■節子への挽歌4006:いい汗
節子
この3日間、畑通いをしました。
今朝も朝食前に畑に行って、耕してきました。
帰宅してシャワーを浴びたのですが、汗が止まりません。
先日の雨風で、キュウリはほぼ全滅しましたが、道沿いの花壇は花が満開です。
といっても結局、百日草とマリーゴールドが中心で、乱雑に種をまいたので、花壇というよりもただ花が密集しているだけの話です。
しかし、時々、道から花を見ていてくれる人に出合います。
それだけで十分に報われる気がします。
5種類以上の種をまいたのですが、この2つにひまわりを加えた3種類が開花しました。
これから花が咲くものもいくつかありますが、さらにまわりの野草を整理し、面積を広げようと思います。
節子はここをロックガーデン風にしようと、石やレンガなどを置いていましたが、開墾中にそうしたものが出てきて、むしろ大変でした。
その名残のバラは一本まだ残っています。
畑も第一期の野菜の犠牲に上に、畑らしくなってきましたが、なにしろ篠笹がすごい繁殖力なので、いまもまだそれとの闘いがつづいています。
この戦いも、節子と一緒だったら、それなりに楽しいのでしょうが、独りだとついついめげてしまい、なかなか前に進みません。
それでもこの3日間で、2つの畑をつくりだし。人参と蕪を蒔きました。
今朝はもう一面、耕してきましたが、ここにはタマネギを、そしてさらに大根用の一面をつく予定です。
これでわが農園の真中は畑らしくなるでしょう。
周辺の一部は、紫色のシランが戻ってきました。
だいぶ先が見えてきました。
畑に取り組んでから、時間の大切さを改めて感じています。
植物の成長には、それぞれ時間がかかりますし、しかも季節にも従いますから、畑づくりも時間をかけて進めていかないといけないのです。
工業生産は時間を管理できますが、農園栽培は時間に管理されるわけです。
それを良しとするか、それから解放されるか。
今の私は、もちろんそれを良しとし、それに従い、そこから教えられています。
時計の時間は嫌いですが、そうした自然の、あるいは生命の時間には素直に従えます。
今朝も畑仕事をしていたら、道を散歩している人から声をかけられました。
名前も知りませんが、相手から声をかけてくれる人も現れました。
その方は、毎朝、母親の散歩に付き合っているようです。
散歩している人たちのそれぞれに物語がある。
そして、そこにそれぞれの時間がある。
野菜の出来はあまり良くなく、今日も収穫はありませんでしたが、朝の労働のお礼にミニトマトを一つもいで食べました。
たった一つのミニトマトでも、大きな元気をくれます。
さて今日もまた、いささか難しい課題があるのですが、いい1日になるでしょう。
いい汗をたくさんかきましたから。
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