。
私の発想では、「信用できるかどうか」ではなく、「信用するかどうか」です。
相手が信用できるかどうかは私にはわかりませんし、どうしようもないことですが、自分が相手を信用するかどうかは、自分の意志で決められることです。
自らの意志で決めたことの責任は自分でとれます。
万一それで何か問題が起きたら、それは自らの責任です。
相手のせいにはできません。

もちろん、「信用できるかどうか」には、「相手が信用できるかどうか」と同時に、「相手を信用できるかどうか」という意味もあります。
ですから「信用するかどうか」と同じことだといえるかもしれませんが、微妙な違いを感じます。
ややこしい話になるのでやめますが、いずれにしろ、自分を棚上げしているように、私には思えます。
いずれにしても、結局は「北朝鮮を信用していないことには変わりはないからです。

相手を信用しなければ、相手からも信用されないのは当然の帰結です。
そもそも相手が決めたことを最初から信用しないのであれば、相手と交渉を持つべきではありません。
相手を信用することから、交渉ははじまるのだろうと私は思います。
実はこれは先日湯島でやった、ある研究会でも話題になったことです。
契約の前提に「信頼関係」はあるかどうか。
よく言われる「人は性善か性悪か」という話にもなりかねませんが、これは人間観につながっています。

私は、人は基本的に信用できると思っていますし、人の性は本来「善」だと確信しています。
そう出なければ、生きていけないでしょう。
にもかかわらず、堂々と「相手を信用できるか」などということを、相手も読んだり耳にしたりするメディアで表明することが不思議でなりません。
そういう姿勢では、事態は変わらないのではないかと思います。

ちなみに、核抑止論の矛盾が、ここにも露呈されているように思います。
核抑止論は、私にはとんでもない間違いでしかありません。

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2018/04/21

■カフェサロン「世界は変えられる!子どもがそう信じられる社会に」のご案内

■カフェサロン「世界は変えられる!子どもがそう信じられる社会に」のご案内(2018年4月21日)
日本子どもNPOセンターの森さんから、児童労働の問題を多くの人たちに知ってもらいたいので、湯島でサロンを開きたいという申し出をいただきました。
日本子どもNPOセンターは、2002年に、子どもたちの生き生きした育ちを願い、子どもや若者に関わる多様なNPOの実践者たちが立ち上げたNPOです。
2015年には、「子どもNPO白書」も発刊しました。
今夏、その第2号が出版される予定です。
また、今年から新しい試みとして、ブックレットの刊行に取り組みだし、第1号「児童労働、NPO/NGOのチャレンジ」が3月に出版されました。

このブックレットは、児童労働(学習の機会を奪う労働、危険な労働、子ども兵士、性的搾取など)の問題に取り組んでいるNGOフリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)の実践活動を中心にまとめたものです。
フリー・ザ・チルドレンジャパン(FTCJ)は、1995年カナダで当時12歳のクレイグ少年によって設立された国際協力団体Free The Childrenを母体に、1999年に日本で活動を始めた団体です。
http://www.ftcj.com/

フリー・ザ・チルドレンのミッションは、次の2つの「Free」を実現することです。
まず、国内外の貧困や差別から子どもをFree(解放)すること、そして、「子どもには世界を変えられない」という考えから子どもをFree(解放)することです。
今回のサロンでは、まず児童労働の現状と児童労働をなくす取り組みの話をしてもらった上で、「子どもには世界を変えられない」という考えから子どもをFree(解放)するためにはどうしたらいいかを話し合えればと思います。
この問題は決して、「遠い国の話」ではなく、私たちの暮らしの今と未来につながっています。
ぜひ多くのみなさんにご参加いただきたいサロンです。

参加される方ももちろんですが、参加できない方にもぜひブックレット「児童労働、NPO/NGOのチャレンジ」(432円)をお読みいただければと思います。
同書のご購入は、直接、森さん(QZP13433@nifty.com)にご連絡ください。あるいは湯島でも購入可能です。
サロン当日にも購入可能です。

○日時:2018年5月20日(日曜日)午後2時~4時
○場所:湯島コムケアセンター
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「世界は変えられる!子どもがそう信じられる社会に」
○話題提供者:中島早苗さん(フリー・ザ・チルドレン・ジャパン 代表理事)
       森透さん(日本子どもNPOセンター理事)
○会費:500円
○参加申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌3821:気持ちのいい朝です

節子
相変わらず休日は朝早く目覚めます。
これは学生時代からのことで、なぜか休日は早く目が覚めるのです。
私が一番自由にできるのが、学校や会社から自由になる休日だからだろうと思います。
会社勤務時代もそうでしたが、長年の習性が身についてしまったためでしょうか。
結婚したころは、休日くらいはゆっくりと寝坊したいという節子とのずれはありましたが、別に節子に強制するわけではないので、私の早起きは変わりませんでした。

今日はとても気持ちのいい朝です。
朝起きてフェイスブックを開いたら、昨夜、書いた私の粗雑な投稿に、うれしいコメントが書き込まれていました。
それでますます今日は元気が出てきました。

実は今日予定しているサロンへの参加者が少なく、せっかく話をしてもらう人に申し訳ないと思っていたのです。
想定していた人が、なぜかそれぞれに用事ができてしまい、参加できないようです。
それで昨夜は、なんとなく気が重くなっていたのですが、気持ちのいい朝が、その気の重さを吹っ飛ばしてくれました。
でもまあ、まだ心の隅にちょっと重いものがありますが。

いつもはにぎやかな鳥のさえずりがなぜか静かです。
でも間もなく彼らもさえずりだすでしょう。
なにしろとても気持ちのいい朝ですから。

毎日、うれしいことと不快なことが、いろいろと起こります。
なんでこんなに次々と起こるのかと思うことが時々あります。
此岸での暮らしには、平安はないのかもしれません。
しかし、今日はいい1日になるでしょう。

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2018/04/20

■哀しい風景

財務省の福田事務次官をめぐる話は滑稽なほどおかしな方向に展開していますが、実際に起こっている事実としては、私にはそう異常な話ではなく、まあよくある話の一つではないかと思います。
そうした話は、特に官庁に限った話ではなく、企業においても、つい最近まではさほど異常ではなかったのではないかと思います。
いや、いまもいろんなところで起こっているのではないかとさえ思います。

そもそも、女性はいまだ人権を認められていないような気がしてなりません。
私がそう思うのは、そもそも「男女共同参画」とか「女性活性化」とか、そんな言葉が、当の女性からもさえ、受け入れられているからです。
ついでに言えば、人権が認められていないのは女性だけではありません。
男性もまた人権を認められず、自らも権力に寄生する生き方を選択しているように思います。
そうした構造の中で、自らよりも下位に置く、弱い者をつくりだすというスタイルがいまなお続いている。
まあこんなことを書くと非難ごうごうでしょうが、セクハラなどという言葉にさえも、私はそうした意識が感じられます。
セクハラではなく、人権侵害であって、女性だけの問題ではないだろうと私は思います。

土俵に女性を上げないのがおかしいという話は、私には笑止千万です。
そういう相撲界を国技としていたのは、女性も含めて、私たちでしょう。
問題は、女性を土俵に上げるかどうかなどという問題ではありません。
問題の立て方が間違っているのではないか。

話は少し広がりますが、たとえば貴乃花事件における貴乃花は、私にはいかにも暴力的な存在でした。
ビール瓶で叩くよりも、問いかけや呼びかけを無視する方が、私には暴力的だと思うからです。
まあこれはさらに非難を受けそうな発言ではありますが。
貴乃花が、結局、自分の部屋で暴力事件を越したのは、私には当然のことだと思っています。

財務省の対応がおかしいと思う人は多いでしょうが、あそこまで極端ではないとしても、多かれ少なかれ、組織はあんなものではないかと思います。
自分の組織の常識が、社会の常識だと思っていますから、矢野官房長にしても、自分がおかしいとは思っていないのでしょう。
財務省の場合、あまりに強い組織ですから、自分の組織の常識を相対化できないために、あまりに無防備に素直に露呈しているだけだろうと思います。
同じような「非常識な常識を持つ組織人」に私はこれまでたくさん会ってきています。
しかしここまであっけらかんと自らの考えを素直に出す人は、よほどのナルシストか自信家です。
彼らは、佐川さんも含めてですが、自分が悪いことをしたなどとは思っていないのでしょう。
小野寺さんも林さんもそうでしょう。
でも私には、彼らの言動はおかしく見えます。

さらに言えば、自民党だけが女性蔑視ではないように思います。
テレビで垣間見る野党の男性政治家の反応も、どこかで苦笑いしたりしていて、誠実さを感じません。
いや男性議員だけではなく女性議員も、誠実さを感じません。
今日の財務省訪問での映像も、私には奇妙にしか見えません。
問題はもっと深く、あなた自身もこれまでずっとそうした常識に迎合してきたのではないかと、つい思いたくなります。
訴えるべき相手は、国民でしょう。
反省すべきは自らでしょう。
そう思えてならないのです。

何か事が起こると、それに乗じて、力を失ったものを寄ってたかって叩きのめす。
私には、とても哀しい風景です。

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■節子への挽歌3820:縁側の暮らしはなくなりました

節子
前の挽歌を書いていて、また書きたくなったことがあります。
地元の知人と会っていたのは、我孫子駅前の喫茶店です。
時々、そこで誰かと会う場所にしているのですが、不思議なことに、いつも誰か知り合いに出合います。
まあ我孫子のような小さな町ではそういうことはよく起こるのかもしれません。
レストランで、知り合いの家族や仲間に会うこともあります。
節子がいたら、そういう頻度はもっと多くなっていたでしょうが、節子がいなくなってからも、時々、そういう体験をします。
ちなみに私自身は、独りでは地元の喫茶店やレストランには行きません。
若いころは、よく独りで喫茶店に入りましたが、いまはそういうことは皆無です。

