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2018年7月

2018/07/31

■節子への挽歌3972:さびしそうな火星

節子
火星が地球に大接近しているそうで、今夜も火星が大きく輝いています。
仕事場からは見えにくいのですが、昨夜、ベッドに横になって何気なく外を見たら、火星が大きく見えました。
寂しさが襲ってきました。

私の寝室はエアコンはないので、ドアも窓も開けっぱなしで眠ることがほとんどです。
エアコンだけのせいではありません。
よほど寒い冬の日以外は、冬でもドアは開け放しています。
節子がいなくなってからの習慣です。
節子がいつでも入ってこられるように、という思いからです。
まあ節子がやってきたことはありませんが。

最初に一緒に暮らしだした滋賀の大津で見た星空、ハワイのキラウェアで見た星空、家族旅行でよく行った白樺湖での星空、夜空にはいろんな思い出がありますが、火星を意識した思い出はありません。
わが家には、猫の額ほどの小さな屋上があります。
そこで夜、節子と星を眺めたこともあります。
しかし、そこでどんな会話をしたかまったく思い出せません。
ただただ星を見ていただけかもしれません。

節子を見送った後、夜空を見上げることはほとんどなくなりました。
しかし、一人で夜、帰宅する途中で、火星や金星はよく見ました。
涙が出たことも一度ならずです。
ある時、月と火星と金星が、にこにこマークのように見えた時がありました。
それ以来、涙は出なくなりました。
あれは幻覚だったのでしょうか。
そんなはずはないのですが、そう思いたくなることもあります。

今夜の火星も、とてもさびしそうです。

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■節子への挽歌3971:「長い第3四半期」

節子
フェイスブックを読んでいると時代が変わってきていることと併せて、自分がどんどんその時代から外れてきていることを思い知らされます。
とりわけ複雑な気分になるのは、若い世代の活動です。
たぶん私にも同じような時があったと思いたいのですが、前に進んでいる若者たちの活動には、輝くものを感じます。
「複雑な」と言ったのは、そこに大きな希望を感ずる一方、羨望と「終わったのだな」という寂しさを感ずるからです。
「生涯現役」という言葉は好きではありませんし、私の目指すところでもないのですが、生き方を次のステップに変えたいと、改めて思うようになってきています。
「長い第3四半期」はそろそろ終えるのがいいのかもしれません。
しかし実際には、むしろ「長い第3四半期」を引き延ばそうとする生き方にますます引きずりこまれているような気もします。

私は会社を辞める時に、人生を四半世紀ごとに捉え直そうと思っていました。
社会に育てられる第1四半期は、私の場合「ちょっと短い四半世紀」でした。
会社人として生きる第2四半期は、ぴったり25年間の四半世紀。
そして社会人として生きる四半世紀は、節子がいなくなって時間が止まってしまったために、だらだらといまもなお続いているのです。
その状況から抜け出ようという気がようやく生まれたのですが、次の第4の四半世紀の方向は定まりません。
理由はそれなりにあるのですが、生き方を変えるには理由は重要ではありません。
変えればいいだけの話ですが、そこから相変わらず逃げているのでしょう。

いろいろと思うことは多いのですが、惰性的な生き方の引力はとても大きい。
第2四半世紀を変える力は、節子の存在でした。
生き方を変えるには、やはり誰かの存在が必要なのかもしれません。
もしかしたら、多くの人は、変えたくとも、その存在がないために惰性から抜けられないのかもしれません。
だとしたら、私がその存在になれることもあるかもしれません。

自分は変えられないかもしれませんが、だれかを変えられる存在になることはできるかもしれない。
変えられるのは自分と未来だけ、と先日も中下さんが話していましたが、その言葉がその時、奇妙に気になっていました。
もしかしたら、変えられるのは「自分」と「未来」ではなく、「他者」と「過去」ではないだろうかとふと感じたのです。
これはもう少し考えてみたいと思いますが、「長い第3四半世紀」に居続けるかどうか、これもそろそろ考え出そうと思います。
もしかしたら、この2つはつながっているのかもしれませんし。

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2018/07/30

■節子への挽歌3970:山のような後悔

節子
がん治療をしている友人が治療を少し延期して玉川温泉に湯治に行っていました。
帰宅するのが台風襲来と重なっていたので心配していたのですが、昨日、無事帰ったという電話がありました。
ほっとしました。
なにしろ彼は独り身なものですから。

とても元気そうでした。
節子の闘病中、彼から温泉に行くように勧められました。
すでにその時には、節子はかなり状況が悪かったのでやめたのですが、そのことを後で後悔しました。
だから彼が治療を延期して温泉に行くと言い出した時には、賛成したのです。
でも、人の身体は人それぞれですし、何がよくて何が悪いかはわかりません。
節子の体験があるからこそ、がん治療している人へのアドバイスはいつも躊躇してしまいます。
同時に、節子の時のことを思い出して、いつも後悔してしまいます。
私の場合は、節子を守れなかったわけで、すべてがつらい思い出なのです。
後悔は山のようにあって、そこから抜け出せることはないでしょう。

しかし、とても元気そうな声でよかったです。
彼へのアドバイスはできず、ただただ祈るだけなのですが、それでもすこしは役立つでしょう。
それにしても、祈ることの多いこの頃です。

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■節子への挽歌3969:石器人の豊かさ

節子
さわやかな朝です。
今日は朝早くから出かけるので、畑はやめました。
台風のおかげでたっぷり雨も降りましたし。

昨日の挽歌に書いた「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民」を読み終えました。
いろいろと考えさせられました。
プナンのひとたちは、まだ「倫理」が生まれる前の、自然と共にある段階に生きているというようなことが、とても具体的に紹介されているのですが、その多くがとてもなじめました。
近代以前どころではないのです。

私はフェイスブックの自己紹介に、「コモンズの回復をテーマに、自分に誠実に生きています。 社会に誠実かどうかは確信が持てませんが。現代社会にはあまり適応できずにいますが、 誕生以来の人類としてはとても平均的な人間です」と書いています。
いささか大仰の自己紹介ですが、私としてはとても気に入っています。
奥野さんの本にも出てきますが、ずっと前に、アメリカの人類学者マーシャル・サーリンズの「石器時代の経済学」を読んだ時に感じたことが、その後の私の思考の基準の一つになっています。
一言でいえば、進歩主義への疑問です。
もっと言えば、直線型に流れる時間観への疑問です。
サーリンズは、同書で、石器時代人の暮らしの豊かさを描いていました。
奥野さんは、それを紹介して、こう書いています。

食料を探すことに汲々としている貧しい社会という古くからのイメージを覆して、狩猟採集民社会を、生きるための労働に費やす時間が近代産業社会のそれよりずっとずっと少なく、余暇の多い「豊かな社会(affluent society)」であると捉えなおした。プナンの森の狩猟小屋での生活は、サーリンズが言うような、アフルーエントな雰囲気に満ち溢れている。

最近では、石器時代の捉え方そのものまで変わってきているように思いますが、私が学校で学んだ歴史は、近代人が創り上げた自己賞賛のフィクションだったような気がします。
サーリンズの話は、時々、湯島でもしていましたが、誰からも笑われてばかりいたので最近は忘れてしまっていました。
そのサーリンズに再会できたのも、本書を読んだおかげです。
私の中にさえ、そうした自然人の血が流れているのを感じますが、その視点で「豊かさ」を捉え直すと、人生観は一変するような気がします。

さてそう言いながらも、今日は近代社会での仕事をする日です。
しかしもしかしたら、そこにもプナンの豊かさに通ずるものを見つけられるかもしれません。
なにに出合えるか、楽しみになってきました。
今日はある会社でずっと過ごす予定です。

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2018/07/29

■節子への挽歌3968:死者との関わり方としての名前

節子
昨日はぐだぐだして過ごしていましたが、ボルネオの少数民族プナンの生活ぶりを報告している人類学者の本「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民」を半分読みました。
ちょっと元気が出る本です。
私の生き方もまんざらおかしくないと思えますので。

その本に死者を弔うやり方の章がありますが、プナンの人たちの死者とのかかわり方は、日本人とはかなり違います。
身近な人が死ぬと、死者ではなく、残された家族・親族が名前を変えるのだそうです。
死者に戒名をつける日本人のやり方とは、ある意味、真逆なのです。
そこにはさまざまな意味があると考えられていますが、たとえばその一つは、残された人たちを、しばらくの間、死者だけに独占してもらえるようにするためという捉え方です。
死者にあの世に持っていってもらうというわけです。
殉死にも通ずる考え方です。
ちなみに、プナンでは、人間は〈身体〉〈魂〉〈名前〉の3つの要素を備えた存在と考えられていて、個人の「名前」はとても大きな意味を持っています。
ですから、名前を変えるということは、それまでの身体や魂といっとき離れるほどの意味があるのでしょう。
とても含蓄に富む風習のような気がします。

戒名は日本の文化の一つですが、考えようによっては、死者には冷たいような気もします。
私は毎朝、節子の位牌に呼びかけていますが、戒名で呼んだことはありません。
あまり深く考えたことはなかったのですが、戒名はやはりつけなければよかったと少し悔やんでいます。
彼岸でも「佐藤節子」でよかったような気がします。
まあ、また考えが変わるかもしれませんが。

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■「慾を捨てよ、とプナンは言った」

一昨日開催したサロンの報告を書きましたが、それを書いていて思い出した本があります。
文化人類学者の奥野克巳さんが、ボルネオの少数民族プナンの話を書いた「ありがとうもごめんなさいもいらない森の民」(亜紀書房)という本です。
私は「所有」とか「競争」という概念から自由になりたいと思っていますが(実現はできていません)、そうしたことを見事に日常化しているプナンの人たちの生き方は実に見事です。
ただし、私は絶対に彼らの仲間にはなれそうもありませんが。

特にこの本の第7章「慾を捨てよ、とプナンは言った」は、みなさんに読んでいただきたいところです。
30頁ほどの短いものなので、あまりお勧めはできませんが、書店での立ち読みも可能です。
もし読んで関心を持ったら、購入してください。
ちなみにその章の冒頭には、ニーチェの次のような文章が引用されています。

「或る程度までなら、所有は人間を独立時にし、いっそう自由にする。もう一段進むと、所有が主人になって、所有者が奴隷になる。彼はかかる奴隷として、所有のための己れの時間を、己れの省察を犠牲にしなければならない。そして以後は、自身が交際に拘束され、場所に釘づけにされ、国家に同化されてしまったように感じる、それも、すべてはおそらく彼のいちばん内面的な、またいちばん本質的な欲求に反して」。

そして、生産性至上主義の社会になってしまい、相模原のような事件が起き、飛躍しますが岸田さんは安倍さんに魂を売ってしまった。
そこで住む人たちのほとんどは奴隷たち、と言ったらまた顰蹙を買うでしょうね。
困ったものですが。


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■カフェサロン「相模原事件をどう超えていくか」報告

2年前に起こった相模原市の津久井やまゆり園での障害者殺傷事件をテーマにしたサロンには15人の参加者がありました。
改めてそれぞれで事件を思い出して、被害にあった人たちへの黙禱をささげてから、サロンに入りました。
最初に今回のサロンを呼びかけてくださった増田レアさんに、ご自分の生い立ちも紹介していただきながら、問題提起をしていただきました。
参加者のなかには、事件発生後の現場に関わった方や被害者家族とお付き合いのある方、あるいはこの問題を契機に人権や対話の活動に取り組んでいる方などがいる一方で、この事件はもう関心から消えかけていたという方や障害者とはあまり接点のない方まで、さまざまな立場の方が参加してくださいました。

さまざまな論点が出されました。
今回は話し合いになった論点だけを、順不同で羅列するにとどめます。
それぞれの論点に関する意見はさまざまでしたが、それを書きだすとあまりに長くなりそうですので。

被告をどう捉えるか。特殊な人なのか、同情すべき環境に置かれた普通の人なのか。
被告の主張が問題であって、生い立ちや環境は関係ないのか。
生産性至上主義の風潮、稼がない者には価値がないという風潮をどう考えるか。
労働は国民の義務と憲法に明記されているのは日本だけではないか。
被告をヒーローにしたくない。
そもそも加害者をどう呼べばいいか(「植松被告」「植松さん」「植松」など)。
意思疎通できていないのは被告ではないのか。
言語や行動がなくても意思疎通はできるのではないか。
不幸とは何か。生産性とは何か。意思疎通とは何か。
差別意識こそが一番の問題。その差別はなぜ起こるのか。
被告の中にあるものは多くの人の中にもあるのではないか。
被害者家族の最首さんが公開する形で被告とやりとりしていることをどう考えるか。
事件を批判するのではなく、そこから何を学び、何を変えるかが大切ではないか。
施設と社会が乖離するという施設のあり方。
「障害者」という言葉に内在する差別発想。
「障害」はないほうがいいに決まっている。それと「障害者」は全く別の話ではないか。
この事件に関連して、出生前診断をどう考えるか。
優生思想への動きが強まっているのではないか。
福祉や医療の現場で頑張っている人たちのことももっと理解したい。

ほかにもたくさん出ましたが、どうしたらこういう事件をなくせるか、という問いかけも出ました。
事件を風化させずに、事件の意味を考える話し合いの場を広げていくこと。
自分の考えをしっかりと政府などに伝えていくこと。
さらには施設のあり方を考えなしていくこと。
などが出されました。

いずれにしろ気づかされることややるべきことがたくさん出てきたサロンでした。
話題になった論点は、いずれもその一つひとつがサロンになるような大切なものでした。
これで終わらせるのは残念なので、このサロンのアフターサロンを開催することにしました。
日程がなかなか取れなかったので、ちょっと異例ですが、8月19日(日曜日)の午前に開催します。
案内は改めて行いますが、もしお時間が許せばご参加ください。
できれば私は「生産性至上社会から排除される人たち」、あるいは「私たちの中にある差別意識」を取り上げたいと思いますが、参加者の関心によっては、テーマを変える予定です。
しかしいずれにしろ、大きなテーマは、なぜ相模原のような事件が後を絶たないかを考えたいと思っています。

あまりにたくさんの宿題をもらったようで、昨日は1日、ぐったりしてしまっていて、報告が遅れてしまいました。

Sagamihara1807


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■節子への挽歌3967:台風一過・気分一転

節子
昨日は台風が関東地方に接近して、関東は大荒れになるかもしれないと言われていましたので、ちょっと心配していましたが、進路が外れたおかげで、ちょっと雨風がひどかった程度で終わりました。
台風は、何を思ったのか、また西日本に向かってしまい、豪雨被害にあった西日本にまた被害を与えそうです。
少しは東日本も被害をシェアするのがいいのでしょうが、自然はそうはバランスさせてくれないようです。
大きな被害がでなければいいのですが。

今朝の我孫子は、静かな朝で、風も雨も止んでいます。
その上、秋のような涼しさです。

台風が過ぎ去った後のさわやかさは、いつも身心を清浄にしてくれますが、今朝もまさにそんな気分です。
実は一昨日の相模原障害者殺傷事件をテーマにしたサロンでの議論や考えたことがなかなか抜けずに、昨日は身心がどんよりとしていました。
サロンの翌日には、必ず報告を書いてフェイスブックやメーリングリストに投稿するのですが、昨日はどうしてもそれができませんでした。
一日在宅していて、時間はたっぷりあったにもかかわらずです。
それだけではありません。
明日から始まるあるプロジェクトの準備をしなければいけないのですが、それも全くやる気が起きずにいました。
サロンは、思っている以上に私は疲れてしまうようです。
たいした発言もしていませんし、カジュアルなサロンなので、気楽な2時間を過ごしているつもりなのですが、どうもどこかに負荷がかかっているようです。
なによりも、思い出したくないという奇妙な気分に覆われてしまうのが、最近は気になりますが、これは無力感と孤立感から来ているのかもしれません。
なぜそうなるのか、困ったものです。

そんな迷いごとなどから解放されて、今日はまた前を向こうと思います。
気のせいか、自然がとても元気になったような気がします。
不気味なブッポーソーの声も聞こえず、さわやかな鳥のさえずりと遠くの蝉の声がして、自然の優しさを感じます。
西日本の人にはまだ、自然は脅威を与えているのでしょうが、同じものの意味が、状況によって全く反転するのは、不思議です。

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2018/07/28

■節子への挽歌3966:歳をとったわけです

節子
節子と同じ年にがんの手術をしたユカの友だちのお母さんが亡くなりました。
節子よりも10年長生きしたわけです。
節子と違って最後まで痛みのないがんだったそうです。
そう聞いただけで少しホッとします。

死は、それぞれに違います。
たくさんの死者を見てきた友人からもお聞きしましたが、死に顔が幸せそうな人とそうでない人が、やはりいるそうです。
節子は、はたから見ていても壮絶な闘病生活を1か月過ごしましたが、旅立ちの瞬間と死に顔はとても穏やかでした。
それは、節子が最後に残してくれたプレゼントでした。

今日はもうひとり訃報がありました。
こうして社会は世代替わりしていくのでしょう。

訃報ではないのですが、これもまたちょっとショッキングなメールが来ました。
節子もよく知っているHさんとしばらく会っていないので、メールを出しました。
私よりも一回り若いHさんももう60代で、大学の仕事もそろそろ定年だそうです。
ところが4年ほど連絡がなかったのは、親の介護が関係していたようです。
彼は独身なのですが、いまは母親と同居し、食事づくりも自分でやっているのだそうです。
あのHさんが、とそれこそ驚きです。
まさに天才的な研究者的人生を気儘に過ごしているとばかり思っていましたが、Hさんが料理をしている姿はイメージできません。
時代はどんどん過ぎているのです。

昨日、若い友人にも話したのですが、私は今、老人の私と若者の私が心の中に同居していて、時々、その両者のギャップを感じて混乱することがあります。
昨日も湯島のオフィスに行く途中の階段で、なんでこんなに身体が重いのだろうと不思議に感じたのですが、高齢になると身体はむしろ心の動きを制約します。
時の経過をきちんと認識しなければいけません。

どうもそれが苦手なのです。
シュメール人が時間を発明する前の人類の血が、突然変異的に出現してしまったのかもしれません。
周りの風景の変化をしっかりと認識できない自分がいるようです。

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■サロン「新・十七条憲法をつくる」のお誘い

サロン「新・17条憲法をつくる会」を開催します。
これは、サロン参加者の川島さんからの提案がきっかけになっています。

川島さんは、こう提案してきました。

「新・17条憲法をつくる会」というのを開催するのは、どうでしょうか?
今の憲法が「誰でもわかる平明な文」になってない一番の原因は、誰が誰のために言っているのか整理されていないからでしょう。
聖徳太子の「17条憲法」は、一般民衆にではなく統治者的立場にある貴族のみに言っていることが明快なので、実にわかりやすいです。
現在における統治的立場にある人への制約ベスト17を選ぶというのは面白いのではないかと思いました。
たとえば、憲法第1条が「人の上に立つ者は、自分に何らかの因果関係をもって不正が行われた場合には、責任をとらなければならない」だったとしたら、今の状況は変わっているのではないでしょうか。

たしかに、いまの日本国憲法がわかりにくいのは、誰が誰に行っているのかあいまいになっているからかもしれません。
実際の出発点は、アメリカ政府が日本政府と日本国民を規制しているのだと思いますが、いろんな人が苦労して、いろんな意味を含ませてきていることも否定できません。
憲法とは権力者を制約するもので、権力者に向けられていると言う人もいますが、日本国憲法に限ってはたぶんそうも言えません。
そもそもそう捉えることに大きな危険があると私は思っています。
国民向けの規制や義務が多すぎますし、むしろ権力者が支配しやすいように仕組まれている気配さえあります。
しかも、理念と仕組みが混在していますし、国民主権と言いながら、第1条は国体の象徴として天皇が宣言され、国民の個人の尊厳に関する条項は出てきません。

