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2018/05/23

■節子への挽歌3866:時にぼやきたくなります

節子
最近、朝の目覚めの時に、なんとはない不安感におそわれます。
不安というよりも、虚無感というべきかもしれませんが、なんとなくすっきりしなくて、そのまま節子の位牌の前でぼやくこともあります。
最近心を改めて、この挽歌では、できるだけ前向きに書こうと思いながらも、時にぼやきたくなることがあります。

たぶん同じような状況から抜け出られないままの人も少なくないと思いますが、思考が弱まった時に、そういう状況に気づきます。
以前は楽しかったことが、楽しくない。
いや楽しいのですが、どこかが違うのです。
なにか核が抜け落ちたようで、楽しいのに楽しくない。

節子がいた頃はどうだったでしょうか。
朝目覚めると、今日は何をやろうかという思いでワクワクする。
いまも、今日は何をやろうかとは考えますが、なぜかわくわくしない。
そのままだと滅入ってしまうので、節子の位牌に向かった、後に遺された大変さをぼやくわけです。
他の人にはあんまり知られたくないですが、わかってもらえる人にはむしろ知られたいという、これまた奇妙な気持ちなのです。

きょうもついついぼやいてしまった。
10年以上たっても、まだこのありさま。
困ったものです。

さて今日はがんばろうと思って、電話を見たら留守電や不在着信がいくつか入っていました。一人に電話したら、出た途端に、「遅い!」と叱られました。
その一声で、今日もまたはじまりました。
こうして、もう11年近くがたったわけです。

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