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2018年9月

2018/09/30

■前の記事の補足です

岡和田晃さんの「反ヘイト・反新自由主義の批評精神」(寿郎社)を先週読み終えました。
久し振りに読書で苦闘しました。
苦闘したのは、なにしろこの本でとりあげられている作品のほとんどを私が読んでいないからです。
しかし、苦闘した甲斐は十分にありました。
本書は、「批評の無力が叫ばれて久しい。だが、本当にそうであろうか? 否、と大声で言いたい」というメッセージから始まりますが、批評や評論のパワーを見直しました。
岡和田さんのメッセージも、十分ではないと思いますが、それなりに受けとめられました。

衝撃的なことも知りました。
私が「アイヌ民族問題」に関心を持ったきっかけは、新谷行さんの「アイヌ民族抵抗史」(1972年)でした。
実は昨年も、この本を書庫から探し出してきて、読み直したところなのですが、本書によれば、新谷さんは、志半ばに斃れ、葬儀費用もなく密葬されたそうで、今では新谷さんの遺族とさえ連絡がとれなくなっているそうです。

本当は、この本の紹介をすべきなのですが、残念ながら、私には紹介する能力が欠けています。
そこで、この本を読むきっかけになった、岡和田さんの3年前の書籍を紹介させてもらうことにしました。
それは、「アイヌ民族否定論に抗する」(河出書房新社)です。
岡和田さんの評論のパワーを感じた本です。
この本は読みやすいですし、しかも面白い。
多くの人に読んでほしい本です。
アイヌの問題が、私たちの生き方や社会のあり方のおかしさを気づかせてくれる、そんな本です。
多くの人たちに読んでほしくて、私のホームページやブログなどで紹介させてもらうことにしました。
読んでもらえるとうれしいです。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#180930
それでフェイスブックでも紹介させてもらうことにしました。

肝心の「反ヘイト・反新自由主義の批評精神」ですが、まだ十分に消化できずにますが、批評精神の大切さや、そうした活動にしっかりと取り組んでいる人がたくさんいることを知りました。
文芸評論のイメージも変わりました。
この本も、また紹介させてもらおうと思っています。

岡和田さんに湯島でサロンをしてほしいと思っていましたが、よほどの覚悟がないとお願いできないなとちょっと気が弱くなっています。


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■「アイヌ民族否定論に抗する」をお薦めします

「アイヌ民族否定論に抗する」(岡和田晃 マーク・ウィンチェスター編 河出書房新社)を読みました。2015年、つまり3年前に出版された本です。
いまさら紹介するのはどうかとも思いましたが、昨今の社会状況からして、その内容はますます価値を持ってきていると思い、紹介させてもらうことにしました。
著者は文芸評論家の岡和田晃さん。
私は一度しか会っていませんが、なぜか岡和田さんがその後、送ってきてくれたのが本書です。
しばらく置いていたのですが、読みだしたら、中途半端な姿勢では読めない本だとわかりました。
編著者の岡和田さんの思いも、強く伝わってきました。
読み終えたのはかなり前ですが、今回また要所要所を読み直しました。
改めて、「読まれるべき本」だと思いました。

書名通り、「アイヌ民族否定論に抗する」というのが、本書の内容ですが、編集のコンセプトは、「アイヌ民族否定論へのカウンター言説の提示をベースにしつつ、現在、第一線で活躍している作家と研究者たちが、自分たちの専門分野/関心領域に引きつける形でアイヌについて語ることで、現代を読み解いていこう」というものです。
ていねいに書かれているので、アイヌについてあまり知識のない人にも読みやすい内容になっています。
同時に、アイヌにまつわるヘイトスピーチの現状やアイヌの置かれている状況を、広い展望のなかで、概観できるようにもなっています。

最初に、編者(岡和田晃 vsマーク・ウィンチェスター)の対談が置かれていますが、そこで本書の全体像と方向性としての軸が示されています。
つづいて23人の人が、それぞれの関心領域から、自由な議論を展開しています。
そのおかげで、「アイヌ問題」が、非常に立体的に、あるいは私(読者)の生活とのつながりも感じられるほど具体的に見えてくると同時に、私たちの社会が抱えている問題や先行きの懸案課題が可視化されてきます。
つまり、アイヌを語りながら、私たちの生き方が問われている内容になっています。

視野はとても広がっています。
たとえば、香山リカさんは、ナチス時代のドイツの精神医学から優生学や民族衛生学の危険性を語りながら、それにつながるような形で、「国家」とは何かを示唆してくれています。
テッサ・モーリス=スズキさんは、視野を世界に広げ、経済のグローバル化の進む中で、世界各地でも排外主義と人種差別に基づく誹誘中傷が驚くほど増大してきているが、日本のインターネット上において、人種差別による誹誘中傷、威嚇や脅迫の言葉が野放図に拡大していることは、世界各地の傾向に逆行していると指摘します。
さらに、日本のヘイトスピーチの特徴は、差別的なレトリックがターゲットとする範囲が広がり続けていることを指摘し、「最初は北朝鮮と韓国、中国、今度はアイヌ…。次に来るのはいったい誰でしょう?」と問いかけてきます。
寮美代子さんは、私がなんとなく感じていたことを言葉にしてくれました。「私がはじめて「先住民文化」を意識したのは、アメリカ先住民だった。野蛮で残忍なのは、むしろ征服者側の白人のほうだったという認識が生まれた」。アメリカで生活して得た感覚だそうです。
さらに、寮さんはこんなことも書いています。「比較的好戦的なナヴァホ族は、戦いを好まないホビ族をさらに乾いた土地へと追いやっていた」。テッサ・モーリス=スズキさんの問いかけに重ねて考えると不気味です。
ちなみに、寮さんは「Chief Seattle's speach」を翻訳編集して、絵本(『父は空母は大地』)にした人ですが、その絵を描いたのが友人の篠崎正喜さんです。素晴らしい絵です。

結城幸司さんは、ヘイトスピーチについて、「言葉は人を殺すし、人を生かす」と書いていますが、「私たちアイヌは言葉の民であるからこそ、言葉の力を知っている」とも書いています。
結城さんの文章を読んで、私はヘイトスピーチだけではなく、反ヘイトスピーチにおける言葉の乱れを思い出します。
どこかで間違っている気がしますが、本書の書き手はみんな言葉を大事にして書いていますので、安心して読んでいられます。

こんな感じで内容について書いていったら切りがありません。
ともかく23人からのメッセージは、いずれも思いがこもっています。
そしてそれらが共振しながら、読者に問いかけてくるのは、そんな社会に生きていていいのですか、ということです。
問題はアイヌにあるのではありません。
アイヌの問題が、私たちの生き方や社会のあり方のおかしさを問い質してくれている。
それを気づかせてくれるのです。

ぜひ多くの人に読んでもらいたくて、3年前の本ですが、紹介させてもらいました。

なお、なぜ本書を紹介したくなったかの理由は、最近出版された岡和田晃さんの「反ヘイト・反新自由主義の批評精神」(寿郎社)を読んだからです。
岡和田さんの若い情熱に圧倒されたのと、文芸評論という仕事の意味に気づかせてもらいました。
その「反ヘイト・反新自由主義の批評精神」は、読み終わるのに1週間以上かかってしまったうえに、十分消化できたとは言えませんが、何かとても大切なことを思い出させてくれました。
岡和田晃さんの世界についていく力はありませんが、こういう若者がいるのだと感動しました。
この本も、また紹介させてもらおうと思います。
十分に咀嚼できていないので、紹介する能力はないのですが。

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■節子への挽歌4043:私は自然に愛されています

節子
大型台風が九州に近づいている影響もあってか、我孫子でも朝から雨が降っています。
午後からは風も強くなってくるようです。
午後に予定していた湯島のサロンは延期しました。
台風の影響でのサロンの延期は、今年は2回目です。
台風が来れば、むしろそれに向かって出かけていた昔とは大違いです。

雨は、時に生命を癒し育て、時に生命を萎えさせ抑えます。
同じ自然も、その時の自分の状況によって、意味が全く違ってきます。
しかし、自然の影響に左右されるのが、生命です。
私は、それを大切にしています。
自然の呼びかけには精いっぱい応え、その意にできるだけ従うようにしています。
今日の雨は、どうも私には実に悲しく寂しい雨です。
無性に悲しい。
なぜでしょうか

昨日、一度しか会ったことのない女性からメールが来ました。
先日開催した「宗教」をテーマにしたサロンの報告の記事を読んで、話しかけたくなったようです。
こんな文章がありました。

私は毎週教会にいっている一応クリスチャンです。 しかし信仰を持っているということを言うのに勇気がいりますし、隠しているわけではないですが、あまり人に言いたくない気持ちです。 なるべく言わないようにしている、と言ってもいいかもしれません。 言いにくい雰囲気があるのか、言った時の周りの反応が怖いのか‥自分にとっての信仰をいろいろ考えているところです。

この人にとって、「信仰」とはなんなのか。
他者に語りたくない「信仰」とはなんなのか。
一度、お聞きしたくなりました。

宗教や信仰を、なぜあっけらかんと語れないのか。
隠れキリシタンや隠れ仏教徒の歴史が、いまなお日本人の社会には影を落としているのかもしれません。
いや明治政府による、内心の信仰を個人の内部に抑え込む政策が功を奏したからかもしれません。
それによって、日本人はバラバラの存在になってしまった。
しかし、信仰のない人を、私は信頼できません。
信仰とは、自らが生きていく上での基軸ではないかと思います。
もちろん、信仰の対象はキリストやムハンマドやブッダである必要はありません。
むしろ彼らが進行したものこそが、信仰の対象でなければいけない。
それは、私には自然であり、自然の向こうにあるものです。
ですから、自然の摂理に身を任すことが、私の信仰の基軸です。

ですから、台風は私にはとても大きな意味を持っています。
最近の「異常気象」もそうですが、そうしたことを通して、自然は私に生き方を問うてきているとさえ思えるのです。
「防災」という発想には、どうしてもなじめません。
できるならば、私は自然と共にありたい。
そうすれば、自然が禍を起こすことなどあり得ない。
そう確信しています。
ですから防災グッズはわが家にはありません。
誤解されそうないい方ですが、それで誰かに迷惑をかけるような生き方をするつもりはありませんし、そうはならない心がけはしていますが。

ところで、今日の悲しさの気分ですが、これはたぶん最近陥っている「厭世観」のためでしょう。
だんだん人間がいなくなって、生きているリアリティがだんだん希薄になってきているのです。
しかし、訃報や入院の話は同じように届きます。
今日も知人の告別式ですが、参列する元気が出ません。
人に会うのが、少し疲れているのかもしれません。

寂しくて、哀しくて、そんな1日になりそうです。
しかし夕方には風が強まるそうです。
風が出てくるとまた気分は変わるでしょう。

私は、自然に愛されています。

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2018/09/29

■節子への挽歌4042:ひねくれた子供

節子
恒例の友人知人が多いからか、毎日のように入院やら訃報やら、あんまり楽しくない話が入ってきます。
他人事ではなく、私自身、いつその当事者になるかわかりません。
自分のことは、なかなかわからないものなのです。

昨日ようやく苦戦しながら読んでいた「反ヘイト・反自由主義の批評精神」を読み終えました。
しっかり消化できたとはとても思えませんが、頭が少し若返ったような気がします。
50年前の私を、少しだけ思い出したという程度の意味ですが。
著者の岡和田さんには、一度しか会っていませんし、この本に書かれているような話は一切していませんが、なにか伝わるものがあって、この本を読まなくてはならないという思いが生まれて来ていたのです。
世界がちょっとまた広がりました。

本の内容はともかく、私にも若い時代があったことを思い出したのですが、それは今はまさに若くないことの気づきでもあります。
あまりにも当然のことですが、自分の気持の成長や劣化は、なかなか気づきにくいものです。
少しは気づかなければいけません。

昨日、久しぶりに山口のKさんから電話がありました。
Kさんには節子も一度、山口で会っています。
湯島でも会っているかもしれません。
電話の後、メールが来ました。

先ほどは、突然の電話訪問、失礼しました。
いつも佐藤さんと電話でお話しさせて貰うと、大変に愉しいです。

幸いにまだ人を愉しませることもできるようです。
しかし、逆に私に電話をかけてきて、怒りだす人もいます。
Kさんのいう「愉しい」も、いろんな意味があるかもしれません。
昨日も電話で、Kさんがある意見を言ったので私は賛成できないとこれまた余計なひと言を言ってしまいました。
どうもなかなか大人になれません。
大人になれないままに、しかし、気持ちや考えが変化するというのは、あんまり良いことではないでしょう。
ひねくれた子供にならないように注意しなければいけません。
素直な子供として、死を迎えたいですから。

また台風が来るそうです。
明日のサロンはやめた方がいいかもしれません。
台風のなかを出かけるのは、本当は少し好きなのですが。

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■カフェサロン「地方政治の現場から考える日本の政治の未来」のお誘い

山口県でさまざまな社会活動に取り組んでいる河野哲男さんが湯島に来るというので、せっかくなのでサロンをしてもらうことにしました。
県庁職員だった河野さんは、行政の枠を超えて、さまざまな活動に取り組んできた「実践者」です。
どうもまた何かをたくらんでいるようです。

私が河野さんと出会ったのは、宇部市のまちづくり活動の関係です。
以来、30年ほどの付き合いになります。
最近はソーシャルビジネス・インキュベーションに関心があるようですが、ソーシャルビジネスの捉え方は、最近のビジネス起点ではなく、しっかりと「ソーシャル」起点で捉えているようです。
したがって、そこには政治の分野も当然入ってきます。
これまでも山口県や宇部市の行政や政治にも関わってきていますが、この数十年の政治の動きや地方の動きをどう見ているかは、興味のあるところです。
そこで今回は「地方政治の現場から考える日本の政治の未来」を話してもらうことにしました。

河野さん自身のこれまで取り組んできた活動の話も面白いですが、今回はむしろ未来に向けての話を中心にしたいと思います。
これから河野さんが起こそうとしている企ても出てくるかもしれません。
電話で少し話したところでは、これからの政治は、“女子高生の時代”(“女性”“子ども”“高齢者” そして“生活者”)だと考えているそうです。
たしかにいずれも、日本の政治ではこれまではアクターとしては端役でした。
しかし、それが変わらない限り、日本の政治は変わらないような気がします。

もしかしたら一番重要なのは女性たちかもしれません。
ちなみに現在の宇部市(河野さんが住んでいるところ)の市長は河野さんの知り合いの女性です。
政治に関わっている、あるいは政治に関心のある女性たちの参加をぜひ期待したいです。

ぜひ多くの人に参加してほしいと思っています。
平日の夜ですが、よろしくお願いします。

〇日時:2018年10月24日(水曜日)午後6時半~9時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「地方政治の現場から考える日本の政治の未来」
〇問題提起:河野哲男さん(タグボート株式会社代表取締役)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/09/28

■節子への挽歌4041:幼なじみの関係は不思議です


節子昨日は小学校時代の同級生のミニサロンでした。
男性陣は2人も病院通いで急きょ欠席で、私を含めて参加者は2人。
女性陣は新たな参加者も含めて4人。
女性はいつもみんな元気です。
話も男性たちと違い前向きです。
ですからどちらかと言えば、私は女性たちと話す方が明るい気分になります。
しかし、なぜか男性はそうも思っていないようで、男性だけで会うような集まりも企画してほしいと言われています。
面倒な話です。

昨日の新しい参加者は、名前は記憶していますが、顔が思い出せませんでした。
もう60年以上も会っていないのですから、お互いに道で会ってもわからないでしょう。
話しているうちに少しずつ思い出してきましたが。

いつも思うのですが、女性と男性では話題が違います。
男たちは会社(仕事)を辞めてしまうともう話題がなくなるのかもしれません。
病気の話が、ともかく多い。
それに比べて女性たちは、生活がしっかりあるのでしょうか、昔話よりもいまの話が多い。
子どもや孫の話も盛んですが、それはいずれも未来を向いている。
男性たちは過去に生き、女性たちは前を向いている。
そんな気がします。
女性たちが長生きするのもよくわかります。

私たち小学時代の同級生は、卒業後、「ぽんゆう会」というゆるやかなネットワークで、夏にキャンプに行ったり、新聞や小冊子を創ったりしていました。
ですから今もそれなりに仲がいいのです。
しかし、とても残念なのは、亡くなってしまった同級生も少なくないのです。

この集まりは隔月で開催しています。
参加した男性の一人は、「癒しのサロン」だといつも喜んでいます。
女性たちは、このサロンで世界が少し広がったと言ってくれている人もいます。
集まって何をするでもありません。
いつも女性たちが、おにぎりやおかずや果物やお菓子を持ってくる。
私はコーヒーを淹れるだけです。
何を話すでもないのですが、すぐに4~5時間たってしまう。
幼なじみの関係は、不思議なものです。

次回は湯島ではなく、少し遠出をすることになりました。
これもたぶん女性中心になるでしょう。
女性たちには勝てません。
今でも相変わらず、私は「おさむくん」と、子ども扱いされています。

