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2018/06/23

■節子への挽歌3907:農業は良い人を育ててくれます

節子
雨のため行けなかった畑に、昨日夕方行ってきました。
道沿いの花壇作りをしていたら、犬の散歩で通った人が何を植えているのですかと話しかけてきました。
少し話していたら、後ろの畑もやっているのですかと訊いてきました。
そして、トマトを作ってくれたら買いに来ますと言いだしました。
まあ売れるほどにはとてもなりませんが。

そこで思いつきました。
誰でも収穫できる畑というのはどうでしょうか。
もしトマトがなっていて、それを食べたいと思う人がいたら、自由に収穫してもらう。
無料ですが、代わりに収穫に見合う作業、たとえば草刈りなどをしていくというわけです。「コモンズの幸せ」が私のライフテーマの一つですので、その実験の場にできるかもしれません。
道沿いの花壇も、うまく花が咲いたら、そこも自由にとっていくのもいいかもしれません。
以前、百日草がきれいに咲いていた時に、やはりその花はなんですかきれいですねと言われましたが、綺麗だと思った人には自由に持って行ってもらい、代わりにそこにまた種をまいて行ってもらうというのはどうでしょうか。
そうなれば、私の手もかからなくなります。

節子が闘病生活をしていた頃、花壇のところに散歩している人がちょっと休めるようなベンチを置こうと思ったことがあります。
実現できませんでしたが、節子がいたらいろんな試みができた気がします。
私はアイデアは出てきますが、実行力が欠けています。
節子だったら、きっと何かをしてくれたでしょう。

畑も花壇も、少しだけそれらしくなってきましたが、まだ花も咲きださず、収穫はできていません。
なにしろ土壌がよくなくて、水はけが悪いのです。
昨日も1時間以上、草刈りをしていましたが、何しろ根っこを張った笹竹が多いので、大変です。
でも今回は自分でも驚くほど頑張っています。
今年はともかく、来年は大収穫が期待されます。

今日は湯島で、専門の有機農業に取り組んでいる人に来てもらって、有機野菜の旬を楽しむ会をやります。
いつか私も野菜を提供できるといいのですが。
畑をやっていると、収穫物はみんなの物(コモンズ)だという気がしてきます。
農業をやっている人は、あんまり私的所有概念は育たないでしょう。
だからみんな良い人ばかりなのです。
私もだいぶ良い人になってきているような気がします。

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