■節子への挽歌3899:奇跡の湯島
節子
北九州市の石松さんが久しぶりに湯島に立ち寄ってくれました。
前回は連絡もなく来たためドアが閉まっていて、無駄足をさせてしまったので、今回はしっかりと待ち構えていました。
石松さんも、最初に会った時と変わっていません。
最初に来た時には北九州市の職員研修の相談でした。
今では懐かしい話ですが、北九州市の職員研修には数年関わらせてもらいました。
そしていろんなことを学ばせてもらいました。
その出発点が、石松さんでした。
いまは局長になっているので、たぶん偉いのでしょう。
しかし全く変わっていない。
話しぶりも変わっていない。
こういう職員や社員が少なくなりました。
まあ湯島に来れば、どんな偉い人も「ただの人」です。
そういう空間を30年も維持できたのは、「奇跡」かもしれません。
石松さんもそう言っていました。
たしかに湯島は不思議な空間です。
昨日、私よりも1歳、上の会社の経営者から電話がありました。
彼が言うには、自分は佐藤さんと違ってまだ働かなくてはならないので、と言っていました。
外部から見れば私は働いていないように見えるようです。
しかし私から見れば、会社の経営者は私よりも働いていないような気もします。
いや、いま給料をもらっている人たちのほとんどが働いていないようにさえ思えます。
私ほど働いている人はいないのではないかと、時に思うこともあります。
しかし、これは言葉の定義の問題です。
昨日、ある集まりをやったのですが、最初に自己紹介をし合いました。
私のあまりよくわからない自己紹介(私は自己紹介が苦手です)を聞いていた隣の友人が、要するに「人間と仙人の間のような人」と解説していました。
仙人との付き合いは、残念ながら私にはないので理解できませんが、なぜか私を仙人と呼ぶ人がいます。
私ほど、人間らしい人間はいないのではないかと思いますが、どうも最近はこの世から人間が消えているようです。
それにしても、湯島が30年も維持されているのは、不思議です。
その理由が私もよくわかりません。
困ったものです。
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