« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »

2018年6月

2018/06/29

■カフェサロン「相模原事件をどう超えていくか」のお誘い

7月26日をどう超えていくか? みなさんで話し合える時間があるといいなと思う、と増田レアさんから、メールをもらいました。

7月26日は、2年前に神奈川県相模原市の障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で利用者の大量殺傷事件が起きた日です。
加害者の元施設職員の「重度障害者は死んだ方がいい」という言葉は衝撃的でした。
その言葉をめぐって、いまもなお「話し合いの場」がいろんなところでもたれています。
湯島サロンにも参加してくれている古川さんたちも、この事件を契機に「選別を考える」という会を立ち上げ、対話の会を続けています。
2年近く経ちましたが、この事件の問いかけは忘れるわけにはいきません。

増田レアさんは、日本における障害者自立思想の源流となった、脳性まひの人たちのコミューン「マハラバ村」をつくった大仏空さんの娘さんですが、自らもそのコミューンで子ども時代を過ごしました。
一度、マハラバ村の話をしてもらったこともありますが、増田さんがこの事件をどう受けとめているかも含めて、私も増田さんと一度話したいと思っていました。

事件から2年たった今、改めてこの事件からのメッセージをどう受けとめたかを話し合えればと思います。
最初に増田レアさんに、ちょっと口火を切ってもらい、みんなで本音の話し合いができればと思います。
平日の夜ですが、よろしくお願いいたします。

○日時:2018年7月27日(金曜日)午後6時半~9時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「相模原事件をどう超えていくか」
〇問題提起:増田レアさん(マハラバ文庫主宰)
○会費:500円
○申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■5月縁カフェのご案内

5月の「縁カフェ」は7月2日です
また開店時間を12時から4時。
ほかは変わりません。
コーヒーは相変わらずワンカップ500円です。
コーヒー代金は縁カフェ基金(使途未定:現在高8000円)に収めます。
主旨などは前回の案内をご覧ください。
サロンではないのでご注意ください。
http://cws.c.ooco.jp/info1.htm#1802071

〔ご案内〕
○日時:2018年7月2日12~16時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/28

■節子への挽歌3911:節子の好きそうなお店で食事しました

節子
今日はユカに頼んで、私のシャツを買いに行きました。
節子がいなくなってから、衣服はめったに買わなくなりましたが、だんだん着るものがなくなってきました。私とちょいちょい会う人は気づいているでしょうが、いつも同じような服を着ています。
それもユニクロで買った1000円もしないTシャツが多いのです。
これはたぶん節子がいなくなってから買ったのだと思うのですが、繰り返し来ているので、破れてはいませんが、いかにも古いという感じです。
それで今日はユカについて来てもらい、3枚Tシャツを買ってきました。
みんな1000円です。
もう少しきちんとしたものを着てよと長年家族から言われていますが、私の好みはありません。
無地のTシャツでなければ着る気がしないのです。
ブランドマークやキャラクター入りのものなどは私には着る気は全くありません。
ポロシャツも好きではなく、ただ無地で地味なTシャツだけなのです。
困ったものです。

ついでに魚屋さんが併設しているところで昼食を食べました。
活気に満ちたお店で、新鮮な刺身などが食べられます。
ユカが、お母さんが好きそうなお店だねと言いました。
たしかにそうです。
おろし市場に併設しているような、産地直結の雰囲気のあるお店です。
それも安くて、私が頼んだスペシャルセットは山盛りのお刺身に焼き魚と煮魚がついていて、なぜかアジのフライまでついていました。
マグロのアラを煮出したお味噌汁はお替り自由でした。
私はとても食べきれず、ユカに手伝ってもらって、何とか大きくは残さずに済みました。
そういえば、節子も私も大して食べられもしないの、こういう雰囲気の店は大好きです。

食べ過ぎたので、今日の夕食はトウモロコシ1本だけにしました。
夜中に空腹で目が覚めなければいいのですが。

ちなみに今日は、手が痛くて畑には行けませんでした。
無茶をしてはいけません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「九条俳句訴訟をどう思いますかーこれからの社会教育を考える」報告

「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」という俳句が引き起こした訴訟事件を材料にして、社会教育や市民活動のあり方を考えるサロンには、平日の夜にもかかわらず、13人の参加がありました。
この事件の概要に関しては、案内文にも書きましたが、先月出版された「九条俳句訴訟と公民館の自由」(エイデル研究所)に詳細な報告があります。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#180513

今回は、九条俳句訴訟市民応援団の世話人でもある佐藤一子さんにお話をしていただいた後、参加者で話し合いました。
佐藤一子さんは、50年以上、社会教育に取り組んでおり、湯島のサロンの参加者の中にも、佐藤一子さんの影響で社会教育に興味を持ったという人も少なくありません。
訴訟に関わってきたお立場からていねいに事件と訴訟の話を紹介してくれた後、「社会教育の公共性の意義をどうとらえるか」、そして「問題の背景、本当の原因をどうとらえるか」という問いかけを参加者に投げかけました。
そこから話し合いが始まりました。

話し合いは「社会教育」という言葉を初めて知ったという発言から始まりました。
その方は社会の問題にとても関心が深く、ご自分でも様々な活動をされている方ですが、そうした方からの思ってもいなかった発言に私自身目を覚まさせられた気がしました。
また逆に、この分野に造詣の深い北本市の市会議員の方が、公民館の始まりから現状まで、そしてこうした事件に対する行政や教育委員会などの対応の制約などを、とても具体的に話してくれましたが、これまで腑に落ちなかったことのいくつかがわかったような気がしました。
サロンには、いろんな立場の人が参加してくれますので、問題の見え方がとても豊かになります。

この事件を授業で取り上げたという看護専門学校の先生が、学生たちの反応を資料にまとめて報告してくれました。
憲法の意味も含めてきちんと情報を提供し話し合うことで若い世代の人たちがしっかりした評価をし、問題を的確に深めていくことが示唆されていたように思います。

現在この事件は地裁、高裁と住民側が勝訴していますが、行政側が最高裁にまで持ち込んでいます。
最近の裁判の風潮を考えると最高裁での原告敗訴が心配で、日本の社会はもうそこまで来てしまっているという懸念も数名の方から表明されましたが、そうであればこそ、この問題をもっと広い範囲で取り上げていくことが必要だと改めて思いました。
万一最高裁で逆転敗訴になったら、それこそそれを材料に動きを広げていかねばいけません。
学校教育での日の丸・国歌の話題も出ましたが、教育は「国民」の思想形成を通して、国家の未来を方向づけていきます。

この、もしかしたら事件にならなかった問題の意味をしっかりと受け止めて、社会への大きな警告へと高めてきたのは、この俳句の詠み手と俳句サークルの代表代行の方に依るところが大きいと佐藤一子さんは話されました。
お2人とも戦争体験にもつながっている高齢の女性ですが、その子とは偶然ではないでしょう。
また、佐藤一子さんは、俳句という活動を通して社会を捉える感受性を高めてきたことの意義にも言及されました。
とても共感できます。
経済活動にばかり目を向けていては、そうした社会性や批判精神は育ちません。
そこにこそ「社会教育」の本質はあったはずですが、いまはむしろその逆方向へと向かっているようにさえ思えます。

やはり「茶色の朝」シリーズのサロンを広げていければと思います。
「九条俳句訴訟」をテーマにしたサロンも、みなさんのまわりでもぜひやってみてください。
もしお手伝いできることがあれば、協力させてもらいます。

今回は元教師や社会教育、あるいは学童保育などに取り組んでいた研究者や実践者も複数参加してくれました。
いつもよりも長目に時間を取っていましたが、やはりそれでも終わりませんでした。
たくさんの刺激と宿題をもらった気がします。
8月には「学校教育」を取り上げたいと思っていますが、どなたか問題提起をしてくれませんか。


Kujousalon180627


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■カフェサロン「日本は核武装するべきか」のお誘い

今回はちょっと刺激的なテーマでのサロンを開催します。
「日本は核武装するべきか」というテーマです。
雑誌「文藝春秋」の7月号で、フランスの歴史学者のエマニュエル・トッドが、「日本人のタブーを親日外国人の立場で敢えて言う」と出して「日本は核を持つべきだ」という提唱をしています。
エマニュエル・トッドといえば、かつて、ソ連崩壊や英国EU離脱、あるいはトランプ当選などを次々に「予言」してきた人です。
そのトッドが、「日本は核を持つべきだ」と文芸春秋に寄稿したのです。

トッドは同論文でこう書いています。

東アジアには、中国と北朝鮮の2つの核保有国が存在することになります。
核を持たない日本は、2つの核保有国に隣接することになるのです。
このように言うと、すぐに「日本は米国の核の傘に守られている」と思われるかもしれませんが、私が問いたいのは、本当にそう言えるのか、ということです。(中略)
核は例外的な兵器で、これを使用する場合のリスクは極大です。
ゆえに、核を自国防衛以外のために使うことはあり得ません。
例えば、中国や北朝鮮に米国本土を核攻撃できる能力があるかぎりは、米国が、自国の核を使って日本を護ることは絶対にあり得ない。
米国本土を狙う能力を相手が持っている場合には、残念ながらそのようにしかならないのです。
要するに、「米国の核の傘」はフィクションにすぎず、実は存在しないのです。
(中略)
核とは戦争を不可能にするもの
第二次大戦以降、欧州で大きな戦争が起こっていないのも、核の存在のおかげです。

そうした認識を踏まえて、トッドは日本の核武装を提唱しています。
みなさんはどうお考えでしょうか。

私の周りには、「わが意を得た」という人も「裏切られた」という人もいます。
私自身は、「いまさらなんだ」とトッドの陳腐な小論には興味はないのですが、でもせっかくの機会ですので、改めて「日本核武装論の意味」を話し合ってみたいと思います。
併せて「原発核兵器論」も話せたらと思いますが、まああまり欲張らないほうがいいかもしれません。

核武装賛成論者も反対論者も、参加してもらえるとうれしいです。
湯島のサロンの特徴の一つは、意見のまったく違う人の意見にも触れることです。
それによって、自らの考えを相対化できることの意味は大きいです。
でも、異論はぶつけあって、激論することは歓迎です。
但し、サロンですので、相手の意見も尊重して、過剰に傷つけ合うのは避けたいです。
なお、できることならば、事前に「文藝春秋」のトッド論文に目を通しておいていただければうれしいです。

○日時:2018年7月14日(土曜日)午後2~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:「日本は核武装するべきか」
○会費:500円
○申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/27

■節子への挽歌3910:気怠い昼下がり

節子
今日は真夏のようです。
久しぶりに朝早く家を出て湯島に来ました。
9時からの来客があったからですが、久しぶりに通勤時間の電車に乗りました。
ところが生憎事故があり、電車は遅れ、湯島に着いたら来客はドアの外で待っていました。
久しぶりです。

午後は夕方まで来客はなく、湯島で一人で過ごしました。
なぜか昔見たミケランジェロ・アントニオーニの映画を思い出しました。
まさにあんなけだるい暑さです。
残念ながら映画と違うのは、一人で過ごしていることですが。
途中で気がついて、冷房をかけ出しました。
生き返った気がしますが、なんだか退屈になってきました。
退屈な昼下がりよりも、気怠い昼下がりのほうがいい気がしますが、一度、冷房の中にいると元には戻りたくなくなり、そうしたら何か仕事をしたくなり、パソコンに向かいました。
こうやってみんな労働者になっていくのでしょうか。

暇なので武田さんに電話しました。
暑いのに畑仕事かといわれました。
彼は口が悪いので、奴隷のような小作人生活で無理して死なないようにと言ってきました。
私の葬式には出たくないからというわけです。
お金の奴隷よりは平安だと応えました。
また核武装論や政治問題に関して、超長電話になりそうだったので、切り上げました。

さてやることも底をつきました。
4時過ぎには来客がありますが、まだ時間があります。
珈琲はもう5杯も飲みました。
アイスクリームを食べたいのですが、買いに行くには外が暑そうすぎます。
さて電話でもかかってこないでしょうか。

手持無沙汰のこういう時間が、実は私はとても好きなのです。
節子が隣にいたら、もっといいのですが。
こういう時間を節子と一緒に過ごせなかったのが、とても心残りです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3909:風の声

節子
風の声に目が覚めました。
わが家は、節子も知っているように、「風の道」に当たっているようで、南風が強く当たります。
強風の時は怖いほどです。
今日はさほど強い風ではないのですが、風音だけが時々強くなります。

自然は生きていて、意識さえも持っていると、私には感じられます。
そして、その自然と自分の心身がつながっているとも感じます。
今朝の自然は、何を怒っているのでしょうか。
祝いの風ではなく、怒りの風であることは、間違いありません。
昨日は鏡面のようだった手賀沼の湖面が、今朝はさざ波だっています。

最近、わけのわからない事件の報道が増えています。
昨日も若者が交番を襲い、警官を刺殺し、拳銃を奪い、その拳銃で小学校に押し入り警備員を銃殺した事件が起きました。
毎日のように、人が死ぬ事件の報道に接していると、心が病んでくるようで、できるだけテレビや新聞は観ないようにしていますが、どうしても目に入ってきます。
人が人を殺せるという事実が、私にはまったく理解できません。
人ではなくなっているのでしょうか。