そこで、川島さんが提案されているように、統治的立場にある人への制約ベスト17をみんなで話し合うのは、夏の暑さしのぎにも格好のテーマになるかもしれません。
いや、むしろ政治の本質や現在の日本の政治のおかしさを、改めて気づかしてくれることになるかもしれません。

さらに言えば、もしかしたら、サロンで原案をつくり、それをネットで公開しながら、みんなで手を加えながら、進化させていく。
よいものができれば、公開フォーラムを開催して、運動にしていく。
そんな展開もあるかもしれません。

まあそんなわけで、ともかくも第1回「新・17条憲法をつくる」サロンを開催します。
参加者は、必ず「統治的立場にある人への制約条項」を1つ以上、そして17以内、持ってきてください。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2018年8月11日(土曜日)午後2時~4時(1時半開場)
〇会場:湯島コンセプトワークショップ(文京区湯島3-20-9-603)
http://cws.c.ooco.jp/lcmap.pdf
〇テーマ:「新・17条憲法をみんなでつくろう」
参加者は、「統治的立場にある人への制約条項」をそれぞれに考えて持つより、それをベースに話し合います。
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌3965:1日で枯れる供花

節子
昨日、山梨の増田レナさんが湯島でサロンをしてくれました。
2年前に起こった津久井やまゆり園の障害者殺傷事件がテーマでした。
その報告はまた時評編でしますが、サロンの始まる前に、増田さんと中下さんとで話をする時間がありました。
なにしろ人間に関して実践的にたくさんの活動をしている2人なので、たくさんの気づきをもらったのですが、増田さんの供花の話は、私が気付いていなかったことでした。

家の庭に咲いている花は、仏さまに供えると1日で枯れてしまうものが多い。
だから、毎日、仏さま(故人)に話しかけられる。

畑作業の話から、1日、水をやりに行かないと枯れてしまうので大変ですという私の話につなげて、ぽつっと話してくれたのです。
長持ちする花ではなく、1日しか持たない花だからこそ、毎日彼岸とつながらせてもらうことができる、というわけです。
とても納得できるお話です。

長持ちする花よりも、はかなく散っていく花のほうが供花にはふさわしい。
思ってもいなかったことでした。
庭の花も、活け花にするとすぐに散ってしまうものも少なくない。
そうした花は供えるのをやめていましたが、考え違いでした。
長持ちする花を買ってくる発想を改めなければいけません。

ちなみに菊は長持ちします。
これもまた、別の知恵の物だろうと増田さんは話されました。
はかなく散ればいいというわけでもない。
供花一つとっても、たくさんの意味があるわけです。
なにしろ供花は、ネアンデルタール人以来の長い歴史をもっています。
そこにはたくさんの意味がある。
彼岸との交流から学ぶことは少なくありません。


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2018/07/27

■節子への挽歌3964:多くの生きものと同棲したい気分

節子
涼しさを感ずるほどの朝でしたが、太陽が出てきたら、途端に暑い夏に戻ってしまいました。
畑に行って、キリギリスを探しましたが、見つかりません。
たぶんもう彼岸に旅立っているでしょう。
キリギリスの一生も、短いですから。
その代わり、ショウリョウバッタがたくさんいました。
私は「ショウリョウバッタ」を「ショウミョウバッタ」と間違って記憶しているため、よく間違えるのですが、いずれにしてもこのバッタは、彼岸を感じさせるところがあります。
飛翔する時の羽の音が、私には声明に聞こえてしまうのです。
それにしても今年は異常に多い気がします。
足の踏み場に困るというと大げさですが、それほどたくさん出会います。

私には、そうしたバッタとの出会いも「一期一会」にはしたくなく、家で飼ってみようなどとついつい思ってしまうのですが、これは「所有欲」かもしれません。
自分では決してそうは思っておらず、一緒に暮らしたいとお云う気分の方が合っているのです。
沢蟹や昆虫も、ぜひわが家に棲息してほしいのです。
しかしこれこそが、所有欲、支配欲なのでしょう。
困ったものです。

生物を飼うというのはどういう意味があるのか。
飼う以上は、環境を整え、食事も用意しなければいけません。
飼われた生物はしあわせでしょうか。
微妙な問題です。
私は飼われたくはないのですが、飼われたい人もどうもたくさんいるようです。
しかし、自分が飼われたくないのであれば、飼うべきではないでしょう。
それはわかっているのですが、やはりメダカもキリギリスも沢蟹も飼いたいです。

温度は上がってきましたが、風はさわやかです。
先ほど、山口の知人が、「いま東京に向かっているが、今年の山口は暑いので、避暑に行く気分」とメールしてきました。
今日は私も避暑地の東京に出かけます。


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■節子への挽歌3963:「ブッポーソー」

節子
今朝は鳩が鳴いています。
鳩の鳴き声は苦手です。
節子を見送った頃、毎朝、この鳴き声を聞きながら、目覚めていたためか、この声を聞くと彼岸を感じます。

毎朝鳴いているのは、キジバトです。
キジバトはわが家の庭にもよく来ますし、いまも巣をつくろうとしています。
ほかの鳥には巣をつくってほしいのですが、鳩だけは歓迎できません。
カラスにやられたことがあるからでもありますが、そもそも鳩はどうしても好きになれません。

鳩の鳴き声はいろいろあります。
一般に鳩の鳴き声と言えば、「クルックー クルックー」と言われますが、それはドバトで、キジバトは「ブッポーソー」です。
「仏法僧」と耳には聞こえてきますが、その鳴き声がとても重くて、真言のようにも聞こえます。
鳩の鳴き声とは知らなかった頃は、異様なものを感じていましたが、いまでもなにか異形なメッセージを受けるような気がして、「悪魔の声」のようなイメージさえあって、どうしても好きにはなれません。
「ブッポーソー」の声が広がると、鳥たちの陽気なさえずりが止まる経験も何回もあります。
これは気のせいかもしれませんが。

昨夜は肌寒い気がするほど涼しかったですが、今朝はとても気持ちのいい、夏らしい朝です。
こういう日は畑で無理をしそうなのですが、昨日、作業を少しやっただけで、右手がまたおかしくなってしまっています。
さらに悪化するといけないので、今日は水をやりに行くだけにしようと思います。
もしかしたら、またキリギリスに会えるかもしれません。
少なくともハケの道を散歩する人たちには会えるでしょう。
野菜の種を買ってきているのですが、なかなか蒔けません。

「ブッポーソー」の声がなくなりました。
代わって蝉の声。
わが家の庭でも蝉が時々羽化していて、抜け殻が残っています。
自然の豊かさは、知れば知るほど、見事です。

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2018/07/26

■節子への挽歌3962:「障害者は不幸しか作れない」

節子
2年前の今日、相模原市の津久井やまゆり園で障害者殺傷事件がありました。
不幸な事件ですが、ある意味では社会を象徴する事件でもありました。
時評編に書いたのですが、やはり挽歌編にも書いておきたくなりました。

この事件では衝撃的な言葉がいろいろと流れましたが、「障害者は不幸しか作れない。いない方がいい」という言葉は、とてもさびしい言葉でした。
そんなことはまったくないのです。

私たちが結婚して間もないころだったと思いますが、節子の母が入院しました。
それで2人で、滋賀の病院にお見舞いに行ったことがあります。
同じ病院に、節子の生家の集落の知り合いの人の息子が入院していました。
自動車事故で、意識が戻らないまま、寝たきり入院していたのです。
高齢の祖母が、毎日、病院に看病に来ていました。
看病と言っても、意識がないまま寝たきりになっているので、身体を拭いてやったり、声をかけたり、そこに寄り添っているだけのようです。
入院以来、日課は病院に来ることが、祖母の日課になりました。
その患者と祖母がどういう関係にあったのかは、私は知りません。
しかし、不謹慎な言い方ですが、私にはその祖母の方が、とても幸せそうに感じたのです。
そのことが、私はずっと忘れられないでいます。
誤解されそうな言い方ですが、看病することは、いかに幸せなことか。
それを知ったのです。

節子の胃がんが再発し、最後の1か月はかなり厳しい闘病生活でした。
私にも、精神的な余裕がなくなり、いまから思えば、悔いることが山のようにあります。
最後は、節子はほとんど話ができませんでした。
でもそこに節子がいることが、どんなに人生を豊かにしてくれたことか。
節子もそれを知っていた。
節子の最後の半月は、たぶん私たち家族を幸せにするために会ったのだと思います。
人は存在するだけで、まわりに幸せを生み出しているのです。
そのことを知らないでいる被告をどうしたら幸せにしてやれるのか。
不幸を生み出すのは、障害者ではなくて、幸せというものへの体験のなさなのかもしれません。
不在こそが不幸を生み出す。
私は、節子がいなくなってから、不幸の意味を知りました。

生活するうえで、障害を持っている人は少なくありません。
しかし、存在することがなにかの障害になる人はいない。
「障害者」は、生きる上での障害を持っていても、決して社会の障害となる存在ではないのです。
むしろたくさんの幸せを生み出している存在ではないかと、私は思っています。
いなくてもいいのではなく、いなくては困る存在なのです。

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■節子への挽歌3961:お金をもらう仕事

節子
久し振りに対価をもらう仕事をすることにしました。
だいぶ迷ったのですが、いろんな理由から取り組むことにしました。
この暑い中、体力的にも大変なのですが、私として解決したい問題も見えてきてしまったので、踏み切りました。
もっとも相手の会社が発注してくれるとは限りません。
相手が取り組む覚悟を確認するという意味で、久し振りに対価の請求も私からすることにしました。
これまでも基本的にはオフビジネスで付き合いがあった会社なので、有料なのと驚いてしまい、断られるかもしれませんが、そうなればむしろホッとするくらいの気分です。
私の生き方は、いささか社会から脱落してしまっているようです。

実はもし仕事をやるのであれば誘ってほしいと若い友人から言われていました。
しかし、もし巻き込むと費用はたぶん今の見積もりでは対応できないでしょうし、仕事量も逆に増えるでしょう。
今回はひとりで対応することにしました。
さてさてどうなるでしょうか。

今回のテーマは会社の経営に関わるプロジェクトです。
私自身は本来会社の経営コンサルタントをやりたいのですが、私の姿勢はどうも「今様」ではないようです。
私自身は、まさに「今様」だと思っているのですが、なかなか受け入れてもらえません。
私に依頼してくれば、会社はよくなるし、みんな幸せになるだろうにと思っているのですが、わかってはもらえません。
そもそもわかってもらおうなどとも思っていないからかもしれません。

しかし、前にもある本に寄稿したように、会社をよくするのは実に簡単なことなのです。
しかし、多くのコンサルタントは、会社がよくなってしまったら困るかもしれません。
仕事がなくなるからです。

それはともかく、久しぶりに仕事をすることになるかもしれません。
ストレスもたまるかもしれません。
それをほぐしてくれる節子はいませんが、さてどうしたらいいでしょうか。
もしかしたら逆にまた病みつきになるかもしれません。
少なくとも途中で投げ出したり、途中で断られたりしないように、ちょっと頑張ろうと思います。

節子
応援してください。

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■相模原市のやまゆり園障害者殺傷事件から2年目

今日は2年前、相模原市のやまゆり園で障害者殺傷事件が起こった日です。
忌まわしい事件ではありましたが、それまで多くの人が回避してきたことを可視化したという意味では、大きな意味を持った事件でした。

加害者の動機は、コミュニケーションもできず生産性のない人は生きる価値がないということだとされていますが、まさにその思いは、現代の日本社会の核にある価値観でもあります。
ですから、加害者の言動に正面からノーとはっきり言える人は必ずしも多くないのではないかと思いますが、だからこそ、この事件は衝撃的でした。
しかし、この事件で、多くの人が意識と行動を変えたことは間違いありません。
それは、当事者に近い人にとっても同じことです。
いや、そうした問題を身近に感じている人の方が、変えやすかったというべきでしょうか。
事件後2年の、死を免れた障害者の家族の生活をドキュメントしたテレビ番組を2回見ましたが、障害者本人も家族も、また周辺の人たちも、生き方を変えてきていることを感じました。
そして、テレビ番組からは、みんな幸せを高めていることがメッセージされています。
そのメッセージにはいささかの違和感はありますが、言動の変化がゆたかさをもたらすことには共感します。
私もそうですから。

たぶん加害者の植松被告も、事件を起こす前にはそうした努力をしていたはずです。
少なくとも私よりも一生懸命に取り組んでいたはずです。
しかし、変えられなかった。
そして考えを変えさせられてしまった。
実に残念ですが、加害者ほど極端ではないにしても、その方向に向かう環境と誘惑をとても強いです。
なぜなら社会の価値観全体が、そちらを向いているからです。
学校教育も社会生活の仕組みも、そちらを向いているようにさえ思います。

たとえば、植松被告が言う「コミュニケーション」や「生産性」が、多くの物ごとの判断基準になってきています。

しかし、そもそも現在使われている「コミュニケーション」とか「生産性」とかという言葉自体がきわめてある価値観に支配されています。
言語や行動を通さなくともできるコミュニケーションはたくさんあります。
生産性は、その反面に「消費性」を含意しており、何を持って測定するかで、まったく逆な結果にもなります。

財政が厳しい時に税金の無駄遣いということも被告は話していますが、財政の目的をどう考えるかで、何が無駄かは全く変わってきます。
しかし、恐ろしいことに、植松被告の発想の枠組みは、現代の日本を生きる多くの人たちを覆っています。
だからこそ、多くの人は植松被告を説得できない。
植松被告の前に、自らさえも説得できていないのではないか。
そんな気がします。

明日、湯島で、午後6時半から、この事件をテーマにしたサロンをやります。
お時間が許せばご参加ください。
自らの生き方を質すためにも。

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2018/07/25

■節子への挽歌3960:畑仕事再開

節子
今日も暑くなってしまいました。
久し振りにちょっと企画書をまとめようと思って、自宅でパソコンをしようと思っていたのですが、暑くなってきてそれどころではありません。
今日は在宅なのですが、企画書づくりは止めて、野菜の苗や種を買いに行くことにしました。
娘が出かけるというので、それにくっついてということですが。

私は70代になって自動車免許を返還しました。
そのため、いまは自動車を自分では運転できないのです。
ですからどこか遠くに行く場合は、娘に頼まないといけません。
いささか不便ですが、もし自動車の運転をしていたら、たぶん事故を起こしていたでしょう。
節子はもとより、娘たちからも私にはあんまり運転しないようにと前から言われていました。
自分でも不的確だと思っていました。
ですから今は自分一人では遠出はできないのです。
節子は運転が好きでしたから、節子がいる時はいつも節子が運転してくれていました。

節子がいなくなってからは、自動車に乗る気もしなくなり、免許も返却してしまったのですが、節子と違い、娘にはそういつもいつも運転を頼むわけにもいきません。
ですからいまはもう遠出のドライブはほぼなくなりました。
私はそもそも反マイカー派で、免許を取ったのも、わが家では一番遅いのです。
会社を辞めてからです。
節子の影響です。

自動車に限らずに、節子の影響はいろいろあります。
40年も一緒に暮らしていると、お互いに影響を与えているものです。
世界も大きく広げてもらった気もします。

ここまでは午前中に書いたのですが、その後、また野菜や花の種を買ってきました。
そして夕方久し振りに畑作業をしてきました。
暑さも山を越したようです。
明日からまた畑仕事再開です。
一応、花壇も畑もかたちがだいぶできてきたので、これからは収穫を目指して野菜づくりに取り組みだそうと思います。

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■節子への挽歌3959:相談より雑談

節子
昨日も暑い日でしたが、それ以上に重い日でもありました。
湯島である会社の人たちと会っていましたが、話をしているうちに、思っていた以上に根深い「問題」があることを感じました。
その会社とは数年前からの付き合いですが、ずっと気になっていることが見えてきたという感じです。
だいぶ信頼関係ができてきたので、いろんな情報が入ってきます。
このまま放置するわけにはいかないと思い出してはいるのですが、それに正面から取り組むのも荷が重すぎるのと時間がとられそうで躊躇してきていましたが、少しコミットしていこうと決めました。
私自身の精神状況が少しきつくなりそうですが。

もうひとり、突然やってきた人がいます。
1年半ほどご無沙汰していた人です。
部屋の掃除をしに来たというのが口実でしたが、何かの壁にぶつかっていることは間違いありません。
雑談をしていて、だいぶ状況がわかってきました。
実は2週間前にも彼女は一度、やってきましたが、抱えているものの重さを少しだけ感じたのですが、それを放出してはもらえませんでした。
昨日はかなり見えてきました。

湯島にはいろんな人が来ます。
節子がいた頃もそうでした。
来客が帰った後、あの人は何を死に来たのだろうかと節子とよく話したものです。
相談のようで相談ではなく、来た目的がわからない人が少なくなかったのです。
もちろん最初から「相談したい」と言ってくる人も少なくありません。
でも相談すべきことがわかっている人は、多くの場合、その答えもわかっているのです。

そういうことを30年近くやってきて感ずるのは、本当に必要なのは「相談窓口」ではなく、相談の前の「雑談の場」ではないかと思うようになってきました。
しかし、そう言うサロンもやってみましたし、いまもやっていますが、そう言う形ができた途端に、そこはもう違うものになるような気もします。

人にとって大切なのは、相談相手ではなく雑談相手、それもすべてをあっけらかんと放出できる相手です。
私の場合、それが節子でした。
そういう人がいれば、人はしあわせでいられます。
そうであれば、もし必要な人がいたら、私がそういう雑談相手になれればいいなと思っています。
ちなみに、私にとって節子はそういう雑談相手でしたが、伴侶がいつも雑談相手になるとは限りません。
それに雑談相手になるためには、やはりそれなりの時間が必要なのだろうと思います。

昨日は暑さと重さで疲れ切った1日でしたが、さらに夜中がなぜか眠れずに今日はいささか疲れが残っています。
涼しい朝ですが、畑に行く元気が出てきません。

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2018/07/24

■カフェサロン「安心して死を迎えられる生き方のために パート1」の報告

死という、誰もが避けがたい現実を、積極的に捉えた生き方を支える「社会的な仕組み」をテーマにした、2回にわたるサロンのパート1は、猛暑の中、15人の参加者がありました。

今回は、ホスピス勤務経験もある僧侶の中下さんが、これまでのさまざまな死の現場体験から感じていることや考えていることを、自らの人生にもつなげながら、ありのままに話してくれました。
中下さんの活動を見ていて、どうしてこんなにエネルギーがあるのだろうかと、いつも不思議に感じていたのですが、今回改めてお話をお聴きして、これまで中下さんが関わってきたたくさんの人たちの思いが、中下さんを動かしていることに気づかされました。
生きる力の源泉は、自分の心身の外からやってくるのかもしれません。

今回も、当日の朝まで中下さんは、西日本豪雨で被災した広島で活動されていたそうですが、悲惨な現場での「辛さ」とともに、たくさんの人たちから託された「ちから」が中下さんを動かしているのでしょう。

中下さんの心身には、どうもたくさんの人たちの思いが詰まっているようです。
それは、死者からだけではありません。
いま話題になっている大口病院の看護師による殺人事件にも少し言及してくれましたが、中下さんの祈りの対象は、すべての生きている者や社会そのもの、あるいは時代の流れなどにも向いているような気がしました。
だから「仕組み」が必要なのかもしれません。

