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2018/05/02

■節子への挽歌3839:農作業の合間

節子
5日続けて畑の開墾作業をしていましたが、今日は、湯島に来ています。

午前中は、弁護士事務所にいました。
まさか私が裁判の当事者になるとは思ってもいませんでしたし、友人の弁護士からも、あなたは裁判には向いていないと言われていましたが、なぜか裁判の当事者になっていました。
最初は被告になりそうだったのですが、弁護士に相談したら、むしろこちらから訴えるべきだと言われたのです。
相手の不当利得を放置するのは、社会的にもよろしくないというような指摘を受けて、形式上の原告ではないのですが、もう一人の「被害者」と一緒に訴訟に踏み切ったのです。
弁護士費用を工面するのも大変でした。

この事件を通して、私が学んだのは、善意は必ずしも相手には伝わらないということです。
それに、自分の行為を「善意」と考えることの傲慢さも学びました。
人はみんな自分の考え方の枠内で考えますから、自分が思いもしないことは理解しようがないのです。
ですから、逆に善意が疑われ、悪意にとられかねないのです。
いや、実際に、相手にとっては「悪意」だったかもしれません。

他にもたくさんのことを学ばせてもらいました。
あまり気持ちのいい体験ではないのですが、学ばせてもらったことは多いです。
しかし正直に言えば、早く解放されたいという気分です。
裁判は争いではないのでしょうが、それでも相手の嫌な部分がどうしても見えてきます。
それは同時に、私自身の嫌な部分への気づきにつながります。

とても誠実な信頼できる弁護士なのですが、裁判とは別のことで友人になりたかったものです。

話し合いの後、久しぶりに湯島に来て、植物に水をやり、これからまた今度は会社の社長と会います。
多忙な方なので、休中に会えればと思っていましたが、今日になってしまいました。

大型連休ですが、その前後1週間を含めて、今年は湯島のサロンをひとつも入れませんでした。
1か月近くサロンを開催しないのですが、勢いをつけていないと息切れしてサロンもしくなりそうな不安があります。
そういう活動よりも、無為に土を耕し、笹竹を刈り取り、畑を開墾する活動のほうは、私には向いているかもしれないという気さえします。
今年の連休は、たぶん生まれて初めてといっていいほど、一人に時間が多いです。
ということは、考える時間も多いということです。

日本人に、いま必要なのは、お休みではなく「考える時間」のような気がします。
国民祝日に「考える日」をつくるべきですね。
よく考えるとよい人生が始まるかもしれません。
連休が終わったら、たぶん私の人生は「より善い」ものになるでしょう。
性格も、もう少し善いものになるかもしれません。
自分のことをいろいろと考えると、いかに自分の性格が「悪い」かがわかりますから。

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