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2018/04/09

■節子への挽歌3806:「みんなの佐藤さん」

節子
高血圧なのに薬が飲めない(副作用が出る)とフェイスブックに書いたら、両方に関する本を2冊も送ってきてくれた人があったことは書きました。
同封された手紙に、こんなことが書かれていました。

一連の反応を唐突でびっくりなさったら、お許しください。
普段は思い込みにならないよう自重していますが、「みんなの佐藤さん」ですから、お元気でいていただきたい願いは強く、勇み足も辞さない気持ちになりました。

ありがたいことです。
しかし、最近、だんだん「みんなの佐藤さん」というような表現を使う人が出てきました。
なんだかうれしいようなさびしいような、恥ずかしいような後ろめたいような、複雑な気持ちにさせられる、「不思議な言葉」です。
それに「節子のおさむ」が「みんなの佐藤さん」になるのも、節子に申し訳ない気持ちもします。
しかし、節子はたぶん納得するでしょう。
節子は、そういう私が好きだったからです。

その手紙には、もっと大きな褒め言葉も書いてありました。
私信なのであんまり書くのは躊躇しますが、その中の市分だけ、引用します。

サロンを居場所にしておられる多くの方々のために、どうかもっとご自分を大切になさってください。佐藤さんに何かあれば、どれだけの人が悲しみ、不安になるでしょうか?

自分を大切にするということは、とても難しいことです。
それはともかく、この文章を読んで気が付いたのですが、誰かに感謝されている人に何かがあれば、感謝してくれている人を悲しませることになります。
節子が、私を悲しませたように、です。
つまり、喜びや幸せは、悲しみや不幸の表面なのです。
ということは、それらは同じものともいえるでしょう。

人はいつまでも生きていられません。
生きていることが誰かに安心を与えるとしたら、それは未来の不安につながっている。

たぶんこういうことです。
不安も安心も、喜びも悲しみも、みんな含めて「生きること」。
そして、人生は「自分だけのもの」ではなく、「みんなのもの」。

さて、今日もまた「みんなの人生」を生きようと思います。
少し元気になって来たようです。
はい。

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