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2018/08/07

■反社会的勢力との付き合いがなぜ問われるのか

日本ボクシング連盟の山根会長に関して、元反社会的勢力との付き合いが問題にされています。
これは私にはなかなか理解できないことです。
第1に、付き合いが問題にされるような組織、つまり「反社会的勢力」などと規定されるような組織がなぜ存在できているのか。
第2に、そこにいるメンバーやそこにいたメンバーとの付き合いはなぜ非難されるのか。

私も、元暴力団員との付き合いがありました。
その人はそこをやめて、福祉施設で働いていました。
私が関わっていた「自殺のない社会づくりネットワーク」の集まりに参加したのを契機に、彼との付き合いが始まりました。
友人たちからはやめた方がいいと言われましたが、なぜ付き合ってはいけないのかがわかりませんでした。
彼は突然わが家まで来たこともありますが、障害を持った人たちを旅行に連れていきたいという夢を持っていました。
しかし、その夢は果たせませんでした。
すい臓がんになって急逝したのです。

彼との関係では、実は私もトラブルに巻き込まれてしまいました。
彼の苦境を救うために借金までしてお金を工面したこともありますし、彼にコーヒーをご馳走になったこともあります。
もし私が、山根さんのような有名人だったら、非難されるのでしょうか。
しかし、その人の属性や過去によって、付き合うかどうかを決めるのは私の信条に反します。
いや、人間としてそんなことをやるべきではないでしょう。

さらに言えば、「反社会的勢力」とはいったい何なのでしょうか。
そもそも「暴力団」なる言葉がいまもなお存在することさえ私には理解できません。
規制する法令はありますが、規制法令があるということは存在を認めているということです。
それにどんな組織にも「反社会性」は存在します。
行政組織の反社会的行動も、最近は日常的と言えるほど、話題になっています。
そもそも立場によっては、政府そのものも「反社会的」な存在になり得ます。
そういう状況では「革命」や「クーデター」も起こります。
ですから、社会的かどうかを白黒で二分することは危険です。
「反社会的組織」とは、反社会性が大きい社会的組織のことなのかもしれません。
これに関して書きだすとまた話が広がりそうですのでやめますが、簡単に「反社会的勢力」と言ってしまっていいのかは疑問です。
ましてやそこに関わったことのある人の付き合いは非難されるべきという風潮にはもっと大きな疑問を持ちます。

それよりももっと大切なことは、自らが所属している組織には「反社会的」な行動がないのかを、それぞれがしっかりと考えることではないかと思います。
そしてもし、そのようなことがあれば、それを変えていくように、自分でできることを考え行動していくことです。
自らの生き方において、「反社会的」な言動はないかを問い質すことも大切です。

見方によっては、私のこの意見もまた「反社会的」なのかもしれません。
ことほどさように、「反社会的」などという言葉は多義的です。

ところで、山根さんにちょっと好感を持ってきました。
邪気を感じません。
私の感覚がおかしいのかもしれませんが、山根さんとは正反対の人たちが、山根さんに寄生しているような気がしています。
私が嫌いなのは、嘘と邪気なのです。

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