なにやら抽象的なことを書いてしまいましたが、中下さんの話はとてもわかりやすく、とても具体的、実際的なお話でした。
たとえば、死に直面した時、人は何を想うのか、という問いかけしながら、中下さんは自分に残された印象的な言葉をいくつか紹介してくれました。
そして、「生まれてきてよかった」と最期に言える人生や生きる意味、あるいは、人間の幸せとは何かという問いかけをしてきてくれました。

中下さんが最初に示した1枚のグラフがあります。
人が死を迎える場所のグラフですが、日本では1970年代中ごろに、自宅で死を迎えるよりも医療機関で死を迎える人の割合が多くなりました。
このことの意味は極めて大きいでしょう。
そしてそれに伴って、死が次第にビジネスの対象になっていく。
ビジネスの対象になるにつれて、死の意味は大きく変わります。
そしてそれは必然的に生き方を変えていく。
なぜなら「死に方は生き方」の象徴だからです。

そうした風潮に、中下さんは違和感を持ち、これまでもさまざまな実践に取り組んできています。
しかし、それが必ずしも好意的に受け入れられたわけでもないでしょう。
だからこそもっと大きな「仕組み」の発想が必要だと考えだしているようです。
その仕組みの話はパート2で取り上げられる予定です。
今回は中下さんが体験してきたいろんなことを少しシェアさせてもらうことで、中下さんが考える「仕組み」への理解を深める準備サロンでしたが、今回のサロンでの中下さんの問題提起はそれだけでも参加者には自らの生き方を考えるたくさんの示唆があったように思います。

いつも思うのですが、サロンの報告は、私の主観的な報告になってしまい、サロンで話し合われた、大切なものが失われてしまうような気がしてしまっています。
話し合いの具体的な内容の報告がうまくできずに申し訳ありません。
いくつかの話題を項目だけ紹介しておきます。
ホスピスや病院や介護施設で働く人たち(死に寄り添い生を支援する人たち)への支援の仕組みがないことは中下さんから問題提起されました。
お盆や葬儀の価値やビジネス化の状況なども話題になりました。
インドの聖地バラナシで絶えることなくつづく火葬の場に子どもと一緒に行ってきたという女性の方から、死とは何か、という話題も出されました。
人称による死の捉え方の違いも話題になりました。
他にもいろいろとあったと思いますが、私は「死の持っている価値」を考えたいと話させてもらいました。
死を意識した時に、人は生き方を考えだします。
もしそうであれば、それだけでも「死」には大きな価値がある。
これに関しては、パート2でも話題になっていくと思います。

次回パート2は8月26日に開催します。
今回参加できなかった方も、もちろん歓迎です。
最近どうもサロンの報告がうまく書けません。
困ったものですが、お許しください。
Nakashita18071


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■節子への挽歌3958:世界を広げる生き方

節子
人はなかなか自分が見えてきません。
その一方で、他者の言動に自分を見ていることが多いように思います。
私は基本的に、誰かが誰かを批判したりほめたりするのを聞くと、それは話している人のことだろうと思うことが多いです。
ということは、私が誰かのことを批判したくなった時には、その批判はまさに自分に向けられているということになります。
それに気づくと、誰かを批判することは難しくなってしまいますが、だからこそ、批判することの大切さを感じています。
誰かを質すことは自らを質すことですから。
批判は、「話す」(放す)のではなく「語る」(象る)のでなければいけません。

こう書くと何やら小難しい感じがしますが、平たく言えば、人は自分が見える世界でしか生きていないということです。
人の生き方は2つあります。
自分の世界のなかで生きるか、自分の世界を広げるように生きるか。
いろんな人と出会って、たぶん前者の生き方が幸せなのだろうと思います。

節子と一緒に阿蘇の地獄温泉に行った時、そこの宿屋で働いている男性が、生まれてこのかた、熊本市にも下りたことはなく、ここでずっと働いているといっていました。
毎朝、庭の掃除からはじまり、決められた作業をして、一日(一生)を終える。
実にやさしく、そして満ち足り表情をしていたのを今も覚えています。
その人の心には、不満などないのでしょう。

多くの人は、そうやって生きてきた。
ところが突然にある日、その自分の世界が壊されてしまう。
今回の西日本豪雨は、そうしたことを多くの人にもたらしました。

しかし、ただ現在の世界が壊れてからと言って、後者の生き方、つまり自分の世界を広げる生き方になるわけではありません。
壊された世界もまた「自分の世界」。
その世界の中で生きていくことは十分に可能であり、またある意味での幸せなのかもしれません。

こんなことを書いたのは、節子と私の生き方の共通点が、後者の生き方だったからです。
2人とも志やビジョンを持っていたわけではありませんが、新しい世界への関心はそれなりに高かった。
不謹慎な話ですが、もし節子と私が、自分の住んでいる家を壊されたらどうしただろうかと思ったりします。

人は歳と共に、世界の広がりを望まなくなる。
いや、世界の広がりの望まなくなるから、歳をとるのかもしれません。
しかし、幸か不幸か、私には今や。落ち着いて平安を楽しむ世界はありません。
落ち着くべき自分の居場所がないからです。
節子のいない世界には、とどまる世界はない気がします。
ですから外に向かうしかない。
だから歳をとれないのかもしれません。
困ったものです。

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2018/07/23

■節子への挽歌3957:幻のキリギリス

節子
昨日から暑さの質が変わってきているように感じていますが、今日の午後はますます暑さに重力が加わってきたような暑さです。
私の心身が、一昨日までとは明らかに違ってきています。
そんなわけで今日は終日、ほぼ自宅にいました。

ただ朝に畑には水をやりに行きました。
そこでキリギリスに出合ったのです。

私は子どもの頃は、キリギリス獲りの名人でした。
節子と結婚してからも、子どもたちと滋賀に帰省した時に、キリギリスをつかまえて虫かごに入れて新幹線で帰ってきたことも何回かあります。
社内でもキリギリスはうるさかったですが、当時はまだ迷惑だといわれることもありませんでした。
自宅に庭に放して飼育したかったですが、それはいつものことながら成功はしませんでした。
その頃は、道を歩いていて、キリギリスの鳴き声を聞くと、どうしても捕まえたくなりました。
キリギリスにも、節子にも、迷惑のことでしたが、それが私の習癖でした。
水辺を見るとカニを探したくなるのと同じ習癖です。
いまもそれは変わっていません。

しかしもう10年以上、キリギリスに出会ったことはありませんでした。
それが今日、畑のキュウリの支え棒のところにオスのキリギリスがとまっていたのです。
しかし残念ながら怪我をしていました。
羽が半分なくなっていたのです。
水をかけてもあまり動じず,人付き合いのいいキリギリスでした(私の記憶ではキリギリスは人への警戒心が強いです)。
携帯電話を持っていかなかったので写真はとれませんでした。

帰宅してから、やはり写真に撮っておこうと、畑に戻りました。
しかし、もうそこにはいませんでした。
当たりをだいぶ探しましたが、見当たりません。
あれは幻覚だったのでしょうか。
そんなことはないでしょう。
きっとまた会えるでしょう。

今朝は、ほかにもいろんなバッタなどにも会っていますが、みんな順調に育っています。
野草を刈りとり、耕したところよりも、野草たちの王国の方が、どうも豊かなのかもしれません。
少しだけ子どもの頃の野原を思い出しました。
そして、大人になってからも、野原でキリギリスを見つけたり、川でカニを探したりする私に、いつも笑いながら付き合ってくれた節子のことを思い出しました。
私には一番楽しい時代だったかもしれません。

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2018/07/22

■節子への挽歌3956:ウェアラブルクーラー

節子
どうも私の畑作業は危険な作業に見えているようです。
今日も湯島に来た数人の人から、注意されました。
小畑さんは、畑はもちろん外出用にと保冷剤によるウェアラブルクーラーを持ってきてくれました。
小畑さんから、例年とは違う暑さなので意地をはらずにと言われると反論はできません。
その上、小畑さんは、これは「天の奥様の指令かもしれませんというのおです。
そう言われると素直に受け入れなければいけません。

今日は疲れたので、畑はさぼろうかとふと思ったのですが、せっかくいただいたウェアラブルクーラーを使わないわけにはいきません。
それで、帰宅して、畑に行きました。

しかし、畑に行く途中、ふと気が付きました。
これって、暑さに負けずに小作人仕事に精出せということではないか、と。
明日からまた頑張らないといけません。
過酷な暑さですが、小作人はそれに負けずにがんばれということですね。

小畑さんへの感謝をこめて写真を撮りましたが、
小作人にしては真剣みが感じられないと思われそうな写真になってしまいました。
しかしこれは、小作人の幸せは、どんなことにもうれしくて感謝できる小作人根性の現れなのです。

そういえば、昨日読んだ「人間さまお断り」という本にこんな文章がありました。

「大富豪特有の悩みをもうひとつあげるなら、それは人生の意味が薄れていくことだ。なんでも簡単に手に入るなら、なにを手に入れてもありがたみがない。」

質素な小作人の幸せは、大富豪に勝るようです。

心配してくださった皆様に、感謝します。
ありがとうございました。

節子
こんな感じで、みんなに心配されながら、この猛暑を乗り切っています。

Ne1


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■節子への挽歌3955:中途半端な知識や身勝手な正義感

節子
相変わらず暑さはつづいています。
朝の6時にはすでにわが家のリビングルームは29度を超えています。
庭の花に水をやったのですが、それだけで汗をかきました。
湿度もかなり高い。
でも、夏を感ずる朝です。

酷使した右手は、まだ強く握れません。
畑に行くと作業をしてしまうので、今朝は畑はやめました。

一昨日からまた本を読めるようになってきました。
本を読むのは好きですが、時々、読めなくなってしまいます。
頭では読めるのですが、心に入ってこない。
これは昔からのことで、そう言う状況の時には本を読むのが苦痛になります。
ですから無理をしないようにしています。
今回、読書がまたできるようになったのは、「アイヌ民族否定論に抗する」という本のおかげです。
2か月ほど前に編者の岡和田さんが送ってくれたのですが、彼の対談分だけを読んで、そのままにしていました。
対談はとても面白かったのですが、この本のきっかけになった、アイヌに対する北海道のある市議のヘイトスピーチを読んで、とても不快な気持ちになって、それ以上、読めなかったのです。
中途半端な知識や身勝手な正義感に触れると、私はどうも生理的に動けなくなるか、過剰な反発に陥ってしまうのです。
中途半端な知識や身勝手な正義感は、私自身にも当てはまるのですが、だからこそ自己嫌悪と厭世観におそわれてしまうのです。

その一方で、昨日の挽歌に書いたナッシュのスピーチのようなものに出合うと、つい心が動き出す。
いくつになっても「不惑」には程遠い。
たぶんこのまま最後まで行くのでしょう。

幸いに、一昨日、「アイヌ民族否定論に抗する」を先に読み進める気になりました。
編者の呼びかけに答えた10数人の人のアンソロジーなのですが、それぞれにとても心を感じます。
知識や正義感からではなく、体験や生活感から、自らのメッセージを送ってくれています。
いずれも、心に響きます。

そして、昨日よんだ本は「人間さまお断り」という本です。
人工知能の進化によって、もしかしたら人間はもう不要になったと、私はなんとなく思っているのですが、そうした内容の本です。
とても共感できます。
人工知能も感情を育て、愛も持つことは時間の問題でしょうが、死だけはたぶん獲得できないでしょう。
死の価値が、改めて問われていくのではないかと思います。

今日は湯島で、そうしたことも意識したサロンを、中下さんにやってもらうことになっています。
中下さんはまだ若いのですが、「中途半端な知識や身勝手な正義感」とはほど遠い人です。
私は、中下さんの倍近く生きていますが、そうした俗物根性から抜けられないでします。
今日は、少し心が洗われて、生きる意欲を高められるかもしれません。

暑い夏が大好きだった生命力を回復したいと思っています。
そうなれば、たぶん、知識や正義感から解放されるでしょうから。
節子といった北茨城の海での、砂浜で気が遠くなるほど陽に焼いた日を思い出します。
アポロが月に行った翌日でした。

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2018/07/21

■節子への挽歌3954:愛の方程式の中にこそ本当の解がある

節子
暑いのでエアコンの効いた部屋で、映画を観てしまいました。
古い映画ですが、数学者ジョン・ナッシュの実話に基づく映画です。
ナッシュは、複雑系を少し学んだ時に聞きかじっていた天才という知識しかなかったのですが、その物語というので見ることにしたのです。
想像していたのとは全く違い、とても感動的で心に響く作品でした。
主役のナッシュを演じているのは、ラッセル・クロウ。
そしてその妻を演じているのが、ジェニファー・コネリー。
この2人が実によかったです。
これまで見た作品の中で、一番よかった。

ナッシュは統合失調症になり、幻覚と共に生きることになりますが、ノーベル賞の授賞式でのナッシュのスピーチに涙が出ました。

数を信じてきました。

生涯を数にささげて、
解を導く方程式や論理を、未だに問い続けます。
“論理とは?”
“誰が解を決める”
私の探求は自然科学や哲学、そして・・・
幻覚に迷い、戻りました。
そして行き着いたのです。
人生最大の発見に。
愛の方程式の中にこそ、本当の解があるのです。

そして会場で聴いている妻に向かって言うのです。

今の私があるのは、

君のお蔭だ。妻こそがわたしのすべて。
ありがとう。

ナッシュの理論は私には難解で歯が立ちませんでしたが、
このメッセージは素直に理解できます。
私も同じセリフを節子に言いたかったです。

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■節子への挽歌3953:「ここは畑です宣言」はほぼ達成

節子
庭のカサブランカが満開でしたが、一斉に咲いてしまったので、終わりもまた一斉で、なんだかもったいない気がします。
咲く時期をずらそうと球根を植える時期をずらしたのですが、開花は同時でした。
命には、自然が定めた時間が埋め込まれているようです。

そうした時間に抗って、畑に野菜や花の種をまいていましたので、あんまりうまくいきません。
まあしかし、それに懲りずにこれからもそうするよていです。
ともかく今年の目標は、畑の奪還ですから。収穫は二の次なのです。
でもまあ今日も暑かったので、早く目は覚めたのですが、畑には行きませんでした。
畑に行くとどうしても耕したくなったり野草を刈りとりたくなるからです。
畑だけではありません。
畑に行く途中の空き家の前の野草や空き地や道際に伸びている野草を見るとついつい刈り取りたくなってしまうのです。
まあ節子ならやりかねませんが、私はそこまでは勇気がありません。
それにそれが逆に迷惑になることもあるからです。

わが家から30メートルくらい離れたところに電柱が立っているのですが、その下に野草が生えていました。
転居後、節子はそこに花を植えてしまいました。
一見、いいことのようにも思いますが、いささかそれは越権行為で、事実節子が手入れできなくなってからは、近くの人が野草も含めて刈り取ってくれました。
そこを通るたびに、そのことを思い出します。

畑はかなり笹竹をきれいにしたので、以前は咲き誇っていたシランが復活してきました。
畑は、収穫用ではなく、野草に対する「ここは畑です宣言」のためにいろんなものを植えていましたが、収穫しないうちに虫が食べてしまったり花を咲かせて枯れてしまったりしています。
先日、小さな大根を抜いてきて食べましたが、いまのところはどういう時に収穫するのかもよくわからず、ただただ成育を支援しているだけです。
でも畑宣言はだいぶ認知されてきたと思うので、これからは収穫も考えようと思います。


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■ヘイトスピーチと言論の自由

今朝のテレビで知ったのですが、西日本豪雨で被災者の避難や救助活動が続く状況のなか、ネット上で在日朝鮮人に関するヘイトスピーチが広がっているようです。
http://www.kanaloco.jp/article/345315
実に悲しい話です。

テレビではヘイトスピーチ解消法が成立して2年もたつのに、一向に実効的な施策がたてられていないことを指摘する一方、ヘイトスピーチと言論の自由の保証との整理に難しさを報じていました。
言論の自由はヘイトスピーチを認めるものではないと私は思いますが、実際にはその評価は難しいのかもしれません。
しかし、他者を傷つけてまでの自由は許されるはずもありません。
一般論として簡単に論ずることは難しいですが、立場を変えて考えれば、簡単にわかることではないかと思います。

そもそも「ヘイトスピーチ」などという表現が問題かもしれません。
なぜ日本語で、はっきりと「人種差別行為」とか「誹謗中傷行為」といわないのでしょうか。
「言語による暴力」と言ってもいいでしょう。

いまのところ、ヘイトの対象はマイノリティに向かっています。
しかし、マイノリティは、いかようにも創りだされるものです。
在日外国人が対象になるだけではありません。
いつ私がマイノリティの一員にされるかは予断できません。

そもそも、自らが、マイノリティにされてヘイトされないように、自分とは無縁と言える、安全な対象を選んで、自らに矛先が向かないようにヘイトスピーチしているのではないかと私には思えます。
つまり、ヘイトするものが自らに内部にあることに気づいているからこそ、ヘイトスピーチとして、外部に放出しているのではないかと思います。
つまり、ヘイトスピーチは「解毒行為」であり、それにおののくあまり、過激な発言になってしまうのではないかと思います。
ヘイトは、常に自らに向かっているように思います。

私が国会議事堂前や街中のデモのシュプレヒコールが嫌いなのは、そこにそうしたものを感ずるからです。
その場にいるだけで、心が荒び穢れる気がして、暴力的な言葉が飛び交うデモには足が遠のきます。
たとえ相手が、ヘイトスピーチを繰り返している安倍首相であったとしても、私はヘイトを放したくはありません。

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2018/07/20

■節子への挽歌3952:価値とは、失って初めて気づくものかもしれません

節子
暑い中を湯島に来ています
来客は3時からですので、4時間ほどを一人で過ごしています。
エアコンがあるため、自宅よりも涼しいですが、だからと言って何かをやる気力が高まるというわけでもありません。
しかし、この静かな時間は、それなりにいいものです。
節子がいたら、もっといいのですが。

会社を辞めた後、節子と一緒に湯島で過ごす時間はそれなりにありました。
来客は多かったとはいえ、いつも来客があったわけでもありません。
節子と2人だけの時間もありました。
その時間は「豊かな時間」だったでしょうか。
いまから思えば、無駄にしていたような気がします。
いまさら後悔しても始まりませんが、つくづく自らの愚かさを悔いるしかありません。

人は、その時の時間の価値に、なかなか気づかない。
価値とは、失って初めて、気づくものかもしれません。
もしそうならば、失わなければ、気づくこともない。
豊かさや幸せは、失ってこそ、気づくとすれば、失うことこそが、幸せと豊かさをもたらすのかもしれません。
しかし、その時にはもはや、その幸せと豊かさはない。
おかしな話です。

この静かな時間にいると眠くなってきます。
やることがないので、先ほど、時評編を書いてフェイスブックにも投稿しました。
しかし、まだ1時間半も時間がある。
節子がいたころは、なんであんなに時間がなかったのでしょうか。
時間を持て余すことなどありませんでした。
最近は、時間を持てますこともめずらしくありません。
幸せや豊かさがない証拠かもしれません。

さて残りの時間、何をやりましょうか。
話し相手もいないですが。


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■「いのちに関わる危険」

「いのちに関わる危険な暑さ」という、恐ろしい警告にもかかわらず、今日は猛暑の中を湯島に来ています。
それにしても、「いのちに関わる危険な暑さ」とはあまりにも過剰な報道用語です。
気象予報や安全警報に使われる用語には、私はいつも違和感を持ちますが、テレビを見ていると、もっと危機感をあおる言葉がいいと指摘する人が少なくありません。
問題は「言葉」ではなく、受け手の「感受性」ではないかと思うのです。
言葉が大仰になればなるほど感受性は弱まるでしょう。
せっかく自らで考えることを身につけたのに、逆戻りしているような気がします。
言葉に依存する社会はもろいものです。

自らの行動は、誰かの警報や注意に従い、何か問題が起これば誰かのせいにする。
そこまで行けば、さらにその先へと生き方は変わっていくでしょう。
そういう生き方にだけにはなりたくないと思っています。
自分のことは自分で考え、責任も取りたい。

「いのちに関わる危険」は暑さや自然災害だけにあるわけではない。
むしろ本当の「危険」は、人為の中にあるように思います。
熱中症での死がテレビで伝えられますが、あれは「暑さ」のせいだけではないでしょう。
社会のあり方や個人の生き方と無縁ではありません。
すべてを暑さのせいにしていいのかと、私は思います。

大仰に言えば、すでにして、私たちは人間であることを忘れさせられているのではないかと思いますが、これはきちんと書かないと伝わらないでしょうし、きちんと書いても伝わらないでしょうから、書かないことにして、ただ、「いのちに関わる危険」への感受性の鈍化や人々の関心の矛先替えが進められているのではないかという危惧だけは表明しておきたいです。
国会で何が進められているか。
沖縄や原発で何が進められているか。
たとえばそんなことさえ私には見えにくくなってきています。
気をつけなくてはいけません。

湯島にいますが、暑いのと食欲がないのとで、昼食を抜きにして、これを書いてしまいました。
暑さよりも栄養不良で倒れないようにしないといけません。

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■節子への挽歌3951:まあ、いいか!