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■カフェサロン「宗教をどう考えるか」の報告

「宗教をどう考えるか」というテーマでのサロンは、15人の人が集まりました。
最初に自己紹介を兼ねて、それぞれの宗教観のようなものを話してもらいました。
いろんな立場の方がいましたが、自らが特定の宗教の信徒だと明確に宣言された方はおらず、逆にむしろ無宗教的な発言をされた方は何人かいました。

その後、高林實結樹さんのご自身の宗教観(体験)を話してもらいました。
厳格なクリスチャンの家で育ち、しかし若くして内心「棄教」したという高林さんの話をもう少しきちんと聴くべきだったのですが、むしろ参加者のみなさんがどういう宗教観をお持ちなのかという高林さんの問いかけを受けて、宗教や信仰の話になり、そこから、死とか死後の世界とかに話がいきました。
そういう話になると、いろんな意見が出て、まさに放談会になりました。

途中で、宗教と死の話は同じ話なのかという指摘もありましたが、私の進行のまずさもあって、宗教論議よりも死んだらどうなるかなどといった話が中心になってしまいました。
話はとても盛り上がりましたが、高林さんの宗教観や生きる上で宗教はどんな意味があるのかといった、本来予定していたテーマの話とはちょっとずれてしまいました。
「宗教」をどう定義するかをもう少しきちんとしてから、話し合いにはいるべきでした。
進行役としての私の不手際でした。
そんなわけで、「宗教」を話し合うサロンは、改めてもう一度、企画させてもらいたいと思います。

宗教には「教団宗教」と「自然宗教」があると言われています。
どちらに基軸を置くかで、まったく違った議論になります。
前者に基軸を置くと日本人は「無宗教」になり、後者に基軸を置くと日本人ほど宗教心の篤い人たちはいないということになります。
日本人の信仰心や宗教心は、明治憲法で政府権力に絡め取られたという人もいますが、食事前の「いただきます」という言葉も含めて、日々の生活の中に今なおしっかりと残っているようにも思います。
ただ最近はあまり「お天道様」という言葉が聞けなくなっているのは残念ですが。

信教の自由を演出するために、神道は宗教ではなく習俗だとされましたが、個人の視点に立てば、神道を信仰している人はいまもいます。
政府の統治視点で考えるか、個人の生活視点で考えるかで、「宗教」の意味合いは全く変わってくると思いますが、いま必要なのは、生活視点で改めて「宗教」の意味を考え直すことではないかと思います。
そういう視点でサロンを開いたつもりが、まったく話は別の方向に向かってしまいました。
一部の人には、たぶん期待外れになったかと思います。すみません。

話し合いは、しかしいろいろと広がりました。
人は死んだら「モノ」になってしまうという意見には、最近、飼っていた猫を亡くした2人の女性から強い異議申し立てがありました。
そこから魂魄の話も出てきました。
中国では、肉体を支える気(魄)と精神を支える気(魂)とがあって、それが分離すると人は死ぬと言われていますが、分離した後、魂は天に、魄は土に戻ると言われます。
魂があるのかないのか、も議論になりましたが、高林さんは「土」に戻るとお考えのようでした。
その一方で、話し合いの中で、高林さんが「天命によって生きている」ことに改めて気づいたと発言されました。
明確に「棄教」し、以来、別の信仰を得ていないという合理主義者の高林さんも、天と土からは自由になっていないことに、私は宗教の本質を感じました。

翌日、高林さんから「勝手な放談がオモシロイですね。結構よれよれになった自分の来し方を
反省することができました」とメールが来ました。
もしかしたら、宗教とは自らの生き方を問い質すためのものなのかもしれません。
坪田さんは、宗教は「リファレンス=参照」だと割り切っているようです。

杉本さんが、科学技術の安全問題に関連して、「神」の話を出されましたが、科学技術と宗教の問題もいつか議論したいテーマです。
神を殺したことで、科学技術の暴走が始まったと私は思っています。

宗教をテーマにしたサロンははじめてでした。
いろんな気付きがありましたが、少し整理してサロンするのがよさそうです。
改めて企画しますので、よろしくお願いいたします。

報告が遅れてすみませんでした。
高林さん
ありがとうございました。
Takabayashi1809232


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2018/09/27

■緊急サロン「ヤマトンチュが触れた沖縄の基地問題」報告

沖縄県の知事選挙が9月30日に行われます。
日本のこれからに大きな影響を与える選挙ですが、「本土」にはその動きはあまり伝わってきません。
そこで、最近、沖縄に2回も行って、選挙戦も身近に体験してきた瓜生さんに、現地報告もかねて、お話をお聞きしました。
せっかくの機会だったので、多くの人に聞いてほしかったのですが、当日集まったのは4人でした。
それを持って、沖縄の選挙への関心の低さの現れだと思いたくはありませんが、ちょっと残念な気がしました。

瓜生さんは、部屋に来るなり、臨場感を出そうとするように、沖縄で配られているチラシやポスターをホワイトボードに貼りだし、机の上には現地の新聞を並べました。
琉球新報などの現地の新聞の一面見出しと首都圏の全国紙の見出しは全く違います。
そうした情報環境に毎日さらされていると、それだけも意識は大きく変わってきます。
最近は新聞をとっていない人も多いですが、同じことはテレビでも言えるでしょう。
私たちが暮らしている社会の情報環境は大きな意味を持っています。
ですから、現地の情報環境を知ることもとても大切です。

瓜生さんは、これまでの沖縄の経緯を年表にしてきてくれましたが、それを踏まえて、沖縄といっても、北部・中部・南部、あるいは世代によっても、それぞれに意識が違うこと、基地問題と経済問題が二元的に対立しているわけではないこと、などを話してくれました。

話し合いでは、沖縄の「精神性」が一つの話題になりました。
それが、これからの日本、さらには世界にとって、大きな価値を持っているのではないか、ということです。
しかし、その「精神性」あるいは「沖縄の文化」も、次第に失われだしていること、世代によってもかなりの違いがあることなどが話題になりました。

ところで、瓜生さんは湯島に来る電車の中で、今回の沖縄の知事選に立候補している玉城デニーさんの演説をユーチューブで見たそうですが、涙が出てしまったと言って、涙顔でやってきました。
その映像は15分ほどですが、みなさんにもぜひ見てほしいです。
そこで、玉城さんは、沖縄の人たちのためだけではなく、ヤマトンチュウのためにも、がんばりたいと語りかけています。
玉城さんの視野は沖縄にとどまっているわけではありません。
日本を、そして世界を、そして未来を見ている。
私も演説を聞いて、そう思いました。
にもかかわらず、ヤマトンチュウの多くは、沖縄の動きを「沖縄問題」として捉えているような気がしてなりません。

そんな話をしながら、瓜生さんに、どうして沖縄に入れ込んでいるのかと質問しました。
瓜生さんは、そこが「自己決定権」を考える格好の場だからと即答されました。
とても共感しました。
私も、「自己決定権」を取り戻す生き方をしたいと思います。

いろいろと考えさせられることの多いサロンでした。
まもなくユーチューブも公開できると思いますが、まずは玉城デニーさんのスピーチ映像を見てもらえるとうれしいです。
https://www.facebook.com/miyagi.yoshihiro1/videos/2232306577058781/?hc_ref=ARQm27MYP1Cd_y0GeimKNpVXZ84Z-hlre-tM28N_1W1KjqBRbft3eYhClp29yis7u_Q&fref=nf

Uriu1


Uriu2


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■節子への挽歌4040:1冊の本に引き込まれてしまっています

節子
最近、ちょっとまた1冊の本に引きずり込まれています。
身心の疲れはそれが原因かもしれません。
その本は、岡和田晃さんという人の書いた「反ヘイト・反新自由主義の批評精神」という文芸批評の本です。
もう1週間ほど、時間の合間に読んでいますが、いつもの本のように読み進めなく、苦闘しています。
正直、ほとんど理解できないのですが、そこに何か自分が遠ざけてきた世界を感ずるのです。
今朝、5時頃目が覚めて、どうにも気になりだして、読み始めてしまいました。
やはりなかなか理解できない。
それもそのはずで、この本は文芸作品の書評を軸に書かれているのです。
その対象になっている本を読んでいないのですから、わかるはずもない。
しかし、そこから伝わってくる著者の気持に魅かれるのです。
なぜかわかりませんが、とても大切なメッセージさえ感じます。

著者の岡和田さんはまだ40歳に達していない、私から見れば若者です。
彼とは一度だけ会いました。
湯島で、アナログゲームの体験会をやった時に、彼がゲームマスターをやってくれたのです。
そしてその後、「アイヌ民族否定論に抗する」という自著を送ってきてくれました。
この本はとても面白く、ぜひほかの人にも紹介したくて、ホームページにも紹介文を書こうと思っていたのですが、その直後、時々起こる「時間破産」と「厭世観」におそわれて、まだ書けていません。
その負い目もあって、多分最近の私は絶対に手を取らない本書を読む気になったのです。
読みだして、これはやはり私の読む本ではないと思ったのですが、その一方で、不思議な引力に引き込まれるように、ぱらぱらと読みだして、まさに虜になってしまったわけです。
そして自分の考え違いにも気づかされたのです。
「批評精神」を維持することの難しさと、しかしそれに取り組んでいる人がこんなにもいるのかということにも気づかされました。
新聞などの批評欄は退屈で、最近は読む気にさえならないのですが、そうした商業主義ではない世界は今もあることも気づかせてもらいました。
いや一番の反省は、文学の捉え方で、この30年、創作された小説や文芸を読んでこなかったことです。

あまり理解できないまま、時々、短い詩的に共感しながら、1週間かかって、ようやく300頁を読み終え、残すは第2部の100頁です。
もっともここは、本書のなかでも私には一番遠い世界なので、読み進めるのは難しいかもしれません。
こんなに読みつかれたのは、久しぶりです。
少なくとも、この10年はありませんでした。

今回岡和田さんの本に魅かれているのは、彼の生命の躍動感が伝わってくるからです。
私が行けなかった世界を、彼は生き生きと楽しんでいる
残りは100頁ですが、もう1週間くらいはかかりそうです。
ほんとはもう手放したいのですが、なぜかこの本は最後まで読まなければいけない気がしています。
ほとんど理解できないのに、どうしてこうも惹かれるのでしょうか。
きっとそこに何か、とても大切なものがあるのでしょう。

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2018/09/26

■だれでもスピーチができる場がほしいです

貴乃花はなぜ記者会見をしたのでしょうか。
しかし記者会見できる人は幸せです。
誰にも知られずに、つぶされている人は少なくないでしょう。
また、誰にも知られることなく、忘れられていく「知恵」や「意見」も多いことでしょう。

40年ほど前にロンドンのハイドパークに行った時、そこに「スピーカーズコーナー」があり、誰でもがスピーチできることを知りました。
その時はそこを通り抜けただけですが、その時も一人の人がスピーチしていて、数人の人が立ち止まって聞いていました。
これこそ「公園」だと思いました。

いまはSNSで、だれもがネット上ですが「スピーチ」できるようになりました。
しかしネットのスピーチではなく、やはり今回の貴乃花のように、誰もが思い切り話せる場があるといいなと思います。
それに今回のような記者会見では、貴乃花でさえも素直に話すことはできないでしょう。
見ていて、辛そうな感じでした。
もっと「苦渋の選択」といったおかしな決意なしに、気楽に、しかし誠実に話をする「スピーカーズコーナー」があるといいなと思いました。
選挙で立候補すると社会に向けてスピーチすることが可能になりますが、誰でもができるわけではありません。
時々、駅前で政治家が「朝立ち」をしていますが、私自身はあの活動には批判的です。
政治家ではない人が演説し始めたら、もしかしたら駅からストップをかけられるかもしれません。
政治家であれば、街頭ではなく、きちんと場所を創って、話す(放す)のではなく語る(象る)べきだと思います。
そこにきちんと人が集まってくる仕組みを、努力して育てていくべきです。
そうした場を広げ育てていくのが政治家の大切な役割だと思います。
民主主義は、「広場」から育っていくはずですが、そこにはやはりきちんと「話し合う」場がなければいけません。

記者会見でのスピーチも私はあまり好きではありません。
その場所のガバナンスの問題があるからです。
自由で多様なスピーチは、やはり自由な場で行われないといけません。

ロンドンのハイドパークでスピーチを行った人のなかには、マルクスやジョージ・オーウェル、ウィリアム・モリスといった人もいたそうですが、事前手続きは不要で、誰もが、ほぼあらゆるテーマについて語ることができるのだそうです。
もちろん批判も少なくありません。
それにハイドパークのスピーカーズコーナーですら、制約はあります。

日本でも最近、公園の使用がいろんな面で規制され始めていますが、公園の最大の価値は、そこがコモンズ空間であることではないかと思います。
日本の公共空間は、「公」が強く「共」が弱いので、つまるところ言論の自由ではなく言論の規制の空間になりやすいのですが、それでは市民社会は育ちません。

私が取り組んでいる湯島のサロンも、そうしたものを意識しているのですが、部屋の中でやっていてはどうしても閉鎖的になります。
それに集まりを「企画」する必要があり、企画者や運営者(つまりは主に私のことなのですが)の狭い料簡が紛れ込みやすいです。
投げ銭サロンも一度やってみましたが、その後、希望者は現われません。

もし資金があれば、どこかの開かれた空間を購入して、そこをすべての人に開放して、スピーカーズコーナーを確保したいですが、残念ながら資金的に不可能です。
宝くじを買って当たったらそういう空間を創りたいと思っていましたが、なかなか当たりません。

昨日、貴乃花の記者会見をライブでずっと聞いていて、改めて「誰でもが話せる場」の大切を感じました。ジャーナリストの人たちがその気になれば、そう言う場は作れるはずですが、維持が難しいのでしょう。
金銭面での資産家のどなたかが、3億円くらい出資して、誰もが話せる「アゴラ基金」でも作ってくれるといいのですが、希望者はいないでしょうか。
私がいま積み立てている基金は、時に私が使い込んでしまうので、何しろまだ10万円にも達していないのと、最近は別の用途に使いたくなっているので、何か違う方法を考えないといけません。
いい知恵はないでしょうか。

そうした広場ができるまでは、湯島のサロンは、一種のスピーカーズコーナーとしても考えています。
何か話したい人がいたら、ご連絡ください。
基本的には、誠実な人ならだれにでも開放しています。
場合によっては、ユーチューブ配信などもこれからきちんと考えていこうと思います。

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■節子への挽歌4039:みんな壊れだし始めました

節子
最近、身の回りのものが連続して壊れだしています。
まるで私への反乱が起きているようです。
社会の壊れも気になりますが、身の回りの壊れはすぐに生活に影響するので、どうしてもそちらに目が行っています。
困ったものです。

はじまりは、家のシャッターでした。
電動なので壊れると開かないのです。
シャッターが開かないと部屋は1日中暗いままです。
シャッターを蹴飛ばしたら、開いたので、もう閉めないことにしました。

次に畑にひいていた水道ホースが壊れました。
畑に水をやるためにバケツで運ばなければいけません。
次にDVDレコーダーがダビングできなくなりました。
ある番組をダビングして、ある集まりに使いたかったのにできなくなってしまいました。
その上、目いっぱい録画してあるものがすべて取り出せなくなってしまいました。

昨日、オフィスに行ったら具合が悪かったパソコンがついに壊れてしまったようです。
だましだまし使っていたのですが、ネットまで不調になりました。

一番の「壊れ」は、私自身です。
先日のサロンの時に、もしかしたらすでに壊れだしていたのですが、それ以来ちょっと思考が止まってしまいました。
久し振りにかなり滅入っています。
身体の壊れもかなり来ています。
アリナミンを飲んでいますが、効果が現われません。

社会が壊れる前に、自分が壊れそうです。
いやすべては同期しているのかもしれません。

なにから直すべきか。
答は明確です。
社会の壊れを直すのが一番最初でしょう。
なにしろ私は、この社会の中で生きているのですから。
水がなくなったら魚は生きていけません。
でもまあ、節子がいなくなっても生きているので、もしかしたら社会が壊れても大丈夫かも知れません。
まずは、自分の心の壊れから手をつけるのがよさそうです。

昨日、貴乃花が相撲協会に引退届を出しました。
貴乃花もきっと壊れだしてしまったのでしょう。
だれか周囲の人がちょっと本気で手を貸せばよかったのでしょうが。

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2018/09/25

■節子への挽歌4038:ポーチ

節子
23日のサロンのことで、だんだん落ち込みだしてきています。
今日もまだ回復できません。
報告はまったく書けません。
挽歌も書く気になれませんでした。

今日は湯島に行きました。
雨でしたが、最近なじんでしまったサンダルでの通勤です。
これは始めたらやめられません。
実に楽なのです。
私はともかく身心が拘束されるのが好きではありません。
靴下をはかないというだけで、幸せな気分です。
裸足に400円のサンダル。
実にいいのです。

最近、かばんもやめました。
何を使っているかと言えば、これが驚くことに野路さんが作ってくれた、ポーチなのです。
まさか使うとは思ってもいなかったのですが、サンダルにバッグやリュックでは落ち着きません。
それで、ポーチになったわけです。
節子がなくなった後、節子の友人の野路さんが節子の洋服を材料にして、いつも一緒にいられるようにと、私と娘たちに裂き織りでバッグやポーチをつくってくれたのです。
そういうポーチですから、大事にしています。
それに使ってみるととても便利なのです。