その一方で、はしゃぎまくりサーカー報道を見ていると、これまた気持ちが萎えてきます。
私にはまったく理解できないような奢侈な暮らしぶりの報道も少なくありません。
企業経営者や有名スポーツタレントが何億という年収を得ているという話にも違和感があります。
これも私には、人とは思えません。

世界はどうなっているのか。
風の声には、その怒りを感じてしまうのは、私の最近の不幸な精神状況のせいでしょう。
どうもこの数日、身心が疲れ切っている気がします。
2日間、畑仕事もしていたのですが、精神の安定は取り戻せていないようです。
些細なことに心の中の邪悪なものが反応してしまい、人がまた嫌いになりだしていくような気がします。
節子への挽歌をまた数日書かなかったためかもしれません。
因果は立場を逆転し、時間を循環させるもののようです。

風の怒りは、まだ静まっていません。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/24

■カフェサロン「柳兼子をご存知ですか?」報告

民藝運動を起こした柳宗悦の伴侶で、声楽家としても有名な柳兼子をテーマにしたサロンは、16人が参加しました。
話題提供者は、我孫子在住の海津にいなさん。
海津さんは30年ほど前に千葉県の我孫子に転居してきましたが、かつてそこに住んでいた白樺派の人たちの活動に関心を深め、今はどうやらすっかり柳兼子さんにほれ込んでしまっているようです。
数年前から、柳兼子を主人公にしたNHK朝ドラを実現したいと考えています。
今回のサロンも、そうした思いも会って、改めて柳兼子の魅力を多くの人に知ってもらうきっかけになればということで開催しました。

柳夫妻は、我孫子には7年ほど住んでいましたが、柳夫妻の縁で、当時の我孫子には白樺派の文人たちが集まってきていました。
柳宗悦は民藝運動の創始者として有名ですが、柳宗悦を支えたのは伴侶の兼子であり、また宗悦の思想を実践していたのは兼子であると言われています。
兼子は、本場のドイツでも聴衆を驚愕させたようで、「声楽の神様」とさえ言われ、85歳まで公式のリサイタルをつづけていたそうです。
柳兼子は、まさに今の日本において、見直される人だと海津さんは考えていますが、たぶん今回のサロンに参加した人はそういう思いを持ったのではないかと思います。
NHK朝ドラにするとしたら、こういうのがいいという提案も参加者から2つも出ました。

白樺派と言えば、文芸活動というイメージを持っている人も多いと思いますが、その底にある理想主義や人道主義を踏まえた社会活動の側面はなかなか伝わっていません。
柳宗悦の民藝活動も、生活文化のなかに「用の美」を見出すというような美術活動の側面に焦点が当てられ、声楽と言えば、これまた芸術活動と考えてしまいますが、白樺派にしろ民藝運動にしろ、そして柳兼子の声楽活動にしろ、もっと広い社会性を持ったものだったようです。
今回のサロンでは、海津さんはそういう広がりを意識しながら、さまざまな「テーマ」を示唆してくれました。
途中で、柳兼子の80歳を超えた時の歌声も聴かせてくれました。
その声の力に驚きました。
ただし、私がとりわけ興味を持ったのは、レオナルド・ダ・ヴィンチとのつながりです。

海津さんのもう一つのメッセージは、戦争に向かって全体主義化が進んでいた当時の時代状況のなかでの兼子や白樺派の人たちの動きです。
私たちが、いまそこから学ぶことはたくさんあります。
これもサロンでは少し話し合いがありました。

沖縄在住のジャーナリストでもある緒方さんや日本韓国・朝鮮関係史研究会のメンバーの方も3人参加してくれました。
沖縄や朝鮮とのつながりも柳夫妻の活動の本質を示唆してくれています。
ほかにも参加者からも興味ある話が紹介されました。
今回は柳兼子の入り口だけでしたが、たくさんのテーマがちりばめられていたような気がします。
海津さんのフットワークのいい調査と自由な想像力に裏付けられたとても面白い発表でした。

これを契機にして、海津さんに「柳兼子研究会(仮称)〕の立ち上げと柳兼子我孫子ツアーを企画してもらおうと思います。
関心のある方はご連絡ください。
また当日配布された、海津さんのレジメ「手賀沼湖畔で大発展した白樺派と柳兼子」をご希望の方はご連絡ください。
海津さんの了解を得て送らせてもらいます。

ところで、柳兼子を主人公にしたNHK朝ドラの実現に力を貸して下さる方がいたらぜひよろしくお願いします。
面白いものになることは、間違いありません。

Kaneko


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■第1回「有機野菜の旬を楽しむ会」報告

霜里農場の金子友子さん主催の「有機野菜の旬を楽しむ会」がスタートしました。
金子さんご夫妻がやっている埼玉県小川町の霜里農場は、全国から有機農業を志す人たちの学びの場です。
http://www.shimosato-farm.com/
そこから巣立っていた人たちを毎回、ゲストにお呼びし、そこでできた旬の野菜を味わいながら、有機農業や私たちの生き方をちょっと考えてみようというサロンです。
隔月くらいで開催、時には農場を見に行く企画も金子さんは考えています。

第1回目は、船橋市で山田農場を経営している山田勇一郎さんに来てもらいました。
定員の15人を超える参加者がありました。
まだ0歳の乳幼児を連れた若い夫婦の方が参加されました。
湯島サロンの最年少記録が更新されました。

話はまず山田さんの農場の様子の紹介から始まり、ついで「有機農業」に関するわかりやすい説明がありました。
「有機農業」という言葉をなんとなく使っている人も多いと思いますが、山田さんと金子さんの話で、その意味がよくわかりました。
山田さんの有機農業は、科学的な知見を大事にしています。
今回は「光合成」の仕組みから説明してくれたのですが、私などは光合成そのものの意味さえきちんとわかっていなかったことを、恥ずかしながら、この歳になって知りました。
また、有機野菜を「安全性」という視点で捉えていましたが、むしろポイントは「おいしさ」にあるということにも気づかせてもらいました。
その「おいしさ」がどこから来るのかも教えてもらいました。
そして大切なのは、昔よく言われた「作物をつくるのではなく土をつくるのだ」ということを思い出しました。
工業型の農業とは全く違う、もっと大きな「科学性」がそこにはあります。
大げさに言えば、自然科学もそろそろ枠組みを変えるべき時期に来ています。

山田さんが10年かかってつくりあげてきた山田農場の、事業としての、「起業」と「経営」の話もとても示唆に富むものでした。
新規就農されたい方は、ぜひ山田さんのところで一度、教えを乞うといいと思います。
山田さんのところでは、講座もやっているようですが、農法だけではなく、実践的な経営の話も聞けると思います。

農業の持つ「教育力」や「福祉力」は、湯島でも時々話題になりますが、今回は、農業に取り組むことで「経営力」が身につくことに気づきました。
改めて「農営」や「農法」ということを考えなすべき時期かもしれません。
安直な「儲かる農業発想」ではなく、自らの生き方に重なるような農業の可能性を改めて考える時期に来ているようにも思います。
山田さんの実践は、そうした視点で大きな示唆を与えてくれているような気がします。

そういえば、金子さんが、農法に込められた日本古来の知恵についても言及され、有機農業はそうした知恵を再発見していくことだというようなことを話されていたのに共感しました。

ほかにも、たとえば堆肥づくりとか土壌づくりなど、実際の有機農業に関する話もありましたが、いろんな意味で、いろんな発見のあるサロンでした。
話の後、山田農場の新鮮野菜(今回はトマト、キュウリ、トウモロコシ)を味わいました。
今朝もぎたてのトウモロコシを生で食べさせてもらいましたが、ほとんどの人が初めてだったと思います。
参加者が多かったので、分かち合いになりましたが、これも実によかったです。
最後は、みんなお土産に野菜ももらいました。

次回は8月25日の予定です。
米作りをやっている有機農業実践者がゲストの予定です。
Yuukiyasai180623


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/23

■節子への挽歌3908:脳梗塞に注意しましょう

節子
ちょっと時間ができたので、遅れを取り戻すために今日はもう一通。

一昨日、新潟のKさんが湯島に久しぶりに来てくれました。
昨年末に奥さんが入院、その後、大雪で大変だったようで、血圧が一気に上昇。
脳梗塞の危険性があるので、遠出は医師から止められているようです。
しかし、だいぶ元気になったので、大丈夫かどうか試そうと思って、上京したのだそうです。
Kさんもかなり無茶をしますが、それはKさんの自動車の運転ぶりを見ればよくわかります。
しかし、どうも今回は体力的に答えた様子で、湯島に来た時には疲れ切っていました。
東京は何しろ階段も多くて、移動だけでも疲れます。
いつも約束の時間の30分前に来るので、待たせてはいけないと思って、1時間近く前に湯島に着いていたのですが、一向に現われなかったのは、どうも体力のせいのようです。

それでも1時間ほど話しているうちに元気そうになりました。
Kさんは来るといつも節子のことを話します。
私よりも年上なのですが、滅入った時の湯島のようです。
こういう人もいてくれるので、湯島は閉じるに閉じられないわけです。

脳梗塞と言えば、私もいささか注意しなければいけません。
血圧はかなり高いですが、薬を飲むと副作用が出るので、基本的には飲まないようにしています。
最近、なんとか上の方は少しですが下がってきましたが、下は相変わらず高いのです。
170/90に収めたいのですが、なかなかうまくいきません。
畑仕事や酢たまねぎでなんとかがんばっていますが、脚の運動や呼吸法は最近ちょっとさぼり気味です。
自分の身体といえども、自分の意志では何ともならないのは不思議なことです。
節子は、もっと自分の身体が自由にならなくて大変だったでしょう。
しかし節子は愚痴をほとんどこぼしませんでした。

Kさんは、私の活動に共感して下さり、新潟でもいろんな試みに取り組んでくれましたが、最近そうした活動が思うようにできないことを気にされています。
でも無理をしてまで活動をすることは、私の主旨には合いません。
無理をしてまでやるのは、人生の主旨にも合いません。

みんなもっとゆったりと生きればいいのにと、いつも思います。
自分でも、なかなかそうはいかないのですが。

なにやら最近時間がなくて、暇を楽しめなくなっています。
困ったものです。
本当は暇なはずなのですが。
それと、どうも私も脳梗塞に注意したほうがよさそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3907:農業は良い人を育ててくれます

節子
雨のため行けなかった畑に、昨日夕方行ってきました。
道沿いの花壇作りをしていたら、犬の散歩で通った人が何を植えているのですかと話しかけてきました。
少し話していたら、後ろの畑もやっているのですかと訊いてきました。
そして、トマトを作ってくれたら買いに来ますと言いだしました。
まあ売れるほどにはとてもなりませんが。

そこで思いつきました。
誰でも収穫できる畑というのはどうでしょうか。
もしトマトがなっていて、それを食べたいと思う人がいたら、自由に収穫してもらう。
無料ですが、代わりに収穫に見合う作業、たとえば草刈りなどをしていくというわけです。「コモンズの幸せ」が私のライフテーマの一つですので、その実験の場にできるかもしれません。
道沿いの花壇も、うまく花が咲いたら、そこも自由にとっていくのもいいかもしれません。
以前、百日草がきれいに咲いていた時に、やはりその花はなんですかきれいですねと言われましたが、綺麗だと思った人には自由に持って行ってもらい、代わりにそこにまた種をまいて行ってもらうというのはどうでしょうか。
そうなれば、私の手もかからなくなります。

節子が闘病生活をしていた頃、花壇のところに散歩している人がちょっと休めるようなベンチを置こうと思ったことがあります。
実現できませんでしたが、節子がいたらいろんな試みができた気がします。
私はアイデアは出てきますが、実行力が欠けています。
節子だったら、きっと何かをしてくれたでしょう。

畑も花壇も、少しだけそれらしくなってきましたが、まだ花も咲きださず、収穫はできていません。
なにしろ土壌がよくなくて、水はけが悪いのです。
昨日も1時間以上、草刈りをしていましたが、何しろ根っこを張った笹竹が多いので、大変です。
でも今回は自分でも驚くほど頑張っています。
今年はともかく、来年は大収穫が期待されます。

今日は湯島で、専門の有機農業に取り組んでいる人に来てもらって、有機野菜の旬を楽しむ会をやります。
いつか私も野菜を提供できるといいのですが。
畑をやっていると、収穫物はみんなの物(コモンズ)だという気がしてきます。
農業をやっている人は、あんまり私的所有概念は育たないでしょう。
だからみんな良い人ばかりなのです。
私もだいぶ良い人になってきているような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/22

■節子への挽歌3906:「元気をもらいました」

節子
兄と食事しました。
また大論争になってしまい、最後はお互いを反省して、なかよくわかれました。
家族や元家族は、どうもうまくいきません。
家族よりも、血縁のない人との関係の方が平和かもしれません。
私たち夫婦も、よく喧嘩しましたから。