ところで、昨日も知人と会って話していたら、そこに知り合いの人が入ってきました。
挨拶をしただけですが、その人は独りでコーヒーを飲んでいました。
喫茶店で会う知人は、ほとんどが私と同世代の人ですが、不思議なことにいつも独りです。
今日、会った人は私よりも少し若いですが、独り住まいの女性です。
その前に会った人は、私とほぼ同世代の男性です。
いずれの場合も、独りでコーヒーを飲みながら、本を読んだりたばこを吸ったりしています。
今の私には考えられないことです。

わが家には縁側があります。
それともうひとつ、昔は庭にデッキをつくっていましたから、そこでもお茶が飲めました。
いつかはそこで、のんびりと節子と一緒にお茶など飲みながら時間を過ごすというイメージを持っていました。
しかし、それは実現しませんでした。
庭のデッキは、取り壊しました。
和室にある縁側も生活とは縁のない空間になっています。
その空間は、老後の夫婦の空間というイメージだったからです。
そのイメージが実現することはありませんでした。
縁側での時間は、私の人生からは消えてしまいました。
節子がいない今は、縁側でのんびりとすることは想像さえできません。

だからとって、喫茶店に独りで行ってお茶をするということも、私にはないでしょう。
私は、めったの駅前の喫茶店には行きませんが、ほぼいつも、誰かに会います。
独りでコーヒーを飲みに来る高齢の知人です。
そういう人たちのたまり場ができれば、そういう人たちはやってくるでしょうか。
あるいは、やはり独りでお茶をするのがいいのでしょうか。
独りでお茶をするのなら、自宅ですればいいのに、なぜ喫茶店に来るのでしょうか。
そこで知り合いに会って、話をするのでしょうか。
しかし、私の場合はいつも相手がいるからかもしれませんが、目が合って挨拶はするものの、話しかけられることはありません。
話しかけてくれたら、仲間に入ってもらうのですが、そういうことは起きたことがありません。

人との距離感は微妙です。
独りでお茶をするのでもなく、誰かとお茶をするのでもなく、そんなお茶の時間を喫茶店で楽しんでいるのかもしれません。
縁側の時間がなくなった私にも、いつかそういう気持ちになることがあるでしょうか。
それはわかりませんが、いまはまだ、節子の位牌のある部屋で、独りでコーヒーを飲むことを選んでいます。

今朝は大きなマグカップで、コーヒーを飲みました。
これから今日は何杯のコーヒを飲むでしょうか。

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■節子への挽歌3819:節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない

節子
昨日、地元で発達障害と診断された人と会いました。
彼女の子どももまた、同じなのだそうです。
それで、彼女は地元でも、そういう人たちが集まれるカフェをつくりたいと思っているのです。
カフェだけではありません。
そういう人も、そうでない人も一緒になって、気持ちよく支え合いながら暮らせるシェアハウスやコミュニティも、実現できればと、想いは広がっています。
話していると、次々に思いが飛び出してきます。

思い立ったら行動する人なので、先日、紹介した発達障害の人たちの拠りどころの一つになっている高田馬場にネッコカフェを紹介したら、早速そこに出かけました。
そして、我孫子にもああいう場所がつくれないかと考えたようです。
何かに出合うとすぐにそれに取り組みたくなる。
私も同じ傾向がありますから、たぶん私もいわゆる「発達障害」なのでしょう。
たしかに、私自身、いささか「変わり者」であることは、いまから考えればうなずけます。
しかし、私の頃はまだ「発達障害」という言葉はありませんでした。
その言葉や概念が出てきて救われた人は多いようですが、その言葉で人生を変えた人もいます。
私のまわりには、いずれ側の人たちがいますが、新しい概念や言葉が出てきて、世界が広がることは人によって真逆な効果をもたらします。
それに、その広がり方によっては、逆に結果的には世界を狭めることにもなりかねませんので、注意しなければいけません。

私には、ほとんど「自覚」がありませんでしたが、節子はたぶん私の「おかしさ」を感じていたかもしれません。
しかし、たぶん節子もまた、私と一緒になって、おかしな生き方になじんでしまっていた気配はあります。
夫婦は、いつの間にか「似たもの」になることは少なくありません。

彼女と話していて、もし節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない、ふと思いました。
最近、そう思うことが多くなってきました。

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2018/04/19

■節子への挽歌3818:「フォースは我と共にあり、我はフォースと共にある」

節子
先ほどの挽歌で、「神は我と共にある」というようなことを書きました。
どこかで聞いたような言葉だなと思っていましたが、思い出しました。
映画「スターウォーズ」に出てきます。
「フォースは我と共にあり、我はフォースと共にある」。
2年前に封切られた「ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー」で、主役の一人の盲目の戦士が口にするセリフです。
それまでのスターウォーズでも、「フォースと共にあらんことを」というセリフは出てきていますが、この言葉は意味合いがかなり違います。
共にあることを確信しているのです。

この映画では、フォースと共にある主人公たちは、すべて人類を救うための使命を果たした後、自らの生命を失います。
しかし、それは瑣末な事かもしれません。
神と共にあるいのちであれば、それは「様態」を「変状」するだけのことですから。
死は恐れるに足りません。
恐れるべきは、フォースの外に出てしまうこと。
つまり、神の外に出てしまうこと。
フォースは、現世を超えているわけです。

とまあ、またわけのわからないことを書いてしまいましたが、最近は「大きないのち」とのつながりを実感できるようになってきました。
その分、もしかしたら現世への執着も薄れてきているのかもしれません。

今日はいい天気です。
青空の向こうに、彼岸を感じられます。

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■節子への挽歌3817:「神即自然」

節子
先日、湯島で「神さまのいる暮らし」をテーマにサロンをしたことは書きましたが、そこで改めて気づいたのは、神さまは「我と共にある」ということです。
そこで思い出したのが、スピノザです。

私の、かなりいい加減な理解では、スピノザもまた、神さまは、宇宙あるいは自然そのものえあり、その神さまがいろんな仕方で「変状」して、さまざまなものが現れると言っています。
「変状」とは性質や形態を帯びるという意味ですが、この世(もしかしたら「あの世」も)にあるすべてのものは、変状した神さまというわけで、「神即自然(神すなわち自然)」というのです。
あらゆる物は神の一部であり、また神の内にある、というわけです。
この考えによれば、私も節子もまた、神の一つの変状したものでしかありません。

朝、目覚めると、時折、節子の気配を感じます。
夢の中で、節子の気配を感ずることもあります。
普段は、さまざまな喧騒と刺激のおかげで、あまり気配を感ずることはありませんが、誰かと話していたり、歩いていたりする時に、一瞬、節子の気配を感ずることがあります。
いや、節子だけではなく、他の人の気配を感ずることもある。
それは、私もまた神の一部であるからでしょう。
どこかで、他の様態に変状した、節子や他者と重なるのでしょう。

こうした考えを持つと、少しだけですが、元気になります。
スピノザを読み直したくなりました。

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2018/04/17

■節子への挽歌3816:庭に植える花を買いに行きました

節子
庭の花がいささかさびしいので、娘と一緒に花を買いに行きました。
何の花がいいか2人で花選びをしましたが、どの花を見ても、以前は庭に咲いていたなというようなのが多かったです。
なにしろ節子がいた頃は、花屋さんで購入する花も多かったですが、その花を根気よく増やしていましたから、いろんな花で庭はにぎわっていました。
バラだけでも20種類以上はあったでしょうか。
いまはたぶん10種類くらいに減っているかともいます。
そういえば、最近はこの花は見ないなと話しながら、花を選びましたが、購入した花の数も節子の頃とは比較にならないくらい激減です。
購入したら手入れしなければいけないので、自信がないのです。
困ったものですが。

できれば一年草ではなく、多年草や球根が楽ですので、最近はそういうものが増えています。
そういえば、昨年植えたカサブランカが元気に芽吹いてきています。
今年もきっと咲いてくれるでしょう。
地植えのユリは、モグラに食べられてしまいほぼなくなってしまいましたが、植木鉢のほうがよさそうです。

花木も冬もきちんと水をやっておかないと枯れてしまいます。
節子がいた頃は元気だったハイビスカスやランも、少なくなってしまいましたし、それ以上にみんな元気がなくなって小さくなってしまいました。
生き物と付き合うのは、やはり気を抜いてはいけません。
私のような、移り気な性格だと難しいです。

今日は庭作業のために充てていたのですが、寒いうえに雨まで降りだしたので、買うだけで終わってしまいました。
節子の位牌の前には、立派なシャクヤクを供えました。
何回見ても立派です。
節子も喜んでいるでしょう。

めちゃくちゃになってしまった藤も小さいですが花が咲きだしました。
少しずつ庭も回復しそうです。

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■節子への挽歌3815:祈りを上げる人がいることの幸せ

節子
先日、湯島で「神さまのいる暮らし」をテーマにしたサロンをやりました。
なんと17人という集まりのいいサロンになったのですが、そこでまたかんがえさせられることがありました。
生きるのがつらくて、神様に頼もうと思って、教会やお寺に行くのだが、そこで神様に会えない。どうしたら会えるのか、と悩める人が投げかけたのです。
いろんなやりとりがあったのですが、その時、私は改めて実感しました。
神さまは、自らの内にいるのだから会えるはずはない、と。
私たちは、まさに神さまと共にあるのです。
その神さまが一神教の神であろうと、多神教の神であろうと関係ありません。
そんな区別は、教団や宗教産業界の人の発想です。
生きるものにとっては、些末な違いでしかない。
そのことにはっきりと気づいたのです。

その人が、生きやすくなるのは簡単なことです。
いまの暮らしを、素直に受け入れればいいだけです。
でも人はみな強欲ですから(欲を植え付けられている)、救いを求めたくなる。
そうではなく、祈ればいいのです。
誰かのために、です。
誰かのために役に立つことを考える。
人とは本来そういう存在なのです。
そのことにサロンでのみなさんのやり取りを聞いていて、気が付いたのです。