そんなわけで、最近はサンダルとポーチで、だいたいどこにも行くようにしています。
そのせいか、ますますだらしない生活になってきました。
もう少し緊張感があったほうがいいかなと思うこともありますが、サンダルでは緊張感が出ようはずもありません。
困ったものです。


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2018/09/24

■カフェサロン「子ども・若者とNPOの今~『子どもNPO白書2018』を刊行して」のお誘い

湯島に事務局を置いている日本子どもNPOセンターが、2号目になる「子どもNPO白書2018」を出版しました。
3年前の創刊号に劣らず充実した内容です。
理論編として子どもの世界を取り巻く環境変化が概説され、つづく実践編では領域別に具体的な活動事例や実践者の論考が展開されています。
子ども関係のNPOに関わっている人はもちろん、子どもの世界に関心のある人には、是非一読をお薦めしたい白書です。

NPO活動の実践者たちが横につながって白書を継続刊行していくのは、めずらしい活動です。
NPOとして個々の課題に取り組むだけではなく、さまざまな活動が横につながって、社会への情報発信をしていくことこそが、市民社会を育てていくのではないかと思っている私としては、とても共感できる活動です。
こうした活動によって、子どもに関わるNPO活動の全体像が見えてくるとともに、個々の活動がつながっていくことで、新しい活動も生まれてくるだろうと思います。

この白書をぜひとも多くの人に知ってもらいたいと思っていましたが、日本子どもNPOセンターの森さんから、湯島でサロンを開き、ざっくばらんな意見交換ができればというお申し出をいただきました。
そこで、早速、森さんにお願いして、『子どもNPO白書2018』の紹介と同時に、「子ども・若者とNPOの今」についてお話をいただき、それをベースにした話し合いをさせてもらうことにしました。

NPOは、共通する課題や活動で連携して社会・行政への発信力を強めていこうという活動は様々あります。
これらに対し、子どもNPO白書は多岐にわたる課題、ふだんあまり接点がない取り組みをまとめています。
NPO相互のヒントにするだけではもったいなく、今の社会に「?」を感じているけれど、どうしたらいいのか、どこに可能性あるいは壁があるのと思っている方々に読んでいただきたい、声をいただきたい、というのが森さんの希望です。
白書の執筆者も参加します。

子どもの世界を見れば、いまの社会とこれからの日本が見えてきます。
子ども関係の活動をされている方はもちろんですが、さまざまなお立場の方の参加を期待しています。

なお、『子どもNPO白書2018』の簡単な紹介を下記に書かせてもらっています。
http://cws.c.ooco.jp/books.htm#180923
また白書の目次は次のサイトにあります。
https://www.amazon.co.jp/dp/toc/4871686221/ref=dp_toc?_encoding=UTF8&n=465392
当日、購入もできると思いますので、ご希望の方はできれば予めご連絡ください。

○日時:2018年10月21日(日曜日)午後2時~4時
○場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
○テーマ:子ども・若者とNPOの今~『子どもNPO白書2018』を刊行して
○話題提供者:森透さん(日本子どもNPOセンター理事)
○会費:500円
○連絡先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■節子への挽歌4037:私もだんだん壊れだしているようです

節子
次々とまたいろんなものが壊れだしてきて、いささか滅入っています。
壊れものの一つは、「私自身」です。

昨日、宗教をテーマにしたサロンをやりました。
予想以上の参加者だったので、私は場所もずらして外れたところで聴いていたのですが、なぜか話題提供者の高林さんの言葉を受け止めてしまい、無意味な無駄話をしたのを皮切りに、なにやらたくさん発言してしまいました。
自宅に帰ってから、自己嫌悪感に襲われてしまい、それが朝になっても回復できずに、今日は元気がない1日でした。

節子がまだサロンに参加してくれていた頃、帰りの電車で時々注意されていました。
話しすぎだというのに加えて、相手に対して失礼がある発言が多いと言われていたのです。
それでだいぶ注意するようになりましたが、節子がいなくなってから、また昔に戻りだし、最近は節子がいたら「退場」と言われそうなことがよくあります。

昨夜はサロン終了後、数名と一緒に帰ったのですが、その内の2人から「佐藤さんは煽りますね」と言われました。
むかし講演などではそう言われてことがありますが、サロンで言われたのは初めてです。
最初はピンと来なくて、「煽るってどういうこと」と聞き返しましたが、考えてみれば、納得できます。
ついつい「良い煽り」と「悪い煽り」があるのではないかと言いたかったのですが、やめました。
そういう言い訳こそが、潔くないですから。

いずれにしろ今回はちょっと話しすぎました。
大いに反省です。
もう少し賢くならなければいけません。
愚かさはいつになっても直らないどころか、ますます愚かさ丸出しになってきているようです。
困ったものです。

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2018/09/23

■節子への挽歌4036:今年も彼岸花が咲きました

節子
今年も庭の彼岸花がたくさん咲きました。
夏の暑さが終わり、気温が下がると咲きだすのだそうです。
昨日、お墓に行きましたが、墓地やお墓にも咲いていました。

わが家の彼岸花には、あまりいい思い出はありません。
節子の治療のために、彼岸花の球根が必要になり、漢方医で球根を買ってきました。
そこには大きな袋入りしかありませんでした。
残念ながら、その治療はあまりつづけられずに、結局、半分以上の球根が残ってしまいました。
それで節子を見送った後、庭に植えたのです。
私の記憶では、一か所に植えた気がしますが、なぜか最近、2か所で花を咲かすようになりました。
彼岸花は球根なので、種子のように簡単には広がりませんので、もしかしたら私が2か所に植えていたのかもしれません。
しかし、昨日、お墓に行く前に、供花を摘みに畑に行ったのですが、畑にもなぜか彼岸花が1輪咲いていました。
あり得ない気がしますが、節子が広げているのでしょうか。

涼しくなったので、お墓の花も生花にしました。
毎年、秋のお彼岸に造花から生花に切り替えます。
お彼岸なので、いつもはちょっと豪華に花を供えるのですが、今年は畑の百日草とニラの花と紫色のシランにしました。
百日草はいろんな色がありますので、それでも結構にぎやかです。

わが家のお墓の隣はまだ空き地ですが、そこにシュウメイギクが咲いています。
これを一輪もらおうとしたら、一緒に行ったユカから勝手に切ったらダメだと言われました。
世の中にあるものは、すべてみんなのものと考えたい気もしますが、いまの社会ではそれは許されないのでしょう。

墓地では、お墓がお隣さんでもお付き合いはなかなか生まれません。
お参りで隣り通しお会いすることがほとんどないからです。
私の場合は、少し離れたところの遺族とはお会いしたことがありますが、お隣さんとは一度もお会いしたことはありません。
考えてみるとこれも少しさびしい話です。
お墓に移転しても、そこで付き合いが始まってもいい気がします。

わが家のお墓の少し離れたところに、節子の友人の家のお墓があります。
節子の友人は、お墓に来るたびに、節子のいるお墓にもお線香を一本あげてくれています。
その話を聞いた時、私もお返しをしようと思ったこともありますが、お墓にいる人はまったく知りませんし、節子の友人とも葬儀の時にご挨拶しただけなので、結局、勝手にお参りもできないなとやめていますが、そのお墓の前を通る時だけは軽く会釈をするようにしています。

お墓や墓地のありようは考え直す時期に来ているのかもしれません。
なにしろ私もいつかここに転居するのですから。

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2018/09/22

■節子への挽歌4035:うなぎの元気が1日にして消滅しました

節子
昨日は大森に行ってきました。
私が生まれたところであり、小学校時代の後半を過ごしたところです。
小学校時代の友人に会いました。
彼は独り住まいです。
そしていま、がんを患っています。
発見が早かったのと手術もうまくいったので、今は元気なのですが、治療はつづけています。
先日、電話でちょっと心配なことを聞いたので、会いに言ったのです。
どうも杞憂だったようで、ほっとしました。
私よりも元気そうでした。

いつもながらいろいろと話しました。
お見舞いに行ったのに、うなぎとコーヒーをご馳走になりました。
彼は私に生き方に、いまは共感してくれています。
お前の生き方はわからないと言われたこともありますし、いまも時々、もっと違った生き方があっただろうにと言われますが、基本的にはいまの生き方も、それなりに評価してくれるようになってきています。
人は、世間から評価されなくとも、身近な人にわかってもらえれば、それで十分なのです。

彼も私も昔話は好きではありませんが、うなぎに関連して、昔は大森海岸でもうなぎがよく獲れたという話になりました。
小学校からの帰り道に、いつも道端で、うなぎをさばいて販売している人がいました。
彼のお店のすぐ近くでした。
私も時々、帰り道にそれを見ていた記憶があります。
誰かが買ったのを見た記憶はありませんが、その頃うなぎを食べた記憶もありません。
私は記憶力がよくないので、断片的なシーンを映像的には思い出せるのですが、つながった生活としての記憶が乏しいのです。
しかし、鮮明に思い出せる断片的な記憶や誰かの一言もあります。
うなぎはそのシーンの一つです。

生きたうなぎをさばくところを見てしまうと、私は昔ならうなぎは食べられなかったでしょうが、いまは何の抵抗もなくなっています。
もっとも、うな重にのってくるうなぎにもし顔がついていたら、いまもダメかもしれません。
幸いに、うな重には頭はついてこないうえに、開かれているので、うなぎの形態を感じさせないので、安心して食べられるのです。

うなぎを食べたので、少し元気が出てきました。
しあし、帰宅して、ビデオに録画していた番組を見ようと思ったら、なんとレコーダーが壊れてしまっていました。
録画していた番組がみんなダメになってしまったかもしれません。
昨日は家のシャッターが動かなくて苦労しましたが、またいろんなものが壊れだしました。
形あるものは必ず壊れます。
命あるものが必ず死ぬように。
気分が暗い時には、周辺の物も、同調して壊れてしまうような気がして、うなぎからもらった元気が消えてしまったような気がします。
それで早目に寝てしまいましたが、夢でも大変なことに巻き込まれて、疲れてしまいました。
今朝も眠いです。

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2018/09/21

■節子への挽歌4034:季節が急に変わりました

節子
一挙に温度が下がり、しかも雨の朝です。
最近また気分的に少し低調です。

今ごろ気づくのも遅すぎますが、どうもやはり精神的にはいまだに不安定なサイクルを繰り返しているのかもしれません。
一度、崩れた安定は、やはりなかなか回復しません。
特に、今朝のように、急な季節の変わり目の雨の日は、元気が出ません。
今日は友人のお見舞いに行くのですが、結果的には私がまた「見舞われる」ことになりそうです。
雨なので、予定は延期ということはよくあることですが、お見舞いはそういうわけにはいきません。

畑はまたしばらくいけそうもありません。
せっかく再開と決めたところなのですが。
新たに植えつけた苗も心配ですが、それ以上に野草が元気づいて、せっかくの畑がまた侵食されるのが気になります。
それに先日見つけたスイカは、成長を止めてしまうでしょう。

異常気象による豪雨などにも関わらず、季節はきちんとルール通りに変化します。
大筋では何も変わっていない。
まあ当然のことですが、変わらない大きな基調とその周辺で起こる乱調の組み合わせが、自然の姿なのでしょう。
しかし、最近の自然は、ドラマティックです。
そこに「怒り」を感じます。
それに対して、私の人生は、基調も乱調も、いずれも多様性の少ない地味な単調さで、ドラマがありません。
しかし、単調さにもそれなりの安定があるといいのですが、どうもそれになかなかたどり着けない。

たぶん、人の死は、平安のなかで訪れるのではないかという気が最近してきています。
思い出せば、節子もそうだったように思います。
現世への未練や怨念が、もしかしたら、その平安を邪魔するかもしれません。
なかなかまだ、平安にはたどり着けません。

雨の日は、思うことが多いです。

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2018/09/20

■節子への挽歌4033:尋常の幸福

節子
昨日、畑でスイカを見つけました。
夏に食べたスイカの種をまいておいたのです。
まさか実が成るとは思ってもいませんでした。
なにしろ季節はずれなので、食べられるまでには成長しないでしょうが、とても端麗な姿のスイカです。
思わず写真に撮ってしまいました。

久し振りの畑作業を終えて、帰ろうとしたら、道沿いの花壇を見ている人がいました。
近くのMさんでした。
彼女も少し離れたところの貸農園で野菜を育てているのだそうです。
道沿いの花壇を見て、満開ですねと言ってくれました。
Mさんとは家が少し離れているので、会うと軽く挨拶するくらいのお付き合いです。
節子もそうだったのだろうと思っていました。
しかし、Mさんから節子の話が出ました。
生前に畑の話が出たのだそうです。
まさか節子が、自治会の班も違うMさんと付き合いがあったとは思ってもいませんでした。
私はMさんと話すのは初めてです。
思わぬところで、節子の話になりました。
Mさんは、私の孫のことも知っていて、いろいろと話してくれました。
私が、孫と同居していると思っていたようですが。

ちょっとした日常生活の中で、節子が出てくる。
これもまた、「尋常の幸福」の一つかもしれません。

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■なぜ交番にいる警察官は拳銃を所持しているのか

仙台の交番でまた不幸な事件が起きました。
これに関連して、いつも不思議に思っていることがあります。
それは、なぜ交番勤務の警察官が拳銃を所持しているのかということです。
街中のパトロールも含めて、私には拳銃はふさわしくないものだと思っています。

警官が所持する拳銃を奪いたくて事件を起こした事例もあります。
拳銃の使用が過剰防衛だと言われたこともあります。
そういう事件が起こるたびに思うのは、拳銃は殺人を誘発するのではないかということです。

核兵器抑止論に私が違和感を持つのも、そうしたこととつながっています。
核抑止論と警官の拳銃所持は、発想の根源が同じものではないか。
それは、暴力で秩序を維持しようという発想です。
それはたしかにある状況では有効だったでしょうが、一度、秩序化ができた後も有効なのか。
無秩序の状況で有効だったものが、秩序化された状況のなかでは、機能が反転することもあるのではないか。
とりわけ「暴力の象徴」的存在(核兵器や拳銃)は、秩序の強制的維持か秩序破壊には効果的な道具です。
マックス・ウェーバーは、「暴力の独占」が近代国家を支えているといいましたが、思想としての「暴力」は独占できても、実際の道具(核兵器や拳銃)を独占することは不可能です。
ですから「暴力の独占」は理念でしかありません。

たとえ国家によって独占されるとしても、暴力が肯定されている社会では、実際の暴力は根絶されることはなく、私益や私欲につながっていきます。
国家に寄生している人たちは、つまるところ「暴力」に寄生している。
そしてそこから金銭という果実の配分を受けている。
暴力に対しては暴力と考えるのは、必然的な結論でしょう。
想像力のない人間や国家は、暴力の象徴である核兵器や拳銃を手に入れたくなる。
それは「暴力の独占」を脅かす「暴力の拡散」を引き起こす。

ですから、武器は争いを誘発しこそすれ、抑止はしないように思うわけです。
過剰な抑圧は、被抑圧者の暴発を招きますし、武器を奪うための行動も誘発しかねません。
核武装の使用は、国家間で行われるとは限りません。
北朝鮮の核武装化などは大きな問題ではなく、むしろテログループや個人の核武装化に、私は不安を感じます。

日本が長いこと平和を維持できたのは、「刀狩」のおかげではないかと思います。
日常から武器が見えなくなることは、なんと心の安らぎをもたらしてくれることか。
刀や武器をコレクションしている友人知人もいますが、その気持ちが私にはわかりません。
私も過去に、実際の日本刀に触れたことはありますが、手にした途端に気持ちが少し変わるのを感じました。
武器の所有は、人の心を変えかねない。
お金と同じです。
そして、その武器を持ってみたいという気持ちも誘発しかねません。

交番のシステムは、海外からも評価され、一時は交番システムが広がっていたこともあったと聞きます。
しかし、その交番システムには、拳銃は不要のはずです。
警官の日常の見回りなどには拳銃を所持する必要などないはずです。
携行しなければ、拳銃を落としたとか置き忘れたとか、そんなことも起きません。
日常生活を見守ってくれている警官には、拳銃所持など不要の話です。
拳銃による警察官の自殺もなくなるでしょう。
なによりも警察官のストレスは解消されるはずです。

特別の状況の中で拳銃を所持することまで、今の状況のなかでは否定しませんが、せめて交番勤務の警察官には拳銃は不要だと思うのです。
交番や警察官が襲われる理由は他にもあるでしょうが、それもたぶん、拳銃所持と無縁ではないでしょう。
交番のセキュリティが話題になっていると報道されていますが、おかしな話です。
そろそろ「暴力」で秩序を管理する発想を見直す時期ではないか。
「昭和の頭」で発想するのは、やめた方がいいような気がします。