私は、家族に限らず、言いたいことを言いすぎるほどいうので、いつも話し終わって別れた後、反省します。
しかし、その一方で、すべてを話してしまうとなんだかすっきりします。
それが大切なことなのかもしれません。
私たち夫婦は、私は最初からですが、最後はお互いに好きなことを何でも言い合える関係になっていました。

湯島にやって来る人の中には、来るなり自分の関係の話を話しだして、口をはさむのが難しいようなことも少なくありません。
そういう人は、ひとりできますが、1時間ほど話すと、なにやらほっとした感じで、話したことの弁明を少しします。
たぶん他のところでは話しにくいのかもしれません。
今月来たそういう人は、みんな遠方の人です。
自分の生活圏とはかなり遠くにいる私であればこそ、話しやすいのでしょう。
それに私は記憶力があまり良くないので、話を聞いても忘れてしまうのです。

私がその話を聞いてもほとんど何の意味もありません。
たぶん相手の人も、それは十分認識していますし、だからこそすべてを放(話)せるのです。
職場の話もあれば、家族の話もある。
かなり微妙の話も少なくありません。
自分の話もあります。
話終わった後、必ずいう言葉があります。
「元気をもらいました」
人は心の中にある、あんまり消化できないでいることを、そのまま心の外に吐き出すと元気になるのかもしれません。

私も時に、そういう放すための話も必要です。
それが昔は、節子との会話でした。
いまはもしかしたら、その矛先の一つが兄かもしれません。
あるいは、最近は畑作業かもしれません。

畑はだいぶ整ってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/20

■節子への挽歌3905:読書に耽っていました

節子
今日もまた寒い雨の日です。
大阪の地震の被災地は、雨がひどいようで心配です。
幸いに私の友人知人は、大きな被害はなかったようですが、もちろん無傷だというわけではないでしょう。
大きな被害がなければいいのですが。

昨日の挽歌に書いた「ティール組織」という本ですが、今朝から読みだしました。
読みすすめたら、面白くなってきました。
私の生き方や組織観、あるいはコムケア活動の時に考えていた発想と重なっています。
自分自身で体験したこともあることなので、途中からはいつものように速読が可能になりました。
今日は半分のほぼ300頁を読み終えました。
世間はサッカーで湧いていますが、私は読書三昧でした。
さすがに疲れました。

この本は、歴史に即した生き方や組織のパラダイム進化を基軸にしています。
その流れは、「衝動型」「順応型」「達成型」「多元型」、そして「進化型」です。
私の生き方は、かなり「進化型」だと思いますが、同時に「衝動型」の側面もかなりあります。

ちなみにこの本の原題は“Reinventing Organization”です。
reinventは再考性とか再編成というような意味ですが、「脱構築」と言ってもいいような気がします。
そうであれば、会社を辞めてから雑誌に連載した「脱構築する企業経営」とつながっていきます。
あの頃、もう少しきちんと企業論に取り組んでいたら、少しは世の中のためになったかもしれません。
いかにも怠惰に安直に生きてきてしまいました。

そういえば、本書には、オランダのビュートゾルフの事例が紹介されています。
地域福祉に取り組む市民組織(NPO)ですが、これはまさにコムケア運動の理念そのものと同じです。
私もその頃はまだ「構想力」があったような気がしますが、最近はすべて枯れ果ててしまい、いま構想するのは、畑の作付構想くらいです。
そういえば節子もよく、駅前花壇の花の植え付け構想を描いていました。
私もようやく節子の地点にたどり着いたのかもしれません。

明日は用事が目いっぱいの上に、週末は連続でサロンもあって、本は読めませんが、今月中には600頁のこの大著を読み終えないと、図書館に返さなければいけません。
今日は順調でしたが、いささかの不安があります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/19

■節子への挽歌3904:梅雨の合間の晴れの日はいいものです

節子
昨日、夕方、畑に行ったのですが、少し頑張りすぎて、また右手が動きにくくなってしまいました。
畑に行くとどうしてもがんばりすぎてしまいます。
なぜかはわかりませんが。

今日は、梅雨の合間の晴れで、青空の見える朝です。
また畑に行ってしまいそうですが、無理をしないようにしなければいけません。
それにしても気持ちのいい朝です。

企業にまた関心を持ち出したこともあって、経営関係の本を読もうと思います。
最近、話題になっている「ティール組織」という本です。
本文だけでも500頁を超える翻訳書ですが、昨夜、寝る前に少し読みだしたのですが、どうも、なかなか読み進めません。
意識がまだそちらを向いていないためか、数ページで読めなくなってしまいました。
内容は、興味深いのですが、なぜか思考がそちらを向いていないのです。
今朝もまだ、読む気が出てきません。
私の場合、気が乗ると一気に読めますが、そうでないと読みだせない。
しかし、この本も図書館の本なので、返すまでに読まなければいけません。
毎日、表紙を見ていたら、その内に読みだせるでしょう。
そもそもこんないい天気の日に読書などはふさわしくありません。

あまりに気持ちのいい朝なので、やはり朝食を済ませたら、畑に行きましょう。
節子がやっていた頃の様子を思い出しての畑仕事ですが、何とか形になってきました。
ただズボンがみんな泥だらけになってしまい、作業着がどんどん増えています。
ユカが、どれかに決めないとみんな作業着になると嘆いていますが、もうすでに5着が作業着で、洗っても汚れが落ちません。
困ったものです。
それにしても私の畑仕事の時の服装を見たら、節子は嘆くことでしょう。
畑に行くときに、近くの人にも会いますが、あまりにもだらしない恰好なので、笑わざるを得ないでしょう。
靴もいつも長靴です。
それもだぶだぶの長靴。
しかし、不思議なことに、そういうだらしない恰好の時、なぜかとても落ち着きます。
そんな格好で、土の上に座り込むようにして作業をしています。
土や草との距離がとても近いので、無視やバッタの表情もわかります。
昨日もショウリョウバッタに会いました。
そういうバッタに会うと、野草を刈り取ることを躊躇してしまいます。

さて今日はどんな生き物に出合うでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/18

■節子への挽歌3903:地震報道をずっと見てしまいました

節子
今日はずっと地震の報道を見続けていました。
私たちは、幸運にもこうした自然災害には巻き込まれることはありませんでした。
最初に現地情報が届いたのは、散乱している自宅の部屋の様子をアップしてくれた友人知人のフェイスブックでした。
その生々しさが伝わってきます。
いまは、そうしたことが共有されやすいために、お互いに支え合う関係が自然と生ずるような気がします。
私の友人は被災地の独り住まいの高齢者と連絡がつかないため、新幹線が動き出したらすぐに行くので、今週の予定をキャンセルしてくれと言ってきました。
しかし、その後、連絡がつき、大丈夫だったことがわかり出かけるのをやめたと連絡がありました。
相手の状況がわからない不安は、とても大きいですが、最近はネットなどで現場の状況が目で確かめられるので、いろんな意味で心を共有できるようになってきています。
視覚的に生活状況がシェアされる意味はとても大きいです。

夕方になって、連絡がつかなかった人とも連絡が取れ、私も一段落しました。
今日は、何も手につかない1日でした。
何もしなかったのに、とても疲れました。

彼岸には地震はないのでしょうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3902:大阪で大きな地震が起こりました

節子
大阪で震度6弱の大きな地震が発生しました。
昨日は関東でも地震がありましたが、最近また地震が増えています。
節子の生家や姉の住んでいる滋賀や福井も揺れたようです。

節子がいなくなった後、いっそ地球がなくなってしまえばいいなと思ったことがあります。
不謹慎ですが、大災害待望論です。
大災害が起これば、自らの辛さをすべて解消してくれるはずだという、身勝手な発想です。
悪魔が入り込んでくる感じです。

地震とは関係ないですが、無差別殺人とか衝動的な殺傷事件が起きると、いつもそういうことを考えた自分を思い出します。
自分では対処できないほどの悲しさや辛さなどの中で、いまの辛さや悲しさや悩みを消し去ってくれるような、もっと大きな辛さや悲しさを望む気持ちが生まれます。
あるいは、自分と同じような辛さや悲しさをみんなにも背負ってほしいという気が起こってきます。
恥ずかしい話ですが、私にもそういう思いが浮かんだりしたことがありました。
その時期が過ぎると、今度は辛さや悲しさを感じなくなってしまいました。
感受性が消えてしまった感じです。
笑っていてもうれしくない、泣いていても哀しくない、そんな気分です。
大きなものが何かぽつんと抜けたような、虚しさが身心を覆ってしまう。
そこから抜けるのに、私の場合は、7~8年はかかりました。
抜けたとしても、それでも以前のような状況には戻れません。

地震の報道を見ていて、そんなことを思い出しました。
幸いに、最近は以前のような「悪魔のこころ」は消えています。
ただただすべての人の安心と安全を祈るだけです。

大阪の知人が、家のなかがめちゃくちゃだと写真を送ってくれました。
明日になったら心配な人たちと少し連絡を取ってみようと思いますが、何事もなければいいですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/17

■節子への挽歌3901:会社時代の思い出

節子
昨日は久しぶりに会社時代の話をする必要になりました。
私が会社時代に取り組んだ仕事に興味を持ってくれた若者たちが話を聞きに湯島に来てくれたのです。
一緒に取り組んだ渕野さんも参加してくれました。

その仕事は、会社のアイデンティティを問い直すCIプロジェクトで、私は4~5年はそのプロジェクトにはまっていました。
自分で提案して、社長の了解を得て、メンバーも自分で選んでのプロジェクトでしたが、残念ながら私自身は挫折感を味わったプロジェクトで、そのおかげで人生を変えてしまったわけです。
当時、副社長からは本にしろと言われましたが、自分の中に挫折感があったこともあり、出版はしませんでした。
その後、いろいろあって、実に面白い物語が書けるのですが、あまり話すことはありませんでした。

15年ほど前に、そのプロジェクトを外部から応援してくれたパオスの中西さんに頼まれて、あるところで「回顧談」を話しました。
その時のパワーポイントを使って2時間も早口で話してしまいました。
話しているといろんなことが思い出されました。
写真などにも久しぶりに見るなつかしい顔がありました。
いまから思えば、まさにあのプロジェクトで私の世界は方向を変えてしまったわけです。
プロジェクトに巻き込んだ渕野さんの人生も、もしかしたら変えてしまったのかもしれません。

当時は深夜過ぎに帰ることもありましたが、節子にはいろいろと迷惑をかけたことでしょう。
それも会って、会社を辞めると私が言いだした時に、節子は反対しなかったのかもしれません。
私が会社を辞めて、節子もまた人生を変えてしまった。
そして、別の意味での苦労をかけてしまったかもしれません。
しかし、苦労も喜びも、コインの両面です。
たぶん私が会社を辞めたことを、節子は喜んでいたでしょう。
それに節子は、後悔や愚痴とは無縁の人でした。
いつもその時々を「ベスト」と考えていたように思います。
私も、そういうタイプですが。

久し振りに思いも込めて会社時代の話をしたせいか、なにやらちょっと気分がさっぱりしません。
過去を思い出すことは、どうも私には苦手のようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/16

■節子への挽歌3900:節子とにこ

節子
挽歌はまだ40くらい追いついていないのですが、なかなか追いつきません。
がんばって書くとまた書けない日があって、結局、差がなかなか縮まりません。
まあそれが、いつも節子から指摘されていた、私の悪い習癖でもあるのですが。
地道にコツコツやれるタイプではないのです。

今日は畑にもいかず、外出もなかったのですが、かと言って何かをやるわけでもなく、なんとなく過ごしていたのですが、午後、ジュン親子が来ました。
ちいき新聞に、にこのことが出たと言って持ってきました。
ジュンには内緒で、添付しましょう。

この写真は私の好みではないのですが、なぜか母親は気に入っているようです。
ここに書かれているように、孫のにこは、まわりの人をニコニコさせてくれます。
しかし、私の名前もようやく覚えて、私が不在のときにやってくると、「おしゃむはどこ」と訊くそうです。
今日もやってきた時、2階から降りていく階段の音を聞いて、「おしゃむだ」と声に出していました。
それだけでも、おしゃむはちょっと幸せな気分になるのですから、子どもは本当に大きな力を持っているのです。
その力が、素直に育つような社会になればいいのですが、どうもそうはなっていないようで、子どもに関する不幸な事件は後を絶ちません。
しかし、振り返って私の子育てのことを思い出せば、私自身果たして本当に子どもの育ちを支えてきたかと言えば疑問です。
節子も私も、たぶん余裕がなかったのです。

先日湯島に来た、ある母親が、これまではともかく「死なせないで育てることに一生懸命だったが、やっと余裕ができてきた」と言いました。
その時に、私は改めて、母親にとっての子育ての大変さを教えられた気がします。
その大変な部分を節子に押し付けて、いいところだけを私が楽しんでいたのかもしれません。

孫を見ていると、子どもが大人になることの大変さを教えられます。
孫から教えられることはたくさんあります。
ただ、孫と一緒にいて、いつも思うのは、節子が孫と遊べなかったことです。
今日も、ジュンが節子の写真をにこに見せて、これは誰と訊いていました。
直接会ったことはないのですが、節子のことはきっとにこの心には育っていくでしょう。
ジュンに感謝しなければいけません。