私は毎朝、祈りを上げます。
それこそが私を支えているのです。
祈りを上げる人がいることの幸せが、また少しわかった気がします。

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2018/04/16

■カフェサロン「日本の神道文化にまなぶ“神さまのいる暮らし”」報告

「神さまのいる暮らし」サロンは、17人という大人数のサロンになりました。

話題提供者の平井さんは、最初に、基礎知識編として、神様の話から始めました。
神道、というよりも、神(儒教からの言葉だそうです)以前の「ヒ・チ・タマ・モノ」といった、やまとことばから捉えるカミの話や、罪穢れや禊祓いなどの「かんながらの道」の話で、すなおに心にはいるお話でした。

つづいて、そうしたことが日常生活のなかにしっかりと組み込まれていて、私たちの日常は、まさに神さまとともにあるのだという話をとても具体的に話してくれました。
たとえばこんなことです。
朝目覚めて、身体を動かすことで、身のうちの魂(たま)が振られて(たまふり)、清浄な状態になる。
つまり、誰もが毎日、魂を清浄にすることから1日をはじめているのです。
そして朝食では、食べ物(給べ物)を賜り、掃除で自らの身と身の回りを祓い清め、働くことや遊ぶことでたまふりを重ね、そして夜には入浴で禊(みそぎ)をする。
私たちの日常は、まさに神様と共にあるわけです。
神様は神社だけにいるわけではないようです。
そう思っただけで、日常生活の捉え方が変わってくる。

起きている時だけではありません。
眠っている間に、魂が身体に留まってばかりいては、停滞による穢れ(気枯れ)が起きかねません。
それで寝ている時に、魂は外在魂に入れ替わってもらって、身体を遊離して、朝には元気になって戻ってくるのだそうです。
神様は年中無休の重労働なのです。

そして、平井さんの師匠で日本の神道文化研究会を主宰されている神道学者の三橋健さんの、「神を畏れて、人を恐れず」の言葉で、話をまとめてくださいました。
「神への畏れ」が、生きる力を与えてくれて、生きやすくなる。

ちなみに、平井さんは、数年前から毎日、神棚に手を合わせているそうですが、そのおかげで、平井さん自身も変わってきたそうです。
神様を信ずると、良いことがあるのです。
年に一回、神社でお願いするよりも、毎日の暮らしの中に神様を意識することのほうがご利益はあるようです。

話し合いでもいろんな話題が出ました。
最初に出たのが、「神教」ではなくどうして「神道(しんとう)」になったのか、という質問でした。
そこから宗教と信仰のような話が出て、一神教と多神教の話になりました。
いわゆる「宗教」と、そもそも呪的信仰から始まった神道とは、本来違うものでしょうが、その素朴な信仰がいまもなお近代生活の中に調和して存在しているのは、とても興味のあることです。
私は、それこそが日本文化の一番の特徴ではないかと思っています。

古事記の話や、天岩戸神話の話、そしてなぜかかぐや姫の話も出ました。
京都からわざわざ参加してくださった「記紀」の研究者だった高林さんは、天岩戸神話でなぜ岩戸が開かれたかの理由を話してくれました。
そこからアートや芸能、音の話も広がりました。
ちなみに平井さんの研究テーマは、「音」だそうですが、地鎮祭などで発せられる警蹕(けいひつ)の話も出ました。

神社などの神域には、そこに行くだけで心身が清められる気がするという話も出ました。
お神札(ふだ)は、まわりの邪気を吸い取る効果があるそうですが、自己浄化することはできないため、1年ごとに神社に戻し、新しいお神札に替えるわけですが、神様をよく知っている人によると働かせすぎだそうです。
1年も祀っていると神札は邪気を吸い込んで、力尽きてしまうので、長くて6か月、できれば3か月で、新しい神札にバトンタッチさせた方がいいそうです。
最近の社会は穢れが進んでいるため、そうなってしまったのでしょう。
私は、この話が一番面白かったです。
神様を働かせすぎては、それこそ罰が当たります。

最後は、「神さまとどう出会うか」という話で盛り上がりました。
生きにくさから抜け出せないという人の切実な質問から始まったのですが、私自身は、神様とは毎日出会っていることに気づくと元気が出るというメッセージを、今回は平井さんからもらった気がします。
ですから、会おうなどとは思わずに、ただただ「祈る」だけでいいのではないか。
邪気に満ちた世界で神様を頼る人が増えてしまうと、神様が過労死しかねません。
宝くじに当たりますようになどといって、神様頼みするのは我慢して、神様が元気でいられますようにと、神様のために自分に何ができるかを考えて、祈るのがいいと思っています。

今回も、実に多彩な方々が参加してくださいましたので、参加者みなさんの発言からも、たくさんの気づきをもらいました。
平井さんはじめ、参加されたみなさんに感謝します。

報告が遅れてすみませんでした。

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2018/04/14

■節子への挽歌3814:2輪のシャクヤク

節子
朝、庭に出たら、シャクヤクが見事に咲いていました。
2輪そろって咲いたのは久しぶりではないかと思います。

この花は、節子が闘病中に、家族みんなで出かけた大洗の帰りに、美野里町の花木センターで節子が購入したものです。
節子がいなくなってからしばらくあまり咲かなかったような気がします。
花木センターからは、他にもいろいろと買ってきたはずですが、それ以外の記憶は全くありません。
困ったものですが。

節子といろんなところに行って、いろんな花を買ってきた記憶はありますが、それがどの花だったかもあまり記憶がありません。
いま藤棚に大きく育った藤も、最初はどこかから買ってきた鉢植えの藤だったようです。
説明が気を付けてくれていないので、私の記憶からはほとんど抜けていますが、まあいずれにしろ、今年のシャクヤクはきれいです。
早速、鉢のまま、節子に供えることにしました。
これを皮切りに、少しはまた手入れに精出しましょう。

今日はしかし、寒い日になってしまいました。
なかなか春が定着しません。
私の精神のようです。

Shakuyaku2


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2018/04/13

■カフェサロン「社会インフラとしてのお金と仮想通貨を考える」報告

仮想通貨という「時の話題」ということもあって、遠方からの参加者も含めて、14人のサロンになりました。
渡辺さんは、まず前半で「社会インフラとしてのお金」がどう変化しつつあるかを、近未来に焦点を合わせて、具体的な事例を紹介しながらていねいに説明してくれました。
そして後半では、いま話題の仮想通貨について、その投機性も含めて、これもまた具体的に説明してくれました。
参加者は、それぞれ関心の置き所が違っていることもあって、話し合いは難しかったように思いますが、新しい知識を含めて、それぞれ世界を広げたことは間違いないと思います。

「社会インフラとしてのお金」の部分では、私は「預金封鎖」という歴史が日本でもあったこと、その目的が財産税につながっていたことを知りました。
改めて「社会インフラとしてのお金」のパワーを知りましたが、同時に、これまでの枠組みから抜けることのむずかしさもわかり、逆説的に言えば、お金はもはや「社会インフラ」ではなく、ますます管理のための仕組みになってしまっているように思いました。
そうであれば、そこに「投機性」が入り込んでくることは避けがたいような気がします。

産業としての金融業の収益の過半が手数料収入になっているということも、改めて教えてもらいました。
これは経済の変質を象徴しています。
手数料も、もちろん「社会価値」を生み出していますが、仮想通貨のメリットの一つは、そうした「手数料」を縮減することだといわれると、なにやら大きな矛盾を感じます。
そのあたりから、仮想通貨の存在意義が、私にはなかなか見えなくなってしまいました。
しかし、海外送金の手数料が高いために社会的な活動に困っていた人からは、その手数料が減少することで、公益的な活動がやりやすくなるという話が出ました。
そういう点ではたしかに、仮想通貨の効用も認めざるを得ません。

渡辺さんも指摘されましたが、そもそも「仮想通貨」という呼び方に、ある胡散臭さがあります。
海外では一般的には「暗号通貨」と呼ばれているそうです。
私は「デジタル通貨」でいいと思っています。
名は体を表すと言いますが、呼称をどうするかは非常に重要で、その実体がどう育っていくかにも大きな影響を与えるはずです。

後半では、これから広がっていくであろう新しい通貨システムの話が出ました。
今回は、その説明会ではなかったので、詳しい話を聞きたい人は、改めて渡辺さんのセミナーなどを受けてもらうことにしました。
ちなみに、渡辺さんも、新しい通貨が投機手段に使われることには否定的ですが、デジタル通貨が安定した通貨システムに育っていくためには、投機的な要素を持つ段階があることは認めています。
そして、いまの紙幣通貨は、早晩、デジタル通貨に代わっていくという見通しの中で、個人としてしっかりと対策を取っていかなくては、その流れからはじき出されて、場合によっては被害をこうむりかねないと考えているようです。
たしかに、通貨システムが大きく変わる状況の中で、損をする人と得をする人が生まれる恐れは否定できません。
そもそも、そんなことが起きないようにするのが、社会インフラとしての通貨システムだろうと私は思いますが、この辺りをどう考えるかが、「仮想通貨」に対する姿勢の違いになるのかもしれません。

あんまり基礎的な知識がないため、渡辺さんのメッセージを正確に報告することはできないのですが、私はやはり「信用システム」の話と「通貨という媒体」の話が混同されているような気がしました。
渡辺さんが言うように、たぶん世界的に見たら、日本の信用システムは遅れていて、それが、経済のグローバル化の中では問題なのかもしれません。
しかし、だからといって、その唯一の解決策が「仮想通貨」というわけでもなく、もっとシンプルでフェアな信用システムは創案できるように思います。
サロンでも、たとえば、「SUICA」の話も出ました。

お金を使う仕組みと同時に、お金を生み出す、つまり社会価値を生み出す経済のあり方を真剣に考えるべきだとも思いました。
今回のサロンでの話の中心は「消費」の局面でしたが、経済の大本の価値を創り出すための「お金」の側面も大切だと思います。
地域活性化の話も少し出ましたが、むしろこの側面は地域通貨などで考えるのがいいように思います。