そこから「核抑止」の問題も考えてみるのはどうでしょうか。

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■「子どもNPO白書2018」を読ませてもらいました

湯島に事務局を置いている日本子どもNPOセンターが、2号目になる「子どもNPO白書2018」を出版しました。
ざっとですが、通読させてもらいました。
創刊号に劣らず内容が充実しているので、この活動も軌道に乗ってきたことがわかります。
子ども関係のNPOはとても多く、その全体像はなかなか見えてきませんが、こうした白書の継続的な発刊を通して、さまざまな分野の活動がゆるやかにつながっていくことが期待されます。

第1号と同じく、白書は大きく「理論編と「実践編」に別れています。
理論編では、創刊号発刊後3年間の間に起こった、大きな変化について解説されています。
まずは法的環境の変化について、NPO法、児童福祉法、教育基本法の改正とその問題点が解説されています。
市民活動の視点から、改正の方向性に関する批判的な指摘もしっかりと行われています。
市民、それも実践者中心の手による白書であることの強みと言っていいでしょう。

NPO活動は、法的環境に大きく影響されますが、改正の動きを所与のものとして受動的に捉えるのではなく、むしろ法的環境を能動的に変えていくことがNPOの大きな使命です。
個々のNPOとしては、なかなかそうした使命は果たせませんが、そう言う意味でも、こうした白書づくりの意味は大きいでしょう。
子ども関係のNPOをつないでいく子どもNPOセンターの最大の役割はそこにあるように思います。
個々のNPOはどうしても目先の問題の対応に追われがちですが、ゆるやかにつながっていくことで、子どもの視点からの法的環境の整備にも関わっていくことができるはずです。

理論編では、法的環境と並んで社会環境の変化も取り上げられています。
自然環境、平和活動、SNSに代表される情報環境、さらには子どもの貧困への具体的な実践として広がりだしている子ども食堂などの動きなどが、多角的に語られています。

実践編は、第1号と同じく、領域別に具体的な活動事例や実践者の論考が展開されています。
いずれも実践を踏まえたものなので、説得力を感じます。
事例は、北海道から九州まで全国にわたっています。
第1号よりも、執筆者の顔ぶれが広がっているのも、うれしい前進です。
なお、資料編として、関係法や条文なども掲載されています。

日本子どもNPOセンター代表の小木さんは、「刊行によせて」で、今回も第1号で掲げた編集方針を大事にしたと書いています。
それは、「全国の子どもNPO活動の全体像が鳥撤できること」と「全国に点在する子どもNPOにヒントを投げかける理論と実践を紹介すること」の2つです。
この「白書」活動を継続していくことこそ、いま必要なことと確信している小木さんの思いは、着実に深まり広がっているようです。

読み物としても、資料としても、密度の高い、しかしとても読みやすい白書ですので、子ども関係のNPOに関わる人はもちろんですが、多くの人に読んでほしい白書です。
NPOのネットワークがつくる白書の継続刊行は、めずらしい活動ですが、個々の問題に取り組むとともに、そうした活動が横につながって、社会への情報発信をしていく活動こそが、市民社会を育てていくのではないかと思っている私としては、応援していきたい活動です。
ぜひとも多くの人に知ってもらい、この白書活動をさらに広げていければと思います。

ただ、そのためにもいくつかの課題はあるように思います。
私は第1号の紹介に際して、白書の内容として、2つの要望を書かせてもらいました。
ひとつは、「領域を超えた実践者たちが、今の子どもたちや社会をどう考えているかを話し合うような座談会」。
もうひとつは、「子どもにとっての活動の場である社会を、子どもたちはどう見ているのかという子どもたちの声」。
今回も残念ながらそうしたものはかなえられませんでしたが、第2号を読んでもう一つ感じたことがあります。
それは、小木さんが意図されているように、子どもたちの世界や子どもNPO活動の世界が鳥瞰できるように、この白書を図解化できないだろうかということです。
図解化することで、見えてくることも多いですが、それ以上に図解化することで、子どもNPO活動に降り汲んでいない人たちの理解は進むでしょう。
創刊号も含めた2冊の白書を材料にして、子ども世界の動向を鳥瞰図的に図解化するワークショップや研究会などができれば、きっと子供世界がもっと見えてくるような気がします。

これだけの白書をつくることに、関係者のみなさんがどれほどの苦労をされたかが少しはわかる者として、こうした要望を表明するのは、いささかの躊躇はありますが、逆にこれだけの苦労をさらに効果的なメッセージにしていくためにも、第3号にはそうした企画をぜひ入れていただきたいと思います。

せっかくできた白書ですので、ぜひこれを活用したフォーラムや集まりを、領域を超えて展開していっていただきたいとも思います。

ぜひ多くの人に読んでいただきたい白書です。
できれば一度、湯島でもこの白書を材料にサロンを企画したいと思います。
子どもの世界を見れば、これからの日本が見えてきますので。

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2018/09/19

■「昭和の人」

少し前の話なのですが、ある問題解決のために関係者にヒアリングしたことがあります。
そこで、若い女性が言った言葉が今でも忘れられません。
「昭和の人がいくら新しいことを目指してもダメです」
あまり正確ではないですが、彼女はこう言いました。
私も「昭和の人」なのですが、即座に彼女に共感しました。
そして、私も昭和の人なのでダメですね、と、皮肉ではなく、素直に言いました。
彼女は慌てて、そう言う意味ではないと言いましたが、たぶんそういう意味も含まれていたのでしょう。

最近起こっているさまざまな組織の不祥事を見ていると、この「昭和の人」という言葉に、実に説得力を感じます。
スポーツ界や行政や企業で展開されている「トップ」と「メンバー」の食い違いは、この「昭和の人」論で説明できそうです。
つまり、「昭和の頭」で生きている人と「平成の人」とは、明らかに「常識」も「判断基準」も違うのです。
そこに齟齬が生じ、「昭和の人」にとっては理解できない批判を受けることになる。
昨今のパワハラもセクハラも、昭和の頭で考えていては、多分理解できないでしょう。
一方、マスコミの現場にいる人たちは、少なくとも「昭和の頭」では生きていないのです。
しかし、彼らは独自に論を展開するだけのエネルギーも努力もしようとしません。
つまり、「昭和の頭」に寄生しながら、「反昭和の頭」なのです。
ですからマスコミ報道も、所詮は内容のない、「昭和の人」批判で終始しています。
事態はなにも変わらない。
ちょうど、アメリカ政府に依存しながら、反米言動を繰り返す、右翼や左翼と同じです。
アメリカがもしなければ、日本共産党ですら存立の基盤が揺らぐほどに、いまの政治家や政党には主体性が感じられません。

今の20~40代の人は、それ以前の世代の人に比べると育った環境も社会活動での体験もかなり違うでしょう。
そういう人たちは、「昭和」を自らとつなげながら懐かしむ世代と違い、「昭和」を自分とは無縁な世界として受け取っているような気がします。
しかし、それを壊すまでにはいっていない。
なぜなら彼らもまた、「昭和の人」によって作られた「豊かさ」に依存していて、自らの世界を構築するに至っていないからです。
そこから離脱していく勇気がないのです。
平成の人には、思考停止と隷属習性の文化があるというと、いささか言いすぎでしょうが、どうもそう感じてしまう。
「失われた30年」とも言われる平成時代が失ったものは何かを、しっかりと考えなければいけません。
それが何かわからないうちは、失われたものを回復することなどできないからです。

いずれにしろ、「昭和の頭」の役割は終わってしまった。
もし私がもう少し生き続けるのであれば、「昭和の頭」の呪縛から自由になった「昭和の人」として生きるしかない。
それができるかどうかいささか悩ましいですが、そう言う生き方をもう一歩進めていこうと思っています。
「平成の人」たちにも、ぜひとも自らの生き方を問い質してほしいといつも思っています。
「昭和の人」と同じ間違いはしてほしくないからです。


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■節子への挽歌4032:久しぶりにSさんに会いました

節子
久し振りに、節子も知っている東レ時代の先輩Sさんに会いました。
相変わらず忙しそうにしていました。
パイプはくわえていませんでしたが、もうやめたのでしょうか。
訊くのを忘れてしまいました。

Sさんはお元気だったころは時々湯島にも来てくれました。
節子と娘が香港に旅行に行くと言ったら、香港での食事の場所などを教えてやっていたのを思い出します。
たしかメモまでつくってきてくれた気がします。
私は、その旅行には行かなかったので、横で聞いていただけなのですが。

Sさんは、会社時代の私の理解者の一人でした。
私が起こしたプロジェクトにもいろいろとアドバイスや支援をしてくれました。
退社後、あるプロジェクトのリーダーになったのですが、そのプロジェクトにも私は社外から参加させてもらいました。
Sさんとの話し合いはいつも示唆に富むものでした。
そのSさんが体調を悪くされ、しばらく会えないと連絡してきたのは、突然のことでした。
そろそろ会いたいなと思って、連絡しようとしていた矢先に、訃報が届きました。
入院しているとは思ってもいませんでした。

それからもうどのくらいたつでしょうか。
そして昨日、久しぶりにSさんに会ったのです。
あいかわらず少しみんなとは距離をとって、ダンディな雰囲気を保っていました。
若者たちに囲まれていたのは、意外でしたが。
もちろんSさんと会ったのは、夢のなかです。

夢に時々出てくる死者がいます。
夢のなかでは、生者も死者も全く同じです。
いや、現世ではあったこともない見覚えのない人と現世で親しくしてもらっている人も、同じように出てきます。
夢が現世を超えているのは間違いありません。

もしSさんがいまも現世にいたとしても、そう頻繁に会っていたかどうかはわかりません。
現に、いまも現世で活躍している人とも時に夢で会います。
そう考えれば、現世での生死よりも、私の心身のなかでの生死のほうが意味を持っているのかもしれません。
そして、節子は間違いなく私のなかでは生きています。
Sさんもそうです。

不思議なことに、起きている時に思い出す人が何人かいますが、そう言う人はなぜか夢に出てこない。
その人は、ある時から突然湯島にも来なくなり、連絡が途絶えた人です。
いまも現世にいるのかどうかさえ分からない。

今朝も訃報が届いていました。
この歳になると、彼岸もとても近い存在に感じて、訃報も転居案内のように感じます。

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2018/09/18

■節子への挽歌4031:孫には時々節子が見えるようです

節子
にこは、わが家に来るとまず節子の位牌に挨拶をします。
ところが今日、位牌の前に節子がいると言い出しました。
そして「ありがとう」と言っているというのです。

にこは、以前から、時々、目が宙を浮いているようなことがあります。
私たちには見えないものが、まるで見えているようなのです。
もしかしたら、大人には見えない彼岸が子どもには見えるのかもしれません。
そういう話はよく聞きます。
いつかもう少し具体的に話を聞きたいものですが、具体的に話せるようになる頃には見えなくなってしまうという話もあります。
前世の記憶も、ほんのわずかな期間にのみ蘇って来るとも言われます。

孫は、生前の節子には会ったことがありません。
写真でしか知らないのですが、写真は結構見分けます。
私には見えないところで、孫が節子と会っているのであれば、それは実にうれしいことです。
いや、そうであってくれたら、どんなにか嬉しいことでしょう。
しかし残念ながら確かめようはありません。

私は娘たちとも友だち関係を目指していましたが、孫ともできればそうなりたいと思っています。
いまはなかなか「いい関係」です。
この子が大きくなるまで、一緒にいられないのが少しさびしいですが、今の節子のように、彼岸からでも付き合えるのであれば、それはそれでまた「いい関係」でしょう。

孫を見ていると、人間の本質が伝わってくるような気もします。
そして、「成長」の意味もなんとなく伝わってきます。
私たちの価値基準はすべて自己(現在)正当化のために間違っているように思えてなりません。
成長とは劣化のことではないか。
孫を見ていると、いつもそう思えてなりません。

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■カフェサロン「見守りと支えあいの住宅 福祉シェアハウス構想」報告

2回にわたる「安心して死を迎えられる生き方」のサロンを受けて、具体的な実践につなげていく方向でのサロンやプロジェクトがはじまりました。
その第1回目のサロンでは、実際に「福祉シェアハウス構想」に取り組んでいる小畑さん(NPO法人ハーモニー虹代表)に、その構想を紹介してもらいました。
小畑さんは、なぜそうした構想に取り組みだしたかの背景をていねいにお話してくれましたので、その構想の意味が参加者には生き生きと伝わったと思います。
小畑構想は、「問題を抱えた当事者及び当事者家族の限界」と「自らがソーシャルワーカーであることを活かして何ができるか」を試行錯誤してきた結果です。
ですから単なる机上論ではないと同時に、小畑さんにとっては自らの生活と深くつながった切実な構想でもあるのです。

その構想は、案内にも書きましたが、一言でいえば、住み慣れた地域で、住居というハードの面と専門職による支援と支えあいというソフトの両面から、生活に生じる困難を乗り越え、暮らし続けられる住宅を指しています。
それは同時に、生活のなかでの看取りの場でもあり、また死の学びの場でもあります。
かつては「家族」がその役割を果たしていたかもしれませんが、核家族化が進んだ現在、それは難しく、さらに家族そのものが変質してきています。
小畑さんの構想は、そういう状況を踏まえて、「家族の保護からの自立」を意図しています。

話し合いのなかでは、小畑構想は既存の福祉型のシェアハウスとどこが違うのかという点が問題になりました。
いくつかの視点が出されました。
たとえば、小畑さんのシェアハウス構想には、音楽を楽しめる空間とか外部の人を誘い込む空間が構想されています。
福祉というと何か障害を補う仕組みをまずイメージしますが、小畑さんはむしろ「楽しく暮らせる場」であることを大切にしています。

また、福祉を「支援される」という受け身で考えるのではなく、自らも役割を果たすという「支援する」という要素も大事にしています。
役割をシェアするという意味も込められているのです。
話し合いでは、その「役割」をどう考えるかの議論も少しありました。
これは、福祉とは何かということにまでつながるような気がします。
この構想も、「福祉」という言葉を外して発想したほうが、小畑さんの思いにつながっていくのではないかという意見もありました。

そうした「施設」を実現し、持続していくかに関しては資金的なことも無視できません。
コーポラティブハウスやコレクティブハウスに関わっている人も参加していたため、それに関してもいろんなアイデアが出ました。
小畑さんの構想の実現には、施設をシェアするだけではなく、この構想自体を複数の人たちでシェアしていくことが大切なのかもしれません。

「家族」をどう捉えるかも少し話題になりました。
私自身は、昨今の家族観はいまだに「血縁」に強くこだわりすぎているように思いますが、むしろそうした「血縁家族の呪縛」から自由になって、新しい縁を育てる場から生まれる、新しい家族の概念があっても言いように思います。

ほかにもいろいろと話は出ましたが、今回、湯島のサロンに初参加してくれた方から、ともかく動きだすことが大切だという元気が出る提案がありました。

このサロンは大きくいえば、「安心して死を迎えられる生き方を支援する仕組みづくり」を目指しています。
そのためには、今回のような「福祉シェアハウス」の他にもいろんなプロジェクトが想定されます。
湯島のサロンから生まれたいくつかの動きもつながっていくかもしれません。
しかし、話しているだけでは何も始まりません。
それで、そういう個別プロジェクトが生まれ、つながるような、プラットフォームもつくろうということになりました。
これは、このサロンのきっかけをつくった、中下さんの思いでもあります。

考えてみれば、これはかつて構想し挫折してしまっている「コムケア構想」につながっています。
私も改めて、もう少し頑張ってみようかという気になりました。
個別プロジェクトとプラットフォーム的な集まりを引き続き開催していく予定です。
ご関心のある方は引き続き(あるいは新たに)にご参加ください。
次回は10月14日(日曜日)の午前中を予定しています。
また別途ご案内させてもらいます。

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■節子への挽歌4030:四季朝夕の尋常の幸福

節子
挽歌はやはり、朝起きてすぐに書かないと、ついつい忘れてしまうことがあります。
できるだけそうしようと思うのですが、なかなかそれを続けるのは難しいです。
私の場合、寝室の隣が私の部屋で、そこにパソコンがあります。
起きてすぐにそこに行って、パソコンチェックをすることから私の1日ははじまります。
これは節子がいた頃と同じです。
しかし、パソコンを開くと、思わぬメールが届いたりして、それで1日が変調してしまうこともあります。
寝坊してしまって、挽歌をかけないこともあれば、早く起きすぎて、後で書こうと思って結局書き忘れることもあります。
習慣化するということはなかなか難しい。

先日、阿満利麿さんの「日本人はなぜ無宗教なのか」という本を読みました。
とても共感できる本で、20年以上前の本なのに、古さを感じません。
私の思っていたことや私の生き方からは、とても共感できる内容でした。

そこに、「四季朝夕の尋常の幸福」という言葉が出てきました。
柳田国男の『山の人生』に出てくる言葉です。
柳田国男は、日本の民衆の「平凡」志向に共鳴していました。
そこにこそ、日本人の信仰心が現われていると考えていたのです。
いや、そこから日本人の信仰心が生まれてきたという方がいいでしょうか。
いずれにしろ、日本人の理想は「四季朝夕の尋常の幸福」にあったと柳田は考えています。
阿満さんは、そうした日常生活をなによりも尊重する考え方を「日常主義」と名付けています。