節子
暑さのせいもあって、生活のリズムがかなり乱れてきています。
昨日も午前中にジュンの家に行ったのですが、ちょっと歩いただけなのに暑さに負けてしまい、帰宅後はどこにもいかずにエアコンの部屋で過ごしてしまいました。
人間は一度、エアコンを利用してしまうとそこからなかなか抜けられなくなります。

夕方畑に行きましたが、ちょっと無理をしたせいか、右手がいささかおかしくなっていて、これ以上無理ができないので、少しだけ鍬で耕すだけで戻ってきました。
無理ができない歳になってきてしまったのかもしれません。
そういえば、同年齢の友人から、この暑さでは出かけないようにとドクターからストップがかかったので、22日の集まりは欠席しますという連絡がありました。
それにつづいて、そう言う年齢になってしまったことへの寂しさとも感じられるような文章が書かれていました。

フェイスブックなどでも「無理をしないように」とかいろいろと書きこまれていますが、何が無理なのかがわからないので、みんな無理をしてしまうのでしょう。
相変わらずテレビのニュースでは、熱中症の4人死亡とか、危険な暑さとか言っていますが、最近のテレビは「恐怖の押し売り」のようになっているような気がします。
その一方で、おかしな法律がどんどん成立している。
危険なのは、暑さなどではなくて、そうした風潮だろうと思いますが、この暑さの中で、まあいいかと思う人も多いのでしょう。
私も最近はそういう心境にかなりなってきています。
みんながそう思いだしているとしたら、当分は私たちの社会は劣化し続けるでしょう。
まあそれもいいか、と暑さの中で思ってしまいます。

私は炭酸ガスによる地球温暖化は信じていませんが、地球の気候が変調しだしているとは思っています。
そしてそれは、たぶん「自然の意志」だとも思っていますが、そうしたことにどう対応していけばいいのかはわかりません。
でもまあ、暑い時には暑いというのは正しい生き方でしょう。
しかし、その一方で、「暑さにも負けない」生き方をしないといけないという信条もありますので、実に悩ましい。

ところで「暑さに負けない」とはどういう意味なのか。
いままであまり考えたことがありませんでした。
暑くても畑に行くということだと何となく思っていましたが、そうではないのではないか。
そもそも「勝ち負け」などは、私の信条としては無意味なことだったはずが、どうしてこの「夏の暑さにも負けず」という言葉が気に入っていたのか、エアコンの中でそんなことを考えたりしていました。

そうやって、人は自らをどんどん正当化していくのでしょうか。
困ったものです。
今日も暑いですが、その暑さに負けずこれから出かけます。
どこかおかしい気もしますが、まあいいでしょう。
なにしろ暑いので考えるのさえめんどうですから。

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2018/07/19

■節子への挽歌3950:ギョっとしたニュース

節子
昨日、挽歌を書いた後、畑に行きました。
右田がかなりひどくなっていて、このままだと回復不能かも知れないので、無理をしないで、ただ水をやりに行ったのです。
夏大根の種を持っていくとまた作業になりかねないので、作業セットは持たずに、しかもサンダルを履いて出かけました。
水をたっぷりやった後、ふと見ると、時々使う鍬がころがっていました。
収納場所がないので、農具は使った後、そこに置きっぱなしなのです。
鍬を見たらなんとなく耕したくなりました。
野草を刈り取ってもすぐ出てきます。
耕せば状況は変わります。
ですから耕すのがいいのですが、何しろここは「農地」ではないので、耕すのは大変なのです。
少し耕していたら、ユカから電話です。
テレビで我孫子市の75歳の男性が畑で熱中症で亡くなっていたことが報道された、というのです。
一瞬、娘が私が死んでいることを教えてくれてきたのかと思ったのですが、年齢が違うので私のことではないようです。
2人目にならないように帰って来いということです。

帰ったら、またテレビのニュースで報道されていました。
我孫子、畑仕事、熱中症、高齢者、まさに私の条件に会います。
もしかしたら私だと思っている人もいるのではないかと思い、フェイスブックで私はありませんと書き込みました。
早速、書き込みがありました。


私も今、ニュース見て、ギョッとして、佐藤さんのプロフィールで誕生日を確認して年齢を計算して胸をなでおろしたところでした。
陰ながら心配してるので、無理はしないでください〜^_^。

どうも私は、「陰ながら心配させている」ようです。
困ったものですが、私の行動はそんなには無理をしていない、普通の生き方なのですが、時代には合わなくなってきているようです。
高齢者は高齢者の生き方をしなくてはいけません。
でもまあ、「心配をかける」のも社会に役立つ行為でしょう。
これも一種のボランティア活動です。
やはりこれまで通り、私にとっての普通の生き方をしようと思います。

それで今朝も畑に行ってきました。
しかしやはり手の痛みはさらに悪化しています。
昨日の残りを少し鍬で耕しましたが、いつもより疲労感があります。
2日目になるのは、いまは避けたいので、1時間ほどで帰ってきました。
作業よりも、まあ畑に居ただけというべきですが。

帰宅して血圧を測ったら、なんと127/79です。
こんな数字ははじめてです。
喜ぶべきか心配するべきか。
いずれもやめて、シャワーを浴びて、いつもながらの朝食を食べました。
今日も暑いようです。

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2018/07/18

■節子への挽歌3949:実に暑いです

節子
新しい来客があるといので、久しぶりに湯島に行きました。
ところがいたのは旧知の増山さんだけでした。
一人なのと訊いたら、もう一人はすぐ呼ぶからということでした。
で呼び出したのはネットでの映像でした。
要するにテレビ会議ということでした。
空いては札幌在住の方で、あるプロジェクトで増山さんと2人でやりとりしていて、双方、煮詰まったので、私を待混んでのテレビ会議をしようということになったようです。
困った時のノイズ役というわけです。
増山さんは、半農生活を広げたいと思っている人で、その活動に協力したいというのが、今回の札幌在住のIT専門家です。
幸いに1時間半のネットミーティングで、問題は先に進むようになったと思いますが、また近いうちに呼び出されそうです。
困ったものです。

会議終了後、増山さんは炎天下を自転車で巣鴨の自宅まで戻っていきました。
私はその後、行きそびれている長浜Kannon Houseに行こうかと思ったのですが、あまりの暑さにそのまま帰宅してしまいました。
増山さんからも、私の農作業はやり過ぎだと注意されましたし、たしかの最近は何もしないので疲れが蓄積しています。
怠惰な生活は浸かれるものです。

今日の暑さはいささか異常なので、おとなしくエアコンをかけて、寝ていました。
幸いにわが家のエアコンが直ったようで、最近調子がいいようです。
神は救うべき時には救ってくれるものです。

しかしこう暑いと本を読む気もなりません。
エアコンで涼しいのですが、なぜかエアコンの効いた部屋にいても読書する気分にはなれません。
もう少し涼しくなったら、やはり畑に行こうと思います。
実は野菜の収穫はほとんどないのですが、土を耕す仕事は病みつきになります。
時期的にはまったく合っていないのですが、夏大根の種が出てきたので(蒔くのを忘れてました)、それを蒔いてみようと思います。
私と同じ自由な種であれば、蒔き時などは気にせずに育ってくれるでしょう。
まあそういう考え方なので、野菜は育っても収穫にはつながらないのですが。
でも今年はともかく畑づくりですから、それでいいのです。

それにしてもエアコンのない私の部屋は実に暑いです。

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■節子への挽歌3948:「誰とも親しくなるな」

節子
猛暑もあって最近は在宅する日が多くなっています。
在宅していると世界がどんどん小さくなっていくような気がします。
やはり暑くても外に出ないといけません。

昨日、テレビで放映された「フューリー」という戦争映画を観ました。
ずっと以前観た映画ですが、その時も記憶に残ったのですが、主人公の戦車隊に入隊8週間目の新兵が配属されます。
彼に主人公が最初に言うのが、自分の戦車を指さして「あれが家だ」と言った後、「誰とも親しくなるな」という言葉です。
最初に観た時にも、強い違和感を持つとともに、強い共感を持ったのを記憶しています。
映画のストーリーは忘れていたのですが、この言葉だけはすぐ思い出しました。

これだけでは真意が伝わりにくいかもしれません。
そのシーンの前に展開されるのが、戦いの場面で、主人公の小隊は主人公の戦車だけが生き残り、しかもその戦車メンバーの一人が死んでしまうシーンです。
仲間の死に耐えられないほどの辛さを味わった主人公が、「誰とも親しくなるな」と口に出す気持ちは理解できます。
でもそれはたぶん本音ではないでしょう。
死を悲しむ友を持つことの幸せとその友を失う辛さは、同じものです。
幸せとは常に悲しみや辛さと一体なのです。
いや、悲しみや辛さがあるからこそ、幸せがある。

昨今の日本社会の風潮は、しかし、こうしたことを怖がっているような気がします。
悲しさや辛さから逃げようとするあまり、幸せを失っている。
そんな気がしてなりません。
いまの日本人は、幸せを求めていないとさえ思うことがある。

幸せのなかには悲しさや辛さが含まれています。
悲し涙と嬉し涙は同じものです。
それに気づくのに私は10年近くかかりました。
それに気づけば、世界は平安になります。
何しろ不安さえもが平安の一要素というわけですから。

今日は友人がはじめて人を湯島に連れてきてくれます。
親しくなれるといいのですが。

ちなみに、映画の主人公の言葉ですが、これは「戦争」への痛烈な批判であって、その真意はもちろん「人嫌い」などではないのです。
誰とも親しくなってしまう人間性を、戦争の中でさえ、しっかりと持っている人です。
最近の科学技術社会は、戦争社会と似ていると私は思うことがありますが、であればこそ、人間性を見失ってはいけません。
自戒を込めて、そう思います。

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2018/07/17

■節子への挽歌3947:「御無事ですか?」

節子
がんばって畑をやってきました。
といっても、右手が相変わらずなので、無理はできません。
今日は、鍬で耕す作業をしました。
これがまた重労働なのです。
節子も知っているように、何しろ畑は農地ではなく山林のすそ野だったところに笹が根を張り巡らしていますので、耕す以前の問題なのです。
ちょっとやっただけで疲れてしまいます。
しかしこうした作業を経子足らずにやっていると野草も私に同情し、場所を譲ってくれるでしょう。

畑で作業していたら、道を通った老夫婦が声をかけてくれました。
先日初めてあいさつしたおふたりです。
うれしいことです。

ところで、先に書いた葬儀委員長の話につづけて、その場にいた別の人からメールが届きました。

あいかわらず暑さ全開ですが、御無事ですか?

ウウ!
そんなにみんなから心配されているのでしょうか。
「御無事ですか?」という問いかけは、「まだ死んでいませんか?」という意味でしょう。
やはりみんなに「期待」、いや、「心配」されているのでしょうか。
自分ではわかりませんが、外部から見たらもう人生も終焉を迎えているように見えるのでしょう。
もっと己を知らなければいけません。
他者のことをいろいろと気遣う前に、まずは自らを気遣わなければいけないようです。

今日も暑くなるようですが、パソコンのある部屋は南風が入ってきて、たぶん涼しいです。
まあ高齢のため温度感覚が不正確になっている可能性は高いですが。

さて、先のメールですが、「無事です」と返信するべきかどうか。
「ご無事でもあり、ご無事でもない」のが人生ですが、この場合、「御無事ではありません」と答えるのが相手への心配りになるでしょうか。
人生はやはり実に悩ましい。

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■節子への挽歌3946:葬儀委員長

節子
私の葬儀が間近いようで、誰が葬儀委員長になるかの話し合いがあったそうです。
そういえば、私も、葬儀委員長を頼むので私よりに先に死なないように、と先日ある友人に話しましたが、それはまあ、私より長生きするよというメッセージを送りたかっただけの話です。
しかし、その話が出たのは、私よりも年下の人たちの場だったのです。
ですから十分にリアリティのある話です。
武田さんからの電話によれば、武田さんはやりたくないので太田さんに頼んだというのです。
なんだかもう私の葬儀が間近いような気がしてしまいますが、太田さんはまだ引き受けていないようです。
葬儀委員長を頼んだわけでもないのに、自分はやりたくないので太田さんにやってくれないかと頼んでおいたという武田さんからの連絡はどう考えたらいいでしょうか。
そろそろ死んだ方がいいのでしょうか。
武田さんとは長い付き合いなので裏切るわけにもいきません。
しかし、武田さんはともかく、太田さんに迷惑をかけることにもなりかねない。
「死ぬべきか生きるべきか」
悩ましい問題です。

しかし、そもそも私は生前葬のつもりなので、葬儀委員長は自分でやるつもりです。
まあ「委員長」というような大げさなものではなく、企画運営担当と言った方がいいでしょうが。
問題はいつやるかです。
あまり早すぎると葬儀の後が生きにくそうです。
あまり遅すぎると自分ではできなくなりかねない。
これまた悩ましい問題です。

人は死後、1日だけ生きかえることが許され、自分の葬儀を行えるようにしてもらえないものでしょうか。
それが許されれば、西日本豪雨で突然生命を絶たれた200人を超える人たちも、救われるでしょう。
突然の死は、あまりにも残酷です。

話題が変わってしまいました。
今日は曇天ですが、気持ちのいい朝です。
畑に行ってきます。

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2018/07/16

■節子への挽歌3945:エアコンの中で過ごしましたが

節子
今日はほぼ1日、冷房の効いたリビングで過ごしました。
たしかに涼しくて汗をかきません。
でもこれって本当にいいのだろうかとやはり思ってしまいます。
汗をかかない涼しい夏など意味がないのではないか。
そう思ってしまいます。
熱中症の危機を回避するとかいいますが、やはり何かが基本的に間違っている気がします。
何かを失っている。

ユカは、昔とは暑さが違うなどといいますし、テレビでも気象予報士と言われる人たちがいままでとは違う暑さだと言っていますが、環境が変わるのは当然ですし、だからといって、人工的な装置の中で生きながらえる生き方は私の趣味ではありません。

5時になって、外に出たら、暑いけれどもさわやかです。
エアコンを止めて窓を全開し、外気を取り込んだら、再び汗が出てきましたが、気分はとてもいい。
その勢いで、畑にも行ってきてしまいました。
朝、かなりたっぷりと水をやったので、今日はみんな元気でしたが、逆に野草もまた元気でした。

夜になっても気温はあまり下がりません。
まだ室内でも30度近くあります。
しかしやはり風はさわやかです。

1日、エアコンの冷房の室内で過ごしたせいか、とても疲れた気がします。
普通は反対なのでしょうが、私の身体が素直でないのかもしれません。
そもそも暑い日に自宅にいるのが間違いかもしれません。
暑い時にこそ、海や山に行くのがいい。
そういう生き方も、もうできなくなってしまいましたが。

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■節子への挽歌3944:無駄な時間を過ごします

節子
昨日は、農作業中に高齢者が熱中症で2人亡くなったそうです。
私も十分に対象になる可能性があります。
まあそんなわけで今日は自宅でエアコンをかけて過ごすことにしました。
エアコンはあんまり調子がよくないのですが、まあ今日は暑いですから、エアコンも良心的に作動してくれるでしょう。

それで問題はそのリビングで何をするかです。
私の部屋にはエアコンはありませんし、わが家でエアコンがあるのは娘の部屋とリビングだけなのです。
そのリビングは、開放的な構造になっているため、温度調整の効率があまり良くないのです。
しかもそこにはテレビしかないのです。
時にノート型パソコンを持ち込んで作業することもありますが、自宅では基本的にデスクトップ使用ですので、いずれも古い型なので、使いにくいのです。
以前はここに節子のノートパソコンがありましたが、いまはもう廃棄してしまいました。
となると録画していたDVDを見るか読書しかありません。

さてどうするか。
まずは午前中は、「サルベーション」を見ることにしました。
13回も続いたテレビドラマです。
地球の小惑星が衝突することがわかってからの物語です。
半分は観ているのですが、あんまりおもしろくはありません。
でもまあ半分観たのだから最後まで見ないと何かもったいない気がしていたのです。
というわけで、今日の午前中は実に無駄な時間を過ごすことになりそうです。
でもまあ熱中症になるよりはいいかもしれません。

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■節子への挽歌3943:平安だけでは、人は生きていけない

節子
昨日は我孫子も40度近くになりました。
公式には36度と言っていますが、わが家の庭で実際に測ったら、午前中でも38度でした。
午後にはたぶん40度近くにはなっていたでしょう。
外気温より4~5度低い室内温度も34度を記録しました。
節子の闘病の夏の例年にないほどの暑さでしたが、今年はそれを上回ります。

しかし朝はとてもさわやかです。
気温はかなり高く、2階の私の部屋はすでに30度近いのですが、南風がさわやかで、気持ちがいいです。
畑に行くなら今のうちですが、畑に行くと、ついつい野草、とりわけネットワークの深い笹竹とバトルしたくなって、右手がますます悪化しそうなので、今朝は休もうと思います。
笹竹とのバトルは止みつくになるのです。
なぜならガンバリの結果が目に見えるからです。

私は、人からはわりと論理的で思慮深い人と思われることも多いのですが、実際は節子がよく知っているように、思いつきで行動する、思慮の極めて浅いタイプです。
もっとも自虐的にそう言っているわけではなく、人が考える論理や思慮などは、所詮は限りがあり、むしろ自然の摂理にしたがって生命の思うままに動くことがいいのではないかと思っているのです。
思いつきで行動することに誇りさえ持っているのです。
いやこれはちょっと大げさですね。
こうした自己正当化が私の欠点だと、節子や友人からは指摘されています。
それは否定はできませんが、それもまた私の生命観のなせる結果です。
此れもまた強引な理屈ですが。

いま、朝の6時。
手賀沼の対岸かららしいのですが、お寺の鐘の音が聞こえます。
風向きによって聞こえにくいこともありますが、今日はとてもよく聞こえます。
夏の朝の、この鐘の音が好きです。
心がとても鎮まるのです。
今日は暑さのせいか、鳥のさえずりはありません。

最近ようやく夏の表情をまた素直に受け入れられるようになってきました。
今日も暑くなりそうです。
休日のためか、まだ周辺は静かです。
この一人だけの静かな時間は、ついつい哲学的になってしまう。
この朝の平安が、なぜつづかないのでしょうか。
平安だけでは、人は生きていけないということでしょうか。

鳥がさえずりだしました。
今日も暑くなりそうなので、熱中症に気を付けて、過ごそうと思います。

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2018/07/15

■『みつばちと地球とわたし』関東初上映会のお誘い


前にも一度、ご案内しましたが、友人の中島正憲さんがスタッフとして関わっている『みつばちと地球とわたし』関東初上映会のお誘いです。
この問題は私も前に何回かブログで取り上げて以来、関心を持っているテーマです。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2009/01/post-dbaf.html

この映画の岩崎靖子監督は、これまで6本の長編ドキュメンタリー(うち5本を監督)をつくってきていますが、中島さんによれば、すべて『いのち』がテーマでした。

『生命(いのち)』とは何か?
そのあり様の本質とは何なのか?
そしてその輝き方、輝かせ方とは?

