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2018/05/28

■節子への挽歌3873:水と火

節子
前の記事で、水が「いのち」を支えていることを書きましたが、それで思い出したのが、ゾロアスター教のことです。
ゾロアスター教は「拝火教」とも言われるように、火を使う祭儀が多いと聞いていましたが、最近ゾロアスター教に関する本を3冊ほど読んだら、どうも私の理解はかなり偏っていたことを知りました。
もちろん火も大切にされていますが、火と並んで「水」もまた祭儀の主役だったようです。

ゾロアスター教の発祥は先史時代だそうですが、当時、雨の少ないステップ地帯で、生きていくために必要だったのが「水」と「火」だったわけです。
原インド・イラン語族は、水を「アーパス」という女神たちとして凝人化して、祈りを捧げ献水をしたそうですが、そうした献水は、外に流出してしまった生命力を、再びその元素のうちにとりもどして、それを清浄かつ豊かにするものと信じられていたそうです。
この辺りのことは、知れば知るほど、面白い世界です。

わが家のリビングのスパティフラムは、時々水を欠かせてしまうと見事にしなだれてしまいますが、水をやるとまもなくシャキッとします。
植物と付き合っていると、水の大切さがよくわかります。
むかし、ある人に「土は生き物ですよ」と言われてから、庭の花に水をやる時に、花を植えていない植木鉢にある土にも必ず水をやるようにしています。
土はもちろんですが、石もまた生きているのかもしれません。

水や火が、「いのち」を支えている。
しかし、時に、その水や火が「いのち」を奪ってしまう。
「いのち」を支えるものが、「いのち」を奪うものでもある。
そう考えると、世界の面白さへの想像が広がります。

今日はちょっと時間破産と過労を口実に、畑に水やりに行きませんでした。
野菜や花が元気でいてくれるといいのですが。

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