投機というのは、価値を生み出すのではなく、価値の移転で利益を上げていくということですから、一方ではとんでもない損害を受ける人がいるわけです。
損をするのも避けたいですが、私自身は得をするのも避けたいです。
みなさんはいかがでしょうか。
そこに「生き方」の本質があるように思います。
通貨の機能としては、教科書的には「価値の尺度」「価値 の保存」「交換の手段」の3つが挙げられますが、私はこれに加えて、「価値の創造」と「価値の移転」があると考えています。
これについて詳しく書いた本を私は知りませんが、もしご存知の方がいたら教えてください。
これは、経済システムの本質につながっている問題です。

AI(人工知能)の話に絡んで、人間ってなんだろうか、という問題まで話が進んだところで、時間オーバーになりました。
お金の問題を考えることは、生き方を考えることでもあると、改めて感じたサロンでした。

話題提供してくださった渡辺さんに感謝します。
社会インフラとしてのお金シリーズは、不定期に継続させてもらいます。

Okane180412


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■「記憶の限りでは会ってない」

内容のないつまらない話なのに長いので、よほど暇の方以外はスルーしてください。
まあこんな注記をしなくても、スルーされるでしょうが。

いま話題になっている、柳瀬首相秘書官の「記憶の限りでは会ってない」という言葉は、言葉としてはよくある言葉だと思いますが、それをめぐる政局がらみのやり取りを踏まえて考えると、面白い言葉です。
たとえば、私が「会っている」と言葉にした時、それは「会った記憶がある」ということです。
過去形の話はすべて「記憶」の中にある話です。
ですから、「記憶の限りでは会ってない」というのであれば、それは会っていないのです。
柳瀬さんの記憶力はそんなに病的ではないでしょうから、記憶にない以上はそう信じざるを得ません。
嘘をついていると思う人がいるかもしれませんが、そんな誰にでも嘘とわかるような嘘をつく人が官僚のトップに立てるはずはありません。
となれば、事実は次のように考えるのがいいでしょう。
愛媛県庁の職員は柳瀬さんに「会った」のすが、柳瀬さんはその職員には「会っていなかった」のです。
どういうことか?
両者の言葉遣いが違うのです。

たくさんの家来を持つ権力者は、毎日、たくさんの家来や外国からの来客に謁見することがあって、その一人ひとりと「会っている」とは考えていないかもしれません。
仮に、言葉をかけたとしても、それは「会話」ではなく、言葉を「放した」のであって、「話した」のではないかもしれません。
私は、かなりの平等主義者ですが、今朝、庭の花に水をやった時に小さな虫がいましたが、その虫に会ったという感覚はありませんし、おはようと声をかけましたが、会話した記憶は残りませんので、数日後には記憶の世界から消えるでしょう。
「会う」という行為には、「意志」が伴います。
謁見の場に次々と賓客が通り過ぎていっても、王様に「会う」という自らの意志がなければ、記憶は残らない。
言葉を発しても、相手が意志のある存在だと受け止めていなければ、「会った」という記憶は残らない。
幸運に恵まれて、王様に会えた家来や賓客は、「会えた」という記憶と共に、王様から放たれた「意志のない」儀礼的な言葉に感激し、記憶に残るでしょうが、王様にとってはルーチン作業の一つでしかありませんので、記憶には残らない。
柳瀬さんは嘘を言っていないのです。
本当に会っていないのです。
柳瀬さんにとっては、愛媛県の職員は人間には見えなかったのです。
ですから「陳情者を見ましたか」「彼らに言葉を授けましたか」ととえば、きっと柳瀬さんは思い出すでしょう。
なにしろ「優秀な人」だそうですから。
私は、人を優秀だとか賢いとか評価するような「レイシスト」思考はありませんが、そういう人に会ったことはあります。
そういう人のなかには、人を人を思わずに、物扱いする人もいます。

もうひとつの解釈は、柳瀬さんはシステムの部品に見事に組み込まれていると考えることです。
柳瀬さんは、主体性を拠り所にした人間をやめて、システム(官僚機構)の部品になってしまった。
つまり、物になってしまっている。
ですから悩んで自殺することも周囲の人への心遣いもしないですむ。
佐川さんのように、堂々と国会証人喚問に対応できるでしょう。
正確には、証人喚問ではなく、証物喚問ですが。
国会議員が物言わぬ「物」にまじめに問いかけている風景は滑稽な気さえしました。
もしこの解釈の場合は、システムのバグという捉え方もできます。
それも不要なバグではなく、必要なバグ、コラテラル・バグです。
たぶんようが終われば切り捨てられる。
それがコラテラル・バグの定めです。
いま奮闘している大谷さんも、コラテラル・バグと捉えれば、どうしてあんなに頑張れるのか。が理解できます。

ある事実、ここでは「会ったかどうか」に関しては、「否定」か「肯定」しかありませんが、当事者の捉え方がいずれかに分かれるのは理解できることです。
しかし、社会的な意味では、あるいは人間社会の関係性においては、柳瀬さんは、会ったことを認めているとしかいいようはないでしょう。
にもかかわらず、みんなしつこく追いつめる。
喜劇でしかありません。

いま、国分功一郎さんの「中動態の世界」を読んでいますが、そのプロローグにこんな隊泡が出てきます。
一部の引用なので、わかりにくいでしょうが、私はよく経験することです。

「いろいろがんばって説明しても、ことごとく、そういう意味じゃないって意味で理解されてしまう」 「ああ、たしかにいまは日本語で話をしているわけだけれど、実はまったく別の意味体系が衝突している、と。僕なんかはその2つの狭間にいるという感じかな」

「中動態の世界」は面白いです。

ちなみに、土俵に女性を上げないという話も、論点がかみ合っていません。
だからこそ、「事件」になり、テレビネタになるのでしょう。
いずれの問題も極めてシンプルな話です。
議論すべきことはもっと別にあるように思います。

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2018/04/12

■節子への挽歌3813:中西さんの講座が終わるようです

節子
まだ来客が来なくて、やることがないので、挽歌をもう一つ書きます。
パオスの中西さんから手紙が来ました。
中西さんとの出会いもまた、私が生き方を変える一つの契機でした。
その中西さんが10年近く前に立ち上げたSTRAMDというビジネススクールの講座を修了するという連絡です。
8年続きましたが、私も毎年、1回だけ講義をさせてもらっていました。
他の講義とは真反対だと言われる内容の講義でしたが、中西さんは私の講座を支持してくれていました。
真反対という意味は、私のメッセージは、「企業の社会性」の視点で、現在の企業経営への批判眼を身につけてほしいというものだったのです。
私の意識では、真反対どころか、全く同じ方向のメッセージなのですが、今の風潮ではどうも真反対と受け止める人もいるわけです。
しかし、そうした視点もまた、中西さんとの交流で育ててきたものでもあります。

それはともかく、中西さんのSTRAMD講座が終わるのはさびしい気がします。
中西さんと一緒に、東レのCIプロジェクトに取り組んでいた時が、私が一番燃焼していた時かもしれません。
最終電車に乗り損ねて、タクシーで帰宅したことも少なくありませんでしたし、会社では社長や副社長や専務から、辞表を書けと言われていました。
実にたくさんのエピソードがあり、ドラマチックな時期でした。
だからいろんな思い出があるわけです。

ここまで書いたら、最初のお客様がありました。
続きはまた明日。

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■節子への挽歌3812:不安な1日

節子
大変でした。
湯島に来る電車の中でおかしくなってしまいました。
本を読んでいたのですが、何やら奇妙な違和感と視野がおかしくなってきました。
幸いに座っていたので、読書を止めて目をつぶって様子をみました。
しかし回復しません。
貧血なような気もしますし、めまいも感じます。
ちょっと不安ではありましたが、なんとか湯島までたどり着きました。
ホームで少し休んでいましたが、治りそうもありません。

とりあえずオフィスまで行こうと決心し、いささか危うい足取りで駅を出ました。
どうも視界がはっきりしません。
いつもは一気にのぼれる58段の階段も踊り場で休むほどでしたが、何とかオフィスに到着。
お茶を飲んで休みました。
しかし治りません。

1時間ほど、横になっていたのですが、どうもすっきりしない。
視野の異常は回復しましたが、どこかに違和感が残っています。
今日はめずらしく昼食を持参したので、それを食べて、横になっていたら、何とか通常に戻りました。
幸い今日は日中には来客がなく、あるプロジェクトを企画する予定だったのですが、それどころではありません。
何もせずに、ぼーっとしたりパソコンをやったりしていました。

やはり血圧のせいでしょうか。
酢タマネギも呼吸法も、まだ効果を発揮してくれていないようです。
困ったものです。

湯島で一人だと、こういう時に不安です。
一応、娘に連絡し、時々、電話してもらうようにしていました。
夕方になって何とか正常化。

そういえば先週もサロンの時にダウンしました。
今夜もサロンです。
何事もないといいのですが。
私の知らない人が4人も参加するそうですが、そのおひとりは顔を見たらすぐにその人の健康状況がわかるそうです。
さて見抜かれないように、元気を装うことができるでしょうか。

しかし半日何もせずにオフィスで外を見ていたのは久しぶりです。
まあ時々メールに対応はしていましたが。

気持ちのいい気候になりました。
もう大丈夫でしょう。

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■節子への挽歌3811:少しずつ花が戻ってきました

節子
昨日は強い南風で、わが家の庭も大変でした。
わが家は南風の通り道になっていますので、家が揺れるほどに強風が当たってきます。
時に不安になることもあります。
幸いに、大きな被害はなかったですが、花木は大変だったでしょう。

そういえば、強風で壊された藤棚の藤も今年はわずかながら花を咲かせそうです。
しかしまだ体制ができていなかったノウゼンカズラは、また折れてしまいました。
でも花は咲くでしょう。
縁側の舌からなぜかチューリップが4本出てきて、花を咲かせました。
薄いピンクです。
本来のところにあるチューリップは、モグラに食べられたのか、全滅ですが、思わぬところに花が咲きました。
荒れてはいるものの、こうやって花がまた戻ってきつつあります。
近いうちに手入れをしようと思います。

