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2018/04/24

■節子への挽歌3824:過去の呪縛

節子
昨日は、書きだしたらまったく違う内容のことを書いてしまいました。
まあ、それがこの挽歌のスタイルではあるのです。
節子に、話しかけるうちに、まったく違うことを話している。
以前よくあった風景です。
話し合いの内容に、よりも、話していること自体に、意味がある。
話し合っている間は、こころがつながっている。
伴侶とは、そんな関係かもしれません。

同窓会での話し合いもそうかもしれません。
私は、どうそうかいなどの「過去の思い出」が話題になるような場はとても苦手です。
ですからあまり同窓会には参加しません。
その私が、湯島で小学校の同窓会のサロンを定期的に開くことにした。
変わってきました。
会社時代の同窓会の案内もありました。
ほとんど参加したことはありませんが、今年はいまのところ、まだその日があいているので、参加しようかと思い出しています。
大学時代の同窓会にも、最近は行ったことがありません。
行けばいろんな面白い出会いもあるのでしょうが。

また最初に思っていたことと全く違うことを書いています。
そもそも最初に何か書こうと思っていたことはあったのだろうか。
あるようでないのが、この挽歌を書きだす時の出発点なのです。
実は昨日は、書庫を探していて、節子との思い出のものなども出てきたので、それを書こうと思ったのです。
書庫は、節子のいた頃と大きくは変わっていません。
一度、書籍を廃棄したことがありますが、その直後にその廃棄した書籍が話題になったのです。
残念ながら1冊は絶版でネットでも見つからず、もう1冊は私家本だったので、再入手不能でした。
それ以来、書籍を廃棄することができなくなっています。
ですから今でも書庫は大混雑です。
そしてそこに入ると、いろんな過去の思いが浮かんでくる。
まあ一種のタイムマシーン的空間なのです。
そういう空間が、他にもあります。
どうしてもそこを壊せない。

過去を嫌いと言いながら、その過去に呪縛されているのかもしれません。
そこから抜け出ないと彼岸にも行けないでしょう。
困ったものです。

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