私は、頭ではそう思う一方、非日常に大きな価値を置いていました。
節子が発病して、節子との距離をより近いものにすることによって、日常主義が次第に身についてきました。
挽歌では何回も書いた気がしますが、再発後の節子の願いは、まさに「四季朝夕の尋常の幸福」でした。
朝晩に、そのことを念じながら、節子は誠実に一生懸命生きていた。
そしてたぶん、辛さのなかでも、それを感じていたと思いたい。
節子は、「四季朝夕の尋常の幸福」の大切さを、身を持って私に教えてくれたのです。

しかし、「尋常の幸福」とは何か。
それは愛する人や信頼できる人と共にあることかもしれません。
一人では生きていけない人にとって、共にいて心やすまる伴侶の存在は、それだけで幸福ですが、その伴侶がいなくなった時の「尋常の幸福」とは何でしょうか。
残念ながら、いまもって答えがわからない。
でも、おかげで私の信仰はしっかりとしたものになった気がします。
いまの私にとっては、この信仰心が尋常の幸せをもたらしてくれているのかもしれません。
節子に感謝しなければいけません。
さて、これから位牌に挨拶して、1日をはじめようと思います。
外もすっかり明るくなりました。
秋の空です。

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2018/09/17

■節子への挽歌4029:久しぶりに畑に行ってきました

節子
敬老の日だったので(私は忘れてましたが)、孫のにこが私に絵を持ってきてくれました。
象の絵だそうですが、私の目が老化したせいかどう見ても象には見えませんでした。
娘たちからは何のプレゼントもありませんでした。
まあ節子のいた頃と違い、私にはそういうことがあんまり関心がないので、それが最近のわが家の文化になってきています。

今日は1週間ぶりくらいに畑に行きました。
驚くほど野草がまた生い茂っていました。
蒔いておいた蕪は、芽が出ていたはずなのに、ほぼ全滅でした。
どうも虫に食べられたようです。
にんじんは順調に大きくなっていました。
今日は、キャベツと白菜と、忘れてしまいましたが、もう1種類買っておいた苗を植えてきました。
また庭で育てていた花の苗も植えてきました。
そういえば、季節外れのスイカは実が成っていて、7センチほどの大きさに育っていました。
花壇の百日草は賑やかに咲いていました。
切り花にして節子に供えました。

畑作業は結構面倒で、以前のようにともかく毎日の日課としておかないと行きたくなくなります。
それに最近夏の暑さの疲れが出てきたようで、どうも身体が思うように動きません。
困ったものです。

血圧対策の酢タマネギも、数日さぼっていたら、昨日は血圧がまた200を超えてしまいました。
昨日慌ててどっさり食べて、此れもまたさぼっていた脚の運動とか呼吸法をやったら、今日はなんとかまた少し下がっていました。
毎日同じことをやるというのはどうも私には向いていません。
しかし、もう少し生きていることにしたので、がんばって酢タマネギをはじめとした血圧対策活動を地道にやらねばいけません。
挽歌も気を抜くと、ついつい書き忘れてしまいます。

節子
生きつづけるのもそれなりに大変です。

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2018/09/15

■節子への挽歌4028:今日は読書デー

節子
最近夜どうしても目が覚めてしまうこともあって、いわゆる睡眠負債が少したまっていたようです。
今日は目が覚めたら7時近くでした。
しかしいつもと違いすぐに起きられません。
もう少し眠っていたいという気がしてしまったのです。
やはり最近ちょっと疲れているようです。

しかし、昨夜はかなり眠ったおかげで、少し考える気が起きてきました。
先日、読んだ松永さんの「発達障害に生まれて」という本の紹介記事を書きました。
なんだか十分に思いが書き切れていない気がしましたが、また放置するとそのままになりそうなので、いささか躊躇しながら、思い切ってフェイスブックにアップしました。
早速に著者の松永さんからコメントがありました。
「良質な書評を読むと、自分で気づいていなかったことに気づかされます。この本を作って(お母様との共同作業です)、本当に良かったです」とうれしいコメントでした。

つづけて思わぬ人からもコメントが届きました。
この本の主役の「母」、つまり松永さんのコメントにある「お母様」からです。
友達リクエストまで届きました。
おかげで、頭が元気になってきました。

その勢いで本をまた読み始めました。
20年以上前の「日本人はなぜ無宗教なのか」という新書です。
新書ですから、2~3時間で読み終えるでしょうが、ある本を読んで以来、この本が気になっていたのです。
というわけで、今日は読書デーになりそうです。
今日は雨なので孫も来ませんし、ユカも出かけて不在です。
昨日のように、いろんな相談が来なければ、読書三昧できそうです。
昨日は、いささか悩ましい3つの相談を電話とメールで受けました。
今日は携帯には出ないつもりです。

さてこれから読書に入ります。

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■「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」をお薦めします

豊かに生きたいと思っている、すべての人に読んでほしい本のご紹介です。
「発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年」(松永正訓 中央公論新社 1600円)です。

「トリソミーの子」「呼吸器の子」と、これまで難病の子どもと母親との関係を軸に、人間の素晴らしさと危うさを、深く優しく問いかけてきた松永正訓さん(小児外科医)が、今回は知的障害児とその母親を取り上げました。

本書の帯には、「幼児教育のプロとして活躍する母が、自閉症児を授かり、世間一般の「理想の子育て」から自由になって行く奇跡を描いた渾身のルポルタージュ」とありますが、知的遅れのある自閉症の男の子(勇太君)の17年間を母親からの聞き取りをもとに、松永さんがまとめたものです。
松永さんは「あとがき」で、「ノンフィクションを書く上で重要なのは、筆者の取材力と表現する力であるが、それ以上に大事なのは、取材を受ける人間の語る力かもしれない」と書いています。
私は、それ以上に大切なのは、「筆者と語る人の信頼関係」ではないかと思っています。

本書では、主役である「母」の思いや言葉が、実に素直に、剥き出しのまま書かれていて、驚くほどです。
そこには取り繕った「言葉」はありませんし、へんに遠慮した筆者の思いこみで包まれた「言葉」もない。
発している言葉が、実に生々しく、とんがっている言葉なのに抵抗なく心に入ってくる。
その一方で「母」に向けられた周囲の声が、まるで自分に向けられたように、心に突き刺さり、うれしくなったり悲しくなったりするのです。
本書のいたるところで、「母」と筆者の信頼関係を感じます。
実に安心して読めるだけではなく、読んでいる自分も、違和感なくその世界で一緒に生きているような気になるのは、筆者の立ち位置が単なる観察者ではないからでしょう。
だから、読んでいるほうまでも、「母」と「同期」してしまって涙が出てしまう。
私は本書を電車の中で読んでいたのですが、3回ほど、涙がこらえられませんでした。
本に出てくる情景が、あまり生々しく、まるで自分のことのように感じたからです。
「母」の思いに筆者が同期し、さらに読者まで同期してしまう。

今回も松永さんの大きな関心は、「受容」です。
人を受容するとはどういうことか。
しかも評論的にではなく、これまでの作品と同じように、松永さんはいつもそこに「自分」を置いて考えています。
今回もそれがよくわかります。
さらに今回は、そこにもう一つの視点が加わりました。
「普通」という呪縛です。
松永さんは、本書を通じて、自閉症の世界の一端を明らかにし、私たちの日常を縛る「普通」という価値基準の意味を問い直したいと書いています。
「普通」という呪縛から解放されると、世界は豊かに輝いてきます。
「受容」は「普通」からの解放に深くつながっています。

そのことが本書には、具体的に語られています。
たとえば、ちょっと長いですが引用させてもらいます(文章を少し変えています)。

知り合いの母親に、勇ちゃんの保育園での写真を見せた。健常児が横一列にきれいに整列して歌を歌っている。勇ちゃんは後ろの方の床で絵本を広げでいる。「こんなふうに、うちの子はみんなと一緒に歌ったり、集団行動が取れないのよ」。母は嘆くように相談を持ちかけた。実はその母親は、自身がアスペルガー症候群(知能が正常な自閉症)だった。従って勇ちゃんの気持ちが分かる。分かってそれを言葉で伝えてくれる。「この一列に並んでいる子たち、本当に不思議ねえ。どうして同じ格好をして歌っているのかしら? 後ろで本を読んでいる方がよっぽど楽しいのに」。この言葉も母には衝撃だった。そうか、自分は健常者の視点でしか、我が子の世界を見ていなかったのか。

発達障害の二次障害という、衝撃的な話も出てきます。
無理に「普通」に合わせようとする結果、うつ病や自律神経失調症などの精神障害を発症してしまうことがあります。
それを頭では知っていても、親はわが子を何とかしてやりたくて、無理をさせてしまう。
しかし、それは子どもためにはならない。
それが時にどういう結果になるか。
母がそれに心底気付いたのは、たまたま入院病棟で垣間見た病室の風景でした。
その場面は、読んでいて、私の心は凍りつきました。
読後も決して忘れられないほど、強烈なイメージが残りました。

受容とは普通の呪縛からの自由になって、お互いを信頼し合うことなのです。
それは、「発達障害の世界」に限った話ではない。
それに気づくと、世界は違って見えてくる。

読みだしたら、引き込まれて一気に読んでしまう本です。
勇太君と母との17年間は、たくさんの気づきと生きる力を、読む人に与えてくれる。
この本は書名の通り、発達障害児と母との物語です。
しかし、読みようによっては、誰にでもあてはまる示唆がたくさん散りばめられている。
人とどう関わるか、信頼するとはどういうことか、幸せとは何なのか、生きるとはどういうことか。
自らの問題として、そこから何を学ぶかという視点で読むと、山のようなヒントがもらえるはずです。
書名の「発達障害」という言葉にとらわれずにすべての人に、読んでほしいと思う由縁です。

ちなみに、10月6日に、湯島で松永さんにサロンをしてもらいます。
松永さんの人柄に触れると、さらに本書のメッセージを深く受け止められるでしょう。
ご関心のある人はご参加ください。

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2018/09/14

■節子への挽歌4027:生命力の衰えを痛感します

節子
昨日は久しぶりに心身共にくたくたになった1日でした。
畑をしたわけでもなく、遠出をしたわけでもなく、まあ横から見たらたいしたこともしていないように見えたでしょうか、帰宅したら立てないくらい疲れていました。
なんで疲れたかは、相手のこともあるので書けませんが、結果は約束を果たせたので、まあ万々歳です。
しかし疲れました。
人の心に関わる問題は、やはり無意識のうちに過剰に気をつかっているのかもしれません。
やはり人よりも自然と付き合うのがいいです。

それにしても最近、思考を伴うデスクワーク的な宿題がたまっています。
なかには4カ月遅れのものもあります。
タイミングを失して、もう宿題リストからも消えてしまったものもあります。
思考することはできるのですが、それを言語化して記録する意欲がおとろえているようです。
困ったものです。

今日はちょっとパソコンに向かって宿題をいくつかやろうと思いますが、人生はそうそう思うようにはいきません。
時間はあるのですが、もうパソコンから離れたくなりました。
さてさてどうしたらいいでしょうか。
節子がいたら解決策を教えてくれるのですが。

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2018/09/13

■節子への挽歌4026:秋になってちょっと元気です

節子
すっかり秋です。
赤とんぼが玄関の木にいつもとまっています。
畑にはなかなか行けません。
昨日、野菜の苗や種を買ってきましたが、今日もまた畑には行けそうもありません。
明日は大丈夫でしょうが、最近なぜか時間不足になっています。
たぶん私の活動スピードが落ちているのでしょう。
長電話がかかってくことも一因です。
昨日は、その常連の当人から、私からの電話は受信拒否に設定してくださいと電話がありましたが、またそれについて1時間20分電話がつづきました。
その後、疲れて1時間ボーっとしていました。
電話はどうも好きになれません。

若い時には思い立ったらすぐに動き出せましたが、最近は同じことでも前後の時間がかかります。
ですから同じ30分の仕事も、前後を合わせると1時間かかってしまうというわけです。
困ったものです。
瞬発力がおとろえています。
さらに終わった後、すぐに次の仕事に取り掛かれなくなってきているようです。

先日、サロンにいささかの失望をしてしまったので、少し姿勢を変えて、もっとアクティブにサロンを企画しようという気になりました。
何人かに声をかけたら、全員がやると言ってくれたので、この数日で、4つのサロンを企画し、いま案内を終えたところです。
しかしこんなに思ったようにいくとは思ってもいませんでした。
9月下旬から10月前半はサロンラッシュです。
このあたりが、どうもバランスをとるのが苦手の私の悪いところです。
節子がいた頃は、まだ生活の柱があったので、そうそう羽目は外しませんでしたが、最近はいささか危ういです。
でも小さくても、具体的なことに取り組むときには昔のような行動力が少し蘇る気がします。
形になることはうれしいことです。

今日はいささか大きな課題を抱えています。
節子に力を貸してほしいとお願いしてから、湯島に向かいます。
上手くいくといいのですが。
いや上手くいくでしょう。
結果はいつもベストだと考えるのが私の目指す生き方ですから。
それに今はお天道様がついていますから。
でも最近ちょっと小作人仕事をさぼっているので、ちょっと心配ですが。

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■カフェサロン「日本列島「法」改造論」のご案内

ちょっと先ですが、日本のあり方を話し合うシリーズのサロンの案内です。
今回は、ゲストに神戸大学名誉教授の行政法学者・弁護士の阿部泰隆さんをお迎えして、「日本列島「法」改造論」という、いささか壮大なテーマでのサロンを開催することにしました。
阿部さんは、私の大学時代の友人ですが、毒舌・名言でも有名な、そして具体的な提案活動もしっかりとしている、曲がったことの嫌いな、国士的な学者です。
時に、阿部さんは「変人」とも評されますが、ご自分は「変人」を「変革の人」と読み替えて、変人であることを受け入れています。

「日本列島「法」改造論」というのは、今月21日に第一法規から出版される阿部さんの新著のタイトルです。
神戸在住なので、久しく会っていなかったのですが、遺言だと思って最後の本を書いたというメールが先週来ました(といっても、すでに40数冊出版していますが、これからも10冊は出版しないと死ねないといっています。http://www.eonet.ne.jp/~greatdragon/
しかし、遺言であれば、読まないわけにはいかないので、読ませてもらうことにしたのですが、せっかくなので、多くの人にも知ってもらいたくなって、阿部さんに湯島のサロンをやってもらうことにしました。

予告案内の本の帯に「Dr.阿部の執刀開始!」とあります。
まだ出版されていないので、目次の原稿を送ってもらったのですが、なんと目次だけで28頁。
目次を読めば、内容がイメージできますが、いかにも阿部流の舌鋒厳しい、実に賑やかな内容のようです。
阿部さんによれば、「逆転の発想による法改革」によって、日本を変える提案だそうです。

第1章は「国会・内閣・裁判所のありかた」ですが、つづけて「社会問題・国民生活」「税制改革」「医療福祉」「環境保護」「大学」「その他身辺雑記」と広い分野にわたって論が展開されています。
しかも、そこには、与党独裁体制を許さない法システム、「国旗国歌は作り直せ」とか「オリンピックは無駄」とか、祝日も休日にするな(来年の10連休は大反対)、「命を大切にせず、医療費を無駄使いする厚労省」、さらには「バカほど儲かる医師・弁護士システム」、未亡人の再婚を邪魔する遺族年金、文科省は廃止せよなどといったことが書かれています。

「はじめに」も読ませてもらいましたが、たとえばこんなことが書かれています。
ちょっと長いですが引用させてもらいます。

社会科学者仲間では、福島の原発事故にもかかわらず相変わらず「原子力村」で、原発は安全であるという枠内の研究をしたり、阪神・淡路大震災や東日本大震災が身近に起きても我関せず、自分の「学問」に没頭したり、広島原爆の被災地にいながら、被爆者に寄り添うことなく、平和な学問をして偉くなっている人が少なくない。筆者には、彼らは民の苦しみなど知る余地もないように見える。
研究者は現実の裁判を追行していないので、裁判の不条理も知らない。まして、三行半判決で、何のまともな理由もつけずに闇から闇へと葬られ、人生や会社が破綻させられる無数の事件のことには関心を持たない。裁判官も、このようなことに責任を感じている者は多くはないと感ずる。
また、疑問を持たず、既存の資料を整理するだけの「業績」が多い。
その上、筆者の専攻の行政法学関係者は、役所からお座敷がかかるので、どうしても役所寄りの発想になりがちである。

とまあ、こんな風なのです。
阿部さんの人柄がかなり伝わってくるでしょう。
彼自身は、「とうの昔に御用学者を総撤退し、大学にも縁がないので、「しがらみ」がなく、文科省批判も含め、信念に従った発言をしている」と言っています。
まあ、しがらみがあっても発言してきたと思いますが(そのために社会の主流派から外されたと本人は言っています)。

今回は阿部さんから、どのテーマでやろうかと相談を受けましたが、腐ってきている日本国家を快刀乱麻に語っていただき、それをどう改造していけばいいかを話してもらったあと、当日参加した人たちの関心事に合わせて問題を掘り下げられればと思います。
ぜひ多くの人に参加して、議論を戦わせればと思っています。