いまの庭を見て、おそらく節子は嘆いていることでしょう。
節子が集めていた山野草はほぼ全滅しましたし、バラも半減しました。
私はどちらかといえば、あまり手入れをしないままの荒れた感じの庭が好きですが、まあここまで荒れると手入れをしたくなります。

一番荒れているのは池です。
荒れていると思いもかけない生き物が見つかるのではないかという気がするのですが、まあそんなことはありません。
池の掃除をすると、何も生き物がいなくてがっかりします。
今年はまだしていませんが、僅かにメダカが残ったくらいでしょう。
毎年期待しているカニには今年も会えないでしょう。

自然と付き合うのはやはり大変です。
心を込めて付き合わないと自然は応えてくれません。
節子はそれをよく知っていたのでしょう。
しかし、それは自然に限ったことではありません。
人間もそうです。
きちんと付き合わないと人もまた応えてくれません。
自然と付き合うと、そういう当然のことにも気づかされます。

最近の生き方が、いささか誠実さを欠いていることに気づかされるのですが、なかなかそれを正せずにいます。
すべてを節子のせいにするつもりはありませんが、やはりそれが一番の理由でしょう。
生きることへの意欲が、どうもまだ出てきません。
困ったものですが。

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2018/04/11

■節子への挽歌3810:「ミッション:8ミニッツ」をまた観てしまいました

節子
人はそれぞれに違う世界を生きているのかもしれないと思うことが時々あります。

SF小説の世界には、パラレルワールドという考え方があります。
複数の世界(時空)が並行して存在するという考えです。
此岸と彼岸もまた、そうした考えでも理解できますが、パラレルワールドは私たちのこの世界と同一の次元を持つところに違いがあります。
この考えは、SFの世界だけではなく、理論物理学の世界でも語られているようです。
タイムトラベルともつながる考えですが、時空間の捉え方を柔軟にすれば、さほど不可解な話ではありません。
言うまでもなく、私は否定するほどの知識がないので、否定はしていません。

冒頭に、「人はそれぞれに違う世界を生きている」と書いたのは、これほど大仰な話ではありません。
同じこの世界を生きているにもかかわらず、その世界や風景は大きく違っているのだろうという意味で書いたのです。
しかし、よくよく考えれば、それとパラレルワールドとはつながっているかもしれません。
いや同じかもしれないとさえ思えます。

親子でも、世界が違うなと思うことがあります。
これも当然のことで、人はある意味ではそれぞれが完結した世界を構成しているのかもしれません。
一即一切とかホロニックな世界観とか、あるいは「大きな生命」とか、いろいろな考え方はありますが、そこで語られる「全」が一つしかないというわけではありません。
そこがややこしいわけですが、一即一切の「一は固定しているわけではありません。
常に動いているのですから、パラレルワールドとは矛盾しません。

ちょっと古い映画ですが、「ミッション:8ミニッツ」というのがありました。
今日、その古い映画をまた観てしまいました。
前にも観たことはあるのですが、なぜか今日また、無性に観たくなってしまいました。
昨夜の夢のせいかもしれません。

この映画は、パラレルワールドの2つのワールドのつながりが見える話になっているのですが、そこでは過去も未来も変えられるのです。
時間と空間は同じものでしょうから、これは2つのパラレルワールドを往来するという話です。
この映画では、主人公は彼岸に死んだはずの人とともに行くのです。
そこには新しい世界が、同じキャスティングで展開されています。

人はそれぞれに違う世界を生きているのであれば、主軸を移すだけで、もしかしたらパラレルワールドを往来できるのかもしれない、とも思います。
どうしたら主軸を変えられるか。
それが知りたいです。

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■節子への挽歌3809:何かをする日課と何かをしない日課

節子
昨日の朝日新聞の天声人語にこんな紹介がありました。

欠かさず水か果物を摂(と)る。夕食前には必ず15分間走る。そんな健康的な習慣を身につけるには何日を要するか。10年ほど前、英国の心理学者たちが実験で得た答えは66日だった

日課として定着できるまでには66日が必要だというわけです。
いまの私にはかなり長い時間です。
この挽歌を毎朝書くのが日課になっていたの頃の私には、たぶん66日はあまり長い時間ではなかったのでしょう。
時間の感覚は、その時の状況でまったくと言っていいほど違うものになります。

そんなわけで、最近はあんまり新しい日課はできません。
この数日は、血圧対策の脚の運動や朝食に酢タマネギを食べることがつづいていますが、まだ数日でしかありません。
はたして66日、継続できるかどうか。

日課をつくるのは難しいですが、日課が壊れるためにはそんな日数はいりません。
私の感覚では3日もあれば十分です。
挽歌を3日書かないでいると、このまま書くのをやめようかと自然と思えてしまいます。
私の怠惰のせいかもしれませんが、3日つづけると、このままずっとそうしてもいいかななどとつい思い出してしまいます。

そこでこう考えられます。
なにかをしないことも「日課」だと考えれば、日課づくりには66日もいらないということになる。
何かをする日課と何かをしない日課。
何かをしないということの捉え方を、何かをすることというように変えれば、日課を定着させるのは簡単なことかもしれません。

いささかややこしい話ですが、この問題を少し考えてみようと思います。
最近、身体的な時間はあまりないのですが、脳活動的には暇なので、こうした難問を解くにはいい環境にあるものですから。
まあ、節子には、またかと笑われそうですが。

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2018/04/10

■節子への挽歌3808:水素療法

節子
私の高血圧のことを心配してくれる人の話をもうひとつ。
こちらは「水素健康法」です。
友人が4冊の本を持ってきてくれたのですが、押しつけになると悪いと思ったのか、おずおずと1冊だけ私に渡して、もし気が向いたら読んでくださいと言ってくれました。
健康法は、人によってかなり効果は違いますので、人に勧めるのは勇気のいることです。
節子の病気がわかった時には、いろんな人がいろんなことを教えてくれて、私も節子もパニックになりかけたほどです。
みんな親切で教えてくれるのですが、当事者は藁をもつかむ思いが強いので、どうしてもそうしたことに振り回されがちです。
もちろん教えてもらうことはうれしいことですし、知らないよりも知っていたほうがいいに決まっています。
しかし、その渦中にいると判断力がおかしくなる。
特に私のように、基本的には何でもまずは信ずるような人は、そういう場合にはさらに冷静な判断ができなくなるのです。
困ったものですが。

それでも4年も渦中にあるといろんなことがわかってきます。
その頃、なんとかしてそういう俗説一覧表のようなものがつくれないかと思っていましたが、
節子を見送った後は、その気力が消え失せてしまいました。

友人が、わざわざ本を持ってきてくれたときは、別の集まりだったこともあり、1冊だけを受け取りました。
それを読んでいる時にハッと気づきました。
せっかく持ってきてくれたのに、受け取らずにいたことへの反省です。
それで他の3冊も読みたいと伝えたら、わざわざまた届けてくれました。
こうして思いはいつも裏目に出てしまうわけですが、4冊を読了しました。
水素療法はとてもいいものだと確信しました。
しかし、そこで思ったのは自分がやってみようということではなく、節子の時にこれを知っていたらよかったのにという思いです。

人は他者の健康には気を配れますが、自分のことになるとどうも気を配る気が起きません。
これって私だけのことでしょうか。

でもまあ一度、水素水とやらを飲んでみようと思っています。
どこで売っているのかよくわからないまま、まだ挑戦はしていないのですが。

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■節子への挽歌3807:高血圧を心配した電話がありました

節子
有機農業の霜里農場の金子友子さんから電話がかかってきました。
成田空港で、これからご夫妻でスペインに出発だそうです。
彼女は、私の高血圧のことをフェイスブックで知って、心配してくれたのです。
彼女のパートナーも昨年病気をしていますので、今回は一緒に行けるかどうか直前まで決まっていなかったのですが、一緒に行けることそうです。
よかったです。
旅はやはり夫婦で行くのが一番です。

しかし、昨夜、近くの知り合いの方が脳出血で倒れたのだそうです。
その人も血圧などに無関心だったそうだといわれてしまいました。
連れ合いの人が泣いていたよと彼女が言います。
要するにちゃんと血圧対策をしろというわけです。
酢タマネギの話も聞かされました。
有機農業の野菜は美味しいから、帰国したらいろいろと送るからと言ってくれましたが、まあありがたいことです。

先日彼女にサロンをしてもらった時に、コンビニなどのおにぎりなどを食べているとおかしくなるよという話が出ていました。
時々食べてしまう私としては、肩身が狭くて、会話に入れなかったのですが、コンビニのおにぎりどころではなく、時にはいかにも身体に悪そうなジャンクなお菓子まで食べてしまいます。
彼女に知られたら、叱られそうなので、黙っていましたが。

しかしまあこの年齢になると食べ物を気にしていたら、面倒でいけません。
今日も、娘から電話で茨城産のタケノコがあるけれど買っていこうかと電話がありました。
放射線汚染を気にしてくれているのですが、放射線汚染に関しては、方針を切り替えて、そこからは逃げないことにしたので、昨年から何でも食べることにしました。
タケノコは私の大好物なのですが、しばらくは西日本産しか食べていなかったのですが、良く考えたらそれはフェアではないと思い直したのです。
まあ、あんまり論理的ではないのですが。

フライト直前に電話してきてくれたことに感謝しなければいけません。
今日もあんまり調子が良くないので、降圧剤を飲んでしまいました。
歯茎に出ていた副作用はだいぶ解消しましたが、まだ違和感が残っています。
こちら立てればあちらが立たず。
身心は実に微妙なバランスの上にあるようです。


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■見えている風景

この数日、安倍政権支持派の人の本を何冊か読んでいました。
たとえば、岩田温さんの「「リベラル」という病」、「東京裁判をゼロからやり直す」(ケント・ギルバートさんと井上和彦さんの対談「東京裁判をゼロからやり直す」などです。
安倍政権には反対の立場にあるために、ともすると、読む本が偏りがちなので、時々、意識的に自分とは立場が違う人の本を読むように時々心がけているのです。
そういう本は、読みだしてすぐに投げ出したくなることもあるのですが、読んでいくうちに奇妙に納得してしまうこともあります。

