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2018/05/22

■節子への挽歌3865:死の不幸は遺された人の不幸

節子
訃報が届きました。
節子の友だちの倉敷のTさんのパートナーです。
病院関係のお仕事をされていて、私も何回かお会いしています。
活動的なご夫婦でしたので、おふたりでよく旅行もされ、わが家にもご夫妻で来てくれたこともあります。
お似合いの、カップルでした。

最近、有名人の訃報も多いです。
私自身は、訃報にはあまり感ずることはなくなってきていますが、ひとりの人の死は、その周りにたくさんの物語を生み出していることでしょう。

朝丘雪路さんもなくなりましたが、夫の津川雅彦さんが、自分の方が先に逝くのではなくてよかったと話していました。
津川さんも、本当は自分が先に逝きたかったでしょう。
でも朝丘さんの状況を考えれば、津川さんの思いはよくわかります。
いいご夫婦だったのでしょう。

どちらが先に逝くかは、夫婦に限らず、とても大きな意味を持っています。
訃報を「ご不幸があった」などと表現しますが、あれは「残された人の不幸」を言っているのであって、亡くなった方のことではないことに最近気が付きました。
だれもが避けられない死は不幸ではありません。
不幸なのは、「順番を違って、先に逝かれてしまうこと」なのでしょう。

私も、順番と違って、遺されてしまいました。
その「不幸な死」方、まだ抜けられずにいます。

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