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2018/09/03

■節子への挽歌4017:わが家からは「命日」を追放しました

節子
11回目の命日です。
節子が旅立ってから、4017日が経ったわけです。
挽歌も4017回目です。
命日だからと言って、何かをすることもなく、いつものように仏壇に手を合わせて1日を始めました。
命日は基本的には在宅にしていますが、だからと言って、何かをするわけではありません。
いつものように、線香をあげて、般若心経を唱えるだけです。
今年は、カサブランカもありません。

たまたまジュンの連れ合いのやっているレストランが今日はお休みなので、みんなでお墓に行ってから会食しました。
節子も一緒です。
ユカが写真を持っていってくれたので、テーブルに写真を立てて食事をしました。
しかし、命日らしくない、単なる会食で、主役は孫。

最近の心境は、毎日が命日なのです。
いいかえれば、命日を意識することをやめたということです。
節子のいない日常が定着したということです。
いや、節子のいる日常が定着したといってもいいでしょう。

今年は、わがままを言って、毎年、花を贈って来てくれる節子の友人たちにも、供花を辞退させてもらいました。
花を見て、命日だという気分に縛られることもなくなりました。
わが家に仏花は、やはりふさわしくはありません。
仏壇もいつものままなので、やはり気分が明るいです。
いつものように、生きた節子がそこにいるような気がします。
来年は13回忌ですが、来年も特別の命日にはしないようにしようと思います。
13回忌は、自宅ではないところで行う予定です。

わが家から「命日」を追放しました。
命日なのに、などと瑣末なことを気にすることもなくなります。
節子もきっとそれを喜ぶでしょう。

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