今月21日に発売予定の「日本列島「法」改造論」(第一法規)をできれば事前に読んでおいていただければと思いますが、当日、阿部さんも何冊かご持参いただく予定なので、そこでも購入可能です。

〇日時:2018年10月12日(金曜日)午後6時半~9時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「日本列島「法」改造論」
〇問題提起:阿部泰隆さん(行政法学者・神戸大学名誉教授)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/09/12

■「わけのわからない事象」

今朝のテレビで、リーマンショックから10年、技術者の逆襲というのを見ました。
リーマンショックで業績悪化した日本の企業から多くの技術者が退職を強いられましたが、その人たちがいまベンチャー企業を起こし頑張っているという話です。
部下を解雇せざるをえなかった技術者の方が、自らも退職し、そうした技術者に声をかけてベンチャー企業を立ち上げ、いまはばたこうとしている成功事例が紹介されていました。
とても元気が出る話ですが、その起業家がインタビューに答えて話した言葉が気になりました。
それは、「リーマンショックというわけのわからない事象」という言葉です。
たしかに、自分たちとは無縁なところで起こった「わけのわからない事象」に振り回されたという思いは強いでしょう。
でも本当に、無縁の話だったのかどうか。
問題は、「わけのわからない事象」ではなく、「わけのわからない自分」なのではないのか。

これは何も経済や企業だけの話ではありません。
さまざまな事件に巻き込まれた時に、なんでこんなことが起こるのか「わけがわからない」と思う人は少なくないでしょう。
人間が起こす事件だけではなく、自然災害にも言えるかもしれません。
最近話題のスポーツ界のリーダーの人たちも、もしかしたら「わけがわからない」と思っているかもしれません。

親子関係や夫婦関係でも同じようなことが起こるかもしれません。
こんな子に育てたつもりはない。
なんで死ぬまで働いてしまったのか。
なんで離婚を求められるのか。
そういう場合、そうした不都合の原因は自分ではないと思い、しかも「わけがわからない」ということにしてしまうことが少なくありません。
しかし、そうでしょうか。

その生き方を変えるべきではないか。
そんな気がして、私は考え方や生き方を変えようとしています。
どれだけできているかは確信は持てませんが、少なくとも「わけがわからない」などとは考えないようにしています。
私が生きている世界で起こっていることに、私が無縁であるはずがないからです。

「わけがわからない」ことが起きたら、それを放置するのではなく、その「わけ」を考える姿勢を持ちたい。
湯島のサロンでも、そうした「わけのわからない」ことの「わけ」を話し合えればとおもっています。
もし「わけのわからない」ことが起こったら、みんなで話し合って、考えてみませんか。
問いかけたい人がいたら、サロンを企画しますので、ご連絡ください。

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■緊急サロン「ヤマトンチュが触れた沖縄の基地問題」へのお誘い

沖縄県の知事選挙が9月30日に行われます。
辺野古基地をめぐって、誰が知事になるかによって、日本のこれからに大きな影響を与えることになるでしょう。
しかし、その沖縄の状況は、マスコミではなかなか伝わってきません。

湯島では、沖縄在住の緒方修さん(東アジア共同体研究所琉球・沖縄センター長)にもサロンを2回やってもらうなど、時々、沖縄に関わる問題を取り上げてきました。
最近きちんと取り上げていないのが気になっていました。

たまたまですが、湯島のサロンにも参加してくださったことのある瓜生さんが、最近、沖縄に行ってきたことをフェイスブックで知りました。
瓜生さんは、フェイスブックで基地問題関連の情報をシェアして下さっています。
瓜生さんが沖縄に行った主目的は、カヌー隊辺野古ブルーへの参加、キャンプシュアブゲート前座り込みと戦跡訪問、全島エイサー大会などの「観光」でした。
基地問題や知事選挙で揺れている沖縄の現地で、公共哲学やケアに関心を持つ瓜生さんが何を感じたかはとても関心があります。
そこで、生活者感覚から見た沖縄の基地問題というお話を瓜生さんにお願いしました。

3・11の後の福島の情報と同じで、沖縄の基地関連の情報は、マスコミに流れる情報量は決して少なくありませんが、現場の情報と首都圏での情報とはかなり乖離があるようにも感じます。
そこで、市民社会に関心をお持ちの瓜生さんの目を通して感じた、いまの沖縄の基地問題をお話しいただき、そこから私たちのとっての沖縄基地問題を話し合えればと思います。
瓜生さんは、「沖縄の出来事は明日の私達の出来事です。自己決定権と個人の尊厳、差別を参加者と一緒に考えたい」と言っています。

三連休のど真ん中なの、しかも1~3時という時間ですが、とても大切なテーマなので、ぜひ多くのみなさんに参加していただきたいと思います。
よろしくお願いいたします。

〇日時:2018年9月23日(日曜日)午後1時~3時
(12時半には開場していますので、おにぎりなど持って早目に来ていただき、雑談しながら昼食をしていただいても結構です)
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「帰る場所があるヤマトンチュが触れた沖縄の基地問題」
〇問題提起:瓜生達哉さん(市民による勝手連@ちば)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/09/11

■節子への挽歌4025:癒された1日

節子
孫のにこが湯島のオフィスに立ち寄りました。
といってもわずか5分ほどでしたが。
近くのギャラリーに家族で写真展を見に来て、それから動物園に行く途中にチラッと立ち寄ったのです。
よかったら私も一緒に動物園に行かないかというお誘いもかねてのようでしたが、来客まちづくりをしていたので、パスさせてもらいました。
今回は写真を撮っただけでしたが、私が自宅とは別の場所にいたのに驚いたようでした。
ユカさんはいないのか、と質問されました。

Nikoyushima180911


今日、湯島に来る電車の中で「発達障害に生まれて」という松永医師の新著を読みました。
途中3か所で涙が抑えきれませんでした。
子どものことをもっと知っていたら、私ももう少し娘たちとの付き合い方も変わって居たろうなとまた反省させられました。
孫とはうまく付き合えそうですが、遅くできた孫なので、いくつかで付き合えるかわかりません。
そう思うとちょっと錆び差はあります。

孫が帰ったら、すぐに待ち人がやってきました。
小学校時代の同窓生とそのお姉さんです。
湯島の掃除機が壊れているのを知って、わざわざ持ってきてくれたのです。
おふたりは東京の東と西に住んでいるのですが、たぶん5時間くらいかけて合流し、自動車で湯島まで掃除機を運んでくれたのです。
湯島は、こうした人の善意で支えられているのです。

姉妹は2人とも独身の上に、故郷に家と墓があるそうです。
それをどうするかが課題のようですが、そんな話も含めて、いろいろと会話が弾みました。
静かで平安なサロン。
これもいいものです。
いろいろと癒されることもあり、一昨日のサロンで高まっていた厭世観が少し解消した気がします。
孫が寄ってくれたことも、荷担してくれたと思います。
それと松永さんの本もです。
帰路の電車の中で、松永さんの本を読み終えました。
近いうちにホームページやフェイスブックで紹介しようと思います。

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■カフェサロン「自民党政権政治を変えていくためには」の報告

9月8日開催のカフェサロン「自民党政権政治を変えていくためには」には11人の人が集まり、かなり激しい論争が展開しました。
いつものサロンとはちょっと違って、いささか感情的なやり取りが多かった気がします。
もっともそうなった原因は、私の最初の問いかけが不適切だったからなのですが。
その反省もあって、報告を書くのも遅れてしまいました。

最初に問題提起者の武田さんから、いま書いている本の目次に沿って、「自立・抗不安国家論」の概要が紹介され、つづけて、現在の自民党政権の何が問題なのか、そしてそれを変えていくためにはどこから取り組みどう進めていけばいいかのお話がありました。
武田さんは、ただ問題点だけを指摘するだけでは何も変わらない、目指すべき国家像を明確にして、その実現のために現状をこう変えていくべきだという考えに基づいて、目指すべき国家像を「自立・抗不安国家」と表現しました。
つづいてその内容として、「国民主導型統治機構の確立」「国民の命を供することは許されない絶対平和主義」「戦争に巻き込まれないための核武装」「再配分型増税による財政再建」「国家の自立度を高めることを主軸にした政策展開」「新経済政策としての重脳主義」などを提案しました。
武田さんは、それを実現するためには、革命的な取り組みが必要だとし、それを「第3革命」と称しています。

そして議論が始まりました。
最初に私がちょっと気になったことを口走ってしまいました。
私が引っかかったのは、「新経済政策としての重脳主義のために教育において科学技術教育を最優先にしよう」という点です。
科学技術と人間文化の主従関係が逆転してしまったことに、昨今の政治経済状況の根因があるのではないかと思っている私としては、大いに違和感があったので、ついつい口を滑らしてしまったのです。
この点にこそ、これからの国家像を考えるポイントがあるような気がしたのですが、どうもそれがうまく表現できずに、議論が少し迷走してしまいました。
大いに反省です。
参加者のみなさんにはお詫びしなければいけません。

どうしたら今の政治状況を変えるための具体策を聞きたいという質問に対しては、武田さんは、そのためにもしっかりした国家像を共有化していくことが必要だと応えました。
その姿勢には賛成ですが、国家像とは何かということを共有すること自体が難しいことを改めて思い知らされました。

その後、議論はいろいろと出ましたが、私自身がいささか「感情的」になってしまっていて、記憶がとんでしまっています。
困ったものですが、そんなわけでうまく報告できません。

しかし、最近、コスタリカに行ってきた折原さんからのコスタリカの紹介やビタミン和子さんの韓国などの報告は示唆に富んだものでした。
いずれもまたいつかそれぞれにサロンをしてほしいと思います。
また「民主主義と民主政治」の違いや、「個人の尊厳の尊重という民主主義の理念と革命とは矛盾しないか」といった議論もありました。
これもまた大事な論点だと思います。

議論はいささか混迷し、ちょっと雰囲気も悪くなりましたが、私には理想的なサロンでした。
お互いに気づかいあいながらおだやかに話し合う場はどこにでもありますので、湯島のサロンでは「過剰に相手を傷つけない範囲」での論争は大歓迎なのです。
ただ今回はどうも私の判断がゆるすぎて、一部の人が少しだけ気分を害したようでもあります。
でもまあ、それが湯島のサロンだと思ってもらうのがいいでしょう。
 
みんながとても熱心に思いを込めて、ちょっと感情的にもなって話し合いをしているサロンは実にいいです。
初めて参加した人もいましたが、帰り際にとても面白かったと言ってくれました。
私は自分の主張があんまり賛成してもらえなかったので、いささかムッとしていましたが、反省しなければいけません。

サロンではかなり険悪な関係になってしまった人たちもいましたが、その後の二次会で関係は修復され、なんと10時までのロングランの懇親会になったそうです。
私は参加できなかったのですが、2人の方から「懇親会のほうが盛り上がってよかった」と連絡がきました。
サロンのホストとしては反省しなければいけません。

なおこのシリーズは継続します。
論争しに来たい人は大歓迎です。
武田さんの問題提起の各論展開も考えたいと思います。

Takeda20180908_2


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■節子への挽歌4024:輝くような生命を呼び込みたいのですが

節子
急に涼しくなり、今朝は10月上旬の気温だそうです。
昨日も雨が降ったので、畑にはいかないでいました。
もう数日間、畑に行っていないので、ちょっと気になりますが、まあ大丈夫でしょう。
季節外れのスイカが育っているはずですが(もちろん実がなるのは期待できません)、スイカには刺激的な試練でしょう。

そういえば、昨日も孫のスイカにお相伴させてもらいました。
丸いスイカではなく、三日月型の切ったスイカです。
しかし、孫はその三日月型のスイカをそのままがぶりと食べていました。
母親が、ナイフで切ってやろうとすると、嫌だと言って、その食べ方を守りました。
私のしつけの成果?かもしれません。
スイカはがぶりと食べないといけません。
スプーンなどを使って食べては、スイカに失礼でしょう。
まあこういう私の考えがおかしいと言われるわけですが。

気温の変化が激しいせいか、どうも体調が回復しません。
どこかが悪いというわけではないのですが、なんとなく疲労感が残っていて、気分的にもすっきりしません。
世間の状況の、あまりのひどさが大きく影響している可能性もあります。
テレビをつければ、気分が悪くなるような話ばかりです。
そうしたなかで、テニスの全米オーオウンで優勝した大阪なおみさんと決勝で敗れたセリーナ・ウィリアムズさんとの話は、実にホッとする話です。
スポーツの世界にもまだ、明るい話はあるのだと思うとちょっと救われた感じです。
まあ、こうしたちょっとした話に、一喜一憂できるうちはまだ幸せです。

しかし最近はあまりうれしくなるニュースは、世間にも私のまわりにも少なくなってきました。
これもまた私自身の生命力の問題なのでしょう。
疲れた生命のまわりには、輝くような生命はやってきません。
流れを反転させなければいけません。
なかなか道が見えません。
どこでまた道を間違えたのでしょうか。
困ったものです。

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2018/09/10

■カフェサロン「宗教をどう考えるか」のお誘い

京都の宇治市で、認知症予防ゲームの開発普及に取り組んできた高林実結樹さんは、湯島でもこれまで認知症関係のほか、古代史や戦時中体験などのサロンを開いてくれました。
心身ともにお元気な80代ですが、代表を務めていたNPO法人認知症予防ネットも後継者に委ね、ひと段落つけることになったそうです。
今回、日本認知症予防学会の学術集会で東京にいらっしゃいますが、これがNPO活動としては東京に来る最後の機会になるということなので、勝手に高林さんに湯島でサロンをお願いすることにしました。
認知症予防に関するサロンを企画しようかと思ったのですが、高林さんから思いもかけないテーマの提案がありました。
「日本人の宗教感覚」です。
高林さんは「青臭い宗教論」をしたいというのです。

高林さんは、曾祖父の代にキリスト教に転向した家に生まれました。
お名前の「実結樹」も、旧約聖書『詩篇第1篇第3節』からの命名だそうです。
三度三度の食事の度に、家族揃ってお祈りをする敬虔なクリスチャン家族でした。
ところが小学2年生の時に、宗教とは惰性と偽善の固まりだという思いになります。
心中深く赤面し、親に内緒で棄教。お祈りはポーズだけで、心を閉ざしたそうです。
時代はちょうど日本社会が国民総動員の戦争に向かっていた頃です。
何が、高林さんをそうさせたのか。

ちなみに、もう20年ほど前の本ですが、「日本人はなぜ無宗教なのか」という本があります。
また、その本のメッセージをさらに広げて、加藤典洋さんは「日本の無思想」という本を書かれています。
前者は、日本の宗教観の特殊性を、後者は信念(信仰)に関する「ホンネとタテマエ」を語っています。
いずれも新書版の読みやすい本です。
宗教や信仰(信条)という視点で、日本の社会を見ると、いろんなことに気づかされます。
しかし、残念ながら日本の社会では、生活や社会とのつながりのなかで、「宗教」を語ることは、そう多くはありません。
そんなわけで、高林さんの提案を受けて、「宗教をどう考えるか」をテーマにしたサロンを開催することにしました。
三連休のど真ん中の、しかも夜の開催ですが、ぜひ多くの人に参加していただきたいと思っています。

高林さんは、「みんなが、どのような宗教感覚で、大人を生きておられるのか、興味津々」と言っています。
多様な時代を生きてきた高林さんの話をお聴きしながら、参加者それぞれの宗教観を気楽に出しあいながら、ちょっとだけ生き方を考えてみるサロンになればと思っています。

よろしくお願いします。
なお認知症環境予防ゲームのことで、高林さんとちょっと話がしたいという方がいたら、ご連絡ください。
6時には高林さんは湯島に着いていると思いますので、高林さんを囲んでのとても短いお茶会を開催する予定です。

〇日時:2018年9月23日(日曜日)午後7時~9時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「宗教をどう考えるか」
〇問題提起:高林實結樹さん(NPO法人認知症予防ネット前代表)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)


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■節子への挽歌4023:少しだけ人の役にたてました

節子
昨日はいろんなことがありました。
始まりは1時間の長電話。
1時間話すと疲れますが、気持ちはすっきりします。
まあ相手は武田さんで、異論のぶつけ合いですが。
でも武田さんの役には少したったかもしれません。

湯島に行く途中で2つのことがありました。
我孫子駅はいま工事中でエスカレーターが使えないところがあるのですが、そこをお年寄りが大きなキャリーバックを持ちながら苦労して降りていました。
お持ちしましょうかと声をかけたら、このキャリーバックが杖替わりなので、と言われました。
が、会話がしばらくできました。
しかしエスカレーターがないといかに大変なのかがわかります。
闘病中の節子を思い出します。

電車に乗って本を読んでいて、途中で目をあげたら、寝た子を抱いた若い母親が立っていました。
それで席を譲らせてもらいました。
席を譲ってもらうこともありますが、久しぶりに席を譲りました。
これは意外といいものです。
誰かのお世話になるよりも誰かのお世話ができるほうがいいに決まっています。
気分がちょっと明るくなりました。

午後は有機野菜の旬を楽しむ会です。
小学校時代の同級生がやってくれるサロンなのですが、34歳の若い仲澤さんが今日のゲストです。
気持が明るくなるお話でした。
久し振りに、荻原さんが知人と一緒に参加してくれました。
節子もよく知っている、ふぁっとえばーの秋山さんが数年前に亡くなったことを知りました。
連絡が取れなくなっていて、気になっていたのですが、いささかショックです。
脳梗塞で人生を変えてしまった人ですが、館山でお会いしたのが最後でした。

その後は、小宮山さんと会いました。
奥さんがいま不在なので、夕食にも付き合いました。
いつものように論争気味で、お互いに悪口を言い合っていましたが、小宮山さんのちょっとうれしいような安心したような表情を見て、少しは役に立ったかなと思いました。

今日は、そんなわけで、少しだけ誰かの役に立つことができた気がします。
たまにはそういう気分になっても、ばちは当たらないでしょう。
でもやはり疲れました。

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2018/09/09

■節子への挽歌4022:久しぶりに気分が大きく落ち込んでしまいました

節子
昨日のサロンでは、まったく元気をなくしてしまいました。
テーマは政治をどう変えていくかでしたが、問題意識の高い人たちの集まりだと思って話をしていたのですが、あまりに事実認識が違うので唖然としてしまいました。
やはり私の事実認識は、世間からは外れてしまっているようです。
私の話が伝わらないのも仕方ありません。

湯島ではめずらしく、かなり険悪な状況にもなりました。
2人の参加者が、別の参加者への不適切な発言をし、さらにほかのもうひとりがこのサロンのルールを破って今日は気分が悪いと発言したのです。
湯島のサロンのルールは、この種の発言を禁ずることが唯一のルールなのですが、それさえ伝わっていなかった。
今回も、はじめての参加者があったので、そのことは冒頭に話していたのですが、それもたぶん聞いていなかったのでしょうか。

先日、ある若い女性から「昭和の頭」批判をされたことを思い出しました。
最近露呈されだしているスポーツ界のリーダーたちの「昭和の頭」ぶりは、どうも湯島も例外ではなかったようです。
力が抜けてしまいました。
ただ今回初めて湯島に参加してくれたMさんという「昭和の人」は、面白かったと2回も言ってくれました。
要するにこういう話し合いの場は、あまりないのでしょう。
しかし、その一方、そう言う場になれてしまうと、今度は仲間内で空気を創りだしてしまう。
私が一番嫌悪する姿勢です。
そういう人たちが、今の安倍政権を、そしてナチス政権を生みだしていったはずです。
まさに今日のテーマを自分たちが育てているのではないかと思うと、それこそ嘔吐したくなります。
これまでのサロンはなんだったのか!

