■節子への挽歌3881:孫は節子を見分けられますよ
節子
今日は在宅だったのですが、じゅん親子がやってきました。
2歳になったばかりの孫のにこは、節子には会ったことがありません。
それでもじゅんが教えたおかげで、節子の顔と名前を知っています。
先日、姪の結婚式の時にみんなで撮った写真が出てきました。
そこから節子の顔を見分けられたそうです。
今日も写真を見て「せつこしゃん」と指差しました。
会ったこともないのに、やはり何か通ずるものがあるのかもしれません。
わが家の愛犬のチャッピーも覚えたようで、写真を見るとチャッピーと指差します。
家族には通ずるものがあるのでしょう。
ちなみに、じゅんがいない時に、こっそりとにこに生まれる前のことを覚えているかと訊いてみました。
どうもその言葉が理解できなかったようで、今日は答えは得られませんでした。
この年齢だと、たぶん前世のことを覚えている可能性が高いです。
それに、にこは時々、あらぬ方向をじっと見ていることがあります。
節子やチャッピーが見えているのかもしれません。
しかし最近だんだんそういう視線が少なくなってきました。
早く聞きださないと忘れてしまうかもしれません。
2歳の孫を見ていると、人間の素晴らしさを感じます。
それを節子に体験させることができなかったことが残念で仕方ありません。
節子は、しかし、自分の娘たちでそれを体験していたのかもしれません。
でも、もしかしたら、その余裕はなかったかもしれない。
いずれにしても、私もこの孫が、大人になる前に別れることになるでしょうが、一番いい時に付き合える幸せに感謝しなければいけません。
娘にも感謝しなければいけません。
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