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2018/06/04

■節子への挽歌3887:今日も畑に水をやりに行くことから1日がはじまりました

節子
夏のように暑いです。
湯島に行く前に畑の作業をしようと思いましたが、あまりの暑さに水やりだけにしました。
いまのところ、なんとかみんながんばっているようですので。
なんだか最近は、畑仕事を軸に生活が動いているような気もします。
それもまた、良し、ですが。

それにしても、畑仕事をすると、自らの体力の低下というか、老化というか、そういうことを強く自覚させられます。
作業して帰宅すると、ぐったりしてしまい、何もやる気が起きません。
疲れは、翌日になっても残っています。
右手で思い切り力仕事をしているため、手を強く握れなくなっていますし、そのため今日は畑仕事をしても力を入れる仕事はできないかもしれません。

しかし、いいこともあります。
シャツがびっしょりになるくらい汗をかきます。
こんなことはここしばらくなかったことです。
汗をかくのがいいことかどうかわかりませんが、なにやら気持ちはいいです。

畑の面積は広くなりましたが、最初にいろいろと植えたところは、昨年か一昨年に育っていた大根か何かの芽が一面に生えだしてしまい、カボチャなどは全滅してしまいました。
枯れたのもありますが、一番の被害は、葉っぱが虫に食べられてしまったためです。
小さな、これまであまり見たことのない虫ですが、防虫剤をまくわけにもいかず、見つけるととっていましたが、殺すのもいささか気が向かないので、逃がしているので結局、またやられてしまい、全滅というわけです。
ここは悩みどころですが、農家の人に聞くと、たくさん野菜をつくれば、無視が分散するので共生できるのだそうです。
野菜を増やさないといけません。
一部は虫のために、です。
虫には、害虫も益虫もいないのです。
ほどほどに我慢しながら、みんなと共生していくことで、豊かさが広がっていく。

人間の社会も、たぶんそうだったのでしょうが、最近は変わってきてしまいました。
それには約気付いて、抜け出られたことの幸せを感じます。
これも節子のおかげかもしれません。
人は誰を伴侶に選ぶかで、人生は変わってしまうのでしょう。
そもそも、結婚するとは自らの人生を変えることですが。

最近、パソコンに向かう時間が減ってきました。
節子がいたら喜ぶでしょう。
でも、もうその節子はいません。
人生はなかなかうまくいきません。

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