20180615


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3899:「残された人には試練を」

節子
前の挽歌を書きながら思いついたことをもう一つ書きます。

湯島のドアには、有名な「PAX INTRANTIBVS SALVS EXEVNTIBVS」の言葉が書かれています。
入ってくる人にやすらぎを 出ていく人にしあわせを、という意味です。
そのおかげで、湯島には、みんなが置いていった不安や不幸が充満しているかもしれません。
そしてそれゆえに、湯島には幸いと共に不幸や禍も集まってきています。
一人で湯島にいると、そうしたさまざまな気配を感じます。

もっとも、いつでも「やすらぎ」を与えられるわけではありません。
少なくとも確実に「やすらぎ」をこわしてしまったことが2回あります。
そのうちの一人は、数年経てから、またやってきてくれましたが、もう一人はもう連絡も取れなくなってしまいました。

また私自身でいえば、時に「重荷」を背負ってしまい、「やすらぎ」どころではありません。
年に1~2回は、そうした重荷につぶされて、精神的にダウンしてしまいます。
この標語には、「残された人」のことが書かれていませんが、この30年近い経験から言えば、「そして、残された人には試練を」という言葉を付け加えたい気がします。

もちろん「試練」だけではありません。
それに、「試練」には「歓び」も内在していますから、「そして、残された人には歓びを」というのがいいかもしれません。
しかし、「試練」が歓びとなるには、心身ともに、それなりの力がなければいけません。
最近、私にはその力が弱まっています。
ですから、時には誰かからの「鼓舞」や「癒し」がほしくなってきています。

最近時々思います。
私に「やすらぎ」や「しあわせ」をくれるのは誰だろうか、と。
もちろん節子を別にしてですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3898:寒い雨空を見ていると心も寒くなります

節子
昨日からまた寒くなってしまいました。
昨日は雨だったのですが、節子もよく知っているKさんから呼び出されて、4時間半、激論してしまいました。
途中でいささか疲れて、席を立って帰ろうかと思いましたが、かろうじて、また椅子に座れました。
節子がいなくなってからは、そういう「切れること」はほとんどなくなりましたが、以前は時々切れてしまいました。
節子に八つ当たりしたことも少なくありません。
節子もそのうちに「かわし方」を身につけて、適当に「切れそうな私」を宙ぶらりんにするようになりましたが、そのおかげもあって、私も成長したのでしょう。
さらに、節子がいなくなってからは、いのちの火が消えてしまったように、「切れること」もなくなってきました。
もっとも別の意味で、切れるというよりも、投げてしまうことは一時期ありましたが、最近はそれもなくなりました。

昨日も後半は仲良く話し合えたのですが、その途中で、佐藤さんも奥さんが亡くなった後、大変でみんな心配していたと口にされました。
Kさんまで心配していたのかと驚きました。

心配のあまりかどうかわかりませんが、節子が亡くなってからぱったりと連絡が取れなくなった人もいます。
なぜなのか理由はまったくわかりませんが、たぶん私が変わってしまったのでしょう。
元気な人とは付き合いたいが、元気でない人とは付き合いたくないというのは、人としては健全な姿勢でしょう。
私もできればそうありたいですが、どうも人には誰と付き合うかの定めがあるようです。
業(カルマ)の結果かもしれませんが。

連絡が取れなくなったといえば、昨年、突然私のところに相談に来たNさんとも連絡が取れません。
元気だといいのですが。
必ずまた元気になって湯島に来ると言っていたので、それを信じていますが、昨今の不条理な事件に触れるたびに、気になります。

久し振りに寒い雨空を見ていると、いろんな心配事が頭をよぎります。
と思っていたら、体調を崩した友人からは元気そうな電話がありました。
どうやら私の心は、すべてお天道様にはお見通しのようです。

空が少し明るくなってきました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/15

■節子への挽歌3897:奇跡の湯島

節子
北九州市の石松さんが久しぶりに湯島に立ち寄ってくれました。
前回は連絡もなく来たためドアが閉まっていて、無駄足をさせてしまったので、今回はしっかりと待ち構えていました。
石松さんも、最初に会った時と変わっていません。
最初に来た時には北九州市の職員研修の相談でした。
今では懐かしい話ですが、北九州市の職員研修には数年関わらせてもらいました。
そしていろんなことを学ばせてもらいました。
その出発点が、石松さんでした。

いまは局長になっているので、たぶん偉いのでしょう。
しかし全く変わっていない。
話しぶりも変わっていない。
こういう職員や社員が少なくなりました。
まあ湯島に来れば、どんな偉い人も「ただの人」です。
そういう空間を30年も維持できたのは、「奇跡」かもしれません。
石松さんもそう言っていました。

たしかに湯島は不思議な空間です。
昨日、私よりも1歳、上の会社の経営者から電話がありました。
彼が言うには、自分は佐藤さんと違ってまだ働かなくてはならないので、と言っていました。
外部から見れば私は働いていないように見えるようです。
しかし私から見れば、会社の経営者は私よりも働いていないような気もします。
いや、いま給料をもらっている人たちのほとんどが働いていないようにさえ思えます。
私ほど働いている人はいないのではないかと、時に思うこともあります。
しかし、これは言葉の定義の問題です。

昨日、ある集まりをやったのですが、最初に自己紹介をし合いました。
私のあまりよくわからない自己紹介(私は自己紹介が苦手です)を聞いていた隣の友人が、要するに「人間と仙人の間のような人」と解説していました。
仙人との付き合いは、残念ながら私にはないので理解できませんが、なぜか私を仙人と呼ぶ人がいます。
私ほど、人間らしい人間はいないのではないかと思いますが、どうも最近はこの世から人間が消えているようです。

それにしても、湯島が30年も維持されているのは、不思議です。
その理由が私もよくわかりません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「パラノイア ハイプログラマーズ」を体験しました

アメリカで開発された政治風刺ゲーム「パラノイア ハイプログラマーズ」を体験させてもらいました。
http://chihosho.neil.chips.jp/?eid=360
何人かでやるアナログゲームですが、以前、ウォーゲームを体験させてもらった蔵原さんのアレンジです。
前回のウォーゲームが、思った以上に退屈だったので(蔵原さん、すみません)、いささか不安がありましたが、今回は退屈どころか、なかなかついていくのが大変でした。
何しろゲームに入る前の、頭に入れておかなければいけないルールがたくさんあって、私のように老化した頭にはすんなり入っていきません。
しかし、始まる前からなにやらワクワクするようなものを感じました。
それに、その段階からすでにゲームははじまっていて、目に見えない駆け引きが行なわれていることを、今回のゲームマスターの岡和田さんに教えてもらいました。
この仕組み、というか、進め方が実に面白い。

ゲームは、 “アルファ・コンプレックス”というディストピアを支配する、親愛なるコンピューター様に仕える「ハイプログラマー」というエリートとして、コンピューター様の問いかけに応じて、コンプレックスを経営していくことです。
ゲーム参加者は、それぞれ「大臣」となって、「閣議」をもちながら、国家経営に取り組みます。
私は、最初、2つのポストをお金を使って獲得したのですが(一つはライバルと競り合って高い代償を払いましたが)、あまりの事態の目まぐるしさになかなかついていけずに、結局、一つのポストはライバルに奪い取られ、さらにコンピューター様の機嫌を損ねて、死刑の憂き目にあってしまいました。
お抱えシェフのおかげで、贅沢な食事を堪能し、市民の食糧まで取り上げようとしたのが、よくなかったかもしれません。
しかし、「食事」などという原始的な習慣は市民には不要で、それはエリートだけの特権にすべきというのが私の提案だったのですが、同僚からは無視されました。
もっとも、“アルファ・コンプレックス”のエリートは、みんなクローンなので、抹殺されても、すぐに復活できるのですが。
まあ、そんな形で、ささやかにゲームに参加させてもらいました。
みんなの足を引っ張ったとはいえ、なんとか落伍しなかったのは、ゲームマスター役の岡和田さんのリードのおかげです。
岡和田さんやすでにゲーム体験のあるみなさんのおかげで、このゲームの考え方の効用や可能性も実感できました。

蔵原さんからは、なぜ政治が良くならないか、憤慨するだけではつまらなくないですか。いっそ政治のしくみを笑い飛ばしながら、その原因をつきとめませんか、とメールをもらっていました。
現在の政治に憤慨するのは、自らに唾することですから、私も憤慨しているだけの人には共感はまったくと言っていいほど持てないのですが、このゲームでガス抜きしてしまうのも、賛成はできません。
しかし、政治のメカニズムに気づき、政治を見る目を変えていくには、一つの方策だろうと思います。
しかし、私はむしろ、企業や自治体行政や、さらには子どもたちの考える力を引き出すために、こうしたゲームは大きな効用があるように思いました。
今回は、ゲーム好きな人たちに会えて、ちょっとまた世界が広がりました。


35358675_10204804479347691_83373228


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/14

■カフェサロン「いまの政治でいいのだろうか」の報告

「茶色の朝」サロン(BMS)の4回目は、3人の子どもの母親で、専業主婦の方に日頃思っている疑問などを話してもらうことを入り口に、「いまの政治でいいのだろうか」を話し合おうという呼びかけをさせてもらいました。
11人があつまりました。

最初のお話は、母親であるという立場もあって、学校や教育の関係のお話から始まりました。
そして、いろんな生活体験から、なにか「見えないもの」が社会を動かしているような気配を感じていること、そこで、生活者として、1人でもできる活動をはじめたら、そこからいろいろなことが「見えてきた」一方、さらなる「見えないもの」も感じだしたことなど、日常生活からのとても具体的なお話で、茶色の朝サロンにふさわしい問題提起が込められていました。

そこから話し合いが始まりましたが、男性が多かったせいか、やはり「生活感覚」ではなく、「知識」ベースの話し合いになってしまった気がします。
最初に話題になったのは、ハンナ・アレントのアイヒマン裁判の話でした。
凡庸(忠実に命令に従う)、あるいは「自分で考えないこと」が、あのユダヤ人殺害を支えていたという話ですが、まさに今の日本にも、こうした「思考停止」や「凡庸志向」が広がっているという話になりました。
学校を含む教育の問題も出されましたが、ここでもイヴァン・イリイチの「脱学校の社会」にまで話が広がりました。
茶色の朝サロンの主旨はなかなか実現できません。

もちろん、話し合いは示唆に富む内容も多いのですが、たぶんそれでは社会は変わっていかないような気がします。
1960年代から70年代の学生運動が挫折したのは、「生活」とつながっていなかったからではないかという、当時活動していた人からの「反省」も出てきました。
だから「茶色の朝」サロンを始めたのですが、どうもやはりそこから抜け出られないのが男性たちかもしれません。
いまの若い男性は全く違うと思いますが、残念ながら今回は、その世代の男性は誰もいませんでした。

話題提供してくださった母親は、おかしいと思ったら行動しています。
教科書検定が気になったら、実際に教科書が展示されている場に行って、いろんな教科書を読む。
気になったことがあれば、関係者に電話して意見を言う。
それがたぶん「茶色の朝」が私たちにメッセージしていることです。
気になったら考える、そして動く。

翌日、話題提供者からメールが来ました。
そこにとても大切なことが含まれているように思うので、その一部を紹介させてもらうことで、今回は報告に変えたいと思います。

午前中に自宅で、たくさん溢れる「伝えたい思い」を無理やりまとめる作業をしましたが、これにより、自分の抱えた不満を整理することが出来たように思います。
予想外のありがたい効果でした。

皆様のご意見から、たくさんの「気づき」がありました。

息子から「お母さん、俺はどうして勉強するんだろう」としょんぼりと問いかけられた出来事。
息子の心からの問いに即答できずに「何でだろう…」と言ってしまい、翌日息子に自分なりの返事を伝えても、「もういいよ」とあしらわれてしまいました。
子供のなぜ?が、もう心の奥に仕舞われてしまったのです。
日頃から、「今年は受験だから頑張ろう」と息子に話していたのに、なぜ学ぶのか、なぜ受験勉強をするのか、大事なことをよく考えていない母親だったと、ひどく後悔していました。
でも、サロンのあと、新たな考えが浮かびました。
もしかすると、私の答えなんかどうでもよかったのではないか。
私がサロンのあとで「自分なりの着地点」を見つけたように、「それなら自分で考えるか・・・」とか「他の人に聞くか」とか「調べるか」とか。
何でもいいから、自分で答えを見つけ出してくれるのではないか、そんな希望が生まれました。

自分の意見を考え、整理する。人に伝える。他の人の意見も聞いてみる。
これって生きていくのに本当に大切なことだと思いました。
人間はロボットではない。思いがあり、考える人間である。だから悩みも苦しみも生まれる。
子供達にはそこから逃げず「自分なりの答え、着地点」を考え、探し求めながら歩んで欲しいなと思います。