そして、地球規模でのありようにまでそのレベルを引き上げて発したメッセージがこの作品なのです。
中島さんはぜひ多くの人に見てもらいたいと願っています。
中島さんの一生懸命さを見ていて、私もついつい応援したくなってしまいました。

内容に関しては、次の案内サイトをご覧ください。
http://www.heartofmiracle.net/hotnews/hotnews0012018.html

中島さんはこう言っています。

ぜひこの映画は、男がより賢くエラい生き物だと思い込んでしまって生息し続けている日本の(とりわけ日本の!)愚かなオトコたちに、ぜひ多く観て欲しい。

直前の案内ですが、お時間が許せば、ぜひ上映会に参加してください。
中島さんに、事前にお名前を連絡しておけば、当日受付で割引料金(3000円)で対応していただけるそうです。
中島さんのメールは
m.nakajima@human-arts.co.jp

■『みつばちと地球とわたし』関東初上映会
7月21日(土)11:00開場、12:00開演
大田区民ホール アプリコ、大ホール
JR京浜東北線「蒲田駅」徒歩3分
京浜急行「京急蒲田駅」徒歩7分
入場料:前売3,500円、当日4,500円

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■カフェサロン「日本は核武装するべきか」の報告

30度を超す暑さのなか、しかも3連休の初日、「日本は核武装するべきか」というテーマに13人の参加者がありました。
それだけでもうれしかったのですが、議論も盛り上がりました。
最初に、参加者それぞれが日本の核武装に関する自説を簡単に紹介し、つづいて「文藝春秋」7月号でエマニュエル・トッドが提唱した「日本は核を持つべきだ」という論は自分の考えとほぼ同じだという武田文彦さんが問題提起してくれました。

トッドは、日本が依存している「米国の核の傘」はフィクションにすぎない、しかし、核とは戦争を不可能にするもので、第二次大戦以降、欧州で大きな戦争が起こっていないのも核の存在のおかげだ、だから日本は核武装すべきだというのです。

武田さんは、それも踏まえて、2つの問題(太田さんによる整理)を提起しました。
対米従属の日本が真の独立を得るためには、「日米安保条約の解消」とそれに代わる「対外的パワー(侵略抑止力?)としての核武装」が必要だというのです。
この前提には、いまの日本はアメリカに従属していて、独立国家とは言えないという認識がありますが、これに関しては参加者からの特に大きな異論はありませんでした。
日米安保条約に関しても、ほぼ全員がなくていいという意見でした。
問題提起者の武田さんが驚いたように、今回のサロンは昨今の日本の社会では特異な人の集まりだったかもしれません。
日米安保条約がなくてもいいと思っている人は、そう多くはないでしょう。
永続敗戦論や米国属国論はいわば流行的な現象にさえなっていますが、日米安保条約の恩恵を捨てようとは思っていない人が多いはずです。

次の問題は、核兵器は戦争(侵略)抑止力を持つかです。
ここでのポイントは、戦争に勝つ力ではなく、戦争を起こさない力を、核兵器は持っているかどうかです。
ちなみに、限定核兵器の話も出ましたが、そもそも核の力は人間が管理できるものではありませんから、私自身は限定核兵器などというのは概念的にありあえないと思っています。
一時期流行した「核の平和利用」と同じレベルの話です。

核兵器の抑止効果の有無に関する意見は別れましたが、核兵器は実戦には使えないにもかかわらず抑止力があるというのは、私には理解できません。
それは抑止力ではなく、暴力的な威圧であり、プロのボクサーとは喧嘩はできないという話なのではないのか。
しかしプロのボクサー自身はいつでも喧嘩はできます。
プロのボクサーには喧嘩がしかけたれないというだけの話で、それは非対称の抑止力ですから、戦争そのものの抑止効果とは違います。
いわゆる行動的な戦争ではない構造的な暴力戦争は、核兵器を持つ国によって引き起こされ続けていることは歴史が示しています。
古代ローマの歴史家タキトゥスは、ローマの皇帝たちは荒廃を生み、それを平和と呼ぶと書いているそうですが、平和とは誰にとっての平和なのかをしっかりと考えなければいけません。
私自身は、核兵器を持つことは、核クラブのメンバーになって、世界中の生活者を恐喝する側になることですので、まったく与することはできません。

それに関して、武田さんから核兵器抑止力と並んで、たとえば日本が病院を周辺国に無償供与することも戦争抑止につながるという話をしました。
核兵器による抑止と生活支援による抑止とは、理念が全く違いますが、そこをもう少し掘り下げると戦争とは何かがもう少し整理できるでしょう。
今回は「核兵器」がキーワードでしたので、その話は掘り下げられませんでした。

核武装する「日本」とは誰なのかの議論はあまりできませんでした。
核武装した時にだれが核兵器の発射のボタンを押すのかという問題です。
つまり核武装の主語は国家ではなく、個人として考えなければいけません。
あるいは少なくとも、核兵器のガバナンスの問題を抜きには考えられないということです。

戦争の意味が20世紀になってまったく変わったという認識が大切です。
30年ほど前に出版された「戦いの世界史」という本が4年ほど前に日本で翻訳出版されました。
人類は、どう戦ってきたかの詳しい報告で、面白い本です。
そこにこんな指摘があります。
「20世紀最初の10年が終わるころには、戦争において人間が主役だった時代は終わり、機械が主体となる時代が目前に来ていた。」
その後、戦争の変質に関してはさまざまな論考がありますが、戦場からどんどん人間がいなくなってきていることは間違いありません。
そうなると何が起こるか。
映画「ターミネーター」の世界です。
つまり対立の構図が全く変わってしまうわけです。
となると、誰に対する「抑止」なのかが改めて問われることになります。
それはとりもなおさず、「政治の捉え方」の変化につながります。
以前、サロンでお話した「統治の政治から生活の政治へ」というテーマです。
今回は残念ながらそこまでは行きませんでした。

コスタリカの話も出ました。
コスタリカに関しては以前ブログに書いた記事があります。
http://cws-osamu.cocolog-nifty.com/cws_private/2005/03/post_2.html
そこからコスタリカの情報にリンクしています。
日本では軍隊のないことばかりが有名ですが、問題の核心はたぶん国家のあり方です。

核兵器は開発されてしまった以上、もうなくすことはできないのではないかという議論もありました。
となると、核兵器の管理をどうするかということが重要になります。
そこで出てくるのが、国境をなくす世界国家論です。
方向としてそういう方向を目指すべきだという話も出ました。
まさに憲法9条が生まれた時の、日本人側の思想であり、日本国憲法の前文の理念です。

なお、核兵器はいかに管理しても、原発がそうだったように必ず誤爆が起こるという指摘もありました。
その危険性は日々高まっている気がします。

核武装にはほとんどの人が反対でしたが、日本安保条約は不要と考える人が多かったということは、核不要論と言えるでしょう。
つまり、核などなくても自立できるということです。
逆に日本安保条約を破棄し、核武装するという人は、核兵器が独立国家の必須要件と考えているのかもしれません。
核がなければ自立できない、というわけです。
よく考えればわかりますが、両者の「自立」の意味は全く違います。

となると「国家(の独立)」とは何かということが問題になる。
核武装するべきかどうかという切り口から、いろんなことが見えてくるように思います。

今回はもっと核武装論支持者がいると思ったのですが、ほとんどいなかったのが驚きでした。
マスコミで接している日本人の考え方とサロンに集まる人たちの考え方の乖離なのか、現実とマスコミ報道によって作られる第二次情報との乖離なのか、それが改めて気になったサロンでした。

もう少し問題を絞ったサロンをまたやってみたいと思います。
たとえば、視点を変えて、世界の人々が平和であるために何をやったらいいか、というようなテーマのサロンです。
最初の問題提起をしてくれる人がいたらご連絡ください。

今回は報告がとても長くなってしまいました。
すみません。


Kakusalom1807_2


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■節子への挽歌3942:葬式には出たくない

節子
またフェイスブックに血圧の話を書いたら、またまたコメントがたくさん来ました。
降圧剤は飲んではいけないという意見と降圧剤は飲まないといけないという、いつもと同じパターンです。
この1か月以上、降圧剤は飲んでいません。
酢タマネギをはじめ、さまざまなことの積み重ねで、血圧の上の値は少し落ち着いて、180以内になってきました。下の値はまだ時々90を超えますが、70台が出ることもあるようになりました。
たぶん改善に向かっているといえるでしょう。
おかしいと自分で感ずることも少なくなりました。

ところで、そのコメントのひとつに、節子もよく知っている武田さんがこうコメントしてきました。

降圧剤は間違いなく効果があります。
やがてワクチンもできるらしいけど、それまでは飲んでください。
私はあなたの葬式なんかに絶対出たくないです。
私より長生きして欲しい3人の一人です。
ワイフと、あなたと、もう一人、この人の名前は言えません。

まあ、最後の一言はいかにも武田さんらしいですが、昨年は、私の葬式には出たくないので付き合いを疎遠にすると言ってきました。
その思いは、私もよくわかります。
親しい友人とは、徐々に疎遠になって、お互いに知らない間に逝ってしまう方がいいと思うことは私にはよくあります。
自分が先の場合はいいですが、後になった時の思いは、節子で十分に体験しました。

武田さんの思いは、一般論としてはよくわかります。
しかし、その言葉を言って3か月もたたないうちに、武田さんから電話があり、昨日は武田さんの問題提起のサロンまでやってしまいました。
ほぼ全員から武田さんの主張は反対されましたし、私はもちろん否定しました。
それでもまあその後で、こういうメールをくれるわけです。

私は時々、舌禍事件を起こしましたし、いまも時に相手の気分を害する発言をしているようです。
私としてはただ素直に思ったことを言うだけですが、それがよくないようです。
困ったものですが、これは直りません。
節子もたぶん苦労したはずですが、次第に私の本心をわかってもらい、すべてが許されるようになりました。
素直な発言で気分を害するのは、相手を信頼していないからです。
私は、基本的に人を信頼し、人を愛します。
人は基本的に素晴らしい存在だと思っていますから、ほめることはほとんどありません。
ほめることが当然だからです。
ですから言葉に出るのは、基本的に悪い点を指摘します。
この姿勢はなかなか理解してもらえません。
最近は少しは気遣うようになりましたが、それでも誤解されることがあります。
40年くらい付き合いのある武田さんにしても、時にたまには私をほめろと言われますが、そんな失礼なことはできません。
困ったものです。

でもまあ、このメールは無視しましょう。
先に逝くかどうかは、お天道様の決めることですから。

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2018/07/14

■節子への挽歌3941:10年ぶりの夏祭り

節子
近くの八坂神社の夏祭りです。
サロンで湯島に行っていたのですが、7時頃に帰宅する途中で、娘たちと孫とが祭に行くのに出合いました。
孫の“にこ”も2歳になったので、祭りの雰囲気を味わえるでしょう。
祭のお店が出ているのは、我孫子駅から手賀沼公園につながる道沿いです。
八坂さんは、いまは小さな社殿があるだけで、境内はほとんどないのです。
公園通りは祭のときは自動車は通行禁止で、道は人であふれかえります、

昨年よりも、祭りの雰囲気は感じられなかったのですが、公園通りの人混みは昨年よりも混雑していたような気がします。
わが家への帰路は、その道ではなく、それに並行している道ですが、久し振りに、私も後追いをすることにしました。
一度、帰宅して、少し休んで、公園通りの逆側、つまり公園側から行くことにしました。

公園通りの人混みは、私には歩くのがつらいほどでした。
お店もなにやら食べ物屋さんが多く、しかも私の記憶している祭の夜店とはどこか雰囲気が違いました。
上から下りてきた孫タイトすぐに出合いました。
節子ならば、きっと孫に何かを買ってやったのでしょうが、私はお金も持っていくのを忘れましたし、結局、ただ彼らについてほんのちょっとだけ歩いただけです。

八坂さんの祭に行くのは久しぶりです。
節子の思い出が、いろいろと蘇えるので、私はあんまり行く気が起きずにいるのです。
思い出は、楽しいものばかりとは限りません。
しかし、節子と一緒に行った頃の雰囲気とは全く違うような気もしました。
どこが違うのかは言葉にはならないのですが、神さまが変わってしまったような気もします。

人混みを1時間ほど歩いて、孫は疲れたでしょう。
私も疲れましたが。

フェイスブックに、にこの写真をアップしたら、小学校時代の友人が「お婆ちゃま、、見てらっしゃいますヨ」と書きこんでくれました。
節子
見ていますか?

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■節子への挽歌3940:念願のサンダル出勤

節子
今日はサロンなので、暑い中を湯島に出てきました。
久しぶりにサンダルで電車に乗ってきました。
節子がいたら、止められたかもしれません。

先日、一緒に那須にいった井口さんはサンダルでした。
実にカジュアルで、気持ちよさそうでした。
井口さんは、海外でもどこでも、たぶんサンダルで出かけていると思いますが、それに触発されて、すぐにと思っていたのですが、ユカから電車に乗るのであれば、もう少しちゃんとしたサンダルにするようにと言われていました。
たしかに、井口さんのサンダルも1万円くらいだそうでした。
それで買いに行ったのですが、ちゃんとしたサンダルは私の好みではないことがわかりました。
それで、ふだん使っているサンダルを履いてきました。
D2という日用雑貨のお店で買った480円くらいのものです。

靴屋の基之さんから、人は履物でどんな人かわかると以前から言われていました。
確か節子も同じようなことを言っていました。
基之は、私の靴を見て、あまりのひどさからか、良い靴をプレゼントしてくれました。
しかし、残念ながら私にはあんまりふさわしくないようで、履きにくいです。
彼と会う時には履いていきましたが、私には向いていない気もします。
まさに彼が言うように、履物はその人の生き方を示すのでしょう。

節子は、私のサンダル常用をあまり好きではありませんでした。
あきらめていたというべきでしょうか。
そもそも履物も着るものも、私にはおしゃれとは無縁なのです。
ちなみに、大学時代はほぼいつもサンダル、それも木製のサンダルでした。
会社時代は革靴でしたが、一度、足をねん挫して腫れ上がった時にはサンダルでしばらく通いました。
実に気分がよかったです。
社長室にも役員室にもサンダルで行きましたが、叱られませんでした。

私の理想は履物さえも履かない生き方ですが、そこまではなかなか行けません。
まだあきらめてはいないのですが。

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■死を分かち合うよりも生を分かち合いたい

今朝のテレビで、5人の人が一室で練炭自殺をしたことが報道されていました。
死を分かち合えるのであれば、もっと豊かな生も分かち合えたはずです。
とても残念でなりません。
湯島に来てくれていたら、という気がちょっとしますが、私自身、最近はそうした気力がちょっと萎えてきています。
分かち合うことは、それなりにエネルギーが必要ですから。
しかし、死を分かち合うくらいなら、取り組んでみる価値はある。
それに、生を分かち合うことができれば、死への誘惑から抜け出せるかもしれません。

7月22日と27日に湯島で「生きる」につながるサロンをやります。
湯島に来たことのない人も歓迎です。
8月6日には、分かち合う場のない人をイメージして始めた縁カフェもあります。
またできれば、8月のどこかで、死よりも生を分かち合うことを目指すサロンをやろうと思います。
生を分かち合うことを目指せば、きっと人生は開けます。
そう思って、私はいま生き続けています。

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■節子への挽歌3939:暑さが嫌になってしまうとは、私も老いてしまいました

節子
今日はさすがに朝から暑いです。
リビングの温度もすでに30度を越しています。
今朝は畑もやめました。
庭の花に水をやるだけでも汗びっしょりです。
エアコンをつけたほうがいいようですが、うまく作動してくれるといいのですが。
でもその前にシャワーを浴びたほうがいいかもしれません。
エアコンはできるだけやめたいと思うのですが、自分の体力の衰えも自覚しなければいけません。

今日は湯島でサロンなので、出かける予定ですが、駅までの途中で倒れそうなくらい暑いです。
ユカに車で送ってもらおうと思います。
最近はいつもそうです。
困ったものですが。

もう少し涼しかったら、上野の長浜kannon houseに寄りたかったですが、今日はやめましょう。
あまりに暑い。

しかし、夏は暑いからこそ夏なのです。
節子はよく知っているように、私は夏の暑さは歓迎していました。
暑さに汗をかき、寒さに震える。
これこそが生きることだと思っていたのです。
しかし、それもまた節子がいたからこそだったかもしれません。
独りは、暑さも寒さも、ただただ暑いだけ、寒いだけです。
どうしてこうも同じことの意味が変わってしまうのでしょうか。

これは別に、暑さや寒さだけではありません。
分かち合うことのできる人がいるかいないかで、世界の意味は変わります。
分かち合える人がいれば、たぶん寛容になれるのです。
苦も楽になり、不安も希望になる。

今朝のテレビで、5人の人が一室で練炭自殺をしたことが報道されていました。
死を分かち合えるのであれば、もっと豊かな生も分かち合えたはずです。
とても残念でなりません。
湯島に来てくれたら、という気がちょっとしますが、最近はそうした勇気もちょっと萎えてきています。

暑さが嫌になってしまうとは、私も老いてしまいました。
跳ね返さないといけません。

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2018/07/13

■自分のことは自分で解決するという精神

西日本豪雨で被災した広島の友人から今朝、こんなメールをもらいました。

田舎の人達は自分のことは自分で解決するという精神で生活しているので、修復も個人で済ませ行政が遅まきに支援の手を差し伸べるころには、手遅れということが多いように思います。

テレビで盛んに報道されている地域を外れたところでも、さまざまな被害が生じているのでしょう。
テレビでは見えないところでも、たくさんの人たちが、この暑さの中でご苦労されていることを思うと、複雑な気持ちになります。
ボランティアが集まるところと集まらないところが、当然出てくるでしょう。
メールをくれた友人のところは、テレビでは一度も報道されなかったところです。

今回のような自然災害が起こった時の報道を見ていて、この数年、ちょっと気になっていることがありました。
報道に出てくる人たちに、あまり「リアリティ」を感じないのです。
見せ場になるような場面が繰り返し報道されるのも、いささか気になっています。
たくさんの人たちが被災されている状況で、こんなことを言うのは極めて不謹慎であり、噴飯ものでしょうが、ずっと気になっているのです。
たとえば今回の例でいえば、橋に木材がひっかかって、そこから川が氾濫した瞬間の映像がありましたが、それに気づいた人が逃げずに立ち止まってそれを見ていたシーンが忘れられません。
もしかしたら、もし現場にいたら、私も同じ行動を取ったかもしれません。
でも、それって、おかしくないでしょうか。
もちろん私自身の感度がおかしくなっているだけかもしれませんが、もしかしたら人間の感度が平均的にマヒしてきているのではないかと不安になるのです。