それはそれとして、岩田さんの本にこんな文章が出てきました。

私から見れば、ほとんどのメディアが「改憲」を危険視し、「護憲」の重要性を説いている。テレビのコメンテーターの多くは、安倍政権に批判的であり、改憲に対して危機感を煽るような発言を繰り返している。

人によって、やはり受け取り方は違うのだと改めて思いました。
私は、テレビのコメンテーターの多くは、みんな安倍政権応援派であり、改憲を支援していると受け止めていました。
人が見ている風景は、実は自分なのかもしれません。

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2018/04/09

■節子への挽歌3806:「みんなの佐藤さん」

節子
高血圧なのに薬が飲めない(副作用が出る)とフェイスブックに書いたら、両方に関する本を2冊も送ってきてくれた人があったことは書きました。
同封された手紙に、こんなことが書かれていました。

一連の反応を唐突でびっくりなさったら、お許しください。
普段は思い込みにならないよう自重していますが、「みんなの佐藤さん」ですから、お元気でいていただきたい願いは強く、勇み足も辞さない気持ちになりました。

ありがたいことです。
しかし、最近、だんだん「みんなの佐藤さん」というような表現を使う人が出てきました。
なんだかうれしいようなさびしいような、恥ずかしいような後ろめたいような、複雑な気持ちにさせられる、「不思議な言葉」です。
それに「節子のおさむ」が「みんなの佐藤さん」になるのも、節子に申し訳ない気持ちもします。
しかし、節子はたぶん納得するでしょう。
節子は、そういう私が好きだったからです。

その手紙には、もっと大きな褒め言葉も書いてありました。
私信なのであんまり書くのは躊躇しますが、その中の市分だけ、引用します。

サロンを居場所にしておられる多くの方々のために、どうかもっとご自分を大切になさってください。佐藤さんに何かあれば、どれだけの人が悲しみ、不安になるでしょうか?

自分を大切にするということは、とても難しいことです。
それはともかく、この文章を読んで気が付いたのですが、誰かに感謝されている人に何かがあれば、感謝してくれている人を悲しませることになります。
節子が、私を悲しませたように、です。
つまり、喜びや幸せは、悲しみや不幸の表面なのです。
ということは、それらは同じものともいえるでしょう。

人はいつまでも生きていられません。
生きていることが誰かに安心を与えるとしたら、それは未来の不安につながっている。

たぶんこういうことです。
不安も安心も、喜びも悲しみも、みんな含めて「生きること」。
そして、人生は「自分だけのもの」ではなく、「みんなのもの」。

さて、今日もまた「みんなの人生」を生きようと思います。
少し元気になって来たようです。
はい。

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2018/04/08

■節子への挽歌3805:live deeply

節子
今朝の「こころの時代」は、僧侶のケネス田中さんもお話でした。
、日本におけるアメリカ仏教研究の第一人者。家族と共に10歳で渡米し、13歳の時に北カリフォルニアの仏教会で浄土真宗に出会った。
60年代、アメリカで青春時代を過ごしたケネスさんの説く浄土真宗は、とても前向きで明るい仏教です。
ケネスさんは「一切皆苦」を“Life is a bumpy road”といい、「涅槃寂静」を“Life is fundamentally good”といいます。
人生はデコボコ道だが、根本的に良いものだ、というのです。
実にしっくりきます。
デコボコだから良いと捉えよう、というのがケネスさんのプラグマチックな人生観です。
私がそういう生き方になれたのは、この数年かもしれません。
節子のおかげだといってもいいでしょう。
いなくなってしまった節子のおかげ、という意味ですが。

ケネスさんはまた。“live deeply”ということを強調されました。
「深く生きる」ということが大切だというのです。
節子が人生を見極めた時、到達した生き方です。
私は、節子の病気は治ると確信しようとして真実を見損なっていましたが、節子はたぶん人生を実感していたのでしょう。
「今ここ」を大切に生きるようになりました。
だからその生き方も、“live deeply”でした。
いまから思えば、そのことがよくわかります。
それに比べて、私の生き方のなんと浅かったことか。

いまもまだ私は、fullには生きていません。
ましてや“live deeply”にはなっていない。

ケネスさんの話を聞いて、大いに反省しました。
節子の生き方を思い出しながら、もう少しfullに、deepに生きることを意識したいと思います。
そろそろ、私も人生の第4期に入れるかもしれません。

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■節子への挽歌3804:日課

節子
庭のチューリップが咲きだしました。
といっても、実は今年は球根を植えなかったのです。
にもかかわらず思わぬところからチューリップが出てきたのです。

わが家の庭にも、そろそろ春が来たようです。
あまりまだ手入れができていなのですが、少しずつ花が咲きだしました。
節子がいたら、毎日、庭の手入れをしたでしょうが、残念ながら私にはできません。
時にはやるのですが、節子のように「日課」にはなりません。
困ったものです。

「日課」にするのは、なかなか難しいものです。
今朝から起きて少しばかり脚の体操をしました。
昨日、私のフェイスブックを読んで、体調を心配して、2冊の本を送ってきてくれた人がいます。
高血圧を薬ではなく、運動と食事で解決するという内容の本です。
それで頑張って、脚の体操をしたわけですが、これを日課にしなければいけません。
持続力のない私には難しいですが、そういえば、闘病中に節子は、スクワット体操をしていました。
節子は、ある意味ではがんばり屋でしたから、日課をつくれる人でした。
しかし私にはなかなかできません。

日課にできないのは、昔からです。
その私が、以前は、この挽歌を毎朝書いていました。
驚くべきことですが、最近はその日課も見事に消え失せてしまいました。
困ったものです。
再挑戦しようかと、ふと思いましたが、できないことは宣言しないほうがいいでしょう。
出も少し頑張ってみようかとは、思います。

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2018/04/07

■節子への挽歌3803:むーさんになりました

節子
孫のにこは、私を「むーしゃん」と呼びます。
「おさむ」と呼ばせたかったのですが、長いので、結局、「むーしゃん」になってしまいました。
まあそれもまた良しです。
週に2~3回は会っていますが、相性はかなりいいです。
育児に関しては、一切、口を出しませんが、まあ気になることはいろいろあります。
母娘なら言えるのでしょうが、父子の場合は難しいものです。
それにしても、節子は実家にも帰らずに、よく2人の娘を育ててくれました。
孫の発育ぶりを見て、その大変さが改めてよくわかります。

孫には甘くて、いろいろと買ってやるのが祖父だとも言われますが、私はそういうことはありません。
時々、娘から何となく言われて、買うことはありますが、誰かに何かを買ってやるのは、たとえ相手が孫であろうと私の趣味ではありません。
それにまだ2歳にもなっていない孫は、なにかが欲しいなどとは思うはずもありません。
なにも買ってはやりませんが、相性はとてもいいのです。

孫はわが家に来ると、「こんにちは」と頭を下げます。
つづいて節子に挨拶です。
仏壇の鐘を鳴らし、手を合わせます。
帰宅する時には、必ず外まで見送りますが、これは節子の文化でもありました。

さて、名前の件ですが、「むーさん」になるとは思ってもいなかったので、またひとつ自分の呼び名が増えたわけです。
節子が健在だったら、なんと呼ばれたでしょうか。
「せっちゃん」でしょうか。
せっちゃんがいたら、娘に頼んで孫を借りだしてどこかに連れて行きたいところですが、私だけでは信頼されないので、それは無理でしょう。
残念ながらちょっとの時間、預かるだけです。

それにしても、乳幼児の瞳には一点の曇りもありません。
少し付き合っているだけで、心が洗われます。
こんなに澄み切った心で生まれてくるのに、どうしてみんな濁っていくのでしょうか。
不思議でなりません。
もちろん私も、ですが。

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■一強体制に反対な人への疑問

日本レスリング協会のパワハラ騒動に進展があり、告発されていた強化本部長が辞任しました。
やはりここでも「一強体制」が生まれていたようです。
一強体制に寄生している関係者が、真実を覆い隠しているという構図はここにも見られます。

権力は腐敗するという言葉はよく聞きます。
しかし権力が腐敗するのではなく、権力に寄生する人たちが腐敗するのでしょう。
権力とは、もともと腐敗しているものですから。
であれば、権力を担う人は、新鮮なうちに権力を手放す仕組みをつくればいいのですが、そういうことを望む人はたぶんほとんどいないでしょう。
しかし、権力を担う当事者にとっても、それが合理的です。
なにしろ、権力は寄生する人を腐敗させるのですから。
一番の被害者は、権力の中枢にいる人です。
韓国の歴代の大統領のゆくえを見ればよくわかります。

10年ほど前の日本は、毎年のように首相が変わっていました。
私はブログなどにも書いた記憶がありますが、とても正常なことだと思っていました。
しかし、多くの人はそれを好まず、湯島のサロンでも嘆く人がほとんどでした。
しかし、権力が腐敗すると思うのであれば、嘆くべきではないでしょう。
そう思っていたら、多くの人が望んでいた長期政権ができました。
そして出てきたのが、一強批判。
まさに度し難いのは、身勝手な国民です。
みんなが何を望んでいるのか、私にはよくわかりません。

日本の官僚制度は、権力が滞留しないように仕組まれています。
上級官僚は、時間も含めて長くは居座れません。
官僚の天下りは批判されますが、「天下り」という言葉を使うからおかしいのであって、官僚経験者が野に下り、社会の視点で活動するのは、悪いことではありません。
私は40年以上前に、ある提言書で、「公務員就労義務制度」を提案させてもらったことがあります。
行政職は、もっとみんなが体験すべき仕事だと思っています。
天下りという言葉で象徴されるように、官尊民卑の風潮が広がり、そこに「権力」が入り込んできたのが不幸でした。

