■節子への挽歌3977:見放された人生を過ごす哀れな老人
節子
時評編に少し書きましたが、スポーツ界の不祥事がつづいていて、今度は日本ボクシング連盟の会長への辞任運動が広がっています。
時代が大きく変わってきているにもかかわらず、社会のさまざまな組織のトップやその周辺にいる人の意識は昔のままなので、組織と社会がずれてきているのが、ほとんどの事件の原因ですが、トップの人の話を聞いていると、むしろ同情したくなることが多いです。
同情するという意味は、哀れな老人の惨めな生活が見えてくるからです。
今回の日本ボクシング連盟会長の山根さんは、あまりにボクシング活動に夢中になったために、奥さんから離縁されてしまったそうで、それを今日もいろいろと話していました。
あるいは、選手を愛して、オリンピックで金メダルを獲得させてやったのに、今では辞任せよと言ってくると、裏切られた愚痴も話していました。
自らの批判に対する反論も、かわいそうなほど惨めなもので、同情しないわけにはいきません。
お金や権力で得た人生は、一見、華やかに見えても、内容はお粗末な不安に覆われているのでしょう。
先週、本で読んだのですが、ボルネオ島の少数民族プナン族の社会では、みんなのリーダーとなるビッグマンは、物質的には一番貧しいのだそうです。
すべてをみんなに分け与えてしまうので、何も持っていないのです。
何かを所有すると、その所有している者に逆に支配されてしまう。
そして惨めな奴隷生活に入ってしまうのかもしれません。
山根さんも、きっと奥さんに見放された時に人生は終わっていたのでしょう。
私も、節子に見放された10年前に人生が終わったと思っていました。
実際に見放されたのではないと気づくまで長い時間が必要でしたが、気づいたおかげで、人生を終わらせずにすみました。
おかげで、山根さんのような「哀れな老人」に堕ちることから救われているのかもしれません。
今日も暑い夜です。
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