何かがおかしくなってきている。
そんな気がしていたのですが、友人のメールを見て、その理由がわかった気がします。
「自分たちのことは自分たちで解決するという精神」が薄れてきているのではないか。
このことをもう少ししっかりと考えたいと思います。
私には、とても大きな宿題です。
「コモンズの回復」という、私の最大の関心事につながっていますので。

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■節子への挽歌3938:熱中症にならずにすみました

今日も猛暑でした。
西日本豪雨被災地でみんなががんばっている映像をテレビで見ていたら、急に畑に行きたくなってしまいました。
熱中症の危険があるので、行かないほうがいいと言われていたのですが。
しかし、幸いに曇り空で風もあります。
念のために水筒持続で、帽子もかぶり、完全武装で畑に行きました。
まだ右手が無理できないので、あまり作業はできませんでしたが、実にいい汗をかきました。
心配した娘から電話がかかってきたので、花壇にたっぷりと水をやって、無事戻りました。
帰宅して、体に悪いと注意されているコーラーを飲んだら、体中から汗が吹き出してきました。
わが家は風がかなり入るので、冷房は今日もかけていないのですが、実に爽快になりました。
体温計を見たら30度を超えていましたが、なんでこんなに気持ちがいいのだろうと思うくらい、涼しくて爽快です。
娘は、同じ部屋にいるのに、暑い暑いと言っています。
さて、どちらがおかしいのでしょうか。
テレビを見たら、熱中症でエアコンをつけずに部屋で亡くなっていた高齢者のニュースを流していました。
私も、そういう危険性がありそうです。
困ったものです。

娘が作業中の姿を写真で撮っていました。
わが家から見えるのです。
まだ畑になっていないのがわかってしまいますが、せっかく撮ってくれたのでアップします。
畑に行く途中で私に会ったら、ホームレスの怪しい老人に見えそうです。
帰りに知らない人に挨拶したのですが、返事が返ってきませんでした。
今日のシャツは特にひどくて、泥だらけの上に破れていました。
そのせいでしょうか。
身なりはやはり大切かもしれませんが、私には不得手です。

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■節子への挽歌3937:心にしたがう生き方

節子
佐久間さんが送ってきてくれた新著を読んでいたら、そこに「人間の本質は「からだ」と「こころ」の二元論ではなく、「からだ」と「こころ」と「たましい」の三元論でとらえる必要があります」と書いてありました。
そして、佐久間さんの友人の鎌田東二さんの「体は嘘をつかない。が、心は嘘をつく。しかし、魂は嘘をつけない」という言葉を紹介しています。
「嘘をつく心、嘘をつかない体、嘘をつけない魂」
三元論はとても納得できます。
「身心」を超える何かに自分が動かされていることはよくある体験です。

しかし、私の感覚で言えば、三元論は「頭と心と体」のような気がします。
先日(たぶん)書きましたが、人間は3つの「脳」をもっているそうです。
頭と心臓と腸です。
これを「心」と「体」と「魂」に当てはめるとどうなるでしょうか。
心臓に当たるのが、「魂」になりそうです。
ですから、私は「魂」というよりも、素直に「心」と呼びたい気がします。
余計なことを書き加えれば、「魂」は「心」が「体」(個)から離れたものと、私は捉えています。

ところで、私の体験では、体もまた十分に嘘をつく。
体にだまされることは、時々あります。
私など、いつもだまされっぱなしです。

嘘をつかないのは「心」ではないかと、私は思います。
少なくとも、私の心は嘘をつきません。
間違いはよく起こしますが、嘘ではありません。
でも、その「心」を失いだしているのが、現代の人間かもしれません。
「頭」が「心」を奪いだしている。
そんな気がしてなりません。
そういう状況の中では、「嘘」の意味が全く変わってしまいかねません。

私は、心にしたがって、できるだけ生きようとしています。
しかし、頭や体が、それに抗うことがあります。
以前は、心が頭や体に抗っているように思っていましたが、最近は、抗っているのは体と頭だと思うようになりました。
頭は、抗う力を高めようと「知識」を獲得したがります。
体もまた、抗う力を高めようと「健康が大事だ」などといって「あるべき」食生活を強要してきます。
私もその渦中にいますので、「心」にしたがって生きることは、そう簡単ではありません。

心のおもむくままに。
そんな生き方を目指せればと思っています。

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2018/07/12

■節子への挽歌3936:たくさんの贈り物をもらいました

節子
朝の視野異常の状況は回復しました。
午後、会う約束をしていたSさんが自宅に迎えに来てくれたのですが、このまま脳外科に連れて行こうかと言われましたが、それは辞退して、予定通り、美味しいコーヒーをご馳走してもらいに行きました。
家の近くの北柏ふるさと公園のなかに開店した、「花小鳥」というカフェです。
公園内にカフェ。
20年ほど前に我孫子で提案した時に、公園内は無理だと一蹴されたことを思い脱します。
若い夫婦がやっていました。
実にうらやましい。

Sさんは、節子にと言って、花束を持ってきてくれました。
ひまわりと私の知らない赤い花。
庭で咲いたカサブランカと一緒に節子に供えました。
やはり節子に供える花は、白一色より多彩な華やかさがあったほうがいいです。
今年の命日の花は、白は止めようと決めました。
送られてこないことを祈ります。

今日、友人からもらったのは、コーヒーと花束だけではありません。
メダカの子どもも持ってきてくれました。
まだ生まれたばかりの小さなメダカなので、水槽に放すと貝や芝エビに食べられそうなので、別の水槽にしばらくは飼うことにしました。
メダカは温度変化に弱いので注意するようにと言われました。

もうひとつもらったのは、そしてそれが今日Sさんと会った目的なのですが、うれしいニュースです。
実は、そのニュースを聞いて、私の方がお祝いしようと思っていたのに、逆にご馳走になってしまったわけです。
まあちょっと逆のような気もしますが、素直にご馳走になってしまいました。

誰かと会うと、ちょっと気が滅入ったり、宿題を背負い込んだりすることが多いのですが、今日はただただうれしい話でした。
こういうこともないと、身が持ちません。
うれしい話はいいものです。
元気が出ます。

夕方、畑に水をやりに行きました。
後から植えた花の種子も芽を出し始めていました。
今日は、ちょっと不安な始まりでしたが、いい1日になりました。
お天道様に感謝しなければいけません。

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■節子への挽歌3935:徒然なるままに

節子
今朝はちょっとダウンしてしまいましたが、体調が戻りました。
幸いに気温もそう高くないので、畑に行こうかとも思いますが、午前中は少し自重しようと思います。
庭のカサブランカは、さらに咲いて、にぎやかです。
時間をずらして咲いてくれるといいのですが、一斉に咲いてしまうので、見事ではありますが、ちょっともったいない気もします。
目の不具合なので、あまり目を使わないほうがいいのですが、身体も使わないほうがいいような気がして、結局、一番楽なパソコンに向かっています。
まあパソコンを打ち込むのであれば、画面を見ないでもいいですし。
それでまた挽歌を書いてしまっているわけです。

っ最近がんばったおかげで、ようやく番号のずれは1か月遅れまで追いつきました。
9月の命日までには、番号を合わせておきたいと思っています。
それにしても、節子を見送ってから、まもなく4000日というわけです。
時間が止まってしまった4000日。
そろそろ動きだしているような気もしますが、逆にそろそろ終わりそうな気もします。
人生は実に見事なほどに、思わせぶりなところがある。

吉田兼行の「徒然草」は有名ですが、最近、なぜ兼行は「徒然草」を書いたのか、勝手にわかってきた気がします。
彼は徒然状況に退屈したのでしょう。
そうに違いない。
今日は私も実に退屈で、やることがない。
困ったものです。

しかし、節子が元気だったころ、こんな時間があったでしょうか。
あの頃は、いつも時間がなくて、走っていた気がします。
なぜ節子とゆっくりと時間を過ごさなかったのか。
悔いが残ります。

節子が言っていたように、時間はいましかない。
今をどう大切にするか。
徒然などという思いを持つことさえ、どこかで間違っているのでしょう。
やはりパソコンなどはやめて、庭の草木の手入れでもすることにしましょう。
幸い、今日は熱中症の心配もなさそうですし。
しかし、どこか頭のうしろが重くて、それが気になります。
もう少し様子を見て、脳外科に出も行こうかと思います。
気のせいかもしれませんが。

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■節子への挽歌3934:今日は要注意の1日です

節子
今日は湯島に行く予定だったのですが、暑いのでやめてしまいました。
今朝起きたら涼しいので、やはり行こうかと思ったのですが、起きた直後に、時々起こる視野の異常があり、1時間ほど横になっていました。
畑作業にも絶好の朝だったのですが、残念です。
血圧を測ったのですが、まあさほど異常でもなく、もう大丈夫でしょう。
しかし、今日は大事をとって、畑作業もやめておこうと思います。

昨日までの予定では、上野のびわ湖長浜KANNON HOUSEに行くつもりだったのです。
びわ湖長浜KANNON HOUSEは、最近できたので、節子は知りませんが、高月の観音様が順番にやって来る場所なのです。
http://www.nagahama-kannon-house.jp/
ユカが最初に行って、教えてくれました。
私は行こう行こうと思いながら、まだ行けていません。
いまは、高月町の落川浄光寺の十一面観音像が来ています。
私はまだお会いしたことのない観音です。
今日は行くのをやめましたが、来週には行ってみようと思います。
なんとなく高月の観音に会いたくなったのには、それなりに意味があるのでしょう。

久し振りの視野異常ですが、これが起こったのは、節子の姉夫婦と一緒に滋賀の「さば街道」に行っていた時です。
突然、視野がおかしくなりました。
節子にも心配させたくなかったので、みんなから離れて少し休んでいたら、治りました。
以来、年に1~2回、発生しますが、横になっていると長くても1時間ほどで治ります。
あんまり気分的に良いものではありませんが、歳をとれば、こうした身体の異常はいろいろと発生します。
困ったものですが、それが歳を取るということでしょう。

今朝は久しぶりに、鳥のさえずりで目が覚めました。
涼しいし、畑に行こうと思って、5時前に起きたのですが、こんなことで結局何もできずに、朝の時間を無為に過ごしてしまいました。
今日はちょっと要注意の1日です。

視野は回復しましたが、気分がどうもすっきりしません。
せっかくのさわやかな、涼しい朝なのに、残念です。

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2018/07/11

■節子への挽歌3933:「がんセンター」と聞いただけでまだ心が止まります

節子
今日はもうひとつ書きます。
日中を何もせずに過ごしたので、夜になってパソコンに向かいたくなってしまいました。

節子も会ったことのある、私の幼なじみのMが、がんセンターに転院することになりました。
といっても、入院ではありません。
胃がんの摘出手術後、順調に過ごしていたのですが、抗がん剤の副作用が出てきてしまったのです。
今日、検査に行くと言っていたので、気になっていて電話したのですが、元気そうな声でしたが、改めて再検査するということになったようです。
がんセンターという言葉を聞いただけで、心が止まります。

彼は独身なので、病院にはいつも独りで言っているはずです。
たまには私も同行しようかと思っていたのですが、がんセンターには行く勇気はまだありません。
しかし、病院で順番を待っている時間の辛さは知っていますので、いつか同行できるように頑張ろうと思います。
なにしろ彼は、幼なじみですので。

といっても、彼と長年仲良く付き合ってきたわけではありません。
長いこと、数年に一度くらいだけ合うだけでした。
それがここにきて頻繁に会うようになったのは、彼が胃がんにかかったからです。
そして彼には家族がない。
そして、これが一番の理由ですが、胃がんになって最初に相談に来たのが私だったのです。

家族のいない彼のために、何かの支えにはなれるかもしれません。
友人はもちろんたくさんいるでしょうが、友人と言っても、みんなそれぞれに問題を抱えていて、家族代わりにはとてもなれないものです。
もちろん、私もまた、とても家族代わりにはなれませんが、伴侶がいない分、少しはやりやすいかもしれません。
それに彼が私のところに最初に来たのは、私を信頼してくれたからです。
信頼には応えなければいけません。

彼は独りで生活しています。
いささか心配ですが、私よりはずっと自立した、しっかり者ですから、大丈夫でしょう。
電話での彼の明るさは救いですが、明るさが示唆する寂しさもあるものです。

また彼に会いに行こうと思います。

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■節子への挽歌3932:高月のメロン

節子
高月のメロンが届きました。
高月は節子の生家のあるところです。
節子の叔父がメロン栽培をしていたので、以前から送ってもらっていましたが、その叔父ももうずっと前に亡くなってしまいました。
最近は節子の生家から、毎年送られてきます。
娘夫婦にもお裾分けして、毎年、いただいています。
早速、節子に供えさせてもらいました。

わが家は、いろんな人がいろんなものを送ってきてくださいます。
感謝しなければいけませんが、まあお布施を受け取るのもまた、お布施なのだというのが私の考えなので、最近はあんまりお返しもできていないことに気づくことも少なくありません。
でもまあ、いつかはきっとお返しできるでしょう。
今生とは限りませんが。

節子の叔父の思い出もいくつかあります。
しかし、今ではその思い出を話し合える人もいなくなってしまいました。
こうして、人はだんだん、此岸から彼岸へと移っていくのでしょう。
節子はまだしばらくは、私を介して此岸でかなり存在していますが、私が彼岸に行ったら、たぶん主軸は彼岸へと移るでしょう。
夫婦と親子とでは、同じ家族でも大きく違うような気がします。
子どもは親を思い出として捉えますが、夫婦の場合は、共に暮らした片割れとして捉えます。
過去ではなく、今もあるという感覚が強い気がします。
私だけなのかもしれませんが。

高月にもしばらく行っていません。
高月は「観音の里」と言われるくらい、観音像がたくさん残されているところです。
その観音たちにも、最近はお会いしていません。
たぶん表情がまた変わっていることでしょう。
これまでも何回かお参りした観音たちも、毎回、表情が違います。
仏たちの表情は、本当によく変わります。
こんなことを言うと、節子はいつも笑っていましたが。

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■節子への挽歌3931:カサブランカが咲きだしました

節子
畑の花壇も花が咲きだしましたが、庭の鉢植えのカサブランカも咲きだしました。
昨年、球根を植えたのですが、それが今年も元気に育っていたのです。
今朝は3つ咲いていました。
しかしどうも肥料のせいか、葉っぱの色に元気がありません。
花の手入れは難しいです。
一輪を、生け花にして、節子に供えました。
節子は、カサブランカが好きでした。
つぼみも2つついているので、しばらくは咲いていてくれるでしょう。
しばらくはカサブランカの香りが家中に放たれるでしょう。

節子はカサブランカの花が好きでしたが、私はその香りが好きです。
しかし一時期、白い花に食傷したことがあります。
節子が逝ってしまってからの数年、命日になると友人たちから花が届きました。
白い花が多く、何かどうも気がふさいでしまっていたのです。
それで一時期は、白い花が嫌いになりかけたのですが、カサブランカの香りのおかげで、それも克服できました。
ですから、カサブランカは私にも特別の意味を持つ花になっているのです。

最近、黄色系のユリが欲しくなっています。
むかし、節子と歩いた美ヶ原高原のニッコウキスゲを思い出させるからです。
節子が元気だった頃は、夏はよく高原に行きました。
高原に行かなくなってからもう10年以上です。

今日も暑い1日でした。

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■節子への挽歌3930:高齢小作人はあんまり頑張れません

節子
西日本豪雨は、豪雨が終わった後にもまだ新たな被害を発生させています。
それに比べて我孫子は連日、雨もなく猛暑が続いています。
昨日はゆっくりしたはずなのに、今朝の寝起きはあまり調子がよくありません。
暑さのせいか、心身ともにどこかに疲労感が残っています。
朝の畑に行く気が起きず、まだまだ小作人生活は身についていないことがよくわかります。
困ったものです。
しかし、涼しいうちに言っておかないと、と思い、挽歌はここでやめて、これから行ってこようと思います。
つづきはもどってきてから、いや、朝食後に。

やはり今日は疲れが残っているのか、畑でもあんまり頑張れませんでした。
花壇の写真を撮ってきました。
写真を撮っていたら、朝顔がきれいですね、と言われました。
残念ながらまだ花壇は褒めてもらえません。
まあそれも当然でしょう。

さてこれからは少し畑の方に身を入れようと思います。
しかし、今日の疲れ具合から考えると、いささか不安にはなります。
それに、無理をするなといろんな人から言われています。
たぶん常識的には、私はちょっと無理をしているのでしょう。
もっと若い時に無理をしておくべきでしたが、どうも年齢による心身の変化は自分ではわからないものです。

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2018/07/10

■節子への挽歌3929:映画「隠し剣」を観ました

節子
暑い1日でした。
いささかばて気味で在宅でしたが、エアコンなしで過ごしました。
朝、畑に行き、シャワーを浴びるとエアコンなしでもまあ大丈夫なのです。
それにわが家は風がよく入るので、風がある時はそれなりに涼しいのです。
ユカは、歳を取ると感覚がおとろえ、暑さがわからなくなっているのではないかと言いますが、そうかもしれません。
しかし、自然の要請に素直に従えば、この数日は水分もよくとるようになっていますので、まあ大丈夫でしょう。

しかし今日はなんとなく気が起きてこないので、録画していた「隠し剣」という時代劇を見てしまいました。
時代劇の映画を観るのは久しぶりです。
いささか退屈でしたが、最後は涙が出てしまいました。
もう望むべくもありませんが、この映画のような恋というか、愛というか、そういう関係に出合えればと思います。
しかし、こういう関係の恋や愛は、いまの時代には私に限らず、誰も出合えなくなってきているような気もします。
さびしい時代なのは、節子がいないからだけではないのかもしれません。
だれか私に好きな人ができたら、節子はきっと喜ぶでしょう。
それはわかっているのですが、まだそれは無理のようです。

畑は、相変わらず野草や笹との闘いです。
花壇は少しずつ華やいできましたが、予算を節約したので、見栄えはもう一つです。
それにやはり土壌が悪いせいか、ヒマワリの葉っぱも何か元気がない。
まあ今年は、主導権の奪還ができればそれで満足しようと思います。

夕方になると、とても柔らかな風になってきます。
エアコンの中で過ごしていたら、この柔らかさは体験できないでしょう。
暑さがあればこそ、涼しさが快い。

「隠し剣」の主人公は、武士の世界を捨てて、自分の生き方を取り戻します。
捨てる世界があることはしあわせです。
会社を辞めた時の、あのワクワクした輝くような幸せを思い出します。
節子も、幸せそうでした。
今の私には、もう捨てる世界がない。
「隠し剣」で涙が出たのは、そのせいかもしれません。

窓から入ってくる風が、今日はとてもやさしい。
嘘みたいに平和な時間を感じます。
しかしなぜかとてもさびしい。
こんなときは、節子が恋しくなります。

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2018/07/09

■節子への挽歌3928:埋葬

節子未練がましくしばらく放置していた鳩の卵を今日、埋葬しました。
前に書きましたが、畑の笹薮を刈り取っていた時に、藪の中にあった鳩の卵を、孵化できないかとがんばってきたのです。