これも前に書いた記憶がありますが、ヨーロッパにあるサンマリノ共和国では、元首に当たる執政の任期は半年で、しかも2人で構成されています。
立法機関は比例代表制選挙で選ばれた国民が務め、任期は5年です。
しかも驚かされるのは、司法を担う裁判官は外国人です。
小さな国だからそんなことができるのだと言われますが、理念は規模の大小には関係ありません。

権力に寄生する生き方をやめなければいけません。
一強批判をしている人は、もし自分が、その「一強」側だったらどうするでしょうか。
私は、もしそうなったら、自らを律する自信はありません。
幸いに、権力も肩書きも、無縁な状況で生きていけるので、幸せですが。

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2018/04/05

■節子への挽歌3802:他者の嘘への寛容さをもちたいものです

節子
2日に開催した「生きる意味」のサロンは、正式には2回目です。
思わぬ人が参加しますが、さらに思わぬカミングアウトがあります。
みんなそれぞれに「生きづらさ」をかかえています。
それに比べれば、私の生きづらさなど瑣末な事だと思います。
しかし抱えている問題は、そう違うわけではありません。
同じことでも、心へのダメッジは人によって違うのです。
言い方を変えれば、私は感受性がよわいのかもしれません。
あるいは思いやりの心が鈍いのかもしれません。
これまでずっと、他者より思いやりや感受性が強いと自覚していたのですが、そもそもそれが間違っていたのかもしれないのです。
節子に対しても、優しく思いやりが強かったと思っているのは、私の認識違いかもしれないのです。
そう思うことは、さすがに私でも辛いものがあります。

小さなころから60年にわたって、生きる意味を探し続けてきたという人が話しだしました。
それに聞き入る人も多く、それでサロンは4時間たっても終わる気配さえなかったのですが、彼女の壮絶な話を聞きながら、数年前に亡くなった元やくざのKさんのことを思い出しました。
Kさんには最後に裏切られた気がしていて、どうもすっきりしなかったのですが、少し受け入れることができた気がします。
それに少しは役立ったことは間違いありません。
まだ完全にではありませんが、少しだけ心が晴れました。

人はみな、重荷を背負っている。
その重荷を背負い合う関係を育てたいと思っていますが、どうも私には偏狭のところがあって、嘘をつかれると顔も見たくなるのです。
でも好き好んで嘘をつく人はいないでしょう。
嘘をつくにはそれなりの理由がある。
そう頭ではわかっているのですが、嘘にはどうも寛容になれません。
嘘をつくことがまったくなかった節子と長年一緒に暮らしたせいかもしれません。

嘘への抵抗力は、なかなか身に付きません。
困ったものです。

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■節子への挽歌3801:10時間サロン

節子
2日の日は正午から夜の10時まで、湯島で、サロンでした。
前半は「縁カフェ」です。
縁の少ない人に居場所を提供しようと思って始めたオープンカフェですが、まだいまのところ私の知り合いしか来ません。
それは当然のことで、この縁カフェの存在を知っているのは私の友人知人だけだからです。
しかし継続しているうちに、そんなカフェが実現できるかもしれないと思っています。

最初の来客は、飯田さん。
長年介護活動をしている方です。
独り身なのですが、昨年、病気をし、いまはあまり活動はしていませんが、ご自分のリハビリもかねて、湯島にはよく来てくれます。
今回は、私にまでサンドウィッチを持ってきてくれました。
私は最近はお布施に従って生きていますので、呼びかけには正午ころくる人は私の食事も、と書いておいたのです。

つづいてやってきたのは、先日、20数年ぶりにやってきた川島さん。
それからさらに3人の人たちが来ました。

なぜか話は、前世の話になりました。
私の前世の友人の話をしたら、そこからさらに話が広がりました。
おひとりは、ご自分の臨死体験の話もされました。
そういう話はなぜか終わらないので、閉店予定時間になっても、みんな席を立とうとしません。
それで結局、閉店はせずに、次のサロンにつながってしまいました。
夕方からのサロンのテーマは「生きる意味」。
なんとこれがまた10人の参加者があり、4時間も続きました。

というわけで、この日は10時間を「生と死」にまつわる話し合いの渦中にいました。
さすがに疲れました。
翌日は何もする気力がないほどでした。
そんなわけでまた挽歌を書かない数日になってしまいました。
挽歌を書かなくても大丈夫になったということもできるわけです。

しかし、久しぶりにまる1日のサロン。
節子が元気だったころは、こんな生活を毎日続けていたなとふと思いました。
よくまあ続けられていたものです。

帰宅途中のブルームーンが、とてもきれいでした。

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■「ないはず」のイラク派遣日報の「発見」に思うこと

「ないはず」のイラク派遣日報がまた「発見」されました。
同じような「犯罪」が繰り返し行われていますが、そうしたマスコミ報道に出てくる人たちの反応は、いつもできの悪い「茶番劇」のようです。
その分野のことをもし少しでも知っているのであれば、たとえば、イラク派遣日報が本当にないと思っていた人などいないはずですし、もし思っていたとしたら、それこそ社会のことを何も知らないというべきだろうと思います。
日報がないと言われても、本気で追及するジャーナリストも専門家もほとんどいないのには、笑うしかありません。
最近のテレビでのキャスターやコメンテーターたちの議論の、すべてとは言いませんが(信頼できるキャスターは私にも、たとえば井上貴博さんなど数人います)、多くはフェイクな世界の上で構築された議論のように感じています。
火事で発見された焼死体が、その家に住んでいた高齢者だと思われるとか、ほぼ現行犯逮捕に近いのに「容疑者」という言葉が使われるとか、そういう動きも同じですが、みんな知っているのに言葉でごまかすことに慣れ切っています。
その一方で、相変わらず冤罪事件は頻発しています。

公文書を廃棄したという事実があるのであれば、その関係者は即刻解雇して、訴追すればいいだけの話です。
公文書は、私たち国民の財産なのですから。
そうしたら、だれも「廃棄した」とか「公文書がない」などという、つきたくもない嘘をつく人はいなくなるでしょう。
そうした「やるべきこと」をやらないから、「ないこと」にすればいいと思う人も増えてくる。
逆に、おかしいと思った人は、悩みぬいて離職や自殺をしてしまう。
グラシャムの法則に従って、官僚には良識が失われていくというわけです。
いや、新しい「良識」文化が生まれてきているのかもしれません。

森友学園事件で言えば、安倍昭恵さんの名前を聞いて、「忖度」をしなかった人などいないはずですが、「忖度」があったかどうかなどという無意味な議論が国会でされている。
人間はロボットではないのですから、みんな「忖度」で生きている。
その「忖度」が、どういう方向を向いて、何をもたらすかは、その社会や組織の文化による。

オリンピックも、一部の人のお金儲けのための壮大な税金の無駄遣いだと思いますが、最近の国会の議論を見ていると、なんとまあ無駄なことをやっているのかと、税金を払うのが嫌になるほどです。
所得の半分を税金で納めながら、幸せを享受できているというデンマークの人たちがうらやましいです。

デンマークといえば、アンデルセンの「裸の王様」を指摘した、子どもの心を取り戻したいです。
それにしても、今回のイラク派遣日報の「発見」事件は、いまの自衛隊が国民に牙をむく本性をもっていることを明らかにしてくれたように思います。
歴史から言えることは、国家の軍隊の力は、外国にではなく、自国の国民に向けられることが多いのですが、その本性が露呈されたわけです。
それにしてもまことに見事なほどに、お粗末な形で、ですが。

社会から緊張感や誠実さが失われてきているとしか思えません。
であればこそ、私は誠実に生きたいと思います。
ただ「緊張感」はあんまり持ちたくありません。
疲れますので。

もう茶番劇はやめて、現場で本当に苦労している人はみんな知っていることを公開したらどうでしょうか。
匿名で、どこかに投稿できる、「ロバの耳」ネットバンクはできないものでしょうか。

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2018/04/04

■カフェサロン「日本の神道文化にまなぶ“神さまのいる暮らし”」のご案内

日本の神道文化にまなぶ〝神さまのいる暮らし〟
知的サロンのご案内です。
沖縄の話をしてくださった、平井さんに再びお願いしました。
でも今回のテーマは「神道」です。
平井さんは、「暮らしのしきたりと日本の神様」など、神道に関する著作もありますが、今回は平井さんの「神さまのいる暮らし」ぶりをお聞きしながら、それぞれの生き方を考える時間にできればと思っています。
神さまのいない暮らしをしている人の参加も歓迎です。
いまさら改まっては訊けないような質問にもきっと答えてくださいます。

以下、平井さんからの案内です。

以前、沖縄の話をさせていただきました平井かおると申します。
沖縄の取材に入るようになって18年。今では世代交代により、沖縄の暮らしもずいぶん様変わりしてきましたが、沖縄に足を運ぶなかで「神さまとともに暮らしがある」その姿を多く垣間見させていただきました。
そこで思ったのは、
「私は自分の生きてきた場所(日本列島)の神さまを知らない」ということでした。
考えてみれば不思議なことです。
神社を訪れた時など、私は心より神さまに手を合わせます。
ところがその「神さま」を私は知らないのです。

私はいったいどなたに手を合わせているのだろう?
それを知る術もよくわからないまま、まずは『古事記』と出遭うところから始めました。
縁あって、7年ほど前より、元國學院大学・神道学部教授のもとで神道文化の勉強を始めさせていただき、現在、この先生主宰のもと、「日本の神道文化研究会」を行わせていただいています。

私の師匠の言葉に、次のようなものがあります。
「神を畏れて、人を恐れず」
これは、「人を恐れて、神を畏れず」となってしまった現代社会への警告でもあります。

今回のサロンでは、『古事記』の話、神社の話、暮らしのなかにある神さまのことなどなど、
まなび、体験してきたことのなかからお話しさせていただければと思います。

○日時:2018年4月14日(土曜日)午後2~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「神さまのいる暮らし 日本の神道文化にまなぶ」
○平井かおるさん(日本の神道文化研究会会員)
○会費:500円
○申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/04/03