そう考えると、子どもこそ「サロン」が必要ですね。
とりあえず、自宅で「サロン」をやってみようと思います。

このメールを読んで、とても報われた気持ちになりました。
懲りずに「茶色の朝」サロンは続けたいと思います。

Bms4


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3896:畑作業の効用

節子
3日ほど前に、かなり集中的に本を読んでしまいました。
「インド哲学10講」という岩波新書です。
前半はあまり面白くなかったのでいつものように速読していたのですが、後半面白くなってきて、結局また最初に戻って、熟読してしまいました。
あまり新しい発見があったわけではなかったのですが、今回はともかくしっかり受け止めようと思って、熟読したのですが、そのおかげでいささか脳疲労になってしまい、2日間ほど思考拒否になってしまいました。
パソコンに向かっても何かを書く気がしなくなってしまったのです。
それでまた2日ほど、挽歌が抜けてしまったわけです。

昨日、数日ぶりに畑作業をしました。
孫が来ていたのですが、ほんとは連れて行きたかったのですが、母親の許可は出ません。
まあ当然のことでしょう。
それでいつものように、2時間ほど、孤独な畑作業をしました。
実はまだ右手があまり直っていないので、辛いのですが、不思議なもので畑に行くと作業ができてしまうのです。
そして帰宅するとやはり指が動かなくなっている。
実に不思議です。

2時間ほどの畑作業から帰ったら、体調がなんだかよくなったようで、血圧を測ったら、私にとっての正常値でした。
薬を飲まなくても、最近はある幅に落ち着きだしました。
酢たまねぎや脚の運動、呼吸法も、ちょっと怪しいですが、まあ細々と続いていますので、それの効果もあるかもしれません。
でも依然として脳機能はもどらず、久しぶりに9時過ぎに寝てしまいました。

起きたら、なんだか脳も回復した感じです。
挽歌も書けました。

節子は私にとっては、身心の癒し、脳の癒し的な存在だったと、この頃、痛感します。
挽歌を書くことは、そうした「癒し」にもなるのですが、挽歌を書くことさえできない時もあります。
最近疲れやすくなってきているのは、節子の不在のせいだろうと思います。
伴侶を失うと、そうやって後追いするか、再婚する人が、出るのでしょう。
後追いも再婚も、私はその気が皆無ですので、ただただ疲れるしかありません。

今日は畑に行けませんが、なんとかがんばれそうです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3895:終わった人

節子
前にも書きましたが、いま「終わった人」という映画が話題になっています。
http://www.owattahito.jp/

私も違う意味で「終わった人」だと自覚はしています。
私は、以前からよく「終わった人」という表現を使ってきています。
それなりに社会的な活動をしている時に、よく使った言葉ですので、それを聞いて気分を害されていた方も少なくないと思います。
その頃はまだ自分は「終わっていない」と考えていたのです。

私が言う「終わった人」というのは、未来を創るのではなく過去を語る人です。
15年ほど前でしょうか、教育を考えるフォーラムが連続で行われたことがあります。
毎月、ホテルオータニでさまざまな分野の人たちが話し合うフォーラムでした。
そのコーディネーター役を頼まれたのですが、そのメンバーを見て、私は「終わった人たちのフォーラムですね」と余計な感想を述べてしまったのです。
メンバーは有名人が多く、あるいは要職にある人が多く、私でも名前を知っている人がほとんどだったので、ついついそういう言葉が出てしまいました。
でも結局、引き受けさせてもらいました。
みんな一家言ある人なので、話し合いは大変でした。
コーディネーターの癖に、自分の意見を主張して、メンバーを怒らせてしまったこともありますが、やはり私には退屈でした。
しかし、社会を動かしているのは、そういう「終わった人」たちなのかもしれません。
そして、社会を変えていくのは、そうではない若者や社会からの逸脱者なのでしょう。

いま、話題になっている「終わった人」は、そういう意味ではないようです。
私は映画は見ていませんが、予告編によれば、仕事も趣味も夢も、そして居場所さえもなくなった人のようです。
私にはまだ居場所がありますので、「終わった人」ではないかもしれませんが、私の認識としては、十分に「終わった人」です。
過去を語ることは、いまもあまり好みませんし、未来を語ることもありません。
未来も創ろうとせず、過去も語らず、ただただ「いま」を生きている。
「終わった人」というよりも、生きる人生から抜け落ちた人なのかもしれません。
一応、外見的にはがんばっているように見えるでしょうが、実のところは、ただ今をなんとなく生きているだけなのです。

過去を語る人が、社会的に頑張っているのがいいことかどうかはわかりません。
私には、そういう生き方は無理ですが、でも「終わった人」にも役割はあるとは思っています。
むしろそういう責任感のようなものが、私のどこかに残っています。
本当はもっともっと「終わった人」になりたいのですが、いまは「中途半端に終わった人」として、時々、「もういいか!」という気分になりながらも、惰性的に生きている。
いいかえれば、「終われない人」になっているのかもしれません。
困ったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/13

■米朝会談への違和感

米朝会談の実現は喜ばしいことでした。
いままで会ったことのない2人が、直接に会ったことが実にすばらしい。
人は、直接会って話をしてこそ、お互いに分かり合えて、人間的な判断や思考ができるようになると思っているからです。
そこに最大の意義がある。

ただ、報道を読んでいて、どうも違和感があります。
たとえば、「非核化」ということです。
核を持っているアメリカが、北朝鮮に非核化を要求することの「非対称性」がどうも理解できません。
トランプ大統領が握手しようと先に手を出したように、まずは自らの核への姿勢を表明しなければ、対話は成立しないはずではないのか。
「朝鮮半島の非核化」という言葉の意味がわかりません。
非核国家とされていた日本にも、米軍によって核兵器がたくさんあったことも最近明らかになっています。

「非核化」の主語は「人類」でなければいけないのではないか。
核兵器を独占する大国が、核を独占しようとすることにこそ、問題があるのではないのか。
アメリカが非核化しない限り、朝鮮半島の非核化など成り立つはずもない。
核兵器は、国家など越えているからです。
アメリカ大統領は、北朝鮮の非核化を言う前に、自らの(段階的な)非核化を宣言すべきではないか。
オバマ大統領が、そういう姿勢を出した時には大いに期待しましたが、言葉だけで終わりました。
核兵器に支えられた力や体制は、ひずみを起こしていくでしょう。

北朝鮮の体制の保証という言葉にも驚きます。
私には信じがたい言葉ですが、北朝鮮がそれを望んでいるというように報道されています。
それではまるで、アメリカの属国になるということです。
そんなことがあるはずもない。
ここで保証の対象は何かをもっと考えなければいけません。
それに、そもそも「体制」とはなんなのか。

米朝会談の実現は喜ばしいことですし、それによって、なにかが変わっていくように思います。
しかし、小国の非核化が正当化され、大国による国家体制の保証が正当化されるようであれば、そこにある「平和」は、抑圧された平和でしかありません。
発想や言語体系の枠組みを考える「視点」を、そろそろ逆転していかなければいけないのではないのか。

しかし、それはそれとして、未来の大きな影響を与える立場にあるトランプ大統領と金委員長が、直接会って、会話し、握手したことの意味は大きい。
だからやはり昨日の米朝会談は、新しい歴史につながっていくと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/11

■節子への挽歌3894:ヤバニスト

節子
那須の2日間は、不思議な2日間でした。
言葉にはなかなか成りませんが、初日の朝、みんなが会った時と2日目に別れた時とでは、少なくとも私のなかでは、意識が大きく変わっていました。
私以外の3人は、私と違ってしっかりした自分があり、自分の活動をしている人たちなので、自らの専門性もなく、流されながら自分を生きている自分としては、みんなちょっと輝いている人たちなのです。

今回、招待してくれたUさんとは、ゆっくり話したこともなく、どんな人なのかさえ分かっていませんでした。
NGOで世界の子どもたちに関わる活動をしている人だと思っていたのです。
ところが、那須に向かう車中で話しているうちに、私と同じく、企業で働いていて、その後、生き方を変えた人だと知りました。
心がぱっと開けた感じでした。
一緒に行った2人の若者たちの生き方は、自らの才能を活かしながら、それこそ自由に、しかしそれゆえに少し生きづらく、自分の人生を楽しんでいます。

快い時間を、みんなと共有できたのは、久しぶりです。
旅行が嫌いになっていたにもかかわらず、不思議な2日間を過ごしたことが、帰宅後に気づきました。
その気分のなかで、挽歌も書かずに過ごしてしまいました。
書きたいことがありすぎて、書けなかったわけです。

今回のキーワードの一つが「野蛮」でした。
そこから「ヤバニスト」なる言葉が生まれました。
ちょっと「響き」がよくないですが、2日間、生活を共にしたおかげで、私もとても気に入っています。
私が探していたものが、少しだけ見えてきたような気がします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■「小さな被害者」と「大きな被害者」

新幹線車内で起こった殺傷事件は衝撃的でした。
止めようとした若者が抵抗する間もなく殺害されたのは、実に悲しい。

最近、こうした不条理とも言うべき事件が起こるたびに思うのは、たぶん多くの人と違って、加害者の人のことです。
加害者に怒りを感ずる人も多いでしょうが、私には被害者以上に、加害者およびその周辺の人たちのことが気になります。
私の好きな言い方を使えば、「小さな被害者」「大きな被害者」です。
今回も、テレビに出てきた、加害者の若者とその祖母や父親のことを思うと、心が痛みます。

私たちは、多くの場合、「小さな被害者」、この言い方は誤解されそうなので、「直接の被害者」と言った方がいいかもしれませんが、そちらだけに目が行きがちですが、「加害者と呼ばれる被害者」(「大きな被害者」)にも、心を向けることが大切ではないかと、最近痛感しています。
そして、そういう「加害者と呼ばれる被害者」が生まれてしまうことに、まさにこの社会をつくっている一人である、私にもまた、大きなかかわりがあることを、いつも思い知らされます。

私は、社会のための貢献活動などには関心がありませんし、社会貢献などと自分でいう人の活動は信頼できません。
社会に役立ちたいなどとも思ったこともありません。
しかし、私は社会の一部であり、私の言動が良くも悪くも社会に影響を与えていることは、いつも自覚しています。
宮沢賢治がいったように、「世界みんなが幸せにならないと自分の幸せはない」と思っていますし、私たちの中に私があり、私の中に私たちがある、と実感していますので、社会と私は深くつながっている。
私が存在することそのものが、社会に影響を与えているのであって、私自身が住みやすい社会になるように、ただただ自らの生き方を問い直しているだけです。
貢献するなどという発想は、出てくるはずもありません。
そして、もし社会に不条理な事件が増えているならば、それは私の生き方に無縁であるはずがない。
同じ空気を吸って生きている以上、今回の事件の加害者も被害者も、私と無縁であるはずがない。
そう思うと、加害者がなぜ心を失ってしまったのか、そこに思いを馳せないではいられません。

明日の午後、湯島で、生活のまわりにある「ちょっと気になること」を話し合うサロンを開きます。
よかったら来てください。
私のなかでは、そうしたサロンと今回の事件が強くつながっているのです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/10

■雨にも負けず畑に行きましたが、デモはさぼりました

私は昔、花巻に住んでいたそうです。
「そうだ」というのは、もうかなり昔の話なので、記憶がほとんどないのです。
その頃の友人が、いまは福島に住んでいますが、彼から30年ほどまえに教えてもらったのです。

当時、たぶん、花巻には宮沢賢治が住んでいたと思いますが、会った記憶はありません。
しかし、なぜかとても賢治には親近感があります。
賢治の「雨にも負けず」に描かれているような人になりたいと、私も思っていた頃があります。
いまはもうあきらめていますが、でも時々、思い出します。

というわけで、昨日は「暑さ」に負けずに、今日は「雨」にも負けずに、畑に行きました。
水やりではなく、声かけに行ったのですが、ついつい作業をやりだしたら、また1時間以上、在畑してしまいました。
昨日に懲りていたので、無理はしまいと思っていたのですが、やはりちょっとくらい無理をしないと、充実感がありません。
それでも汗はかきました。

以前は、シランが一画を占拠していたのですが、中途半端に手を入れたので、植生が一変しました。
気が付いたら今はほとんどありません。
花を植えるよりも、いまある花を応援したほうがいいと思い出しました。
笹竹退治からシラン支援に思想を変えることにしました。

畑も似ています。
真ん中の野草を抜いて苗を植えていたのですが、耕し方が不足していたため、ほとんど枯れてしまいました。
そこを放置していたら、そこに大根か青菜かわかりませんが、野菜らしきものがたくさん芽を出してきました。
以前、ここに育てていた野菜の種が発芽したのでしょう。
無理して野菜を植えるよりも、自然に出てくるものを活かす方がいいかもしれません。

午後は久しぶりに国会前に行こうと思っていたのですが、さぼってしまいました。
まだ百姓一揆までには時間がありそうなので、今日は読書させてもらいます。
晴耕雨読は、私の文化ではないのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/09

■節子への挽歌3893:畑でまた倒れそうになってしまいました

節子
2日間の疲れがやはり1~2日遅れて出てきました。
脚が筋肉痛でいささか歩きにくいのです。
しかし、その症状が出てきたのは、今日のお昼ごろ。

疲れが少し残っていたので、今日は畑には水をやるだけにしようと思っていました。
それもちょっと寝坊して、出かけたのが9時過ぎになってしまいました。
2日ぶりでしたが、みんな元気でした。
もちろん野草も笹竹もです。
笹は2日来ないと10センチ以上伸びます。
ちなみに、信じられないことが起こりました。
昨日、私が留守だったので、なんとユカが畑に水をやりに行ってくれたのだそうです。
節子と違って、土いじりが大嫌いのユカが、水をやりに行ってくれるとは感激です。