それにしても、少しは新聞やテレビや本を消化してほしいと思いました。
ただ読んだり観たりしているだけではなく、自分の心身で受け止めてほしい。
そう思ってしまいました。
まあ、自分のことを棚に上げてですが。
しかし、現実を共有していないと話し合いはなかなかできません。
日本の情報環境はすでに管理下に移行しているのかもしれません。
あるいは今日集まった人たちは、学校では優等生だったのかもしれません。

サロンをやっていると、こういうことも時にはないわけではありません。
しかし、節子がいた頃は、節子に話し、話し合うことで、私の気持を相対化することができました。
しかし最近はそういうことができません。

昨日はだんだん憂鬱になってきて、とうとう今朝、つまり今ですが、挽歌にぶつけてしまいました。

節子
相変わらず私は成長していないようです。
困ったものです。

これで気分を変えて、今日もまたサロンです。
テーマは、有機農業。
昨日のサロンとはメンバーが全く違うので、気分は癒されるでしょう。
もっともサロンだけではなく、その後、まさに「昭和の頭」の人とさしで話し合うことになっているので、癒された後また落ち込んでしまうかもしれませんが。

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2018/09/08

■所有からの解放

先日、ブログを書いていて思い出したことがあります。
無所有を実践していた韓国の法頂禅師の本で読んだバスのなかでの情景です。
内容はよく覚えていなかったのですが、その一文が読みたくて、本を探しました。
幸いに私の書庫に2冊の本が見つかりました。
「無所有」「すべてを捨て去る」です。
昨日、その分を探したくて、粗雑な通読をしました。
しかし見つかりません。

実はこういうことは、私には多いのです。
たしかあの本に乗っていたなと思って、その文章を探すのですが、なかなか見つからないことが多いのです。
一度は、英国と北欧の教育に関する記事のことを思い出して、2週間後にその文章を探すために、その間に読んだ関係ありそうな本を3冊ほど探しましたが、見つかりませんでした。
1冊はほとんど改めて通読したほどでしたが、出会えませんでした。
本での文章との出会いも一期一会なのかもしれません。
気になった時に、書き留めておくことが大切かもしれません。
しかし、その時にはあまり気にならなくても、しばらくしてから急に気になるということもあります。

昨日はあきらめてしまいました。
そうして今朝、その本をしまおうと何気なく裏表紙を見たら、そこになんと気になっていた文章が紹介されていたのです。
探し物は、探すのをやめた時に現われるというのは本当のようです。

早速、その個所を読みました。
こんな文章です。

バスの中であった。 彼は懐から携帯用のナイフを取り出したかと思うと、窓の砕から抜けかけているネジ釘を2つ縮めたのである。 何気なく見ていた私は、人知れず感動した。 彼はこんな風に些細なことで私を揺り動かしたのである。 彼は自分のもの他人のものという分け隔てをしないようであった。 もしかすると全部自分のものだと考えていたのかもしれない。

文中の「彼」とは、法頂さんの道伴の水然和尚のことです。
仲間の僧侶たちからは、慈悲菩薩と呼ばれていた僧侶だそうです。

この文章の最後の2行が、ずっと私の心の中に残っていたのです。
そしてほんの少しですが、私の生き方に影響を与えてくれていたのです。

ところで、この2行を見つけるためにまた2冊の本を拾い読みしたのですが、新しい気付きがありました。
「本来無一物」は、「物」だけの話ではないのではないのか。
そう思ったら、自らの所有欲の強さに気づきました。
特に今年になってまた読書時間が増えてしまっているのですが、知識への所有欲もまた、世界を狭めるのではないかという気付きです。
これまで考えてきたこととは真反対なのですが、知識があることで世界が見えなくなることも少なくないことも事実です。

空海は、虚空蔵とつながっていたという話を聞いたことがあります。
頭の中を空っぽにしたら、虚空蔵にある無限の知識は、すべてが自分のものになるのかもしれません。
もちろん「所有」という囲い込みでも、ネット検索というスタイルでもなくて、です。


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■節子への挽歌4021:所有から解放されるということ

節子
最近、読書時間が増えています。
それもノートを取りながらの読書が増えています。
しかも最近は、図書館から借りた本を読むことが多いので、そこで書かれていることをメモしておきたいという思いが強まっているのです。
ですから、いつもは1~2日で読み終える本を、4~5日かかってしまうことさえ起きています。
あるいは、メモが目的になってしまっていることさえある。

先日、あることで法頂禅師の「無所有」を思い出しました。
それで昨夜、書庫から探し出して読み直しました。
前に読んだ時に蛍光ペンでマークされた文章がありました。

たくさん捨てる人だけがたくさん得ることができるという言葉がある。
物によって心を煩わして人たちには、一度は考えてみるべき言葉である。
何も持たない時、初めてこの世のすべてを持つようになるというのは、無所有のもう一つの意味である。

実は、この最後の文章を思い出して、この本を読み直そうと思ったのですが、読んでいてハッと気づいたことがあります。
自分自身の「所有への執着」に気づいたのです。
確かに最近は、「物」への執着はかなりなくなってきました。
そもそもほとんど「物」を買わなくなりました。
書籍さえほとんど買いません。
しかし、相変わらず書籍などからの知識への所有への執着が強いことに気づいたのです。
法頂さんの言葉は、「物」に関することだとずっと考えていました。
しかし、それは「物」だけではなく「知識」や「情報」も同じなのではないかという気がしてきたのです。
同時に、最近の私の読書に「所有欲」、つまり「知識を所有しよう」という姿勢が強すぎるのではないかということに気づいたのです。

「たくさん捨てる人だけがたくさん得ることができる」というのは、むしろ「知識」や「情報」についてこそ言えることなのではないか。
このことは、経験的にかなり認識しているはずなのに(知識を語る人の、なんと知識の薄いことか!)、まさに自らもその落とし穴に落ち込んでいるのではないか。
知識が生き方を呪縛するようなら、そんな知識はいらないのではないか。
そう気づかされたのです。

これはかなり悩ましい問題でもあります。
しっかりと考えてみようと思いますが、まずは読書姿勢を改めようと思います。
しかし、さてどうすればいいか。
今日は読書を全くせずに、考えてみようと思います。

所有から解放された生き方は、簡単ではありません。

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2018/09/07

■節子への挽歌4020:夢のなかでも働いています

節子
また昨夜はたくさんの夢を見ました。
意味ありげな夢です。
いろんな人が私に会いに来るのです。
自宅にではなく、湯島にです。
しかも、なんだか知っているようで知らない人が多いのです。
ひとりが帰ろうとして、玄関の扉を開けると、次の人が待っている。
しかも、部屋で話していると、いつの間にか人数が増えている。
前にも見たような気がしますが、はじめてのような気もします。
しかもその間に、玄関の電球が切れてつけ替えたりというような、細かなことまで起こるのです。
時に、私の横に節子がいて、一緒に応対しているようなこともある。

気になるのは、みんな、知っているようで知らない人ばかり。
いったいだれなのでしょうか。

ところで、夢で相談を受けている時に、どうも私の記憶が1日ずれていることに気づいたのです。
これは現実の時間のことです。
夢の中で気づくのもおかしな話で、その間のつながりはあまり思い出せませんが、なにかおかしいと気づいた途端に目が覚めてしまいました。
それで色々と考えたら、やはり私の現実の時間が1日ずれていて、明日(つまり今日ですが)、2つの日を生きることになっていました。
私の時間間隔はやはりおかしくなっている。
任と章の始まりでしょうか。
困ったものです。

それで早めに起きて、予定を確認。
間違いありません。
ダブルブッキングではなく、木曜日と金曜日がダブっていたのです。
あわてて一方の予定を変更し、今日は誰にも迷惑をかけずに済みます。

そんなことで、目が覚めてしまい、1時間本を読んでいました。
しっかりしなければいけません。
しかし、寝ている時にも夢の中で相談に乗っている。
まあ、どういう相談かは思い出せないのですが、あまり深刻な相談ではないからでしょう。
しかし、寝ている時でさえ、夢のなかとはいえ、働いているので、目が覚めても疲労感が残っているのです。
これでは過労死しかねません。
どうしたらいいでしょうか。

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2018/09/06

■節子への挽歌4019:節子の寝顔

節子
夜、また目場覚めてしまいました。
最近習慣になっているんですが、寝室のテレビをかけてしまいました。
寝室のテレビは、普段は全く見ないのですが、ねむれない時についかけてしまう習慣ができてしまいました。
といっても、画面をみるわけではないのです。
それになぜかアンテナと接続してもうまく映らず、逆にアンテナを外したら、地上波の一部だけが映ることがわかり、いまはアンテナ無しになっています。
これも不思議なのですが、そんなわけで子ながら「音」を聞いているわけです。
音があるとなぜかまた眠れるのです。
そして夢の中に、その音が入り込んでくることもあります。
私は基本的に独りでいることが苦手なのですが、特に独り寝は苦手です。

今日は、4時前に目が覚めてテレビを入れてしまいました。
北海道で大きな地震が発生していました。
いつものように画面も見ずに音を聞いていましたが、いつの間にかまた眠ってしまいました。
夢で、ある会社の人たちが相談に来るような夢でした。
5人の人がやってきましたが、なぜか私に会いたいと頼んだ人がいませんでした。
どうしたのかと訊いたら、地震が起きたのでその関係で来られなくなったと聞かされました。
夢のなかにもテレビの音声がはいいてくるのです。
夢の世界は、実に面白い。

節子は、に私の気配が感じられるほうが眠りやすいといっていました。
闘病中の話です。
ですから、彼女が眠っている隣りで、本を読んでいたりしていました。
節子はとても寝つきのいい人でしたから、すぐに眠りに落ちていました。
だから私は節子の寝顔は飽きるほど見ています。
時についついちょっかいをかけたくなって起こしてしまうこともありましたが、私もまた隣に節子が寝ているときのほうが、寝つきやすかったです。
安心した笑顔はうつっていくものなのでしょう。
しかし、その笑顔の隣で眠りにつくことはもうありません。

北海道の地震の被害が報道されだしています。
失われる人命が出ないことを祈るばかりです。

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2018/09/05

■節子への挽歌4018:身体的老化が加速している気がします

節子
昨日は挽歌をさぼってしまいました。
夜書こうと思いながら、ちょっと疲れてしまい早く寝てしまいました。
今朝も書く元気がなく、この時間になってしまいました。

最近、疲れがどうも抜けません。
それにちょっと言語障害もあるみたいで、時々、思うように話せていない自分に気が付きます。
認知症傾向も出てきている恐れもあります。
そんな話をユカにしたら、お父さんの言動は昔からちょっとおかしいので、認知症になったかどうか判断が難しくて困ると言われました。
たしかに反論はできません。
常識的に判断するとおかしな言動は少なくありませんから。
それに最近は、曜日がよくわからず、今日は木曜日してほしいなどいう言い方をしてしまうので、ほかの人からしたら、認知症そのものでしょう。
まあ、それが私の地そのものなのですが。
勝手にきめられた曜日に拘束されるのは、私の趣味ではありませんし。

しかし身体機能は大きくおとろえてきているのは間違いありません。
昨夜は台風で大変だったのですが、前回の強風で倒れかけた庭のミモザが、さらに倒れてしまいました。
それで枝をすべて切って支えで真っ直ぐにしようとしたのですが、脚立に乗って切っているうちに危うく倒れそうになってしまいました。
ミモザではなく、私がです。
しかも風もないのに、です。
困ったものです。

まあ身体的衰えは健全な老化ですから、嘆くこともないのですが、気をつけなくてはいけません。
困ったことに、身体的老化はなかなか自覚できません。
意識と身体とのギャップで、事故が起きるのでしょうが、そのギャップを埋めるのは難しいです。
特に伴侶の不在は、それを気づかせてくれる人もいませんし。

まだ風が強いです。
風の音は好きではありません。

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■カフェサロン「見守りと支えあいの住宅 福祉シェアハウス構想」のご案内

2回にわたって、中下さんにお願いして「安心して死を迎えられる生き方のために」のサロンを開催してきました。
このテーマは、これまでもいろいろな切り口から、湯島のサロンで取り上げてきましたが、中下さんの問題提起を主軸にして、ゆるやかな形で継続するとともに、その実現に向けてのプロジェクトも検討していくことになりました。
今回は、そのキックオフもかねて、かなり具体的な切り口からサロンを開催します。
テーマは、「見守りと支えあいの住宅 福祉シェアハウス構想」。
長年このテーマに取り組んでいる、ソーシャルワーカーの小畑万里さんに話題提供をお願いしました。
中下さんも参加されます。

小畑さんの「福祉シェアハウス」は、住み慣れた地域で、住居というハードの面と専門職による支援と支えあいというソフトの両面から、生活に生じる困難を乗り越え、暮らし続けられる住宅を指しています。
暮らし続けられるという中には、安心して死を迎えられるという、「看取り」や「死後」の問題も含まれています。
血縁家族を越えた、新しい生活単位といった問題も視野にあります。
また、地域にそのような住宅が根づけば、新たな支えあいのモデルとなり、地域全体への波及を期待できるだろうと、小畑さんは考えています。
単に「ハウス内」に留まってはいない、広がりのある構想という意味で、中下さんの構想とつながっています。

参加ご希望の方には、ご連絡いただければ、小畑さんの「福祉シェアハウス構想」を送らせてもらいます。
事前にそれをお読みいただければと思います。
また、当日は日程的に参加できないけれど、小畑さんの福祉シェアハウス構想にご関心があるという方も、ご連絡いただければ小畑さんから送ってもらうようにお願いします。

サロンは午前中の開催ですが、引き続き、午後、中下さんの構想の実現に向けてのプロジェクトのキックオフミーティングも予定しています。
これに関しては、また改めてご案内しますが、ご関心のある方は是非それにもご参加ください。
よろしくお願いします。

〇日時:2018年9月16日(日曜日)午前10時~12時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「見守りと支えあいの住宅 福祉シェアハウス構想」
〇問題提起:小畑万里さん(NPO法人ハーモニー虹代表)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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■カフェサロン「自閉症児を受容し親になる」のご案内

小児外科医の松永正訓さんにまたサロンをお願いしました。
今回のテーマは「自閉症児」です。
松永さんは、今月、「発達障害に生まれて-自閉症児と母の17年」を出版しました。

松永さんが最初に湯島でサロンをしてくださった時のテーマは、「トリソミー 運命の子」、次が「呼吸器の子」。
いずれも松永医師の体験をもとにした素晴らしい本が出版されています。

松永さんは、障害児の「受容」というテーマを通して、生きるとは何か、生命倫理とは何かを、問い続けてきています。
しかも、観察的にではなく、みずからの生き方や価値観を問い質すという姿勢で、当事者に同じ目線で関わりながら、社会への発信を続けています。
私は、松永さんから「受容」ということを教えてもらい、少しだけですが、生き方も変わりました。
松永さんの言葉には、人を変える力があります。

