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2018/06/06

■解釈の違い

文化の違いは解釈の違いを生みだします。
ですから同じ言葉が、違う意味や使われ方をしがちです。

昨日、国会で佐川前国税局長官の任命責任を問われた麻生財務大臣は、「適材適所の任命」だったと応えています。
麻生さんにとっては、適材が責任を果たした事例なのだろうと思います。
適材適所の意味するところが違いますから、議論は成り立ちません。
改ざんすることこそが、麻生さんは「適切な行為」と考えているかもしれません。
但し自分に迷惑をかけないように、ですが。

日大アメフト部の選手たちと監督・コーチも、同じ言葉を使いながら、その意味合いは違っていたと思います。
それを踏まえて事実を解析していく必要があります。

文化の違いなどというと大げさになりますが、視点の違いと言ってもいいでしょう。
視点によって、言葉の意味は違ってきます。
麻生さんと海江田さんの視点は違いますから、質問と回答はかみ合いません。
文化の違い、視点の違いを超えた、設問が求められます。
国会の議論を聞いていると、ほとんど言葉がかみ合っていない気がします。

ソクラテスは産婆術的な問いかけを繰り返し、相手の視点で問うことを大事にしたと言われます。
相手は、ソクラテスの問いに答えるのではなく、自らの問いに答えるように仕向けられます。
ですから防衛的な回答はできません。
なにしろ問いかけも答も自分で完結するわけですから。
そのために、ソクラテスは民衆によって死刑を宣告されたのでしょう。
私も基本的には、そうした問いかけを大切にしています。
他者に対しても、自らに対しても、です。

柳瀬さんも佐川さんも、大谷さんも矢野さんも、みんな「適材適所の適任者」なのです。
立派な官僚なのでしょう。
その構造を変えなければ、いけません。
しかし残念ながら最近の日本では、多くの人たちが(若者も含めて)、麻生さん的な「適材適所の適任者」を目指しているような気がしてなりません。

昨日、「マルクス・エンゲルス」という映画を岩波ホールで観ました。
https://eiga.com/movie/88435/
友人に勧められたのといくつかの映画評も読んでいたのですが、正直に言えば、まったく退屈な映画でした。
なんでいまさらこんな映画がヨーロッパで生まれるのだろうかと考えてしまいました。
そこに大きな示唆があることに気づかされました。

しかし、筋書きは退屈でしたが、もし若い人がこの映画を見たら、右脳的に影響を受けるような気がしました。
コモンズだったはずの森で枯れ木を取ることさえ許されずに殺害される風景が、視聴覚的な効果を活かして展開されるシーンから映画ははじまります。
まだ「人間」が左脳を持っていなかったような扱いに、私は違和感がありますが、導入部の演出としては見事です。
期待が膨らみ、そこにマルクスたちのすべてのメッセージを感じてしまう人もいるでしょう。

つづいて、エンゲルスの父親が経営している工場での労働者たちの怒りの集会が映し出されます。
経営方針に異議申し立てした女性が解雇され、そこからエンゲルスが、その労働者の女性と恋に落ちる展開は、いかにも現代流ですが、たぶん右脳的には効果的です。

ちなみにマルクスの妻は、貴族の娘です。
貴族とユダヤ人、ブルジョアの息子と貧しい労働者。
マルクス夫婦とエンゲルス夫婦の組み合わせは、20世紀の世界を象徴しています。
階級や所有や犯罪に関する問いかけが、そこには含意されています。

映像は書物とは違って、人間の心身に響いてきます。
もし私が若かったら、動き出したくなる情念を植え付けられたかもしれません。
ヨーロッパでは、たぶんまだその可能性があるのでしょう。
いや、その可能性が生まれだしたというべきでしょうか。

しかし今の日本ではどうか。
適材適所から外れた自らの生き方を志向するよりも、適材適所に合わせた生き方を志向する方が快適だと思う文化が広がりだしているように思います。

そうした社会では、「言葉」は人を呪縛しだします。
言葉から自由になって、改めて映像や音からのメッセージを大切にしなければいけなくなってきたのかもしれません。
私は活字人間ですが、どうも活字の時代(言霊の時代)は終わりつつあるようです。
そうは思いたくはないのですが。

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