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2018/04/20

■節子への挽歌3819:節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない

節子
昨日、地元で発達障害と診断された人と会いました。
彼女の子どももまた、同じなのだそうです。
それで、彼女は地元でも、そういう人たちが集まれるカフェをつくりたいと思っているのです。
カフェだけではありません。
そういう人も、そうでない人も一緒になって、気持ちよく支え合いながら暮らせるシェアハウスやコミュニティも、実現できればと、想いは広がっています。
話していると、次々に思いが飛び出してきます。

思い立ったら行動する人なので、先日、紹介した発達障害の人たちの拠りどころの一つになっている高田馬場にネッコカフェを紹介したら、早速そこに出かけました。
そして、我孫子にもああいう場所がつくれないかと考えたようです。
何かに出合うとすぐにそれに取り組みたくなる。
私も同じ傾向がありますから、たぶん私もいわゆる「発達障害」なのでしょう。
たしかに、私自身、いささか「変わり者」であることは、いまから考えればうなずけます。
しかし、私の頃はまだ「発達障害」という言葉はありませんでした。
その言葉や概念が出てきて救われた人は多いようですが、その言葉で人生を変えた人もいます。
私のまわりには、いずれ側の人たちがいますが、新しい概念や言葉が出てきて、世界が広がることは人によって真逆な効果をもたらします。
それに、その広がり方によっては、逆に結果的には世界を狭めることにもなりかねませんので、注意しなければいけません。

私には、ほとんど「自覚」がありませんでしたが、節子はたぶん私の「おかしさ」を感じていたかもしれません。
しかし、たぶん節子もまた、私と一緒になって、おかしな生き方になじんでしまっていた気配はあります。
夫婦は、いつの間にか「似たもの」になることは少なくありません。

彼女と話していて、もし節子がいたら、一緒に取り組めたかもしれない、ふと思いました。
最近、そう思うことが多くなってきました。

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