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2018/05/29

■節子への挽歌3875:愛と涙と幸せ

畑に行ってきました。
ちょっと気分がすっきりしました。
野菜たちは何とか元気でした。
でも先行きいささかの不安はあります。
私と同じく、勢いのある元気が感じられません。
惰性的な元気、です。

先日、「100万回生きたねこ」のことを書きました。
私の知人もそうですが、多くの人は最後のところで涙が出てしまうと言います。
そんな記憶は私にはないのですが、いまは私もだいぶ「成長」したので、もしかしたら涙が出るかもしれないと思い直して、久しぶりに読んでみました。
……
まったく感動がない!
感受性はむしろさらに低下しているようです。
困ったものですが、涙が出ないところが、物足りなさを感じました。

そこで、ついでに、数年前に出た「100万分の1回のねこ」という、佐野さんに捧げるトリビューン・アンソロジーを読みました。
佐野さんの絵本に触発された13人の人が、それぞれの作品を書いています。
13人?
そういうところには、ついつい思いがいってしまいます。

谷川俊太郎さんは、その本の帯に、「『100万回生きたねこ』は、佐野洋子の見果てぬ夢であった。それはこれからも、誰もの見果てぬ夢であり続ける」と書いています。
「見果てぬ夢?」
よくわかりませんが、やはり私の感受性に問題があるのかもしれません。
しかし、この13編の小品は、どれもみんな面白かった。

『100万回生きたねこ』はミリオンセラーなので読んだ人も多いでしょうが、山田詠美さんの小品「100万回殺したいハニー、スウィート ダーリン」にとても簡潔にその内容が書かれていますので、その部分を引用させてもらいます。ついでに、「愛と涙」についての話も。長すぎるほど長い引用ですが、とても面白いので、ぜひ読んでください。節子にも読ませたいので。

お話は、とてもシンプルで、日頃、本なんて読まない私にも簡単に理解出来た。百万年死なない猫の話。百万回も死んで百万回も生きた「ねこ」という猫の話。死の局面のたびに、彼を深く愛していた飼い主たちは、誰もが泣く。でも、当のねこはへっちゃらだ。だって、どの飼い主のことも全然好きではなかったから。  ページをめくりながら、私は、ねこを、とても羨しく思った。誰も愛していないって、なんて気楽なのだろうと感じたから。私なんか、可愛いがってくれた誰が死んでも悲しみのあまり病のようになった。自転車泥棒に遭った際に一所懸命になってくれたおまわりさんの時も、冬になるとおみかんをおまけしてくれた八百屋のおばさんの時もだ。金欠の私の体を買ってくれたおじいさんの時なんか、じゃんじゃん泣いた。だって、世の中の逆風にもめげずに健気に生きとるお嬢ちゃんって言ってくれたんだもの。抱かれたその日は穏やかな天候で、全然、逆の風とか吹いていなかったけれども、若い娘への親切心をしっかり持っているお年寄の姿勢にぐっと来た。それなのに、御礼も出来ない内に死んじゃった。  そんなぐずぐずした私に比べて、ねこと来たら! こんなふうに、人と関わった人生をリセットして行けたら、どんなに生きやすいだろう、と我身と比べて溜息をついた私。私は、永遠にねこの飼い主側の人間。  しかし、ねこが白いねこと出会ったと読んだ瞬間から、心がそわそわし始めた。悲しみの前触れが訪れる時は、いつもそうであるように落ち着かなくなってしまう。この時もそうなった。(中略)  私の予感通り、白いねこを愛してしまったねこは、その死に際して泣いて泣いて、泣いて死んだ。そして、今度は、もう生き返らなかった。心から愛した者の喪失は、決して、彼の生をリセットさせなかったのだ。うんと幸せになった故に、うんと不幸せになってしまったねこ。

ただ、この小説の主人公は、この絵本を男友だちの前で読まされて、泣いてしまうのですが、それを見て、プレイボーイの、その男友達はこういうのです。
「おまえ、本気で泣いてる。すっごくいい!本物の愛に対するセンサーが、ちゃんとあるんだな。よし! おまえを次のビアンカにしてやる!」
この続きがまた面白いのですが、それは本を読んでください。

私はどうしてこの絵本で泣けなかったのでしょうか。
「本物の愛に対するセンサー」がないのかもしれません。
困ったものだ。

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