暑さの上に、太陽がかんかん照りでしたので、そのまま帰ればよかったのですが、(お天道様の)小作人としてはやはりがんばろうと思ってしまい、草刈りを始めてしまったら、いつのまにか畝づくりにまでいってしまっていました。
娘はいつも、一番暑い時に出て行かなくてもいいじゃないかと言いますが、楽をしようなどと思うようでは、本物の小作人とは言えません。
機械を使えとも言いますが、そんな失礼で野蛮なことはできません。
私の小作人根性も、まだ少しは残っているようです。
しかし、やっているうちに、汗がだらだら出てきて、喉が渇いてきました。
今日はホースで水だけやってと思っていたので、私用の水も持ってきていません。
その時に、花にやった水を飲めばいいだけの話だったのですが、それに気づきませんでした。
昨日、那須で上田さんから学んだばかりだったのですが。

このままだとちょっと危ういなと気づき、帰宅することにしました。
しかしうまく立ち上がれません。
そろそろこの2日間の疲れが足のふくろはぎにに出てきたようです。
自転車に乗ろうとしたら、今度は立ちくらみがしてきて転倒しそうになりました。
しかし、休むにも日影がない。
失心するといささか危うい。
さてどうするか。
思考力もなく、帰巣本能にしたがって、ともかく自転車を引きずりながら自然と歩きだしました。
こういう老人が社会に迷惑を与えているのだろうなと思いながら、それでもなんとか家に着きました。
家に倒れ込むように入ったのですが、冷蔵庫まで行けません。
節子がいたら看病してくれたでしょうが。
でもまあ30分ほど倒れていたら動けるようになりました。
困ったものです。

まあそんなわけで午前中は終わりました。
しかし、立ちあがれるようになったら、今度は昨日の疲れか、脚の筋肉痛がはじまりました。
人生は実にうまくできています。
お天道様の叡智には、ただただ学ぶことばかりです。

これだけがんばっていますが、未だ収穫はなし。
でもセロリがそろそろ収穫できそうです。
そうそう「竹の子」ならぬ「笹の子」にチャレンジしようと数本とってきましたが、かじるのが遅かったのか苦いだけでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/08

■節子への挽歌3892:知的な2日間

節子
那須を楽しんできました。
招待してくれた上田さんとは、実はまだお会いして1年ちょっとなのですが、なぜか那須の別荘に招待されたのです。
私たちの共通の若い友人たちも参加してくれました。
上田さんとはゆっくり話したこともなく、どういう人かもほとんど知りませんでしたので、どうして招待されたかもあんまりわかっていませんでした。

温泉なども含めて招待の声をかけられることは、いまのようなお布施人生になってからも何回かありますが、お布施を受ける力はまだ十分でないので、基本的には消極的なのですが、なぜか何回かサロンに来てくださった上田さんのお誘いは自然と受けてしまいました。
ですから出発の前は、どんな展開になるか予想もつきませんでした。

上田さんの車に同乗させてもらい、他の2人も一緒に那須に向かいました。
車中、上田さんとお話して、上田さんがどういう人かが少しわかりました。
同時に、なぜか心が開いてしまいました。
車の同乗して3時間くらいで、旧知の友人のような気分になってしまいました。
上田さんの魔術にかかったような気もしますが、そのおかげで思ってもいなかった2日間を過ごしました。
一緒に行ったのは「高等遊民会議」という、ゆるやかなつながりをつくっている杉原さんと井口さんです。
その2人は、私が理想とする知的な若者です。
特に、井口さんが家の近くの銭湯に行くようなスタイルでやってきたのには感動しました。
そのくせ、タオルも持たずにやってきたのも、実にいい。
若者の知性にはいつも感動しますが、どうしてみんな社会に出てしまうと輝くような知性を失って、野蛮になってしまうのか。

こういう言い方をすると、言葉遣いがおかしいのではないかと言われそうですが、実はこの2日間の4人の話の底流にあったのは、「文化と野蛮」だったような気がします。
ちなみに、「野蛮」という言葉は、上田さんが提供してくれました。
ソローの「森の生活」を思い出させてくれるような環境で、「野蛮」という言葉が出ると、心のなかにある「固定観念」(これも上田さんが出してくれました)ワールドは立場を逆転させてくれます。

久しぶりに、知的な2日間を過ごせました。
上田さんとの出会いに、感謝しなければいけません。
また少しずつ、節子には報告しましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/07

■節子への挽歌3891:那須に行きます

節子
人のつながりが、健康にも影響を与えるというような話がテレビでまた話題になっていました。
何をいまさらと思いますが、「つながりの回復」を理念にして始めたコムケア活動も、最初は「つながりの大切さ」や「重荷を背負い合うのがコミュニティ」といった話をていねいにしなければいけなかった頃を思い出します。
しかし社会状況は、ますます「つながり」を壊す方向に向かっているような気もします。
「つながり」を育てる活動が、マスコミで取り上げられることが多くなってきたことが、その証左です。

湯島のサロンも30年続いていますが、最近はいろんなところでサロンが広がっているようです。
湯島にも、自分もサロンを主宰したいので様子を知りたくてやってきたという方が増えています。
それはいいことですが、そうしたサロンを通して、人のつながりを育てていくことが大切です。
残念ながら節子がいなくなってから、そうした仕組みづくりへの気力が薄れてしまい、私もまた、ただサロンをやっているだけになっているような反省もあります。
時々、なにかをはじめますが、思いつきで止まってしまっています。
困ったものです。

今日は、サロンに参加している上田さんから、自分もサロンをやりたいので、一度、那須の別荘に招待されました。
他にも若い友人たちが参加します。
不思議なもので、上田さんからの申し出には抗しがたいものがありました。
いつもは、なんとなくうやむやにしてお受けしないのですが、気がついたら出発日です。
今日は上田さんの自動車で、4人で那須サロンへ出発です。

そういえば、節子が元気だったころ、那須までドライブして、渋滞のため目的地に着いたのが遅くなり、結局、着いてすぐに帰路に向かったことがありました。
那須のイメージが変わるといいのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/06

■節子への挽歌3890:独りで映画を観ました

節子
昨日は久しぶりに映画を見ました。
岩波ホールで作品は「マルクス・エンゲルス」です。
作品自体は予想通り、退屈でしたが、ほぼ8割以上、席は埋まっていました。
その多くが私と同世代のような気がしましたが、夫婦で来ている人も多かったです。
前にアレントの映画を見た時もそう感じましたが、実にうらやましいです。

節子と一緒に見た映画もいくつかありますが、いつも思い出すのは「永遠と一日」です。
そのことは前にも書いた記憶があるので書きませんが、あの映画を見た時はまだ節子が発病する前です。
銀座の映画館で観たのですが、映画館を出てからも涙が止まらずに、嗚咽するほどでした。
なぜあんなに悲しかったのか。
いまにして思えば不思議です。
もしかしたら、節子との別れと独りの老後を予感していたのでしょうか。

映画はDVDで持っていますが、見直す勇気はありません。
映画は、すべてを思い出させるからです。
観ることのできない映画はほかにもありますが、「永遠と一日」は観たい気持ちも半分はあるのです。

「マルクス・エンゲルス」は、退屈ではありましたが、面白くもありました。
マルクスもエンゲルスも、いずれも大きな夢を伴侶と一緒に取り組んでいます。
私の夢は彼らのような大きくはありませんが、小さな夢でも、いや夢には程遠い日常の活動でも、さらに言えば「生きること」そのものでさえ、やはり伴侶の不在はさびしいものです。
映画を観ながら、物語とは関係のない、そのことが心に沁み込んできました。

老後のゆるやかな日々に、夫婦で映画を観に行く。
そのことが最高の幸せの一つであることを、このご夫婦たちはわかっているのだろうか。
ふとそんなことさえ考えてしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■宮田喜代志さんを囲むコムケアサロンの報告

久し振りに熊本の宮田喜代志さん(小規模多目的ホーム明篤館館長・農福連携研究者)のサロンを開催しました。
宮田さんは、さまざまな分野で活動していますので、大きくは「福祉と農業」を基軸に最近の活動の紹介をしてもらいました。
10人の参加者がありました。
今回は思いきり主観的な報告をさせてもらいます。

宮田さんは、大きくは5つの話題をたくさんの資料を使って話してくれました。
大学新設、農福連携、フェアトレード、熊本地震と障害者支援、西本省三。
いずれも宮田さんが当事者として取り組んでいるお話ばかりです。

それらはバラバラの話題のようですが、宮田さんはそれらがしっかりとつながっていることを最近改めて実感してきた、とお話になりました。
たしかに5つの話題は、それぞれに完結してもいるのですが、人や社会を育てる大学を創る話からはじまった宮田さんの話は、最後に、中国研究者の西本省三は中国人をリスペクトしていたという話で、5つの話のループを完成させました。
キーワードは、人と人の関係性です。
宮田さんの人柄と生き方が、見事につながった話だったと思います。

大学を創る話や西本省三(宮田さんの縁戚の人)の記録をまとめるという話は、今回初めてお聞きしましたが、とても宮田さんらしい話だと納得しました。

そうした話題の中で、ご自身が対応しているケーススタディ的なお話もあり、そこでは「中動態」発想を活かして関係性を立て直していく最新のカウンセリングの体験なども、とても具体的に紹介してくれました。
その一方で、なぜ日本は日清戦争に勝利したのかというような話もあり、退屈しませんでした。

もっとも話題があまりにも多いので、私自身必ずしも消化できたわけではありません。
しかし宮田ワールドが目指していることや、それが今何を引き起こしているはなんとなく伝わってきました。
宮田さんの話は注意深く聞いていると、実に深い含意があります。
それを肩に力を入れることなく、さらっというので、聞き流すこともあるのですが、宮田さんにはラディカルさとリアリズムが、矛盾なく混在しています。
今回の話も、まさにそうした多様なものが混在しながらも、宮田さんの核はまったくぶれることなく、だからといって呪縛されることもない柔軟な生き方が語られていました。
それもあって、話し合いのところでは、農業の教育力とか農福連携の実状とか、福祉の世界の話とか、経済と社会の関係の話とか、いろいろと示唆に富む具体的な話題もでました。

公開は避けますが、宮田さんの個人的なビッグニュースもいくつか紹介されました。
これからは少し時間ができそうと言っていましたが、たぶん時間ができたら、さらに新しいことに取り組んでいく人ですから、むしろますます多様で多用な人生になって行くでしょう。
また時々、宮田さんの活動から社会の状況を垣間見るサロンをやってほしいと思います。

宮田さんが持ってきてくれたスリランカのインクルーシブコーヒーもみんなで楽しませてもらいました。

参加した人にだけしか伝わらない報告ですみません。
Miyata180605


| | コメント (0) | トラックバック (0)

■解釈の違い

文化の違いは解釈の違いを生みだします。
ですから同じ言葉が、違う意味や使われ方をしがちです。

昨日、国会で佐川前国税局長官の任命責任を問われた麻生財務大臣は、「適材適所の任命」だったと応えています。
麻生さんにとっては、適材が責任を果たした事例なのだろうと思います。
適材適所の意味するところが違いますから、議論は成り立ちません。
改ざんすることこそが、麻生さんは「適切な行為」と考えているかもしれません。
但し自分に迷惑をかけないように、ですが。

日大アメフト部の選手たちと監督・コーチも、同じ言葉を使いながら、その意味合いは違っていたと思います。
それを踏まえて事実を解析していく必要があります。

文化の違いなどというと大げさになりますが、視点の違いと言ってもいいでしょう。
視点によって、言葉の意味は違ってきます。
麻生さんと海江田さんの視点は違いますから、質問と回答はかみ合いません。
文化の違い、視点の違いを超えた、設問が求められます。
国会の議論を聞いていると、ほとんど言葉がかみ合っていない気がします。

ソクラテスは産婆術的な問いかけを繰り返し、相手の視点で問うことを大事にしたと言われます。
相手は、ソクラテスの問いに答えるのではなく、自らの問いに答えるように仕向けられます。
ですから防衛的な回答はできません。
なにしろ問いかけも答も自分で完結するわけですから。
そのために、ソクラテスは民衆によって死刑を宣告されたのでしょう。
私も基本的には、そうした問いかけを大切にしています。
他者に対しても、自らに対しても、です。

柳瀬さんも佐川さんも、大谷さんも矢野さんも、みんな「適材適所の適任者」なのです。
立派な官僚なのでしょう。
その構造を変えなければ、いけません。
しかし残念ながら最近の日本では、多くの人たちが(若者も含めて)、麻生さん的な「適材適所の適任者」を目指しているような気がしてなりません。

昨日、「マルクス・エンゲルス」という映画を岩波ホールで観ました。
https://eiga.com/movie/88435/
友人に勧められたのといくつかの映画評も読んでいたのですが、正直に言えば、まったく退屈な映画でした。
なんでいまさらこんな映画がヨーロッパで生まれるのだろうかと考えてしまいました。
そこに大きな示唆があることに気づかされました。

