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2018/06/13

■米朝会談への違和感

米朝会談の実現は喜ばしいことでした。
いままで会ったことのない2人が、直接に会ったことが実にすばらしい。
人は、直接会って話をしてこそ、お互いに分かり合えて、人間的な判断や思考ができるようになると思っているからです。
そこに最大の意義がある。

ただ、報道を読んでいて、どうも違和感があります。
たとえば、「非核化」ということです。
核を持っているアメリカが、北朝鮮に非核化を要求することの「非対称性」がどうも理解できません。
トランプ大統領が握手しようと先に手を出したように、まずは自らの核への姿勢を表明しなければ、対話は成立しないはずではないのか。
「朝鮮半島の非核化」という言葉の意味がわかりません。
非核国家とされていた日本にも、米軍によって核兵器がたくさんあったことも最近明らかになっています。

「非核化」の主語は「人類」でなければいけないのではないか。
核兵器を独占する大国が、核を独占しようとすることにこそ、問題があるのではないのか。
アメリカが非核化しない限り、朝鮮半島の非核化など成り立つはずもない。
核兵器は、国家など越えているからです。
アメリカ大統領は、北朝鮮の非核化を言う前に、自らの(段階的な)非核化を宣言すべきではないか。
オバマ大統領が、そういう姿勢を出した時には大いに期待しましたが、言葉だけで終わりました。
核兵器に支えられた力や体制は、ひずみを起こしていくでしょう。

北朝鮮の体制の保証という言葉にも驚きます。
私には信じがたい言葉ですが、北朝鮮がそれを望んでいるというように報道されています。
それではまるで、アメリカの属国になるということです。
そんなことがあるはずもない。
ここで保証の対象は何かをもっと考えなければいけません。
それに、そもそも「体制」とはなんなのか。

米朝会談の実現は喜ばしいことですし、それによって、なにかが変わっていくように思います。
しかし、小国の非核化が正当化され、大国による国家体制の保証が正当化されるようであれば、そこにある「平和」は、抑圧された平和でしかありません。
発想や言語体系の枠組みを考える「視点」を、そろそろ逆転していかなければいけないのではないのか。

しかし、それはそれとして、未来の大きな影響を与える立場にあるトランプ大統領と金委員長が、直接会って、会話し、握手したことの意味は大きい。
だからやはり昨日の米朝会談は、新しい歴史につながっていくと思います。

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