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2018/06/14

■節子への挽歌3896:畑作業の効用

節子
3日ほど前に、かなり集中的に本を読んでしまいました。
「インド哲学10講」という岩波新書です。
前半はあまり面白くなかったのでいつものように速読していたのですが、後半面白くなってきて、結局また最初に戻って、熟読してしまいました。
あまり新しい発見があったわけではなかったのですが、今回はともかくしっかり受け止めようと思って、熟読したのですが、そのおかげでいささか脳疲労になってしまい、2日間ほど思考拒否になってしまいました。
パソコンに向かっても何かを書く気がしなくなってしまったのです。
それでまた2日ほど、挽歌が抜けてしまったわけです。

昨日、数日ぶりに畑作業をしました。
孫が来ていたのですが、ほんとは連れて行きたかったのですが、母親の許可は出ません。
まあ当然のことでしょう。
それでいつものように、2時間ほど、孤独な畑作業をしました。
実はまだ右手があまり直っていないので、辛いのですが、不思議なもので畑に行くと作業ができてしまうのです。
そして帰宅するとやはり指が動かなくなっている。
実に不思議です。

2時間ほどの畑作業から帰ったら、体調がなんだかよくなったようで、血圧を測ったら、私にとっての正常値でした。
薬を飲まなくても、最近はある幅に落ち着きだしました。
酢たまねぎや脚の運動、呼吸法も、ちょっと怪しいですが、まあ細々と続いていますので、それの効果もあるかもしれません。
でも依然として脳機能はもどらず、久しぶりに9時過ぎに寝てしまいました。

起きたら、なんだか脳も回復した感じです。
挽歌も書けました。

節子は私にとっては、身心の癒し、脳の癒し的な存在だったと、この頃、痛感します。
挽歌を書くことは、そうした「癒し」にもなるのですが、挽歌を書くことさえできない時もあります。
最近疲れやすくなってきているのは、節子の不在のせいだろうと思います。
伴侶を失うと、そうやって後追いするか、再婚する人が、出るのでしょう。
後追いも再婚も、私はその気が皆無ですので、ただただ疲れるしかありません。

今日は畑に行けませんが、なんとかがんばれそうです。

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