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2018/09/02

■節子への挽歌4016:節子はまだ忘れられていないようです

節子
ユカの学校時代の友人が、今年もまた、花をもって節子に挨拶に来てくれました。
節子らしい黄色が基調の明るいブーケです。
それにしても、もう10年以上もたつのに、いまもってお線香をあげに来てくれる。
節子が何をしたのかはわかりませんが、不思議です。
そういえば、お隣の方も、いまもなお、お盆にお花を届けてくれます。
節子には子供がお世話になったのでといわれますが、特別のことをやったわけではないはずです。
節子はどうして、忘れられないのでしょうか。

滋賀の節子の友人たちも、毎年、立派な花を贈って来てくれていました。
ただ「仏花」なのです。
節子に「仏花」は似合わないですし、仏花があると気が重くなってしまうので、迷ったのですが、今年から思い切って、辞退させてもらいました。
善意の贈り物を辞退させてもらうのは相手を傷つける恐れもありますので難しいですが、昨年、仏花でいささか気が滅入ってしまい、それを繰り返したくなくて、手紙を出させてもらったのです。
幸いにこちらの気持ちが伝わったようで、今年は花が届きませんでした。
贈り物、特に遺族への贈り物は難しい。
これは当事者でなければわからないことかもしれません。

命日の節子を思い出すのは、それなりに辛いものです。
思い出すのであれば、命日ではないほうがいい。
もっと言えば、何でもない日に思い出してもらうのが一番うれしいです。
そうはいうものの、明日は節子の11回目の命日です。
さてさてどうしましょうか。

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