しかし、筋書きは退屈でしたが、もし若い人がこの映画を見たら、右脳的に影響を受けるような気がしました。
コモンズだったはずの森で枯れ木を取ることさえ許されずに殺害される風景が、視聴覚的な効果を活かして展開されるシーンから映画ははじまります。
まだ「人間」が左脳を持っていなかったような扱いに、私は違和感がありますが、導入部の演出としては見事です。
期待が膨らみ、そこにマルクスたちのすべてのメッセージを感じてしまう人もいるでしょう。

つづいて、エンゲルスの父親が経営している工場での労働者たちの怒りの集会が映し出されます。
経営方針に異議申し立てした女性が解雇され、そこからエンゲルスが、その労働者の女性と恋に落ちる展開は、いかにも現代流ですが、たぶん右脳的には効果的です。

ちなみにマルクスの妻は、貴族の娘です。
貴族とユダヤ人、ブルジョアの息子と貧しい労働者。
マルクス夫婦とエンゲルス夫婦の組み合わせは、20世紀の世界を象徴しています。
階級や所有や犯罪に関する問いかけが、そこには含意されています。

映像は書物とは違って、人間の心身に響いてきます。
もし私が若かったら、動き出したくなる情念を植え付けられたかもしれません。
ヨーロッパでは、たぶんまだその可能性があるのでしょう。
いや、その可能性が生まれだしたというべきでしょうか。

しかし今の日本ではどうか。
適材適所から外れた自らの生き方を志向するよりも、適材適所に合わせた生き方を志向する方が快適だと思う文化が広がりだしているように思います。

そうした社会では、「言葉」は人を呪縛しだします。
言葉から自由になって、改めて映像や音からのメッセージを大切にしなければいけなくなってきたのかもしれません。
私は活字人間ですが、どうも活字の時代(言霊の時代)は終わりつつあるようです。
そうは思いたくはないのですが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/05

■節子への挽歌3889:3人の人から褒められました

節子
昨日の湯島の縁カフェは、3人の人が来てくれました。
お客様は少なかったですが、話は盛り上がり、終わったのは予定の時間を2時間ほど過ぎた6時近くでした。

3人はいずれもかなり立場の違う人なのですが、共通なのはみんな私を褒めてくれたことです。
まあ、「褒めた」というのは私の主観的判断です。

最初の人は、最近世間で話題になっている日大アメフト反則事件に関してです。
あの反則行為は、これまでになかった極めて例外的な行為だと言われています。
そんなことはなくて、ああいう行為が起こってもおかしくない状況をアメフト関係者は黙認していたのではないかというのが私の意見です。
しかしその人は、あんなことまでやることはないと私の意見をはっきりと否定です。
その人は学生時代に実際に有名な大学のアメフト選手だったので、確信を持っているのです。
結局、お互いに納得できずに、お互いに相手が救いがたい頑固者だということになりました。
私は、それを褒められたと思ったのですが、その人からは、「頑固と言ったのは褒めたわけではありません。論理的にご説明しただけですので悪しからず」とメールが届きました。
それで、「私は私が納得できる指摘は全て褒められたと思うのですが。褒めたことに気づいていないのではないのですか?困ったものだ」と返したら、「褒めてもないのに、褒められたとかってに思われたら、本当に困ったものです」とまた返されました。
まあ褒められたかどうかは別にして、どうも最近頑固度が高まっているようです。
注意しないといけません。

他の2人は、その問題に関してではないのですが、「へそ曲がり」「常識がないおかしな人」と評しました。
いずれも私は褒め言葉と受け止めていますが、もしかしたら違うかもしれません。

ことほど左様に、人の評価の受け止めは多様です。
昨日は、私もコーヒー代を祓うことにしたので、売上2000円でした。
これまでたまった総額が8000円。
常設のカフェを開くには、まだ少し足りません。
誰か寄付してくれない者でしょうか。
あるいはこれで、宝くじを買うのも一案です。
でもまあもう少し地道に蓄財に努めましょう。
念じていれば、いつか夢はかなうでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/04

■節子への挽歌3888:縁カフェなのにお客さんがありません

節子
毎月最初の月曜の午後は「縁カフェ」というのをやっています。
まあこれも思いつきで始めたことですが、居場所のない人に、午後の時間をゆったりと過ごしてもらう場所をつくりたいという思いで始めました。
しかし問題は、どうやって告知するかです。
私の知り合いには、あまり「居場所」に困っている人はいそうもありませんし、困ったら勝手に湯島に来ればいいだけです。
そのため、毎回、お客様が来ないのです。

しかも、縁カフェはコーヒーが有料です。
500円です。
これは積み立てられて、将来は喫茶店開設費用になる計画ですが、これまで4回ほど開店して売り上げは6000円です。
仕方がないので今回から私も500円を払うことにしました。

毎回、それでも私の知り合いがやってきますが、今日はまだ誰も来ません。
夏のような暑さで、こういうけだるさが私は大好きなのですが、一人で退屈しています。
おなかが減ってきましたが、この日は誰かが何かを持ってきてくれるのを期待して、お昼は自分では用意していないのです。
私がちょっとあこがれている「乞食」スタイルです。
まあこれがやりたかったのも、始めた一つの理由です。
しかし1時まで誰も来ないと、お昼のお相伴はあまり期待できません。
誰かと話していると空腹は気になりませんが、一人だと空腹が気になります。
人生は厳しいです。

そういえば、最近は夕食の「ご飯」をやめて、豆腐を食べることにしました。
私は豆腐や豆類があまり好きではないのですが、豆腐を主食にしたわけです。
夜中におなかが減るのではないかと心配しましたが、いまのところ大丈夫です。
しかし、そのせいで今日はやけにお腹が減ります。
早く誰か来ないと餓死しそうです。

最初のお客様が来ました。
またあとで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3887:今日も畑に水をやりに行くことから1日がはじまりました

節子
夏のように暑いです。
湯島に行く前に畑の作業をしようと思いましたが、あまりの暑さに水やりだけにしました。
いまのところ、なんとかみんながんばっているようですので。
なんだか最近は、畑仕事を軸に生活が動いているような気もします。
それもまた、良し、ですが。

それにしても、畑仕事をすると、自らの体力の低下というか、老化というか、そういうことを強く自覚させられます。
作業して帰宅すると、ぐったりしてしまい、何もやる気が起きません。
疲れは、翌日になっても残っています。
右手で思い切り力仕事をしているため、手を強く握れなくなっていますし、そのため今日は畑仕事をしても力を入れる仕事はできないかもしれません。

しかし、いいこともあります。
シャツがびっしょりになるくらい汗をかきます。
こんなことはここしばらくなかったことです。
汗をかくのがいいことかどうかわかりませんが、なにやら気持ちはいいです。

畑の面積は広くなりましたが、最初にいろいろと植えたところは、昨年か一昨年に育っていた大根か何かの芽が一面に生えだしてしまい、カボチャなどは全滅してしまいました。
枯れたのもありますが、一番の被害は、葉っぱが虫に食べられてしまったためです。
小さな、これまであまり見たことのない虫ですが、防虫剤をまくわけにもいかず、見つけるととっていましたが、殺すのもいささか気が向かないので、逃がしているので結局、またやられてしまい、全滅というわけです。
ここは悩みどころですが、農家の人に聞くと、たくさん野菜をつくれば、無視が分散するので共生できるのだそうです。
野菜を増やさないといけません。
一部は虫のために、です。
虫には、害虫も益虫もいないのです。
ほどほどに我慢しながら、みんなと共生していくことで、豊かさが広がっていく。

人間の社会も、たぶんそうだったのでしょうが、最近は変わってきてしまいました。
それには約気付いて、抜け出られたことの幸せを感じます。
これも節子のおかげかもしれません。
人は誰を伴侶に選ぶかで、人生は変わってしまうのでしょう。
そもそも、結婚するとは自らの人生を変えることですが。

最近、パソコンに向かう時間が減ってきました。
節子がいたら喜ぶでしょう。
でも、もうその節子はいません。
人生はなかなかうまくいきません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/03

■節子への挽歌3886:暴走のブレーキ役

節子
Oさんからのメールにつづけて、今週もらった他の人からのメールも書いておきます。
そのメールには、「奥様に直接、お尋ねください?!」と書かれていましたので。
私のK戸をいろいろと心配してくれた上で、こんな文章がついていました。

ちょっと過干渉?とは思うのですが、佐藤さんのサロンを居場所にしている人は、 佐藤さんに何かあれば、ショックを受けるだろうと思います。 サロン企画が立て込むと、どうしても無理をなさりがちなので、 ついつい、ブレーキ役になってしまいます。 天の奥様が、私だけでなく何人かの方に、ブレーキ役を任命なさっているのかもしれませんね(笑い)。 奥様に直接、お尋ねください?!

この方もやはりイニシャルではOさんですが、時々、サロンに来てくださる方です。
酢たまねぎや血圧には脚の運動だというような本を送ってきてくださったりしています。
彼女自身も、私よりもたくさんの問題を抱え込んでいる人ですが、問題を抱え込んでいる人の方が、他者の問題が見えるのでしょうか。

たしかに私は、誰かが止めないとさきがみえなくなりかねない欠陥があります。
注意しなければいけません。

ところで、この週末の土日は、サロンを開きませんでした。
別に理由があるわけではないのですが、昨日電話をくれた友人は、この週末はサロンがないのか、と言ってきました。
そういえば、最近サロンを開かない週末が増えています。
ただし、サロン回数はむしろ増えているのですが。
しかし、サロンのない週末はのんびりできます。

いま、畑に朝の水やりに行ってきました。
ちょっと出遅れたせいもあって、あまりの暑さに水だけやって帰宅しました。
今日の午前中は、節子の月命日なのでお墓に行く予定ですが、それ以外は手紙を1通書くくらいしか用事がありません。
机の上に置いてある「やることリスト」には10項目以上書かれていますが、まあそれらは気が向いたらやることにして、とりあえずはのんびり過ごせる日です。
それに昨日少し頑張り過ぎたので、右手がうまく動かせずに、握ることができません。
いささかやり過ぎたようです。
直ったら、夕方畑に行こうと思います。
なにしろ2畝の畑用地の開墾がほぼ終わったからです。

むかし、節子が駅前の花壇に何を植えようかとスケッチしていたことを思い出します。
節子がいなくなってからの駅前花壇の方がきれいなような気がしますが、それはともかく、白紙の土地に何を植えるかを感がるのは楽しいものです。
節子と結婚したり、会社を辞めたりしたときの気分を、ちょっと思い出します。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3885:5月30日生まれの人の性格判断

節子
最近、フェイスブックに余計なことを書きすぎて、たぶん評判を落としています。
まあ以前から評判はあまり良くないと思いますが、どうも「言わずもがな」のことを言う性癖は直りません。
困ったものですが。
それでも、時には、節子に聞かせたくなるようなメールも来ます。

先日、まだお会いしたことのない、しかし電話などでは何回も話したことがある、もしかしたらほぼ同い年の広島のOさんからのメールにこんな文章がありました。
ちょっと長いですが。

ネットで誕生者の性格に次のようなものがありました。
5月30日に生まれたあなたは、生まれつきの社交家です。小さなころから頭の回転が早く、ユーモアのセンスが抜群で、誰からも愛されます。いつも楽しいこと新しいことに対してアンテナを張り巡らせていて、それが現れると飛びつきます。何でもやってようとするチャレンジ精神が旺盛です。反面、取りかかったはいいけれどすぐに飽きてしまったり、他のものごとに目移りしてしまいやすい傾向があります。それを批判されるとついムキになって反論したり、挑発してしまうことも多いでしょう。
人が大好きで、相手が何を考えているか瞬時に見抜いてしまう直観力を持っています。相手の望む答えを瞬時に用意することができます。ですからその場の空気をうまく操って、自分の思い通りに動かすこともできるでしょう。いつもふざけているように見えて、実はひとりひとりがよく見えているのです。さり気なく細かい気配りをすることもできるので、いつもみんなの人気者なのです。
取り組んだことにあきっぽく、長続きしないことが多いので、信頼を得ることは簡単ではありません。気持ちもコロコロ変わり、言動が変わることも多いのです。「ふざけてばかりで真面目にやらない」「調子がいい」というイメージがつきやすいでしょう。その傾向は小さい時からで、大人になっても変わりません。周囲の信頼を得るには、ひとつのことを長続きさせて実績を積む必要があります。それができるようになると、その後の人生がうまく回り始めるでしょう。また、遊びや恋にエネルギーを注ぎ過ぎて、疲れることが多くなります。また普段の生活もおろそかになりがちです。今が楽しければそれでいいという考えを改められるかどうかで、中年以降の健康状態や暮らし方が変わってくるでしょう。

笑えてしまうほど、ぴったりのところがあります。
もちろん、欠点に関してですが。
しかし、最後に「中年以降…」という表現があるように、これは5月30日生まれの若者向きの性格判断のようです、