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ホッカイロと保温材と草藁を小さなケースに入れて、しばらく置いていたのですが、2週間くらいで可能性はない気がしてきました。
というのも、見つけた時に殻を傷つけてしまったのですが、そこからかなりきつい匂いが生じだしたのです。
それでもなんとなく未練があって、暑くなってきたので、もしかしたら自然ふ化するかもしれないなどと思ったりして、埋葬する気が起きなかったのです。
しかしさすがに、もうあきらめようと思い、見つけた場所の近くに埋葬してきました。

先週はメダカも埋葬しましたが、今月に入って2度目の埋葬でした。
ちなみに、畑をやっていて球根を傷つけることは少なくありません。
そうした場合は、慌ててまた地面に埋め直します。
そうすると運がよければ芽が出てきます。
大地が生命を復活させてくれるのです。
花壇のグラジオラスも2本復活し、まだ花は咲きませんが、成長してきています。
今年は花は無理でもたぶん来年は花を咲かせるでしょう。
植物の場合は、大地への埋葬は次の生命の復活につながっていく。
実にうらやましいですが、しかし人間もそうかもしれません。
輪廻転生を信ずる者としては、そう考えるべきでしょう。
しかし、なかなかそうは思えなく、埋葬は永遠の別れのように思えてしまう。
植物も動物も、この数十億年、生きながらえてきているのですから、生命が途絶えることなどあるはずもないわけですが、なかなかそうは思えない。
まだまだ私の世界も閉じ込められた狭い世界にしか生きていないのでしょう。

卵を埋めた場所には石を建てておきました。
しかしたぶん来年には、どこかもうわからなくなっているでしょう。
大地にはたくさんの生命が埋葬されています。
私が1時間畑仕事をするだけで、それこそ今回の豪雨被害で失われた人の命を越えるほどのたくさんの生命が大地に戻っているはずです。
そう思うと、大地は生命でできているといってもいい。
その大地に、私の生命も支えられている。
だから畑で土の上に座ると、心が安堵するのかもしれません。

今日も暑い日でした。
幸か不幸か、右手がまだ戻らないので、畑作業は力仕事をやめて、小さな野草の刈り取りでした。
それ用の農具を買ってきたのですが、まったくと言っていいほど、役に立たないので、相変わらず手で抜いたり刈り取ったりしていました。
そうすると、借り捉える野草の痛みもそれなりに伝わってくる。
畑仕事は、まさに生命の話し合いです。

今年初めてのキュウリが一本収穫できました。

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■「9条誕生」(岩波書店)をお薦めします

すでにご案内の通り、今度の土曜日、湯島で「日本は核武装するべきか」というテーマでのサロンを開催します。
たぶん賛否いずれの方も参加されますので、話し合いがどう展開するか楽しみにしています。
サッカーやオウム事件や集中豪雨などでマスコミは埋め尽くされていますが、その裏側で着々と進められている動きへの関心も忘れないようにしたいと思います。

ところで、昨年放映されたNHKスペシャル「憲法70年“平和国家″はこうして生まれた」を見た方も多いと思います。
とても興味ある内容でした。
ご覧になっていない方は、ぜひネットで見てください。
https://www.dailymotion.com/video/x5kcntm

ところで、その番組制作にも関わった塩田純さんの「9条誕生」(岩波書店)という本も、多くの人に読んでほしいと思っています。
NPO関係の人たちにも、政治問題に関するサロンを呼びかけてもあまり反応はよくありません。
日本の市民活動の多くは、政治に関わることを忌避している面がありますが、政治と無縁の市民活動は私にはまったくと言っていいほど無意味なものに感じます。
日本のNPO活動のほとんどは、既存の体制のサブシステムになっていると思いますが、そこから抜け出していかないと、社会は変わりようがありません。

そんな思いも会って、せめてこの本くらいはみんなに読んでもらいたいと思い、紹介させてもらうことにしました。
ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。
そしてもしよかったら、今度の土曜日の午後の湯島のサロンにもご参加ください。
できるならば、次のサロンは「平和」をテーマにできないかと考えています。
どなたか問題提起者になっていただけませんか。

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2018/07/08

■節子への挽歌3927:どんな世界を構成するか

節子
西日本はまだどうも山を越していないようです。
テレビの報道映像を見ていると、山を越したようにも見えますが、新たな危険警報が出るなどしています。

気になっている人たちに連絡しようかどうか迷いましたが、結局、連絡は止めて祈ることにしていました。
何人かからは、状況の連絡がいろんな形で入ってきていますが、どう対処すればいいかもわからずに、いささか気の重い状況です。
その一方で、フェイスブックでは相変わらず無邪気な投稿も多く、不思議というか、奇妙な感じでいます。
世界が広がり、しかもその広い世界の状況が、ライブに入ってくると、人は自分の住んでいる世界への感覚を混乱させてしまいます。
西日本の被害地と、のどかでさわやかな我孫子とが、どうもつながらない。
自分の立ち位置がわからなくなるとともに、世界がヴァーチャルに感じてしまう。

昨日、今度湯島でサロンに取り上げるために、2年前に起こった相模原市のやまゆり園の事件に関する本を何冊か読み直しました。
オウム事件の情報もそうですが、そういう事件が私の生きている社会で発生してしまうことが、私には以前からなかなか理解できないでいます。
そもそも原発事故が起こったにもかかわらず、また原発を再稼働させるというような社会にも、リアリティを感じません。
困ったものですが。

たくさんの物語が混在しながら、社会は展開しているわけですが、どの物語をどう切り取って自分の物語を構築するかで、社会の見え方は全く変わってきます。

とここまで書いたら、予想外のお客様が湯島のオフィスにやって来ました。
途中ですが、アップします。

最近、私自身が、どういう世界を構成していこうかとちょっと迷いだしているものですから、こんな記事を書いてしまいました。

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■節子への挽歌3926:気持のいい朝です

気持のいい朝です。

昨夜もまた、少しややこしい夢を見ましたが、めずらしく節子の魂を感じました。
最近、どうもややこしい夢を見ます。
ややこしいという意味は、夢の中で私が「思考」しているのです。
それも何かをまとめようとしている。
時には素晴らしいアイデアがひらめいたような記憶も残るのですが、内容は目が覚めるとまったく思い出せません。

昨日の夕方、たっぷりと水をやってきたのですが、今朝も挨拶がてら畑に行ってきました。
ちょっと右手の大事をとって、作業はやめました。
1本だけ頑張っていた、後植えのカボチャはまた虫に葉っぱを食べられていました。
葉がなくなるともうだめです。
やはり小さな時には、虫が入らないようにカバーをしなければいけないことを学びました。
昨日、庭のアジサイの枝を切ったので、その数本を畑に挿し木しました。
根づくといいのですが。

西日本の豪雨被害はまだ続いています。
それに比べて、今朝の我孫子は申し訳ないほど、さわやかで静かです。
今週はかなりのんびりできる週なので、体調と体制を整えられると思います。
久し振りにお墓見舞いにも行ってこようと思います。

風がとても快い。
今日は関東でも雷などが騒ぐようですが、たぶん私には害を与えないでしょう。
私はいつも、自然に守られているような気がします。
小作人として、誠実に生きようとしていることが受け入れられたのかもしれません。

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2018/07/07

■節子への挽歌3925:自然の威力

節子
西日本が異常な大雨でたくさんの被害者が出ています。
節子の知り合いのいる地域もたくさんの被害が出ています。
自然の威力はやはりすごいです。

と、ここまで書いた時に、大きな揺れが来ました。
これは地震です。
震度4でした。

今日は晴れたので、夕方畑に行きました。
相変わらず右手が回復していないので、力仕事はできませんが、花壇の野草を抜いてきました。
ひまわりや百日草、グラジオラス、マーガレットなど、いろいろと咲きだしました。
しかし発芽率は半分くらいでしょうか、全面的に花が咲きだす状況ではありません。
まだまだです。

きゅうりと茄子とミニトマトが成りだしました。
赤く色づいたミニトマトを節子に備えました。
節子がやっていた時には、成りすぎて近所に配るほどでしたが、今年はまだそこまでは行きません。
畑をはじめて改めて思うこともまた、自然の威力です。

ユカと一緒に、庭の花木の整理も始めました。
節子の時のような管理はとてもできませんので、思い切る花木も減らそうと思いますが、その前に手入れ不足で減ってしまいそうです。
節子が大事に育ててきたハイビスカスも半分以上はダメにしましたし、山野草はほぼ全部だけになってしまいました。
その代わりに、見たこともないような野草が庭を覆いだしています。
私もユカも、どれが野草でどれが植えた花なのか区別があまり付きません。
だいたい元気なのが野草で、弱いのが植えた花木というのがあたっています。
やはり、そこでも自然の生命力の強さが示されています。

それにしても、西日本の集中豪雨の被害はまだ広がっています。
自然は何を怒っているのでしょうか。
自然を怒らせるような生き方は決してしてはいけない。
改めてそう思います。

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■節子への挽歌3924:サンティアゴ巡礼からの便り

節子
スペインのサンティアゴ巡礼に行っている鈴木さんから2回目の手紙が届きました。
フランスのアルルを出発してから50日、1300キロを歩いたそうです。
1日前に通過したレオンの大聖堂の絵ハガキでした。
残り300キロ。
歩き出した時は、途方もない距離に思えていたのに、終わりが近づくと、「あっという間」というのが時間だと書いてありました。
今回もまた、サンティアゴに着いた後、大西洋岸まで歩くそうです。
残りはあと2週間ほどだそうです。

はがきの日付を見ると、なんと投函日は6月24日になっています。
2週間もかかっています。
ということはもうそろそろ帰国する頃です。

今回はどんなお土産話を持ってきてくれるか。
たのしみです。


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2018/07/06

■節子への挽歌3925:死刑の執行

節子
次の用事まであと1時間近くありますので、挽歌をもう一つ書きます。
前の挽歌を書いていて、どうして今日は元気が出ないかの理由に気づきました。
今朝のテレビで、1995年の地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教の元代表と元幹部の7人の死刑が執行されたことが報道されていました。
いつもそうですが、やはり「死刑執行」というのは聞いただけで心が萎えます。
朝食をしながら、娘に被害者の遺族は喜んでいるかなと聞いてしまいました。
そうしたら娘は、もし家族が被害者だったらお父さんはどう思うか、と問われました。
被害にあった時なら、殺したいと思うだろうが、これだけ時間が経てば、むしろ死刑執行に反対するだろうと応えましたが、そう答えたすぐ後に、テレビで被害者の遺族が、むしろ死刑執行に肯定的なコメントしていました。
娘によれば、遺族の人たちは死刑執行に立ち合いたいという意向も持っていたそうです。
複雑な気持ちになりました。
憎しみは、なかなか消えないのです。

地下鉄サリン事件があった当日、私たち家族はトルコ旅行に行っていて、その移動中のバスで事件のことを知りました。
それもあって、この事件はいろんなことをもい出させることの一つなのです。
もしトルコに行っていなかったら、私たち家族の誰かが、あの地下鉄に乗っていた可能性はゼロではありません。
娘の通勤路でもありました。
もし家族が事件に巻き込まれていたら、私の考えは変わっていたでしょうか。
でもたぶん、死刑執行のボタンは押せないでしょう。
人の生命は、人の操作の対象にすべきではないという考えになっているからです。
さらに言えば、もっと自らの生命を尊重したからです。
死刑執行のボタンを押したら、松本死刑囚と同じくなってしまうような気がするのです。
そういう状況に、誰かを置いてしまう、いまの死刑制度には反対です。
いかあに怒りが大きくても、死刑はよくない。
それでは戦争反対を主張できないようにさえ思います。

相変わらず論理が飛躍しすぎていると叱られそうですが、死刑執行の報道に接してから、どうも元気が出ないのです。
死刑囚のことを慮ってのことではありません。
死刑執行に関わった人たちのことを思うと、どうしても心が晴れないのです。
それにしても7人の死刑執行を同時に行う。
やはり心の震えを止められません。

節子だったらどういうでしょうか。

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■節子への挽歌3924:パンとサーカスのなかでは生きたくありませんが

節子
先日までの真夏のような暑さが一転して、今日は肌寒いほどです。
予定が変更になって、湯島に一人でいます。
手持無沙汰なので、持ち歩いていた本を読んでいました。
メアリー・ピアードの「ローマ帝国史」です。
なぜいまさら「ローマ史」なのかといえば、まさに今、私が生きている社会が、パンとサーカスのローマのように感じているからです。
先日のサッカーのワールドカップの報道を見ていると、つくづくそう思っていまいます。
スポーツ選手というか、昨今のアスリートたちは遣唐使のような存在にしか見えません。
それにうつつを抜かして、パブリックビューなどと騒いでいる人たちを見ると、もっと大切な問題から目をそらされないでよ、と言いたくもなります。
まあ、私が「偏屈」なだけかもしれません。

この本は3年前に書かれ、日本での翻訳出版は先月です。
これまでのものとちょっと違った取り組み方の本だというので読もうと思っていましたが、持ち歩くだけでなかなか読む気になっていなかったのです。
確かに、視点がちょっと違います。
キケロとカティリナの政争から始まります。
100ページほど読んで、飽きてしまいました。
どうもピンとこない。

イタリアには1度行きましたが、節子とは一緒ではありませんでした。
節子は私とは別に一度言っていますが、節子のほうがいい旅をしています。
私は仕事の関係で行った時に、ローマとミラノに寄っただけです。
それもそれぞれ1日ずつくらいでした。
いつかゆっくりと節子と一緒にローマには行きたいと思っていましたが、ついに実現しませんでした。
たぶん私自身ももうイタリアには行くことはないでしょう。
いや海外にはもう行かないでしょう。
旅をするモティベーションが全く起こってこないのです。
ですから書物の上でしか、ローマには行けないわけです。

でもまあ最近は、日本もローマのようになってきました。
みんなパンとサーカスを求めて饗宴に明け暮れている。
その一方で、貧困はどんどん広がっている。
そのいずれにもつながっている両生類的な生の中にいる私としては、双方からの「いいとこ」どりをしている気もしますが、しかしどこかでやはり悲しさとむなしさから抜け出られません。

困ったものです。

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■改めて「魂の殺人」を紹介したくなりました

過労死家族の異論のある中で、働き方改革法が成立しました。この法制度がいい方向で機能していくことを願っています。
しかし、私には大きな違和感があります。
「働く」ことの意味が問われることがないまま、制度論だけが進んでいることに、です。

脱時間給制度(高度プロフェッショナル制度)に関しては、過労死につながるのではないかという意見もあります。
しかし、これに関しても、「過労死」がなぜ起こるのかの問い方に違和感があります。
子どもを過労死させた遺族の方の意見には共感しますが、その姿勢には違和感があります。

微妙な問題なので、また本意が伝わらずに批判されそうですが、問題の捉え方が、私には間違っているように思えてなりません。
実は、このことは当事者の方のことを思うとていねいに書かないと傷つけることになりかねないため、書くのをいつも躊躇してきました。
先日、ある人に会って、やはり書いておこうと決意しました。

もう25年ほど前のことですが、生活者と企業のパイプ役を担う日本ヒーブ協議会の周年事業のフォーラムに呼んでもらいました。
そこで、働き方の問題を提起させてもらったのですが、企業役員の女性の方(その方はたしか協議会の役員でもありました)から「女性は過労死するほど働くチャンスがない」という指摘を受けて、驚くというか、唖然としたことがあります。
以来、日本ヒーブ協議会とは縁を切りましたが、そう指摘した彼女は昨今の状況をどう思っているでしょうか。
すべては、私たちの自己呪縛から始まっている。
制度や法律だけでは、状況は変わらないのではないか。

かなり古い本ですが、アリス・ミラーという人の「魂の殺人」という本があります。
日本に紹介されたのはもう30年以上前ですが、最近、新装版(新曜社)が出版されました。
副題は「親は子供になにをしたか」。
著者は、親のしつけや教育にひそむ暴力性を容赦なくえぐり出した3部作で有名ですが、「魂の殺人」はその2作目です。
私は、この作品しか読んでいませんが、内容は極めて衝撃的です。

子ども時代の体験が大人になって社会的な問題を起こしていくというようなよくある精神分析の本のように思われるかもしれませんが、もっとラディカルな「反教育」「反しつけ」論が展開されています。
中途半端な紹介をするのはやめますが、いまの社会の問題の根源につながる示唆を得られると私は思っています。
そこから得られるメッセージは、「すべての問題の解決はまず自ら始めるしかない」ということで、それが私のこの30年の生き方になっています。
あんまり論理的な説明ではないので、伝わらないでしょうが。

著者はポーランド人です。
そのためか、なぜナチスの悲劇は起こったかに関しても、いたるところで、論究されています。
かつてのドイツ人の勤勉さと従順さが、それを可能にしたというのです。
それは、いまの日本社会の実状にもつながっていく話です。
そこから考え直さないと状況は変わらない。

若者の自殺や世代を超えたモラルハザードが広がっています。
湯島にもいろんな人が相談に来ますが、問題の解決策はそう難しくはありません。
誰かや何かのせいにしているだけでは、状況は変わらない。
まずは自らの呪縛を解いて、自らの生き方を変えていく。
教えられた「常識」を問い質していく。
そもそも過労死とか自死は、生命本来のものではないはずです。
生命体には、必ずホメオスタシスという生命維持機能があるのです。
それが素直に作動するようにすればいい。

話がまた広がり過ぎそうなのでやめますが、もしお時間があれば、「魂の殺人」を読んでみてください。
自分は、親として子どもになにをしたか、親から何をされたか。
子どもだけではなく、次の世代に何をしているか、あるいは前の世代から何を学んだか。
時に、自分の生き方を問い質すのも、辛いけれども必要かもしれません。

事例も多く、冗長で長いので、読みやすい本ではありませんが、新装版はたぶん改善されているでしょう。
もし読まれる場合は、ぜひとも最後まで読んでみてください。
途中はとばしてもいいですが。

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2018/07/05

■節子への挽歌3923:うなぎをご馳走になりました

節子
うなぎが高くなっています。
今の私には、なかなか手が届きません。
しかし、昨日、そのうなぎをご馳走になりました。
幼なじみの友人が、わざわざそのために湯島にまで来てくれ、湯島のうなぎ屋で予算上限なしでご馳走してくれたのです。

まあこれには理由があったのです。
彼から数日前に電話がありました。
久し振りにやった競馬で思いもしなかった不労所得が入ったので、普段は食べられないようなものを何でもご馳走するというのです。
お互いにあんまり先行きもないので、これまで食べたことのないようなものをと、彼は言うのですが、貧乏性の私はついつい「うなぎ」を所望してしまったのです。
彼は少しがっかりしたようで、うなぎなのか、という感じでした。
彼には以前も何回かうなぎをご馳走になっているので、どうもうなぎは彼の頭の中では、日常的なもののようです。

私が一度行ってみようと思っていた店に行きました。
彼は一番価格の高いものを勧めましたが、私の好みはまあほどほどのところのものなので、それでいいといったために、彼もそれに付き合う羽目になってしまいました。
私にはかなり高価な値段でしたが、なんだか安くついてしまったと彼はご不満のようでした。
その上、そのお店のうなぎは思ったよりもおいしくありませんでした。
江戸風のちょっと味の濃いたれでした。
彼には申し訳ないことしました。
ご馳走し甲斐がなかったかもしれません。
それでまたもう一度、ご馳走してもらおうと思います。
まあこの辺りが私の非常識のところかもしれません。

ところで、彼は競馬の配当金を受け取りに行った時に、利益の1割くらいは戻す思いでまた馬券を買ったのだそうですが、なんとそれがまた当たってしまい、結局、不労所得は増えてしまったそうです。
ちなみに彼は物欲がなく、お金にもきわめて淡泊なのです。
今時めずらしい純粋な男です。
こういう人のところに、幸運は行くのでしょう。