■第2回「なぜ生きるのか」サロンの報告

2月に開催した「なぜ生きるのか」をテーマにしたサロンの参加者からの強い要望もあって、もう一度、開催しました。
今回も10人の参加があり、時間も4時間を超えてもまだ終わりそうな気配がないほどでした。
このテーマでの話し合いの場が、求められていることを改めて実感しました。

参加者の方から、思わぬご自身の物語が語りだされるのは、前回と同じでした。
みんなそれぞれに、生きる辛さや戸惑いを感じているのかもしれません。
私は「なぜ生きるのか」ということをあまり考えたこともなく、トラブルや喜怒哀楽すべてを含めて、生きることをそのまま受け入れて、生きています。
ですから、このテーマは個人的には苦手で、どう切り込んだらいいのかわからないのですが、みなさんの話を聞いているうちに、少しずつ問題の所在に近づけているような気がしました。

今回私が感じたのは、問題は「生きる喜びの見つけ方」と「実際の生き方」なのではないかということです。
またそうしたことと関連して、これまでの人生における「間違い」に呪縛されていることからの解放も大きなテーマかもしれません。
今回、みなさんの話を聞いていて、私もまた当事者だとようやくにして気づきました。
この種のサロンを何回も企画しながら、いまさらなんだと叱られそうですが。

今回は、「どうしたら生きる力を高められるか」も話題の中心になりました。
その分野で活動しているおふたりの、実践者の方が参加して下さっていたので、かなり具体的なアドバイスもありました。
おふたりとも、自らの物語を赤裸々に語ってくれたので、その処方箋には説得力がありました。
問題に対処するために、気持ちを整理する思考の枠組みや体験から見出した実践的な「法則」も紹介されました。

このサロンには、頭では理解していても身心がそう動かない「辛い」状況にある人も、私のように、身心での生きづらさを頭で理解できていない「不明な」状況にある人も参加しています。
抜け出そうとしている人もいれば、いま向かっている人もいるかもしれません。
もう60年も「生きる力」と正面から取り組んできている人もいれば、そうしたことを考える必要もない恵まれた状況の中で生きてきて、逆にいまここにきて、生き惑っている人もいる。
4時間も話していると、そういうことがなんとなくシェアされてくるような、そんなサロンだった気がします。
いろんな状況や考え方の人が入り混じっているおかげで、話が固まらずに、広がったり、視点が変わったりするのが、やはりサロンの良さかもしれません。

話の内容の紹介は、基本的にはオフレコですので書けませんが、最後はみんな明るく終われた気がします。
私はかなり疲れたので、しばらくはこの種のサロンは企画できないでしょうが、たぶんまたそう遠くない時に開催しそうな気がします。
切り口を少し変えるかもしれませんが。

生きることは辛い時もありますが、だからこそ生きる意味がある。
それに、辛いことと喜びや楽しさは必ずしも矛盾しません。
次回はそんなところまで話が進めばいいなと思っています。


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2018/04/01

■節子への挽歌3800:おさむちゃん

節子
昨日は小学校時代の同級生とランチをしました。
2人も女性ですが、一人は節子とも会っている、霜里農場の金子友子さんです。
むかし、湯島のサロンに有機農業の野菜を届けてくれたことがあるのです。
あの頃、もう少しきちんと有機農業の話を聞いていて、食生活を見直していたら、節子もまだ元気だったかもしれません。
まあそれは夢のまた夢ですが。

彼女は私のことを「おさむちゃん」と呼びます。
昨日はその後、彼女が話し手になってのサロンでしたが、話のなかで、私のことを「おさむちゃん」というのを聞いて、太田さんが、小学校時代の同級生が、60年以上たってもまだ、こういう付き合いが続いているのが不思議だと言いました。
私たちの頃は小学校時代6年間は組み換えなしだったのが、つながりが深まった理由かもしれないと独りに同級生が話していました。
私は4年の時に転校で仲間になったのですが、仲間に入れてもらっていました。
サロンには、他にも同級生の女性が2人参加していました。
今回は女性だけでしたが、時には男性もやってきます。
節子がいた頃のサロンには男性の同級生もやってきて、節子とよく話していました。

ちなみに節子の小学校時代の男友達のひとりとは、私もささやかな交流があります。
この挽歌も時々読んでいて、メールをくれることもあります。
そういう点でも、私たちはどこかに似ているところがあるのかもしれません。

節子のことを知らない女友達の同級生に節子の話をしました。
実はその人も、伴侶を亡くしているのです。
まあこの歳になると、伴侶を亡くす人も少なくありませんが、残念ながら妻に先立たれたのは私だけです。
そのせいか、みんな私をとても大事にしてくれます。
幼なじみはいいものです。

まあそんな感じで、いろんな人に支えられながら、まあ何とかやっています。
節子がいなくなってからは、なぜかいろんな人が節子の代わりになって、サロンの準備や後片付けをしてくれます。
ありがたいことです。

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■カフェサロン「霜里農場の金子友子さんの生き方」報告

有機農業に取り組む霜里農場の金子友子さんの「お金に縛られない生き方」をテーマにしたサロンには、20人を超す人が参加してくれたため、時間を1時間延長したにもかかわらず、発言できない人がいたほどの盛況でした。
最初は申し込みがあまりなかったので、テーマを有機農業にすればよかったなと思ったほどでしたが、やはりお金に呪縛されない生き方への関心は高いようで、サロン企画者としては、それだけでもうれしい結果になりました。
ただしサロンそのものは、人数が多くて、話の交通整理で大変で、疲れました。

金子さんの話は、なぜアナウンサーから農家に嫁いだのか、ということからはじまりました。
金子さんがアナウンサーとして社会で活躍しだしたのは1960年代の半ばです。
私も同年齢ですが、その頃から少しずつ高度経済成長の矛盾の予兆が出始め、1970年代になると、日本の社会は大きく変わりだしました。
有吉佐和子さんが朝日新聞に『複合汚染』を連載しだしたのが1974年。
水俣病などが大きな話題になり、環境問題や食の安全への関心が高まっていた時期です。

アナウンサーとして、時代の先端の情報に触れる中で、彼女の世界も変わりだしていったようです。
いろいろなドラマティックなエピソードもありますが、そこで出会ったのが、埼玉県の小川町で、化学肥料や農薬を使わずに、自然の有機的な循環を活かした農業に取り組んでいた、「変わり者」の霜里農場の金子美登さんだったのです。
そこで結婚。生活は一変しました。
その後、時代の大きな流れの中で、有機農業への関心は高まり、霜里農場もテレビや新聞などでも取り上げられ、全国(海外も含めて)から実習研修生も集まるようになってきました。
「変わり者」は「時代の先駆者」へと変わり、霜里農場は有機農場のメッカになっていったわけです。

しかし、そこからが、やはり「変わり者夫婦」なのでしょう。
時流が変わったからといっても、金子夫妻の生き方は変わることはありませんでした。
2014年には天皇・皇后が霜里農場に行幸され、翌年金子美登さんは黄綬褒章を受けられましたが、2人の生き方は全く変わっていないのだろうと思います。
有機農業ブームのおかげで、経済的にも成功した人も少なくないでしょうが、金子夫妻にはたぶん「縁のない話」で、有機農業ビジネスやアグリビジネスという発想はないのです。
これまで通り、共感してくれている消費者に丹精込めた野菜を直接届けながら、地産地消で自給型地域生活を目指した活動に地に足つけて取り組んでいます。
金子夫妻にとっては、農業と生活はしっかりとつながっているように思います。

いろんなエピソードも紹介されました。
アレルギーで長年薬を飲み続けていた人が、農場に実習に来て薬を飲み忘れているうちに、気がついたらアレルギーが治ってしまった話、火事で自宅が全焼した時には、全国から70~80人の仲間が来てくれて、2日間で片づけが終わった話、お金を介さない物々交換や事々交換の話など、いろいろとありました。
お金の話も何回か出ましたが、誰かに役立つためのお金の話だったように思います。
老後のためにお金をためていますかと私は不躾な質問をしましたが、どうもその意味さえ伝わらなかったようでした。
たぶん彼女にとっての老後の蓄えは、お金ではないのでしょう。

話し合いの中から出てきた、「お金に縛られないためのヒント」を2つだけ紹介します。
まずは、「人のつながり」の大切さです。
お金を介さずとも、人の支え合いで解決する問題は少なくないばかりでなく、人とのつながりが生活の安心感の拠り所になるということです。
もう一つは、人にあげられるものはあげまくるという、友子流の生き方です。
彼女がつくっているのが野菜だということもありますが、余った野菜はみんなに挙げてしまうのが、彼女のやり方です。
たとえば、道の駅に野菜を売りに出していますが、売れ残ったものは持ち帰らずに、店舗のスタッフの人などに挙げてしまうのが彼女のやり方です。
いや余ったものだけではありません。
彼女が関わっている加工品もあるのですが、それを買いに来た人にまで、たとえば子育て中の若い人だと、どうもあげてしまっているようです。
それがいろんな形でまた返ってくるので物々交換だと彼女は言いますが、私が思うには、彼女にはそもそも「交換」という発想さえないのだろうと思います。
ともかく、あげられるものはあげてしまうわけです。
あげるものがなければ、笑顔だけでもいいわけです。

3時間にわたる長いサロンでしたので、いろんな話が出ましたが、たぶん参加されたみなさんは、彼女のさりげない話や表情から、いろんなことを考える刺激をもらったように思います。
少なくとも私はそうです。
小学校時代の同級生なのですが、これまで気づかなかったこともありました。
金子さんが持参してくれたイチゴやケーキなども美味しかったです。

有機農業に関した話もありましたが、これに関してはまた改めて企画したいと思います。
湯島ではなく、むしろ小川町の霜里農場でサロンをやるのがいいかもしれません。
どなたか実行委員になってくれませんか。

今回は、湯島のサロンが初めての方も数名参加してくれました。
はじめてだったのに、ちょっと窮屈だったうえに、発言の時間があまりなくてすみませんでした。
これに懲りずに、またぜひ遊びに来てください。
頭は疲れましたが、たくさん元気をもらいました。

Tomoko201803312


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