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2018/05/02

■節子への挽歌3838:救いが欲しい時には誰かを救いたくなる

節子
5日間の畑開墾作業のため、いたるところがかゆくなってきました。
これは、ダニかかぶれかのいずれかですが、いずれにしろかゆくてやりきれません。
やはり服装をしっかりとしないといけません。

今日は、朝、水やりに行こうと思いましたが、さぼってしまいました。
今日は広尾まで出かけねばいけません。
楽しい用事ではなく、心が萎える用事です。
関係者もいるので、ここには内容は書けませんが、ともかく私にとって一番苦手のことなのです。
節子が元気だったら、こんなことには巻き込まれなかったでしょうが。
まあ言い訳かもしれませんが。

人は「救い」が欲しいことがあります。
そして、そういう時に、誰かが「救い」を求めていると、ついつい判断を過ちます。
救われるべきは自分なに、誰かを救うことで、問題をすり替えてしまうのです。
それがいい結果を生む場合もありますが、時に禍になってしまうこともある。
私の場合、そのいずれも体験していますが、今日の用件は禍になってしまった事例です。
それもかなり深い禍です。

救いを求めている時に、誰かを救うことで、自らも救われることもあります。
むしろそちらの方が、多いでしょう。
しかし私の場合、2~3回、自分自身を奈落の底に落とされてしまったことで、かなり臆病になってしまっています。
他者にも、人を救うことが自らの救いになると言いたいのですが、それが素直に言えなくなっているのです。
はやくこの状況から抜け出なければいけません。
今日はそのための、悩ましい1日でもあります。

農作業がいかにいいものかを改めて感じます。
自然は素直に報いてくれますし、素直に罰してくれます。
その素直さが、人間にもまた戻ってきてほしいです。


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