その松永さんに、今回は「自閉症児」と母親の関係を通して、子育てやコミュニケーションの問題も踏まえながら、生きるとは何か、人のつながりとは何か、を考える機会をつくってもらいました。

できれば、松永さんの「発達障害に生まれて-自閉症児と母の17年」(中央公論新社)を、サロンの前にお読みいただければうれしいです。
http://amzn.asia/d/dVyoVyu
その本の紹介文を引用させてもらいます。


人の気持ちがわからない。人間に関心がない。コミュニケーションがとれない。
勇太くんは、会話によって他人と信頼関係を築くことができない。
それは母親に対しても同じだ。
でも母にとっては、明るく跳びはねている勇太くんこそが生きる希望だ。
幼児教育のプロとして活躍する母が世間一般の「理想の子育て」から自由になっていく軌跡を描いた渾身のルポルタージュ。
子育てにおける「普通」という呪縛を問う。

「普通」という呪縛。
私もこのことにずっとこだわって生きている一人です。

時間がいつもとちょっと違いますので、ご注意ください。
もし周りに関心をお持ちの方がいたらお誘いください。
ぜひ多くの人に参加していただきたいと思っています。

〇日時:2018年10月6日(土曜日)午後3時半~6時
〇場所:湯島コンセプトワークショップ
http://cws.c.ooco.jp/cws-map.pdf
〇テーマ:「自閉症児を受容し親になる」
〇問題提起:松永正訓さん(小児外科医)
〇会費:500円
〇申込先:佐藤修(qzy00757@nifty.com)

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2018/09/04

■第三者委員会という無責任な仕組み

昨日書いた日本体操協会の不祥事の決着は、またまた「第三者委員会」に判断が回されました。
最近は、何かがあるとすぐに「第三者委員会」です。
そしてすべてはうやむやになるというのが、これまでの繰り返しです。

「当事者」は一体どこに行ったのか。
それに、「第三者」とはいったい何なのか。
この仕組みを考えた人の狡猾さを呪いたくなります。

いつの場合も、第三者とは「加害者」もしくは「権力が優位な立場のある人」の代弁者でしかありません。
価値中立な第三者がもしいるとしても、問題が起きている時の価値観の中心点は、いうまでもありませんが、加害者側に近いはずです。
特に、社会の大きな流れに抗って起きるような、今回のような体制批判的な問題に関しては、必然的にそうなるはずです。
それに、「第三者」がもし、その事件の利害に無縁な立場を意味するのであれば、そういう人には当該の問題は判断できないでしょう。
問題の意味を理解し、価値観を含めて解決できるのは、当事者を置いてはあり得ません。
ただ、そうした「第三者」が、いわゆる既存の社会体制のなかで、それなりの地位を得ている人ではなく、裁判員制度のように、ランダムに選ばれた生活者であれば、「第三者委員会」はかろうじて成り立つかもしれません。
しかし、それはデータ入力によって結論を出すAI(人工知能)の計算結果でしかありません。
それに、第三者委員会の委員に指名されたとたんに、その人は第三者ではなくなります。
ですからそもそも「第三者委員会」などというのは、実体のない虚構に過ぎません。
にもかかわらず、第三者という言葉が、公正さをイメージさせてしまう。
むかしは、「第三者」とは無責任の象徴だったはずなのに、うまく言いくるめられたものです。
そんなことに気づいてほしいものです。

要するに第三者委員会とはマネーロンダリングのような罪悪浄化システムでしかありません。
これまでのさまざまな第三者委員会の実績を思い出せば、わかる話です。
第三者委員会のメンバーになる人は、それによって得た情報を開示できない仕組みになっていると思いますが、そうした巧みな仕組みに荷担する人は信頼できません。
第三者であれば、知り得た情報は自由に開示しなければいけません。
まともな生き方をしている人なら、第三者委員会の委員にはならないでしょう。

それにしても、責任ある立場にある大人が、自らのやったことの責任は第三者委員会の判断を待って決めますなどと未成年の子どものようなことを、恥じることもなく言える社会には、ほとほと失望します。
塚原夫妻は、スポーツ界のために尽力してきた人でしょうし、私欲もそんなにはなかった人かもしれませんが、人間としては残念ながら未熟すぎます。
こんな人たちが、社会を背負っていたのかと思えば、情けないというか、呆れるというか、疲れがどっと出てきます。
最近活躍しているチコちゃんに、「ボーっと生きてんじゃない!」と喝を入れてほしいものです。

第三者と当事者。
その意味をもっとしっかりと考えるべきではないのか。
「当事者主権」という言葉が流行したことがありますが、最近は、多くの人が「当事者」から逃走しだしています。
そのくせ、他者には当事者責任を押し付けます。
そしてもし自らに「当事者責任」が問われそうになると、今度は「第三者」に判断を委ねてしまう。
責任のない当事者などあり得ないことを、なぜ気づかないのか。

私は、責任ある当事者としていきたいと思っています。
そしてそうできることに、幸せを感じています。
社会から責任ある当事者が消失してきていることが、さびしいです。


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2018/09/03

■節子への挽歌4017:わが家からは「命日」を追放しました

節子
11回目の命日です。
節子が旅立ってから、4017日が経ったわけです。
挽歌も4017回目です。
命日だからと言って、何かをすることもなく、いつものように仏壇に手を合わせて1日を始めました。
命日は基本的には在宅にしていますが、だからと言って、何かをするわけではありません。
いつものように、線香をあげて、般若心経を唱えるだけです。
今年は、カサブランカもありません。

たまたまジュンの連れ合いのやっているレストランが今日はお休みなので、みんなでお墓に行ってから会食しました。
節子も一緒です。
ユカが写真を持っていってくれたので、テーブルに写真を立てて食事をしました。
しかし、命日らしくない、単なる会食で、主役は孫。

最近の心境は、毎日が命日なのです。
いいかえれば、命日を意識することをやめたということです。
節子のいない日常が定着したということです。
いや、節子のいる日常が定着したといってもいいでしょう。

今年は、わがままを言って、毎年、花を贈って来てくれる節子の友人たちにも、供花を辞退させてもらいました。
花を見て、命日だという気分に縛られることもなくなりました。
わが家に仏花は、やはりふさわしくはありません。
仏壇もいつものままなので、やはり気分が明るいです。
いつものように、生きた節子がそこにいるような気がします。
来年は13回忌ですが、来年も特別の命日にはしないようにしようと思います。
13回忌は、自宅ではないところで行う予定です。

わが家から「命日」を追放しました。
命日なのに、などと瑣末なことを気にすることもなくなります。
節子もきっとそれを喜ぶでしょう。

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■言語とは生活のかたちの一部

日本体操協会の塚原夫妻のパワハラ問題はますますおかしな方向に動いていますが、昨今のスポーツ界の不祥事は、どれもこれも同じで、しかも前から多くの人がわかって来ていたはずのことでしょうから、語る起きなかったのですが、やはり語りたくなってしまいました。
昨日、突如公表された塚原夫妻の謝罪文なるものが、まさに現代を象徴していると思えるからです。
それに、このおぞましい文書には強い怒りを感じます。

「言語とは生活のかたちの一部」と言ったのは、ウィトゲンシュタインだったそうですが、まさにこの謝罪文には、塚原夫妻の生活のかたちが示されています。
相手が謝罪を受け入れてくれるのであれば謝罪する。
少なくとも、その言葉に、彼らに謝罪の意図がないことが明白です。
いや、謝罪の意味さえ分かっていない。
自らが謝罪することなど存在しない世界に生きているのでしょう。
謝罪は相手の問題ではなく、自らの問題ですが、そう言う意識は全くありません。
謝罪する気になれば、すぐの謝罪に行けばいい。
会ってもらえなければ、会ってくれるまで行けばいい。
それが誠実さであり、謝罪するということです。
謝罪まで駆け引きする生き方が、塚原さんたちの生き方なのでしょう。
そこに、すべての真実が見えてくるような気がします。

ジョージ・オーウェルは、現在を予告した小説「1984年」で、言葉を選び取る責任を言っています。
人は、どんな言葉を選ぶかで、生活や真情をメッセージできますし、露呈させてもしまいます。
これまでスポーツ界の不祥事で記者会見した権力を持つ人たちの発言をきちんと聞けば、事件の真相はおおむね見えてきます。
言葉は嘘をつきますが、その嘘もまた、言葉の後ろに見え隠れしています。
不誠実なマスコミやコメンテーターはだまされても、誠実に生きている生活者はたぶんそこから嘘を感ずることができるでしょう。

古田徹也さんの「言葉の魂の哲学」(講談社選書メチエ)という本を読みました。
1世紀前のオーストリアの作家カール・クラウスの言語論が紹介されています。
クラウスは、ナチスの台頭する状況の中で、「誰しも自分の話す言葉に耳を傾け、自分の言葉について思いを凝らし始めなければならない」と呼びかけていたそうです。
多くの人が、わかりやすいヒトラーの呼びかけ(小泉元総理が真似をしたと思われる呼びかけスタイル)に引っ張られていく中で、それに抗う方法を提唱していたのです。
古田徹也さんは、上記の本のなかで、「クラウスの呼びかけは、他のどの時代よりも、まさにいま現在の我々に突きつけられていると言えるだろう」と書いています。
他者の言葉にも耳を傾けるとして、しかし、それ以前に先ず、自らの言葉に耳を傾けるべき時だと、私も最近痛感しています。

塚原夫妻の生き方(生活の形)は、今や大きく広がっている生き方の典型例だろうと思います。
スポーツ界だけの話ではなく、政治も経済も行政も芸術も医療も、そして福祉さえも。
そんな気がしてなりませんが、まずは自らを質さなければいけません。


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2018/09/02

■節子への挽歌4016:節子はまだ忘れられていないようです

節子
ユカの学校時代の友人が、今年もまた、花をもって節子に挨拶に来てくれました。
節子らしい黄色が基調の明るいブーケです。
それにしても、もう10年以上もたつのに、いまもってお線香をあげに来てくれる。
節子が何をしたのかはわかりませんが、不思議です。
そういえば、お隣の方も、いまもなお、お盆にお花を届けてくれます。
節子には子供がお世話になったのでといわれますが、特別のことをやったわけではないはずです。
節子はどうして、忘れられないのでしょうか。

滋賀の節子の友人たちも、毎年、立派な花を贈って来てくれていました。
ただ「仏花」なのです。
節子に「仏花」は似合わないですし、仏花があると気が重くなってしまうので、迷ったのですが、今年から思い切って、辞退させてもらいました。
善意の贈り物を辞退させてもらうのは相手を傷つける恐れもありますので難しいですが、昨年、仏花でいささか気が滅入ってしまい、それを繰り返したくなくて、手紙を出させてもらったのです。
幸いにこちらの気持ちが伝わったようで、今年は花が届きませんでした。
贈り物、特に遺族への贈り物は難しい。
これは当事者でなければわからないことかもしれません。

命日の節子を思い出すのは、それなりに辛いものです。
思い出すのであれば、命日ではないほうがいい。
もっと言えば、何でもない日に思い出してもらうのが一番うれしいです。
そうはいうものの、明日は節子の11回目の命日です。
さてさてどうしましょうか。

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2018/09/01

■アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム主催の講演会のご案内

昨年、湯島でサロンをしていただいた、アオテアロア・アイヌモシリ交流プログラム実行委員会代表の島田あけみさんからのご案内です。
サロンでもお話があった、交流プログラムの構想者のフラヴェヅ夫妻が来日し、北海道と横浜で講演会を行います。
テーマは、「私たちはいかにマオリ語を学ぶ権利を勝ち取ったか-私のことばは私の強さだ、私の大切な宝物だ」です。
ご案内は添付のチラシをご覧ください。

ご夫妻は、マオリ語を生まれもった権利として家庭や公教育でのマオリ語教育に尽力されてきましたが、その公私にわたるマオリ語教育推進の経験、マオリ語復興を中心に進んだネオリ民族復興のお話は、アイヌ民族だけでなく、日本社会にとっても、新しい社会のあり方を考えるうえで多くの示唆を与えてくれるものと思いますと、島田さんは案内と同時に伝えて来てくれました。
同感です。

言語は、それを使う人の意識に大きな影響を与えます。
私たちはそれにもっと敏感でなければいけません。
最近はNHKでさえも、ひどい言葉を流行させているような気がしますが、番組の内容統制が噂されていますが、それよりも言語の使い方のほうが問題だと私は思っています。

まあそんなこともあって、このイベントに大きな関心があります。
みなさんにもぜひお知らせしたくて、ご案内させてもらいました。


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■節子への挽歌4015:びわ湖長浜KANNON HOUSE

節子
昨日、上野の不忍池の近くにある、びわ湖長浜KANNON HOUSEに立ち寄りました。
http://www.nagahama-kannon-house.jp/
半年ほど前に、ユカが行ってきて、教えてもらっていたのです。
長浜にあるたくさんの観音様を順番にお呼びして展示しているのだそうです。
昨日は竹生島の宝厳寺の聖観音像が展示されていました。
竹生島には行ったことがないので、このほとけに会うのは初めてです。
とても端正な、やさしいほとけです。
左手に持っている蓮の花が、私にはロウソクに見えて、とても違和感がありましたが。
12世紀の作だそうです。

節子の生家は長浜市の真中に位置する高月町ですが、そこには井上靖が絶賛した渡岸寺の11面観音がいます。
節子に会う前から、私もこの仏のことは知っていましたが、直接会ったのは節子に会ってからです。
最初に会った時はまだお寺は地域で守られていて、近くの人にお願いして戸をあけてもらい、仏と会いました。
いまは有名になりすぎて、仏というよりも「仏像」になってしまっていますので、あまり行く気もいません。

高月は「かんのんの里」と言っているほど、たくさんの観音が住民たちと一緒に暮らしています。
いまは長浜市と合併しましたが、以前はまさに「観音の里」にふさわしい雰囲気でした。

昨日、びわ湖長浜KANNON HOUSEで観た宝厳寺の聖観音も、ちょっとさびしそうでした。
やはりほとけは、住民とともにありたいのでしょう。
たぶん竹生島であったら、まったく違った表情を見せてくれるでしょう。
そんな気がしました。

節子が一緒だったら、どう思ったでしょうか。
いつかまた高月の観音の里をめぐりたいと、ふと思いました。

Photo


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■東京都自閉症協会の「声明文~相模原障害者支援施設での殺傷事件から2年を経て~」

東京都自閉症協会が、「声明文~相模原障害者支援施設での殺傷事件から2年を経て~」を発表しました。
前文に、「私たちは次のことを目標に活動していきます」と明言されているところに、協会の姿勢を感じます。
理事長の今井さんから、「当事者団体なので、主張と言うよりも自分たちがなにをしていくかを役員で話し合って声明にしました」とお聞きしました。
一人称自動詞で考えることを大事にしている私としては、その姿勢に共感します。

この声明に関しては、先日の相模原事件のアフターサロンでも話題になっていましたので、みなさんにもお伝えしたいと思います。
短いですので、ぜひお読みください。
http://www.autism.jp/news/2018/08/000889.html

最後に「障害者の幸せはあらゆる人の幸せにつながっている」と書かれていることに同感します。
しかも、それを「実際の活動を通して示していきたい」と表明しています。
私は、「大きな福祉」という理念で、これまで15年以上、NPOやいくつかの当事者団体ともささやかな接点がありますが、こういう姿勢の声明ははじめてです。

ぜひ多くの人に読んでいただきたいです。
この声明を中心にサロンを開きたくなっています。

声明文を、念のために貼り付けます。

<本文>
2016年7月26日に19名の利用者が殺害され、27名の方が重軽傷を負った事件から2年が
経ちました。

お散歩が楽しみだったAさん、お買い物が大好きだったBさん、みんなそれぞれ安心な
日々を送っていたはずです。そのかけがえのない毎日が一瞬で奪われてしまいまし
た。どんな場所で生活しようと二度とこのようなことがあってはなりません。誰もが
安心して暮らせる世の中を実現するために、私たちは次のことを目標に活動していき
ます。

1. 人の存在は経済的な価値ではかられるものではなく、生きていること・その存
在自体に価値があることを引き続き訴えていきたい
2. 重度知的障害者の支援施設での生活は管理が中心ではなく、楽しさや笑顔のあ
る毎日になるようにしたい
3. 自傷・他害リスクがある、生理三原則の達成に困難をかかえるというような要
支援度が極めて高い重度知的障害者を支援する職員の経済的、社会的地位を改善し、
その仕事に求められる人格や能力を有する人材を確保しやすくしたい

被告の行為は、名を成さんがために抵抗すらできない弱い者を殺傷した卑怯なもので
した。その背景には、人を経済的価値で考える世の中の傾向や、社会問題を暴力的に
片付けるという傾向が投影されているのではないでしょうか。

私たちは英知で、障害者の幸せはあらゆる人の幸せにつながっていることを、実際の
活動を通して示していきたいと思います。

2018年8月
NPO法人 東京都自閉症協会 今井 忠
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