Oさんは、次のメールでこんなことも書いてきてくれました。

今朝は、NHKの番組で内館牧子さんが登場されて小説「終わった人」について取り上げられていました。
東大を卒業したとあるエリート銀行員が、63歳の定年を迎えて、それまで仕事一筋だった人生から家庭・地域・趣味をおろそかにしていたツケが一気に噴出して八方塞がりとなり「定年って、生前葬だな~。」とつぶやいてしまうストーリーだとか。少し興味のわく本のようですが、私も15年前に強烈な体験の中で仕事を追われたことで、今のユッタリズムな生活が送れるようになったことに改めて感謝しなければいけないのだな~と痛感しました。

最後の文章がとても共感できました。
Oさんのことは、あまりよく知らないのですが、この1文でなぜか心が改めて通ずるような気がしました。
また、定年を「生前葬」と感じる生き方もわかるような気がします。
私の場合は、節子とともに、「生前葬」をしてしまった感じが少しあったのですが、そこからはいまは抜け出られています。
それが、「ユッタリズムな生活」とはちょっと違います、ある意味では「豊かな生活」にたどり着けた気がします。
「死」と「生」、「挫折」と「成功」は、やはりコインの裏表なのでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3884:〈ないもの)から、〈あるもの)が生まれた

節子
昨日は早く眠ったのですが、案の定、夜中に目が覚めてしまいました。
それで読みかけていた「インド哲学10講」という岩波新書を読んでしまいました。
なかなか難しくて、ますます目が覚めてしまい、また寝不足です。

その本を読む気になったのは、先日、先日詠んだ「先史学者プラトン」などのせいですが、読みだしたらどうも難解で、少し読むのをやめていました。
そのため、枕元に積まれている本の仲間入りしていたわけです。
難解なのですが、気になっていた文章がありました。

インド哲学と言えばウパニシャッドですが、それを代表する思想家にウッダーラカという人がいるそうです。
今から3000年ほど前の人だと言われています。
その人が、息子に話した言葉が、残されています。


息子よ、はじまりにおいて、この世界は(あるもの)に他ならなかった。それはただ一者として存在して、2番目をもたなかった。この点について、ある人々は言う。「はじまりにおいて、この世界は〈ないもの)に他ならなかった。それはただ一者として存在して、2番目をもたなかった。その〈ないもの)から、〈あるもの)が生まれた」と。しかし、息子よ、いったいどうしてそのようなことがあるだろうか、とウッダーラカは言った。いったいどうして〈ないもの〉から〈あるもの〉が生まれることがあるだろうか。そうではなくて、息子よ、はじまりにおいて、この世界は〈あるもの〉に他ならなかった。それはただ一者として存在して、2番目をもたなかったのだ。

ウパニシャッドでは、最初に〈ないもの〉があったと書かれている、と私はぼんやりと記憶していました。
そして、〈ないもの〉からすべては生まれだすという考えになじんできました。
近代科学の主張する物質不変の法則よりも、もっと大きな世界があると確信しているからです。
科学が感知できるのは、それこそ「小さな宇宙の一部」でしかないと私はずっと考えています。
そのためこのウッダーラカの指摘はちょっと悩ましい問題でした。

〈ないもの〉から〈あるもの〉が生まれることがあるだろうか。
そうではなくて、息子よ、はじまりにおいて、この世界は〈あるもの〉に他ならなかった。
それはただ一者として存在して、2番目をもたなかったのだ。

この文章を考えているうちに、目がますます覚めてきてしまったのです。
結局、世界は〈あるもの〉に他ならなかったと、世界は〈ないもの)に他ならなかったとは、同じことなのだという結論になって眠れましたが、2番目、つまり他者が存在しないことは、ないことと同値なのです。
さてそこからいろんなことが広がっていきそうですが、それはまた別の機械に考えましょう。

まあ、そんなわけで、今日は寝坊してしまいました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/02

■節子への挽歌3883:いささか畑をがんばりすぎてしまいました

節子
今日は少し頑張りすぎてしまいました。
夕方も2時間近く畑に行っていましたが、さすがに疲れてしまいました。
笹の根っこを深くから切り取る作業はかなり力が必要です。
そのために、右手がかなりダメッジを受けてしまい、手が使えなくなってしまいました。
また座って作業するので、脚が疲れて、階段をのぼるのさえつらいです。
疲れ切ってしまい、ダウンです。
私はどうも無茶をやる習癖があるので、時にこうなります。
困ったものです。

畑面積や花壇面積はかなり広くなりました。
また種や苗を買ってこなくてはいけません。
今年は収穫よりも、野菜や花で埋め尽くすのが目的です。
野菜や花が育ってくれば、野草や笹は遠慮してくれるでしょう。
もちろん私が抜いたり刈り取ったりするわけですが。

昨日も今日も畑仕事中心だったので、他には何もしていない気がします。
何か大事なことを忘れているような気もしますが、まあ今は畑が最重点課題なのです。
庭の乱雑さにも構ってはいられません。
梅雨入りする前に、基礎をつくっておかないと、元の木阿弥になりかねないからです。
自然の成長力は侮れないのです。

さて明日はどうしましょうか。
月命日なので、お墓にも行こうと思いますが、今夜休んだら、身体の疲れは直るでしょうか。
お風呂に入って、今日は9時過ぎには就寝です。
お風呂の中で眠らないようにしなければいけません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3882:平和で豊かで、知的で快適な暮らし

節子
今日も暑いです。

太陽が一番元気な8時半から約2時間、畑に行っていました。
節子がいたら止められていけなかったでしょう。

30分で終わる予定が、荒地をもう少し畑にしようと思い立ちました。
畑は耕すだけではだめなのです。
そこに新しい文化を育てないと、畑は元の野草で覆われます。
いつも、近代西欧社会とISの関係を思い出しています。
野草を刈る時には、必ずしも無心ではないのです。
いろいろと考える。
時には、節子を思い出して、涙することもあるのです。

それで、新しい荒地に挑んだら、これが実に面白い。
時を忘れて、野草や笹竹の根っこと格闘していました。
気がついたら2時間近く経っていました。
倒れそうなので、家に電話してユカに冷えた栄養ドリンクを届けてもらいました。
それを飲んだら、また作業をやりたくなりましたが、汗もだらだらなのと、熱中症の恐れもあるので帰宅しました。
家族がいなかったら、まだ続けていたかもしれません。
さてそこで色々と考えたのは、働き方改革です。
このように、農作業はいろんなことを考えさせてくれるのです。
チコちゃんが言うように、「ボーっ」と生きていては、農業はやれないのです。

それにいろんな生命に会います。
人間もですが(今日は写真を撮っている人と話しました)、トカゲとかトンボです。
今年初めての、ムギワラトンボに会いました。
最近、トンボの大きさが小さくなってきているような気がします。
カマキリの巣もありました。
世界は実に豊かです。

帰宅して、手を洗おうと思ったら、親指に豆ができてそれが破れていました。
それに気づいたら、急に痛くなってきました。
ホメロスの「イリアス」を思い出しました。
つながりは誰にもわからないでしょうが。

さて午後は、30分、昼寝です。
そして、夕方また、畑。
実に平和で豊かで、知的で快適な暮らしです。
予定では、2年前から毎日がこんな生き方になるはずだったのですが。
節子の生で、人生は変わってしまいました。
こまったものです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■第1回「有機野菜の旬を楽しむ会」へのお誘い

湯島で新しい集まりをスタートさせます。
主催は、霜里農場の金子友子さんです。
金子さんご夫妻がやっている埼玉県小川町の霜里農場は、全国から有機農業を志す人たちの学びの場です。
http://www.shimosato-farm.com/
そこから巣立っていた人たちは、全国にたくさん広がっていますが、その人たちを毎回ゲストにお迎えして、その季節季節の旬の有機野菜を、簡単な料理で楽しんでもらおうという企画です。
同時に、意欲をもった有機野菜生産者を多くの人に知ってもらって、その応援者になってもらえればと思っています。
有機野菜の生産者を増やしていくためには、有機野菜の消費者を増やしていかねばなりません。
そして、有機野菜の良さを知ってもらうと同時に、食のあり方を考えてもらいたいと金子友子さんは考えています。

有機野菜作りに取り組んでいる若者たちは、好青年が多いです。
そうした好青年たちの「母親役」でもある、金子友子さんは、仕事が忙しくて、お嫁さん探しもなかなかできない有機野菜生産者のお嫁さん探しもできればと、考えているようです。

ほかにもまだいろいろと思いはありそうですが、しかし、ともかくはまず「有機野菜の旬を楽しんでもらいたい」というのが、友子さんの願いです。
最初のゲストは、千葉県の船橋市で有機野菜作りに取り組んでいる山田農場の山田勇一郎さんです。
私も先日、友子さんと一緒に山田農場を訪問して、山田さんと会ってきました。
お話だけでも十分に面白そうです。

ぜひ多くの人に参加していただき、美味しい有機野菜を味わってほしいと思っています。

○主催者:霜里農場の金子友子さん
○第1回生産者ゲスト:山田農場 山田勇一郎さん
○日時:2018年6月23日(土)14時~16時
13時半から開場しています。
○場所:湯島コンセプトワークショップ
東京の湯島天神のすぐ前です。
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○会費:500円+思し召し(有機野菜のおいしさへの感謝)
○定員:15人以内 ※要予約(野菜の準備のため参加人数を把握したいので必ず申し込みください)
○申込先:湯島コンセプトワークショップ佐藤修
(メール:qzy00757@nifty.com 電話:03-6803-2575)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2018/06/01

■節子への挽歌3881:リビングの照明は壊れたまま

リビングの設計は、節子がいくつかこだわったところがあります。
わが家の家づくりは、4人の家族がいろいろと意見を言ったため、かなり混乱したものになってしまったかもしれません。
意見は多ければ多いほどいいわけでもありません。

完成した後、節子自身も後悔していたところも多いのでしょうが、それもそのままになっています。
キッチンとダイニングの境目はオープンにしすぎてしまい、ちょっと後悔でした。
節子が強く主張したのに家族や設計者から受け入れられなかったこともあります。
これについて、家ができてからも節子は口に出していました。
節子の言い分が正しかったことが判明したからです。
しかし完成後に直すわけにもいかず、いまも不便さを我慢しています。

節子のこだわりの一つは、リビングの照明でした。
なぜか節子は照明にこだわります。
私は何でもいいのですが、ガラスでなければいけないと主張し、その時もわが家には分不相応な照明器具になりました。
見た感じはさほど変わりませんが、節子のお気に入りでした。

その照明器具が2年前に点かなくなりました。
切り替えが複雑なので、それがおかしくなったのでしょう。
廃棄するには忍び難く、友人に直してもらえないかと分解してみましたが、内部が複雑すぎて修理できないと言われてしまいました。
電器屋さんに持っていけば修理できるのかもしれませんが、高くつきそうなので躊躇しています。
いまは代わりに、使っていなかった蛍光灯をカバーもつけずに使っています。
リビングの上なので、お客さまもそう気づかないので、これもまたそのままです。
節子はたぶん嘆いているでしょう。

リビングにはエアコンがあります。
このエアコンがまた壊れています。
埋め込み型なので、メーカーに頼んで修理してもらったのですが、すぐにまた同じような状況になってしまいました。
要は直らなかったのです。
使っていると、突然大きな音がしだすのです。
ですからよほどの時でないと使えません。
ですから暑い時にはわが家には来ないほうがいいです。

まあ、そんなこんなで、わが家のリビングはテーブルだけではなく、実にちぐはぐなのです。
でもまあ、これも私たち夫婦に似ているのかもしれません。
私が元気なあいだは、たぶんこの状況が続くでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

■節子への挽歌3880:未完の作品

わが家には、節子の「未完の作品」があります。
未完の作品というよりも、正確には「未完の作品を思い出させるもの」ですが。
それは、リビングのまんなかにあるテーブルです。

わが家のリビングは、いろんな人が集まることも想定して、少し広めにつくりました。
たくさんの人も座れるように、小さな回転いすも用意しました。
問題はテーブルです。
テーブルは、自然の木材の大きなものを希望していました。
いろいろと探しましたが、節子のお気に入りのものは見つかりませんでした。

私の友人が、栃木の知り合いのところにいいのがあると教えてくれました。
一緒に行こうという話が出た頃に、節子にがんが発見されました。
テーブル探しどころではなくなり、とりあえず何もないと困るので、1万円の板を買ってきて、脚をつけてテーブルにしました。
節子の手づくりです。
実は、いまもって、それがわが家のリビングにあるのです。
ちょっとリビングには似合わないテーブルですので、お客様は違和感を持つでしょう。
家族もみんな違和感を持っていますが、誰もテーブルを変えようと言わなくなりました。
だからそこでちょっとしたミーティングをやった時に、きっと来た人は違和感を持つかもしれません。
もう少し見栄えのいいテーブルにしたらいいのにと思われているかもしれません。
でもまあ10年以上もそこにあると、私には何となく、これでもいいかと思い出しています。
それにしても、いかにも粗末なという感じのテーブルなのです。
小さな回転いす一つよりも安いテーブルなのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年5月 | トップページ | 2018年7月 »