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2018/09/15

■「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」をお薦めします

豊かに生きたいと思っている、すべての人に読んでほしい本のご紹介です。
「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(松永正訓 中央公論新社 1600円)です。

「トリソミーの子」「呼吸器の子」と、これまで難病の子どもと母親との関係を軸に、人間の素晴らしさと危うさを、深く優しく問いかけてきた松永正訓さん(小児外科医)が、今回は知的障害児とその母親を取り上げました。

本書の帯には、「幼児教育のプロとして活躍する母が、自閉症児を授かり、世間一般の「理想の子育て」から自由になって行く奇跡を描いた渾身のルポルタージュ」とありますが、知的遅れのある自閉症の男の子(勇太君)の17年間を母親からの聞き取りをもとに、松永さんがまとめたものです。
松永さんは「あとがき」で、「ノンフィクションを書く上で重要なのは、筆者の取材力と表現する力であるが、それ以上に大事なのは、取材を受ける人間の語る力かもしれない」と書いています。
私は、それ以上に大切なのは、「筆者と語る人の信頼関係」ではないかと思っています。

本書では、主役である「母」の思いや言葉が、実に素直に、剥き出しのまま書かれていて、驚くほどです。
そこには取り繕った「言葉」はありませんし、へんに遠慮した筆者の思いこみで包まれた「言葉」もない。
発している言葉が、実に生々しく、とんがっている言葉なのに抵抗なく心に入ってくる。
その一方で「母」に向けられた周囲の声が、まるで自分に向けられたように、心に突き刺さり、うれしくなったり悲しくなったりするのです。
本書のいたるところで、「母」と筆者の信頼関係を感じます。
実に安心して読めるだけではなく、読んでいる自分も、違和感なくその世界で一緒に生きているような気になるのは、筆者の立ち位置が単なる観察者ではないからでしょう。
だから、読んでいるほうまでも、「母」と「同期」してしまって涙が出てしまう。
私は本書を電車の中で読んでいたのですが、3回ほど、涙がこらえられませんでした。
本に出てくる情景が、あまり生々しく、まるで自分のことのように感じたからです。
「母」の思いに筆者が同期し、さらに読者まで同期してしまう。

今回も松永さんの大きな関心は、「受容」です。
人を受容するとはどういうことか。
しかも評論的にではなく、これまでの作品と同じように、松永さんはいつもそこに「自分」を置いて考えています。
今回もそれがよくわかります。
さらに今回は、そこにもう一つの視点が加わりました。
「普通」という呪縛です。
松永さんは、本書を通じて、自閉症の世界の一端を明らかにし、私たちの日常を縛る「普通」という価値基準の意味を問い直したいと書いています。
「普通」という呪縛から解放されると、世界は豊かに輝いてきます。
「受容」は「普通」からの解放に深くつながっています。

そのことが本書には、具体的に語られています。
たとえば、ちょっと長いですが引用させてもらいます(文章を少し変えています)。

知り合いの母親に、勇ちゃんの保育園での写真を見せた。健常児が横一列にきれいに整列して歌を歌っている。勇ちゃんは後ろの方の床で絵本を広げでいる。「こんなふうに、うちの子はみんなと一緒に歌ったり、集団行動が取れないのよ」。母は嘆くように相談を持ちかけた。実はその母親は、自身がアスペルガー症候群(知能が正常な自閉症)だった。従って勇ちゃんの気持ちが分かる。分かってそれを言葉で伝えてくれる。「この一列に並んでいる子たち、本当に不思議ねえ。どうして同じ格好をして歌っているのかしら? 後ろで本を読んでいる方がよっぽど楽しいのに」。この言葉も母には衝撃だった。そうか、自分は健常者の視点でしか、我が子の世界を見ていなかったのか。

発達障害の二次障害という、衝撃的な話も出てきます。
無理に「普通」に合わせようとする結果、うつ病や自律神経失調症などの精神障害を発症してしまうことがあります。
それを頭では知っていても、親はわが子を何とかしてやりたくて、無理をさせてしまう。
しかし、それは子どもためにはならない。
それが時にどういう結果になるか。
母がそれに心底気付いたのは、たまたま入院病棟で垣間見た病室の風景でした。
その場面は、読んでいて、私の心は凍りつきました。
読後も決して忘れられないほど、強烈なイメージが残りました。

受容とは普通の呪縛からの自由になって、お互いを信頼し合うことなのです。
それは、「発達障害の世界」に限った話ではない。
それに気づくと、世界は違って見えてくる。

読みだしたら、引き込まれて一気に読んでしまう本です。
勇太君と母との17年間は、たくさんの気づきと生きる力を、読む人に与えてくれる。
この本は書名の通り、発達障害児と母との物語です。
しかし、読みようによっては、誰にでもあてはまる示唆がたくさん散りばめられている。
人とどう関わるか、信頼するとはどういうことか、幸せとは何なのか、生きるとはどういうことか。
自らの問題として、そこから何を学ぶかという視点で読むと、山のようなヒントがもらえるはずです。
書名の「発達障害」という言葉にとらわれずにすべての人に、読んでほしいと思う由縁です。

ちなみに、10月6日に、湯島で松永さんにサロンをしてもらいます。
松永さんの人柄に触れると、さらに本書のメッセージを深く受け止められるでしょう。
ご関心のある人はご参加ください。

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