彼は小学校時代のクラスメイトです。
私が就職した時にも、実は彼から手づくりのお祝いをもらっています。
ある理由で、彼からもらったお祝いのことだけは鮮明に覚えています。
彼との縁も不思議な気がします。
幼なじみは、いいものです。
まあ、人にもよりますが。

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■節子への挽歌3922:自分の経験のゆえに間違ったしまうことも少なくありません

節子
昨日、過労死遺族の方と会いました。
過労死問題から始まった「働き方改革」が話題になっていますが、私はその取り組み方が根本的に間違っていると思っています。
同時に、過労死遺族の方たちの姿勢にも大きな違和感があります。
当事者の方に、こんなことを言うと誤解されるどころか傷つけることになりかねませんが、昨日お会いした方は私のことを少しは知ってくださっている方だったので、ついそんなことまで話してしまいました。
後でとても反省しましたが、いつかこの「違和感」をきちんと書いておきたいと思っていましたので、いい機会かもしれません。
それに関しては、時評編の方で書こうと思います。
挽歌編では、昨日お会いした方のことを少しだけ書こうと思います。

その方は、伴侶を過労死で亡くしています。
昨日気付いたのですが、たぶん40代中ごろのことです。
私が知り合った頃は50代だったのですが、私は年齢を評価できないために、私よりもずっと若いころのことだったことに思いがいきませんでした。
それでついつい自分と同じような思いだと考えていました。
しかし、私のように60代での死別と40代での死別は、まったく違う経験なのだろうと思います。
これまでの私の対応は、もしかしたら間違っていたかもしれません。
しかもその人は女性ですので、これもまた大きな違いかもしれません。
昨日も、あることで、「佐藤さんはいつもそう言うけれど私はそうは思いません」とはっきりと言われてしまいました。

いやこの件だけではありません。
昨日は、もうひとり、旧友と会いました。
これはこの後の挽歌で書こうと思いますが、この人は胃がんのため、節子の体験を踏まえて、時々相談に乗っているのですが、これもやはり気をつけないといけません。

自分の経験のゆえに、間違ったしまうことは少なくありません。
頭ではわかってはいるのですが、ついつい自分の思いで話をしてしまいます。
これから注意しなければいけません。

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■カフェサロン「安心して死を迎えられる生き方のために パート1」のお誘い

昨年、「看取り」シリーズのサロンを何回か開催しましたが、今回は、さらに一歩進めて、死という、誰もが避けがたい現実を積極的に捉えた生き方を支える「社会的な仕組み」をテーマに、2回にわたってサロンを開催します。
問題提起は、ホスピス勤務経験もある僧侶の中下さんです。

中下さんはたくさんの人を病院や在宅で看取り、葬儀の現場に葬儀社スタッフ・僧侶として関わってきました。
そうしたなかから、まだ漠然とではありますが、死を不安に感ぜずに、平安な生の支えになるような仕組みを、みんなで育てられないかと考えはじめています。

具体的にどう設計したらいいかは、まだ思索中のようですが、中下さんとお話していて、その「構想」が演繹的にではなく、中下さんのさまざまな実践活動のなかから生まれてきたということに深く共感し、サロンをお願いしました。

第1回目では、中下さんが生と死の現場に身を置きながら実践してきた活動から見えてきた課題や問題点をお話しいただき、そうした課題を解決するための「仕組み」の方向性をお話しいただこうと思います。
そして、2回目では、その「仕組み」に関する中下さんの構想をお話しいただき、それを入り口にして、「こんな仕組みがあればいいな」というようなことを出し合いながら、死を要(かなめ)にして、人のつながりを育て、平安な生き方ができるコミュニティや支え合う仕組みを、受益者としての願望だけではなく自分の人生とつなげながら、みんなで話し合えたらと思います。

中下さんは、こうしたことは、日本人の「死生観」の問題、つまり「生き方(逝き方)」の問題に深くかかわっており、これからの社会のあり方を考えることにつながっていると考えていますが、私も「生き方(逝き方)」を考えることこそが、福祉の要ではないかと思います。
2回の中下サロンを通して、できるだけ具体的で実践的に、他人事ではなく自分事として、それぞれの生き方、そして自分として何ができるかを考えるようなサロンになればと思っています。

なお、2回目は8月26日(日曜日)の同じ時間帯を予定しています。
2回目の案内はまた改めて行いますが、ぜひ連続しての参加をお薦めします。

〇日時:2018年7月22日(日曜日)午後2時~4時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「安心して死を迎えられる生き方のために パート1」
〇問題提起:中下大樹さん(真宗大谷派僧侶、大学講師)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/07/04

■節子への挽歌3921:朝の挨拶

節子
昨夜は風が強かったのですが、今朝は機嫌の悪そうな朝です。
雨模様なのですが、挨拶がてら畑に水やりに行きました。
花壇らしくなってきました。
写真の手前の朝顔は琉球朝顔です。
10月までは咲きつづけます。
これは節子の知らない朝顔です。

写真を撮ろうとしていたら、ウスバカゲロウを見つけました。
まだ眠っていました。

たった500メートルほどの散歩でしたが、6人の人と朝の挨拶をしました。
知り合いも3人いました。
ひとりは、節子も知っている近くの小学生ですが、大きくなりました。
当然ですが、近所の子どもたちも大人になってきています。
節子が会っても、もうわからないでしょう。
時間の経つ速さにはおどろかされます。

あいさつしたうちの3人は、私の知らない人です。
朝の散歩をしていました。
一組は、高齢の夫婦の散歩でした。
うらやましい感じでしたが、もしかしたら治療のための散歩かもしれないと、昔の私たちのことを思い出してしまいました。
声をかけたら、とても元気な声が返ってきたので、とても安堵しました。

もうひとりはやはり高齢の男性で、難しそうな顔をしていたので、一瞬躊躇しましたが、声をかけました。
そうしたら表情が変わって、笑顔でこれもまた大きな返事をしてくれました。
とてもうれしくなりました。

今朝は機嫌の悪そうな朝でしたが、いい日になりそうです。
昨日のちょっと不快になったことも乗り越えられそうです。
人の元気を奪うのは人ですが、人を元気にするのも、やはり人ですね。

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2018/07/03

■節子への挽歌3920:「庭仕事の愉しみ」

節子
私の最近の畑仕事のことを時々フェイスブックに書いているのですが、それを読んだ一松さんがヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」を思い出しますとコメントしてくれました。
そういえば、昔よんだことがあります。
もしかしたらと思い、書庫を探したら運よく見つかりました。
本の一部は別の場所に運んでいるのですが、あまりに古いので自宅に残っていました。
それでなんとはなく読み直してみました。
私の記憶にはもう何もなかったのですが、面白い。
ソローの「森の生活」よりも、私好みです。
しかし、最初に読んだ頃はたぶんあまり面白くなかったのでしょう。
ソローは昔読んだ時の方が面白かった気がしますが、「庭仕事の愉しみ」はいまのほうが親しみを感じます。

その本にこんな文章が出てきます。

この地上のあらゆる生き物の中でひとり私たち人間だけが、この事物の循環に不服を言い、万物が不滅であるということだけでは満足できず、自分たちのために、個人の、自分だけの、特別なものをもちたがるというのはなんと不思議なことであろうか。

生命は循環し、生命は不滅である。
自然の一部として循環的に生きれば、永遠の生命を生きられる。
十分に理解できていませんが、なんとなく私も同感のような気がします。
大きな生命には終わりはない。

しかし、なぜ人は自分だけの特別のものを持ちたがるのか。
いや、なぜ「節子」という個人を自分の特別のものにしたがるのか。
ヘッセは、たぶんそんなことまでは言ってはいないでしょう。
循環から解脱したところに、個人の生はあるのかもしれません。

それはそれとして、ヘッセを読みながら、思いました。
節子と一緒に、畑仕事をする老後がなぜ奪われたのだろうか。
そしてなぜ、いま、ひとりで庭仕事を始めたのか。
節子が私を動かしているのかもしれません。
同行2人?
そんな気がしないでもありません。

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2018/07/02

■節子への挽歌3919:湯島のメダカもだめでした

湯島のメダカも暑さのせいか全滅してしまいました。
今日、湯島に行ったのですが、着いた時には1匹は姿がなく、もう1匹も動いていません。
すぐに冷水に氷と少しの塩を入れて、そこに動いていない、しかしまだ横になってない1匹を移して声をかけましたが、反応がありません。
1匹はなぜか姿かたちがありません。
たぶん水槽の中の芝エビか貝に食べられてしまったのでしょう。
湯島の室内はさほど暑くないのですが、私の感覚がおかしいのでしょうか。
炎天下の畑仕事に比べれば、どうということはないのですが、今日はオープンカフェなので、エアコンを入れたら、これがまた調子が悪い。
温度調整ができないのです。
そしてパソコンを開いたら、動きが極めて遅いのです。
暑いとすべてがおかしくなります。
おかしくならないのは小作人作業で頑張っている私だけです。

午後のオープンカフェには4人の来客がありました、
もっともその内の一人は私です。
お客が少なく売り上げが伸びないので、私もお客を県ることにしたのです。
その上、おひとりは2杯珈琲を飲んだので1000円老いていきました。
それで今日の売り上げは2500円。
縁カフェ基金は、ついに1万を超えました。
今世紀中には常設カフェの出店が実現できるでしょう。
そのためにも勝手に使いこまないようにしなければいけません。

しかし今日は暑かった。
高齢者には堪える暑さでした。
夜になったらさわやかな感じになりましたが、明朝の小作人業務に備えて、今日は早く寝ましょう。
今夜、サッカーの試合がありますが、前回の試合を批判したら、今日来たTさんから、佐藤さんはもうサッカーは観るなと叱られました。
Tさんはコーヒーを2杯飲んでくれたので、お言葉には従わないといけません。

私の予想は、日本チームは負けるでしょう。
その理由もTさんに伝えましたが、一蹴されました。
困ったものです。

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■節子への挽歌3918:メダカの代わりにショウミョウバッタ

節子
今朝は出かけなければいけないので、朝食前に、畑に行きました。
畑の隣の人が、この時間の方が作業にはいいでしょうと、声をかけてくれました。
たしかに作業はやりやすいですが、しかしどちらかと言えば、私は炎天下の作業が好きです。

手がいたのであまり無理はできないのですが、少しだけ野菜のまわりの野草を刈りました。
きゅうりの小さな苗が1本枯れていました。
よくみると、なんとダンゴ虫が茎にたかっていました。
ダンゴムシが野菜に害を与えるとは思ってもいませんでした。

草を刈り取っている時に、小さなショウリョウバッタのつがいに出合いました。
メダカの代わりにしたくなり、2匹を捕獲しました。
家には虫かごもあるのですが、今年は虫かごは使わずに庭の草に放し飼いにしようと思います。
まあ定着するかどうかはなんともいえませんが。

昨日、ヘッセを読んだせいか、ちょっと自然との交流が深まりました。

そういえば、大きなトカゲにも会いました。
なぜか尻尾が切れていましたが、しっぽがついていたら20センチ近い大きさです。
こんな大きなトカゲは久しぶりですが、太っていました。
花はなかなか大きくなりません。
野菜もそうです。
肥料不足かもしれません。
明日は在宅の予定なので、堆肥を買ってこようと思います。

今日は恒例の縁カフェ。
居場所のない人の居場所づくりを目指していますが、居場所のある人ばかりがやってきます。
今日は誰が来るでしょうか。

風がさわやかですが、今日も暑くなるようです。

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■節子への挽歌3917:またメダカが死んでしまいました

節子
また水槽のメダカが死んでしまいました。
それも一挙にです。
2匹だけは湯島に転居させていたので、もしかしたら大丈夫ですが(今日、湯島で確認できます)、家の水槽でのメダカの全滅はもう4回も続いています。
水温かもしれません。
それに気づいて、最近は注意していたのですが。

不安を感じて、1匹は庭の池に放しています。
池にはもしかしたら以前からのメダカも数匹はいるはずですが、最近あまり見ていません。
池の周辺は野草が伸びるに任せているからです。
それに以前のように、池にガマガエルが住みついている可能性もないわけではありません。
もしそうなら、みんなガマガエルの餌食になっている可能性もあります。
自然界は厳しいですから。

わが家に生物が定着しなくなったのは、なぜか3.11、福島原発事故の後からです。
まさか放射能汚染のせいではないと思いますが、それまで長年元気だった、池の金魚やタナゴや、芝エビさえもが全滅しました。
以来、金魚やメダカを購入していますが、いずれもいつの間にかいなくなります。
3.11以後、庭の手入れも含めて、池の手入れはほとんどしなくなりました。
放置しすぎているからかもしれません。
植物は、節子が植えたものの多くは枯れてしまいましたが、野草はどんどん繁茂し、節子がみたら「荒れ放題」と嘆くでしょう。
小さな池は水面が見えないほどの状況です。
再び、手入れを始めたのは昨年からですが、節子のようには行きません。
庭の手入れをするモチベーションがまったく湧いてこないのです。
こればかりはどうにもなりません。

メダカの話に戻りますが、あまりのことに、呪いがかかっているのではないかと思ったこともあります。
私が呪っているのかもしれません。
そもそもメダカを水槽で飼おうなどということが間違っているのかもしれません。

なにやらあまり元気が出ない話ですが、湯島のメダカが元気であることを祈りたいです。

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2018/07/01

■節子への挽歌3916:貞士は福をもとむるに心無し

節子
私の生き方に関して、友人たちは「偏屈」「天邪鬼」「仙人」と言います。
なかには「バカだ」という人さえいます。
私自身は、極めて素直に生きていると自負していますが、そう言われると、あながち否定はできません。

ところが時には、ほめてくれる人もいます。
私よりも年上の画家のSさんから、突然、メールが届きました。
大変な状況だったのが、運が開けてきたという、うれしい報せです。

その報せの返事に、うっかりと逆に私は今ちょっと大変で、久しぶりに対価をもらう仕事を始めようと思っていますと書いてしまいました。
そうしたらすぐにSさんからメールが来ました。

貞士は福をもとむるに心無し。 佐藤さんは貞士ですので、天はその無欲な心に感じて必ず幸福を与えてくれると思います。

「貞士は福をもとむるに心無し」
恥ずかしながら、この言葉を知りませんでした。
そもそも「貞士」という言葉さえはじめてです。
ネットで調べてみました。

中国の明代末期に書かれた処世訓『菜根譚』に出てくる言葉でした。
『菜根譚』は、江戸後期の日本に伝わって愛読されたそうですが、『菜根譚』という書名は聞いたことがありますが、内容はまったく知りませんでした。
そもそも処世訓というのは、私にはまったくと言っていいほど関心のないことですし。

この言葉の意味は、「節義のかたい人物は、福を求めようとする心がない。そこで天は、この福を求めるに無心な点に報いるために、その人物のまごころを導いて福を授ける」ということだそうです。
「貞士」とは「節義のかたい人物」。
いやはや過分どころか、私には縁遠いように思いますが、そう言ってもらえたことには素直に喜ぼうと思います。
それに何よりも、「福を授けてくれる」ことは素直に信じるのがいいでしょう。

いま私が直面しているいくつかの難事が解消されるのも、間もないかもしれません。
たしかに、それを予兆させる、うれしい話が最近は届くようになってきています。

Sさんはこう書いています。

私は強運を持っていますが、ホームレス寸前まで追い詰められないとその運はやってきません。 だからいつも「ゆとりを持って与えてほしい」と天に願っています。

天は、私には、ゆとりを持って福を授けてくれるでしょうか。
あやうく「欲を出して」、貞士失格になりそうです。
しかし、正直のところ、今の私は「無欲」とはほど遠く、欲に覆われています。

これ以上の幸せは望まない。
そういう気持ちもかなり強いのですが、時に強欲な自分に気づくことも多いです。
困ったものです。

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■節子への挽歌3915:死の積極的な意味

節子
つづいてもう一つ書きます。
先週、真宗大谷派僧侶で、超宗派寺院ネットワーク「寺ネット・サンガ」初代代表の中下さんが湯島に来ました。
8月に中下さんのやっている早稲田大学のエクステンションスクールの講座で話をするように頼まれているのですが、その打ち合わせです。

打ち合わせはすぐに終わり、話は先日会った時に、身寄りのない人の葬儀について私がチラッと話したことの話題になりました。
中下さんはたくさんの人を看取り、葬儀の現場に関わってきました。
そうしたなかから、まだ漠然とではありますが、死を不安に感ぜずに、平安な生の支えになるような仕組みを、みんなで育てられないかと考えているようです。
具体的にどう設計したらいいかは、まだ思索中のようですが、中下さんとお話していて、その「構想」が演繹的にではなく、中下さんのさまざまな実践活動のなかから生まれてきたということに共感しました。

死は、口では説明できないのですが、大きな力を持っている気がします。
父親の葬儀の時に、死には人をつなげる力があると感じた記憶がありますが、節子の死を体験して、死という、誰もが避けがたい現実を積極的に捉えた仕組みができないだろうかと漠然と思っていました。
ですから中下さんの思いにはすぐ共感でき、私にも何かやれることはないだろうかと考えました。
死を要(かなめ)にして、人のつながりを育て、平安な生き方ができるコミュニティや支え合う仕組み。
いま私が取り組んでいることも、そうした仕組みにつながっているのかもしれません。

中下さんは大学での講座の謝礼を持参してくれましたが、謝礼はやめてもらい、その代わりに中下さんに湯島でサロンを開いてもらうことにしました。
どんなサロンになるか楽しみです。

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■節子への挽歌3914:畑作業のおかげで生き方が少し変化しています

節子
今年も半分が過ぎてしまいました。
今日から7月です。
挽歌を追いつこうと思ってはいるのですが、なかなか追いつけません。
いまだ1か月以上遅れています。
最近どうもパソコンに向かうのが億劫になってきました。
畑仕事のせいかもしれません。
いや、本当はそんなのではなく、めんどくさくなってきているのです。
そろそろ潮時でしょうか。

朝の節子へのあいさつも、般若心経の最後の真言部分だけで済ませることも多くなってきました。
困ったものです。

それでも畑作業はつづいています。
野菜作りよりも、開墾作業が中心ですが、土を耕すのは実に無心になれます。
無心というよりも、時を忘れるというのが正しいですが。

暑いので日中は避けることにしました。
昨日は朝の6時頃から言って、土の中の笹の根っこを切って、耕していました。
この作業はかなり力が必要で、そのせいで親指の神経がおかしくなってしまい、居たくて仕方がありません。
手を強く握れなくなったうえに、ちょっとひねった力が働くと激痛が走ります。
それがまた「やっている」という実感につながるからおかしなものです。

花壇は節子の構想とはまったく違うスタイルになってしまいました。
完成は来年ですが、少しだけ見通しができてきました。
完成する頃には家が建つことになり、畑仕事はできなくなる可能性も大きいのですが、まあすべては成るがままに任せようと思います。

私の畑仕事の記事をフェイスブックに時々掲載しますが、それを読んだ一松さんという私より年上の人が、ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」を思い出すとコメントしてくれました。
それで私も「庭仕事の愉しみ」を思い出し、探してちょっと読んでみました。
もうほとんど覚えていなかったのですが、とても心に響きます。
最初に読んだ頃は、まだ畑仕事とは全く無縁の生き方をしていた頃だったので、あまり心に残らなかったのでしょう。
改めてもう一度読んでみようと思います。

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