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2018/07/01

■節子への挽歌3912:畑作業のおかげで生き方が少し変化しています

節子
今年も半分が過ぎてしまいました。
今日から7月です。
挽歌を追いつこうと思ってはいるのですが、なかなか追いつけません。
いまだ1か月以上遅れています。
最近どうもパソコンに向かうのが億劫になってきました。
畑仕事のせいかもしれません。
いや、本当はそんなのではなく、めんどくさくなってきているのです。
そろそろ潮時でしょうか。

朝の節子へのあいさつも、般若心経の最後の真言部分だけで済ませることも多くなってきました。
困ったものです。

それでも畑作業はつづいています。
野菜作りよりも、開墾作業が中心ですが、土を耕すのは実に無心になれます。
無心というよりも、時を忘れるというのが正しいですが。

暑いので日中は避けることにしました。
昨日は朝の6時頃から言って、土の中の笹の根っこを切って、耕していました。
この作業はかなり力が必要で、そのせいで親指の神経がおかしくなってしまい、居たくて仕方がありません。
手を強く握れなくなったうえに、ちょっとひねった力が働くと激痛が走ります。
それがまた「やっている」という実感につながるからおかしなものです。

花壇は節子の構想とはまったく違うスタイルになってしまいました。
完成は来年ですが、少しだけ見通しができてきました。
完成する頃には家が建つことになり、畑仕事はできなくなる可能性も大きいのですが、まあすべては成るがままに任せようと思います。

私の畑仕事の記事をフェイスブックに時々掲載しますが、それを読んだ一松さんという私より年上の人が、ヘルマン・ヘッセの「庭仕事の愉しみ」を思い出すとコメントしてくれました。
それで私も「庭仕事の愉しみ」を思い出し、探してちょっと読んでみました。
もうほとんど覚えていなかったのですが、とても心に響きます。
最初に読んだ頃は、まだ畑仕事とは全く無縁の生き方をしていた頃だったので、あまり心に残らなかったのでしょう。
改めてもう一度読んでみようと思います。

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