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2018/04/03

■第2回「なぜ生きるのか」サロンの報告

2月に開催した「なぜ生きるのか」をテーマにしたサロンの参加者からの強い要望もあって、もう一度、開催しました。
今回も10人の参加があり、時間も4時間を超えてもまだ終わりそうな気配がないほどでした。
このテーマでの話し合いの場が、求められていることを改めて実感しました。

参加者の方から、思わぬご自身の物語が語りだされるのは、前回と同じでした。
みんなそれぞれに、生きる辛さや戸惑いを感じているのかもしれません。
私は「なぜ生きるのか」ということをあまり考えたこともなく、トラブルや喜怒哀楽すべてを含めて、生きることをそのまま受け入れて、生きています。
ですから、このテーマは個人的には苦手で、どう切り込んだらいいのかわからないのですが、みなさんの話を聞いているうちに、少しずつ問題の所在に近づけているような気がしました。

今回私が感じたのは、問題は「生きる喜びの見つけ方」と「実際の生き方」なのではないかということです。
またそうしたことと関連して、これまでの人生における「間違い」に呪縛されていることからの解放も大きなテーマかもしれません。
今回、みなさんの話を聞いていて、私もまた当事者だとようやくにして気づきました。
この種のサロンを何回も企画しながら、いまさらなんだと叱られそうですが。

今回は、「どうしたら生きる力を高められるか」も話題の中心になりました。
その分野で活動しているおふたりの、実践者の方が参加して下さっていたので、かなり具体的なアドバイスもありました。
おふたりとも、自らの物語を赤裸々に語ってくれたので、その処方箋には説得力がありました。
問題に対処するために、気持ちを整理する思考の枠組みや体験から見出した実践的な「法則」も紹介されました。

このサロンには、頭では理解していても身心がそう動かない「辛い」状況にある人も、私のように、身心での生きづらさを頭で理解できていない「不明な」状況にある人も参加しています。
抜け出そうとしている人もいれば、いま向かっている人もいるかもしれません。
もう60年も「生きる力」と正面から取り組んできている人もいれば、そうしたことを考える必要もない恵まれた状況の中で生きてきて、逆にいまここにきて、生き惑っている人もいる。
4時間も話していると、そういうことがなんとなくシェアされてくるような、そんなサロンだった気がします。
いろんな状況や考え方の人が入り混じっているおかげで、話が固まらずに、広がったり、視点が変わったりするのが、やはりサロンの良さかもしれません。

話の内容の紹介は、基本的にはオフレコですので書けませんが、最後はみんな明るく終われた気がします。
私はかなり疲れたので、しばらくはこの種のサロンは企画できないでしょうが、たぶんまたそう遠くない時に開催しそうな気がします。
切り口を少し変えるかもしれませんが。

生きることは辛い時もありますが、だからこそ生きる意味がある。
それに、辛いことと喜びや楽しさは必ずしも矛盾しません。
次回はそんなところまで話が進めばいいなと思っています。


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